謎の少年
「え・・・あ、え?」
突然と現れ、自分の窮地を救ってくれた少年。
佳奈は目の前の少年をよく見て、信じられない気分であった。
「(こんな小さな子が・・・私を・・・)」
見た感じではだいたい十一、十二才といった容姿。
自分よりも幼いその体には、黒い人の返り血がべっとりと付着していた。
「おねえさん?」
呆然としている佳奈のことを不思議そうな顔で見つめる少年。
「あ、ごめんね・・・ありがとう」
助けてくれた事に礼を述べる佳奈。しかし、返り血を浴びながらも平然とした態度でいる少年の事を内心で不気味に思ってしまう。
よく見ると少年の手には血が付着した小さなハンマーが握られている。
「だいじょうぶそうだね。じゃあ・・・」
「あっ、ま、待って!」
「?」
目の前から立ち去ろうとする少年を呼び止める佳奈。
少年は足を止め、佳奈へと振り返る。
「なに?」
「え、えっと・・・・・」
佳奈は自分が呼び止めたにもかかわらず、何を話せばいいのか分からなかった。だが、目の前の少年は自分をこの黒い人から救ってくれた。ならば彼はこの黒い人について何か知っているのではないかと思い、彼にこの黒い人について聞く。
「この・・・全身が真っ黒な人は・・・何なの?」
「これ・・・これは――――――」
少年が口を開こうとしたその時、屋上に新たに黒い人が現れる。
「!」
少年は一瞬で黒い人の目の前に移動し、手に持っているハンマーで頭部を砕いた。
鮮血をまき散らしながら、黒いその体を所々を血で染め、黒い人は倒れた。
「わるいけど、はなしはあと・・・」
そう言って少年は屋上から出て行く。
「あっ、ま、待って!」
佳奈は一瞬呆然とした後、すぐに少年の後を追いかけた。
屋上から下の階へと降りていく少年、そんな彼の後に続き佳奈は少年に先程の続きを聞き出そうとするが、辺りの光景を見て吐き気が込み上げた。
「う・・・うぷっ」
下に降りると、そこには、人、人、人、人人人人・・・・・全身が血まみれでそこたら中に鼓動を動かすことを止めた人間が転がっていた。
そのあまりにも凄惨な現場に直面し、佳奈はとうとうその場で嘔吐する。
「うっ・・・ぐ・・・おえぇぇぇっ、うぇぇぇぇ・・・!」
「・・・だいじょうぶ?」
少年はその場で膝を付き、廊下に胃の中にある物を吐き出す佳奈の背中をさする。
「う・・・ふう、ふう・・・」
佳奈は目の端に涙を溜めながら、荒い呼吸を繰り返す。
「むごい・・・なんで、こんな・・・」
佳奈が辺りに散らばる人間たちを見ながらそう言うと、前方の曲がり角から黒い人が現れる。
「!? ま、また出た!」
「さがってて・・・」
少年は佳奈にそう言うと、黒い人へと走って行く。
黒い人は両腕を刃物へと変形し、それを向かってくる少年へと伸ばす。だが、自分の体に迫って来たその両腕を少年は空中へと跳躍し回避する。
「それ・・・!」
そして空中から黒い人の頭上に少年は降下して行き、その勢いを利用して黒い人の頭部を破壊する。
ぐしゃあっ・・・という不快な破壊音と共に頭部が砕かれる黒い人。佳奈はその光景を見て呆然とする。
佳奈の目には黒い人が両腕を伸ばそうとしたところまでは見えた、だが、その先の少年が黒い人を仕留めるまでのスピードはあまりにも速く、はっきりと認識できなかった。
「(あの子・・・人間なの?)」
どう考えても異常な身体能力、人の能力を超えている。
少年は顔にかかった返り血を拭い、佳奈へと振り返る。
「おわったよ」
「・・・・・・」
そしてもう一つ、目の前の少年のこの態度も佳奈には異常に見える。
何故この子は、こんなにも平然としていられるのだろう。この地獄の中で・・・・・。
「どうしたの、ここでわかれる?」
「!・・・いいえ、何でもないわ」
しかし、いくら不気味とはいえ今は目の前の小さな少年程、この地獄で頼りになる存在は居ないだろう。
この少年はあの黒い人を葬る力を有しているのだから。
「いこうか」
そう言って歩き出す少年。
そんな彼のことを慌てて追いかける佳奈。彼からはぐれてしまえば、自分はこの地獄で生き残れるとは思えない。自分よりも小さく、こんな幼い少年に頼るのは情けないが、しかし、この少年が普通ではないことはもう証明済みだ。
「(今は、この子から離れるわけにはいかない!)」
血の海と化した廊下を歩いて行く二人。
その道中、黒い人とは何度か遭遇したが、しかし、生きている人間とは出会う事がなかった。目に付くのは屍と化している者達だけ・・・・・。
「どうして、こんな・・・」
佳奈の口からは思わずそんな言葉が零れ落ちる。
そして二人は学園の外へと出た。学園の外の校庭では、一人の生徒が必死で黒い人から逃げていた。
「た、たすけ・・・」
佳奈と同じクラスの男子が泣きながら黒い人から逃れようとするが、佳奈がその光景を見て、瞬きを一度したときには、その男子の体が一刀両断され、二つに別れていた。
「・・・・・っ!」
その光景を見て、佳奈は思わず目をつぶる。
そして目を開けると、隣にいたはずの少年はいつの間にか校庭に居る一体の黒い人を狩り終えており、次の標的へと走って行った。
その後、校庭に居た全ての黒い人は全員、彼に狩られ活動を停止した。
校庭で息をしているのは、黒い人を全て狩り終えた少年と、それを呆然と眺めている佳奈の二人だけであった。
「・・・・・どうして、なの?」
目の前の地獄絵図を眺め、彼女の口から悲痛な声が零れ落ちていく。
「なんなのよ・・・これは。夢なら・・・覚めてよ・・・」
今日も一日、いつもの様な当たり前の日常を過ごすと思っていた。しかし、そんな彼女の考えを裏切り、世界はあまりにも残酷な催しを開いてしまった。多くの命を奪い、平凡な学園を真っ赤な鮮血で染め上げた。
もしかしたら自分は悪い夢を見ているのでは、そう考えて現実から逃避しようとする佳奈に、返り血でまみれている少年が現実を突きつける。
「ゆめなんかじゃないよ」
佳奈は少年へと振り返り、この地獄絵図が何故起きたのかを聞く。
「なんなの、これ・・・なんでこんな事に・・・」
だが、その答えは返っては来ない。
「さぁ、何でこんなことをするのかは分からない。ボクのしごとはただ、おそうじをするだけだから・・・おねえさん、だいじょうぶ?」
「大丈夫な訳がないでしょ・・・気がどうにかなりそうだわ」
少年は辺りを見回し、そっと呟いた。
「いきのこってるひと、もういないのかな?」
「・・・・・」
約一時間の間に、この学園の自分以外の生徒が皆殺しにされた。
絶望に沈んでいく佳奈だが、そんな彼女に少年が近づき、そして彼女を驚愕させる言葉を告げる。
「だいじょうぶだよおねえさん――――――」
「だって、しんだひとはまたいきかえるから」
「え・・・?」
佳奈は少年の言葉を聴いて、信じられないような顔をする。だが、目の前で起きた非日常な出来事を体験した彼女は少年の言葉に縋りついた。
「生き・・・返る・・・?」
「うん」
彼は血で真っ赤に染まった、無表情な顔で佳奈を見て頷いた。