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醒めない夢

作者: 城木日菜

 少年は夢を見る。


 何度も同じ夢を見る、見せられる。それは心が温かくなる夢、胸が苦しくなる夢。


 今も少年はその夢に囚われている――。


※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※


 今日は何となく会える気がした。


 そこは目に映るものすべてが黒く塗りつぶされた暗澹の世界。その世界にぽつりと沸いた影が一つ。


「はぁ……」


 混濁する意識を振り切り深い溜め息を漏らすのは、つい先程この世界に一名様限りの招待を受けた少年。だが、招待といってもそこに彼の同意はなく、正確には問答無用の強制連行だ。


 右左も分からない暗黒への幽閉。にもかかわらず少年に狼狽える様子はなく、それどころか現況に興味を示していないよう――もとい彼は目の前の事象に全くの関心がない。あるとすれば、じきに訪れる『その時』に焦がす想いのみ。


 程なくして、済んだのは幕開けの準備か、少年の覚悟か。世界を包む闇が剥がれ、何も無かった世界に色がつき、はっきりと意味が分かるものへと形作られてゆく――――。









 新しく生まれ変わった世界、その光景には確かに見覚えがあった。


 まるで記憶の中の映像を丸々持ってきたような、ひどく鮮明な光景。まるで過去にタイムスリップしたような感覚に見舞われる。


 しかし、まだ『過去』は完成していない。少年の眼前、ゆっくりと嵌め込まれていく最後のピースをもって初めてそれは完成する――。



 夕影が全てを飲み込む時間、記憶にまだ古くない校舎。そして、少年を見つめる少女。



 それらは何もかも忠実に『あの日』を再現していた。日数にして一週間と二日。これ程間隔が空いた事は今までなかっただろう。


 ――そうだ、待っていたのだ。


 ふつふつと湧いていた幸福感が実感できるほどに、今この瞬間、目の前の少女がたまらなく愛おしい。この時を待ち望んでいたのだ。ただ一言、彼女に謝りたい、想いを伝えたい、と。


 なのに、


「よお、久しぶり」


 出てきた言葉は心からの謝罪などではなく、発信者の自分ですら空々しさを感じる再開の常套句だった。

 もっと他に言わなければならないことがあるはずだ。そんな逡巡も追いつかないほどに、再開を歓迎する言葉がするりと口からこぼれた。


「…………」


 少女との再開が嫌なわけではない。むしろ望んでいたことだ。今までずっと待ちわびていたのだから。故に、ここで逃げてしまう自分の弱さが憎い。


「――ッ」


 行き場のない感情が拳を固く握らせる。先程まで心を満たしていた熱がまるで嘘であったかのように、罪悪感が心を凍らせていく。


 再開の挨拶よりも先に伝えるべきことがあった。だって少年は彼女を――、


「――好きだよ」


 刹那、記憶の中の映像と目の前の映像が重なる。


 少女は薄らと濡れる瞳に少年を映し、震える唇で愛を紡ぐ。ただその告白はひたすらに真っ直ぐで、少年に沈黙を選ばせた。その少女の想いを正面から受けた少年は、時が止まったように少女と向き合い立ち尽くしているだけ――己の頬を伝う涙にも気付かずに。


 ――ああ、また言えなかった。


 もう数え切れないほど聞いた少女の告白。聞いてはいけないと頭では理解していても、心がそれを求めているのだろう――いつの間にか涙が零れていた。


 少女の告白は、想いを伝えるにはあまりにも寂しく、儚い。もし、その声にこたえてしまえば、彼女が消えてしまうのではないかと思えるほどに。


 だから答えない、応えられない、こたえたくない。


「――あ」


 しかし、抗ったところで物語の結末は変わらない。


 役目を終えた少女は少年を一人残して、淡雪のように世界に溶けて消えた。少年の心に忘れてはならない戒めを深く刻み込むという役目を果たして。


 もしあの日、違う返答をしていたのなら。もしあの日、彼女と会わなかったなら。もし、自分達が出会っていなかったなら。


 しかし、嘆いたところで全ては夢。儚い、儚い夢の中。


 少年は夢を見る。何度も同じ夢を見る、見せられる。それは心が温かくなる夢、胸が苦しくなる夢。


 今も少年はその夢に囚われている――。


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