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ハッピーキャット  作者: 茂野夏喜
3/7

僕は、猫に涙した

 店員さんと色々相談した結果、今日は子猫の体調も良く即日引き取りが可能とのことだったので、一旦家を片づけてから再度引き取りに来ることにした。

 とりあえずは売買契約、免責事項の確認、保険の案内、手続き、契約などを済ませる。いずれも「そういうものだろうな」といった内容で、特におかしな点もない。保険も、そこそこ手厚い内容のものを選んで契約。それから、当面必要な物品についても色々聞いた。


 差しあたって必要そうなキャリーバッグ、キャットフード、猫用トイレとトイレの砂。ついでに「トイレの躾けがスムーズにいく」とのことで、ケージ内で使用していたトイレの砂も少し頂くことにする。

 会計も済ませ、キャリーバッグのみ子猫と同時受け取りということで、残りの物品をもって家路につく。 キャリーバッグのサイズは、SML中のLサイズを選択。狭いほうが落ち着くのかもしれないが、僕の目にあの子は、多少なりとも自由な空間が欲しそうに見えたから。


 この間も、色々考えた。新しい家族をすんなり受け入れたこと。元々自宅のペット事情も含めた情報を漁ってはいたが、あくまで「動物を見る」ことを前提に来店したはずなのに、購入を決意したこと。金銭的に問題なくはないが、決して安くはない金額。吝嗇家の僕がそれをポンと払えたことに、疑問すら覚える。そもそもペットを飼うとはどういうことなのか。命を預かる立場になったということの意味を、僕は考える。


 あの子猫。初めからずっと僕のほうを見ていたような気がする。というか、僕が認識している範囲では事実そうだった。自意識過剰?否定はできないが。店員さんは、「こんなに懐いてるのを見るのは初めてです」と言っていたが、あれはお世辞なんだろうか。愛想がいいだけに、すんなり受け入れてしまったが。しかし、あの子猫を見て、触れ合って、何かしら「感動」させられたのには間違いないだろう。こうして実際に、あの子を受け入れることになったのだから。



 自宅へ到着。色々考えることはあったが、とりあえずは子猫を受け入れる環境の整備。まずは床掃除、埃っぽい環境なんてもってのほか。特に子猫の顔は地面に近いし、床の環境は最優先。あまり広い部屋ではないが、フローリング部分を徹底的に掃除すると、少し汗ばんでくる。いつものように使い捨てのフラットモップで拭くだけじゃなく、入念に掃除機をかけ、雑巾を引っ張り出して床を磨く。我ながら、なかなかに気合が入っている。

 もちろん家具家電、特にベッドの下などはゴミの残らないよう気を付けてやる。それからベッドとカーペットをベランダに出し、埃を全力で叩き落とす。こういうのはあまり布製品に対して良くないというが、他に最適な方法も知らないし、この際仕方ないだろう。


 机周りや冷蔵庫の上なども、できるだけ重いものを置いたり危険なものが子猫と接触しないよう物を置きなおしたり、収納したりする。子猫の立場に立って考え、子猫が行きそうな場所、上りそうな位置、入りそうな隙間などを考慮し、危険を遠ざけてやるのだ。


 ふと思う。今の僕は、以前に女の子を部屋に呼んだ時よりも気合を入れて掃除してるような。こんな時に発揮されるんだな、僕のやる気。そう独り言ちて、残りの掃除や猫用トイレの設置なども完了させる。久々に頭と体を存分に働かせたせいか、やや疲労を感じる。寝すぎた倦怠感や日曜日の夜に感じるようなけだるさとは別物で、サッパリした気分ではあるが。

 引き取りに行くまでにはしばらく時間があるし、少し休むことにしよう。コーヒーを淹れ、煙草と灰皿をもってベランダへ。ゆっくりと煙を燻らせながら、先ほど考えたことと、帰宅しながら考えたこととをずっと頭で反芻していた。




