空への手紙―いずもへ―
いずも、元気かい?
いずもが天国に逝ってから、もう丸一年の月日が経ったね。僕たちは相変わらず元気に過ごしているけれど、いずもの方はどうかな。
聞きたいこと、伝えたいこと、たくさんあります。たぶん、ここに書き切ることができないほど、たくさん、たくさんあります。
だから、僕の気持ちの全てを伝えることは、できないと思う。そう、承知してる。
…でも。
僕は、黙ってはいられない。どうしようもなく、毎日毎日、いなくなってしまったいずものことを考えて、考えて、たくさん考えて、今でもずっと想い続けているんだ。
だから、僕の気持ちを整理する意味でも。そして、少しでも僕の思いをいずもに知って欲しくて、この手紙を書くことにしました。
「亡くなった人への手紙を書いて燃やせば、天国にきっと届く」
幼い頃、僕の母にそう言い聞かされたことがある。だから、この手紙を書き終えたら、我が家の庭で燃やすことにするよ。
…きっと、天国にいるいずもに届くと、そう信じて。
大好きないずも。離れ離れになってしまったけど、そちらでの暮らしはどうかな。天国って、どんなところなんだろう。
僕には、想像もつかないや。想像もつかないほど遠くて、分からなくて、そんなところにいるいずものことが、心配になっちゃう。
お母さんには、会えたかな。兄弟たちには、会えたかな。もしかすると、ブリーダーさんや、生まれた直後一緒に過ごしたお友達も、同じところにいるのかな。
そっちでは、どんなご飯を食べてるのかな。美味しいご飯、大好きだったおやつ、たくさん食べているのかな。
体の調子は、どうなのかな。最期は動きにくい体になっていたけれど、少しは回復できたかな。あの頃のように、無邪気に走り回ったり、おもちゃと格闘したりして遊んでいるのかな。
孤独じゃない、と。不自由はない、と。そちらでも、家族や仲間たちと一緒に楽しく過ごしてるとしたら、僕は安心できます。
僕の愛していた、いや今でもずっとずっと愛しているいずもが、少しでも平穏に暮らせているなら。僕は、とても幸せです。
…本当はね、いずも。
本当は、僕は、ずっといずもと一緒にいたかったんだ。
いつか、僕が歳をとって。お爺さんになって、仕事も辞めて。朝から晩まで、いずもと一緒に過ごせることを、無理だと知りながら夢見ていたんだ。
いつかはやってくる、別れの日。いずもはとても長生きしてくれたし、頑張って生きてくれて、ぼくはとても嬉しかったし、いずもには言い表せないほど感謝してる。
…でも。叶うなら、もう一度。もう一度だけでいい、ぼくは、いずもと会いたいんた。少しだけでもいい、刹那でいい、温かないずもの頭を撫でてやりたい。抱きしめたい。いずもの温もりを、もう一度この手に感じ取りたい。
中年過ぎたおじさんの、情けないわがままかもしれないけれど。それでも僕は、いずもが大好き。愛してる。世界で一番、いずもを愛してる。だから、こんなに執着してしまうのかもしれないね。
…そうだ、いずもも心配してくれてるだろうし、家族の近況もお話ししようかな。
実は、実家の方は、父さんが肺の病気にかかってしまって。今は少し大変なことになってる。母さんが熱心に看病してるけど、中々回復しないらしくて。正直、とてもまずい状態らしい。
それでも、兄や弟、そして僕の家族も時々お見舞いに里帰りして。少しでも父さん母さんの励みになればと、いろいろ頑張ってるところだよ。
父さんも母さんも、孫たちと話すのを楽しみにしているらしくて、「元気をもらえる」って言ってる。
僕たちには、ただただ励ますことしかできないけれど。それでも、やれることを精一杯やるんだって、みんなで協力していこうって決めてるんだ。
良くなると、いいな。いずもも、父さんの病気が良くなるよう、天国からお祈りしてくれると嬉しい。
それから、僕の妻と、息子たちについても話そうか。
正直、僕も含めてみんな、この一年はあんまり元気がなかった。
…愛するいずもと、お別れしてしまったわけだし。たぶんいずもが思ってる何倍も、何十倍も、僕たちは悲しみ、泣き、心を痛めた。
僕なんて、いずもと20年もずっと一緒にいたわけだから、本当に信じられないほどの喪失感を覚えたもの。いずもも、きっと寂しがってるとは思うけど。僕は、まるで我が子が逝去したような心持ちだった。
人の親の気持ちってのを、今更ながら理解できた気がするよ。いずもは、僕にとって息子みたいな存在だったから。
僕は大人になったけど、きっとまだまだ未熟者なのだろう。
…と、話が逸れちゃった。ごめんね。
いずものことで悲しんだ以外、みんな元気にしているよ。…心配は、いらないはず。
妻は、相変わらずパートのお仕事を楽しそうにやっているし。職場での出来事とか色々、晩ご飯の時間にいっぱいお話ししてくれるよ。
長男は志望した大学に無事入学できた。塞ぎ込んでいたけれど、なんとか挽回できたみたい。一生懸命遊んで、勉強して、充実した生活を送っているようだ。新しくバイトを始めるとかで、色々悩んでいるようだけど…。
次男の方は、インターハイに向けてずっと部活に打ち込んでる。勉強にも手を抜かないで欲しいけど、今はやりたいことに集中したい時期なんだろうね。部活のキャプテンともなると、いろいろ気を張ることもあるだろうさ。
そんなこんなで、みんな元気に、それなりに順調な暮らしを送れてる。
だからね、心配は要らないんだ。大丈夫。僕も仕事は順調だし、最近は丁度、動物保護に関係する案件にも携わっていて。心が仕事に向きがちになって、いつもよりも少しだけ、職場にいる時間が伸びたかもしれない。
…もちろん、お家の方をおざなりにしないよう、仕事とお家のバランスは考えているつもりなんだけどね。
人生ってのは難しいものだと、改めて感じてるよ。
考えてみれば、ずっと迷ってたんだよね、僕。いずもと会ったあの日も、僕は自分の生き方とか色々なことに悩みを持っていたんだ。
自分が、誰のためにいるのかって。何のためにいるのかって。自分の価値は何で、どう生きるべきなのかってこと。
人によっては、馬鹿馬鹿しい、考えるまでもないことなのかもしれない。あるいは、そもそも"理解"なんてできないような、そういう類のものなのかもしれない。
それでも、僕は悩んだ。悩んで、迷って、迷い続けて、答えの出ないまま悶々としていた。
…それでもね。
そんな僕を必要としてくれる誰かが、頼りにしてくれる誰かが、現れたんだ。
その誰かは、僕を注視していた。ひょんな出会いで、僕は何かの縁を感じ取った。
無邪気で、自由で、窮屈そうなその居場所から解放されたがっていた誰かは、僕の家で一緒に暮らすことになった。
僕の部屋で、一緒に遊び。一緒にご飯を食べ。夜には、寄り添って寝てくれた。体も心も、暖まった。
その上で、愛情表現までしてくれた。親愛の情を持ち、鼻を舐めたり、体を擦り付けたり、僕を励ましてくれた。
そんな誰かのためだからこそ、僕は頑張れた。
少しでもその誰かが快適に過ごせるよう、美味しいご飯が食べられるよう、楽しく遊べるよう、のびのびと寝られるよう、色々考え工夫して。
もっとこうしよう、ああしようって、常にずっと意識して。どんなときも、その誰かは頭の片隅にいて。
僕は、誰かのためになってるんだって、誰かの幸せに貢献できてるんだって、そう思えたんだ。
…だからね、いずも。
僕は、いずもに感謝しているし、心から愛しているんだ。
だって、僕に生きる意味をくれたから。
頑張る理由をくれたから。
明確な目標をくれたから。
僕を、幸せにしてくれたのだから。
言葉には、言い表せないほどに。
だからこそ、僕は困ってる。今も支えるべき家族はいるけれど、心に大きな穴が空いたような気持ちだ。
あれから一年経っても、その穴は埋まらない。結局のところ、いずもの代わりになれるものなんて、この世には存在しないみたいだ。
…きっと。
僕はこの先も、この心の穴を抱えたまま生きていくのだろうね。
一生埋まることのない、この大きな大きな虚しさを。
別に、悪いことだとは思わないよ。心配は要らない。良いことだとも言えないけれど、僕はそれでいいと思ってるんだ。
僕の心に空いた穴は、かつてそこに愛しい存在がいたって証だから。これ以上なく大好きだったいずもが、僕の隣にずっといたんだって証だから。
僕は、このまま生きていくつもり。
強くならなくちゃって、そう思うから。
このままの僕で、強くなりたいんだって。いずものことを忘れないで、生きていくんだって。そう思うから。
最近、良く夢を見るんだ。
いずもがまだ生きていて、また会えて、また一緒に時間を過ごせる。
そんな夢を、何度も見る。そのたびに、いろんなことを思い出す。
それはきっと、いずもが僕の"一部"になってるって、そういうことなんだろうね。
そんな僕なら、一生懸命生きて、精一杯人生を歩んでいけば。
その先できっと、いずもと同じ場所に行ける気がするんだ。いずもと、また会える気がするんだ。
また、幸せで満ち足りた日々を送れるような、そんな予感がするんだ。
…だから。
僕は、いずものことを忘れないようにして、この先も生きていく。
いずもには、それを天国から見守っていて欲しい。
僕だけじゃなく、僕の父さん、母さん、兄、弟、妻、長男、次男のことも。
人生のゴールから、僕たちの到着までずっとずっと見守っていて欲しい。
みんな、いつかは、会いに来るから。
それまで、僕たちのことを、忘れないでいて欲しい。覚えていて欲しい。
また会えると、心の底から信じてるから。
それじゃあ、この辺りで筆を置くことにしようかな。
本当はまだまだ思い出話とか、いずもの近況に関する質問とか、色々したいところだけど。
それは、"いつか"、のんびりとお話ししようね。
それじゃ。
いずもの更なる幸せと、安らかな日常を願って。
いずもを愛した世界一の幸せ者、僕より。
PS.もうすぐ、桜の花が咲く季節。いずものいる天国からも、きっと綺麗に見えるはずだよ。