 * * * 




 「にゃあおぅ」「にゃあおぅ」

子猫は時折、不安そうな鳴きながらキャリーバッグの中を前へ後ろへ動き回る。

 先ほど子猫の受け取りが終わり、僕は子猫の入ったキャリーバッグを抱え電車に座っている。少しでも揺れのショックが軽減できるように、バッグを両手で軽く膝から浮かせた状態で抱えておくことにした。効果のほどは定かでないが、少なくとも直置きしているような状態よりはマシだろうと判断。それでも音と振動が絶えない電車の中は怖いようで、バッグの覗き窓から垣間見える子猫の顔と目からは不安と脅えが見て取れる。

 覗き窓に指先を当てて動かしたり、小さな声で「大丈夫だからね」なんて囁いたり。極力周りに迷惑のかからないよう、僕なりに頑張って子猫をあやそうと努力。午後4時の都営地下鉄の電車内、帰宅ラッシュと重ならない時間だったことだけは唯一の救いだった。


 それでも落ち着かない子猫の様子を見て、「今日はつくづく羽振りがいいな、僕」なんて自嘲しながら、しかし子猫のことが本当に心配になり、乗換駅で改札を出る。これ以上、子猫に不安な思いはさせたくない。自宅まではまだ距離があり、電車とは比較にならないほど交通費をかけることになるが、迷わず客待ちのタクシーに乗り込んだ。

「A駅の近くまでお願いします」

「分かりました。…一応確認したいのですが、B線のA駅で間違いありませんか?」

「はい、そこです。」

「承知しました。それでは、出発しますね」



 人の好さそうなタクシー運転手は、都会の喧騒に見合わないほど悠然とした声でそう答えた。恐らく中年後半くらいの年齢だろうか、物腰や振る舞いからいかにも紳士的な印象を受ける。僕がイメージする日本のタクシー運転手像からは大きく乖離していて、なんとなく「ロンドンタクシーみたいだ」と思った。ロンドンタクシーなんて乗ったこともないし、そちらも僕の勝手なイメージに過ぎないのだが。

 その印象に違わず運転はかなり丁寧で、体が大きく揺れたりすることもない。これなら子猫の不安も軽減されそうだ。実際、子猫の鳴く声の大きさも頻度は下がっているし、先ほどからバッグの中で定位置に落ち着いている。


 暇だったので、運転手と適当に世間話をした。主に僕がタクシー事情や業界の話なんかを投げかけ、運転手さんはそれに一つ一つ答えてくれた。タクシー運転手になるには試験があり、特に東京都では覚えるべきルートや地理的情報が多くて大変だということ。酔っぱらいの客もたくさんいるが、中でも道順や目的地を言い間違えたり全く違う場所を指定した挙句、責任をタクシー運転手に押し付け文句を言うタイプの人が厄介であること。自身がタクシードライバーになる前のお仕事の話や、タクシー運転手になった経緯についても聞くことができた。


 きっとこの人は色々な人や物事に対し誠実に向き合うタイプで、若い頃から真面目に働いてきたのだろう、なんて考える。柔らかい物腰と、正しく綺麗な言葉遣いがその証左だ。

 そうして話している間も時折子猫の様子を見て、少しでも不安を軽減できるように努めることを忘れない。僕の存在が、僕が気にかけてやることが、この子猫にとって安心できる要素になるのかはわからないけれど。



 無事目的地付近に到着し、歩いて自宅に到着できるポイントに停車してもらう。代金を払い、「ありがとうございました」とあいさつし、遠ざかるタクシーを少しだけ見送る。あちらにとっては数いる顧客の一人に過ぎないのだろうが、僕はあの運転手の勤務態度に、ちょっとした敬意を覚えたから。

 基本的に他人を気にしない僕がこんな行動をとるということは、きっと無意識に小さな感動を覚えたのだろう。

 そんなことを考えながらバッグを抱え、バッグが揺れない範囲で急ぎ家路につく。一刻も早く、子猫をこの狭い空間から解放してやりたかったから。


 玄関で靴を脱ぎ、リビングへ入り、バッグをベッドの上に置く。速足で洗面台へ向かい、丁寧に手洗いうがいを済ませる。この子を迎え入れる瞬間は、少しでも綺麗に、丁寧にしてやりたい。最初の一歩は柔らかい場所でと思い、ベッドの上でそのままバッグを開く。

 半円状の出入り口から顔をのぞかせた子猫は、ゆっくり左右を確認し、足場のにおいを確認し、そのままおずおずとバッグから出てきた。不安というよりは、ただ慎重に自分の置かれた状況を確認しているような感じだ。僕のほうを見て、足場を見て、自分の接触する部分のにおいをやたらと気にしている。

 そうやって少しづつベッドの上を散策した子猫は、しばらく躊躇するような様子を見せたのち、ベッドの上から飛び降りてフローリングに足をつける。


 ずっと匂いを気にしているのは、なんとなくわかる気がする。僕自身も、人や家にはなんとなく特有の「におい」みたいなものがあるように感じていて、それによって緊張したり安心を覚えたりする。人の家や新築物件はどこか緊張するようなにおいがして、自宅や実家には懐かしさや、「ここは自分の居場所」とおもえるようなにおいがある。

 きっとこの子猫も自分のいた場所のにおいから解放され、新しい僕の部屋という居場所のにおいに緊張感や新鮮さを感じているに違いない。

 猫と人間それぞれのものの感じ方にどれほどの違いがあるのかは分からないが、少なくとも猫にとってはそこにある物体や間取りなんかよりも、においの方がずっと重要な要素なのかもしれない。


 ベッドとその周辺の床の探索を終えた猫は、今度はそこにあるゴミ箱や配線なんかの「モノ」に興味を奪われたらしい。僕の存在は、殆ど眼中にない様子。一生懸命「モノ」のにおいを確かめたり、箱に頭を突っ込んだり、ベッドの下へ潜り込むルートを探してみたり。

 そのうちモノの探索に満足したのか、今度は勢いよく空きスペースを走り始めた。ベッドの端から角を曲がって、反対側の空きスペースへ猛ダッシュ。そこについたら、今度は同じルートを逆から再び猛ダッシュ。まるで、この部屋内で走り回れるスペースと距離を何度も計測しているようだ。

 さすがに疲れたのか、しばらく走り回るとまたモノをいじったり、ベッドに飛び乗ってみたりと探索を再開。「飼い始めの猫はまず居住環境を把握したがる」と聞いたことがあるが、この子猫もまさにその作業をこなしている最中なのだろう。

 飼い主や新しい環境に脅えて引きこもられる懸念もあったが、どうやらその心配はなさそう。危険がないよう子猫の方に気を付けながら、しばらく子猫の思うままに行動させておくことにした。



 子猫の様子に気を付けながら、地元の男友達にSNSでメッセージを送ってみた。確か以前に猫を飼っていて、現在は犬を二頭ほど飼っていたはず。

「ちょっと相談したいことがあるんだけど」

ちょうど社会人も帰宅している位の時間。返事はすぐに来た。

「どうしたの?」

「確か、前に猫ちゃん飼ってたんだよね?」

「そうだよ、中学の頃に死んじゃったけどな」

「飼い始めの頃って、どんな感じだったの?」

「俺はあんまし覚えてないけど、親が言うにはかなりビビってて兄貴の勉強机の下に潜りっぱなしだったらしいよ笑。臆病なタイプはだいたいそんな感じらしいぜ」

「なるほどね。実は、今日から子猫を飼うことになったんだけど」

「マジ!?写真ある?」


 そんなこんなで、僕が子猫を飼いことにあったって話と、猫を飼ううえで気を付けるべきことや苦労した話、それに色々なアドバイスを聞くことができた。「猫は繊細だから、引っ越しや飼い始めの頃は体調を崩してないか心配しておいたほうが良い」「ご飯の好き嫌いがある可能性も考えて、キャットフードの選択はちゃんと考えたほうが良い」「その猫次第だけど、大体あごの下や頭のてっぺん、それに後頭部と眉間の当たりは撫でてやると大体気持ちよさそうな表情を見せる」等々。

 店員さんからもらったアドバイスやネットで調べた情報などに加えて、実例から得られる知見を獲得できた。


「ありがとう、本当に助かったよ。また聞きたいことあったら質問させてもらうかも」

「おけおけ。いつでも俺を頼ってくれや!」

「…あ、そういや前に話してたアレなんやけどさ、あいつ遂に結婚するらしいよ笑」

「本当!?相手どんな人なの!?」

と、その後は世間話や昔の話で盛り上がり、適当なタイミングで「ありがとな!」「おう!」と締めくくる。

 最近人付き合いの幅が狭い僕にとって、彼のような気軽に話せる友人はとても貴重な存在だ。地元に帰ったら一緒に旨い飯でも食いに行こう、なんて考えた。


 子猫の方はというと、今まさに丁度ゴミ箱と格闘を始めたところだ。噛り付いたり攻撃しているというより、横倒しになった小さなゴミ箱を押したり追いかけまわして遊んでいるようだ。

 時間を見てみると、もう夕飯の時間。僕もそうだが、確か子猫も同じ時間にご飯をやるよう店員さんに言われてたっけ。急ぎ子猫ちゃんのご飯準備にとりかかる。


 店員さんの言っていた通り、まずはキャットフードを適量小皿に移す。料理用に使っているデジタルスケールで、細かく分量を調整。同様に子猫用の粉ミルクも投入し、電子ケトルでお湯を沸かす。お湯が沸いたら、マグカップの中に目分量で注ぎ入れてしばらく放置。

 若干湯の温度が下がってきたら、それをフードとミルクに混ぜ合わせて更に放置。粉ミルクが十分に溶け込み、フードが水分を吸ってフニャフニャになったらスプーンで潰し、混ぜ合わせる。

 フードにミルクをぶっかけるのはどういうことかと思ったけれど、「子猫のうちはカロリーやたんぱく質を多めに摂取させたほうが良い」とのこと。

 湯を適度に冷ますのも、フードやミルクに含まれるたんぱく質や栄養分などを変化させないためなのだろう。


 そうして出来上がった練り物状態のフードを「人肌程度に温度」まで冷まし、小皿に入れて子猫のもとへ持っていく。

 子猫は僕が小皿片手に近づいてくるのを見るや否や、足早に駆け寄って来た。何かをねだるような目をして、小皿と僕の顔を交互に見つめている。

 疲れや緊張もあるだろうが、さすがにお腹が減っていたのだろう。小皿を床においてやると、小皿とフードの匂いを確認してすぐに食べ始めた。


 美味しそうにご飯を食べる子猫を見て、僕はとても嬉しい気持ちになった。ただ美味しそうに食べている様子に満足感を覚えているのではなく、なにか暖かい心持ちというか。

 昔似たような気持ちを感じたことはある気がするものの、それがどんな時で、どんな気持ちだったのかよく思い出せない。気のせいだろうか、今の僕は少しだけ涙腺が緩んでいるように感じる。懐古の情?いや、違う。でも、分からない。

 子猫の飲み水を準備しながら、そんな思考を繰り返す。この気持ちの正体はわからないけれど、この時も僕は小さな「感動」を覚えていたに違いない。



 子猫に続いて僕も簡単に夕食を摂り、皿を洗い、片づけ、風呂に入る。そういえば、子猫は入浴させるものなのだろうか。動物用のシャンプーとかがあるのは知っていたが、これも早急に購入すべきなのだろうか。

 何しろ初めて猫を飼うのだ、疑問は尽きない。風呂に入りながら、子猫の様子を思い返したり、これから何が必要になってくるのかなどを色々考えた。


 風呂から上がっても、子猫はまだ地道なお部屋探索の途中らしく、僕は僕で気になったことを調べたり、友達に連絡を入れたり、ネットサーフィンや動画検索なんかに没頭。気が付くと時間が22時を過ぎていたので、今日は早めに寝ることにする。

 部屋の照明を夜設定に変え、ベッドに転がり込み、いつもの就寝態勢へ。


 しばらくすると、子猫がごく小さな声で鳴きながらベッドへ飛び乗ってきた。自分の足場のにおいを確認し、ゆっくりと僕のほうへ近づいてくる。

 ベッドの足元から、僕の足へ。足伝いに進み、大腿の上へ。そして下腹部から鳩尾、胸へと歩き進み、僕の顔と子猫の顔が、ほとんど文字通り目と鼻の先にある。

 数秒ほど僕の顔を見つめた子猫は、ゆっくりと顔を近づけ、僕の鼻先をペロペロと舐め始めた。ザラザラしていて、まるで紙やすりのような感触がする。正直、すこし痛いとさえ思う。

 でも、嫌な気はしなかった。猫の習性について詳しくは知らないけど、この子猫の目と表情を見て、僕はこれが愛情表現なのだと理解していた。出会って一日も経ってない僕を、この子は親愛な存在として認識している。母親は、それに近しい存在なのだと、そう認識している。


 そう思えたとき、僕は自然と涙腺が綻びていく感触を覚えた。続いて目頭が熱くなり、堰を切ったように次々と涙が溢れてくる。

 悲しいからなのか。嬉しいからなのか。凡そ人が涙を流す理由を次々考えてみても、なぜ今ここで僕が涙を流しているのか、すぐにはわからなかった。

 僕の涙を知ってか知らずか、子猫は相変わらず僕の鼻先をペロペロ舐めている。目を閉じたり、開いたり。薄目になったり、じっと僕を見つめたりしながら。

 子猫の体重と温度を胸の上で感じながら、僕は考える。僕自身ではなく、今度はこの子猫のことを。お店で聞いたこの子猫の生い立ちを交え、この子生まれてここまでどうやって生きてきたのかを。



 この子は山陰地方のブリーダーのもとに生まれ、それはそれは手厚く大切に育てられてきたのだろう。紛れもない「商品」として。

 一般に子猫や動物たちは「愛玩動物」であり、そこに求められるのは愛嬌と人間への慣れだ。つまり、親の元で育てられる、親と共に時間を過ごすというごく自然な幸せを体験させてやる必要などどこにもなく、生まれて「出荷」されるまでの期間は愛玩動物としての資質を蓄えるためだけに費やされてきたのかもしれない。。

 ブリーダーさんが動物たちに対してどのような態度で接してきたかは知る由もないし、全ては僕の勝手な推測に過ぎない。だが少なくともこの子は、生後4か月という短い期間の中で誕生し、「健康的」に育てられ、地元や親元から切り離されてあの店までやってきたのだ。

 この子の意思とは、無関係に。


 そしてこの子は、ろくに親の顔も知らず、今まではお世話してくれたブリーダーさんや店員さんたちのことを「親」として認識していたのかもしれない。その基準は、「自分を大切にしてくれるかどうか」「自分のご飯をくれるかどうか」といったところか。

 だから、この家に来て、ここで生活していくことを認識したこの子は、それと同時に会って間もない僕のことを「親」であると…。


 涙は加速した。言い方は変かもしれないけど、とにかく涙が止まらなかった。さっきよりも遥かに沢山の感情が僕の中に渦巻き、心を激しく揺さぶり、涙腺は涙の塞き止めを完全に放棄してしまった。


 僕は、泣いた。この子の境遇を想って。


 僕は、泣いた。この子猫の暖かさを感じながら。


 僕は、泣いた。無意識に、無数の感動を覚えながら。


 慰めるように舐め続ける子猫にそっと手を伸ばし、背中を撫でてやる。子猫は舐めるのをやめ、僕の脇に埋もれるようにしてかがみこむ。しばらく撫でてやると、子猫は目を閉じ、やがて微かな寝息を立て始めた。


 そんな子猫の様子を見ながら、僕は決意する。この子を、絶対幸せにして見せると。この子が幸せに生きられるよう、僕なりに全力を尽くすと、そう誓った。



 唐突な思い付きでペットショップへ行き、一匹の子猫と出会い、そのまま飼うことを決意した今日この日。

 子猫を観察し、触れ合い、そして想い。


 僕は、猫に涙した。

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