突然訪れる地獄
それは、何の前触れもなく起こった。
一人の少女が自分の通っている学園の校庭で膝を付き、そして呆然としている。
「なんなのよ・・・これは・・・」
少女の周りには大量の人間が・・・死体が転がっている。
そして、もう一つ・・・全身が黒い人間の様なモノが複数転がっている。
「夢なら・・・覚めてよ・・・」
少女は震える声で目の前に広がる光景を否定しようと、これが自分の見ている悪夢だと言い聞かせる。
だが、その背後から一人の少年が声を掛ける。
「ゆめなんかじゃないよ」
少女の後ろには、彼女より背丈の低い一人の幼い少年が立っていた。
その少年の全身は、血濡れたおぞましい姿。しかし、それは自らではなく他者からによる返り血であった。
少女は震えながら少年の方に振り向く。
「なんなの、これ・・・なんでこんな事に・・・」
「さぁ、なんでこんなことをするのかはわからない。ボクのしごとはただ、おそうじをするだけだから」
少年は少女の質問に明確な答えは出さず、自分のした事だけを淡々と告げる。
「おねえさん、だいじょうぶ?」
「大丈夫な訳がないでしょ・・・気がどうにかなりそうだわ」
少女は何故、こんな事になったかを思い返す。
しかし、自分の記憶を思い返しても答えは出ない・・・・・。
この地獄が訪れる約一時間前――――――
「(あ~、眠いな~・・・)」
学園の教室、そこでは授業を眠そうに聞いている少女、非封佳奈が歴史の教師の授業を眠そうな目をしながら受けていた。
ほかにもチラホラ、欠伸をかみ殺している生徒がいる。
「(何かおもしろい事でもおきないかなぁ~・・・)」
そんな事を考えながら窓の外を眺める佳奈。
その時――――――
『きゃあぁぁぁぁぁぁぁッ!!!』
「「「!?」」」
突然、隣のクラスから悲鳴が聞こえてくる。
そのあまりにも大きな声は佳奈たちのクラスまで聴こえて来て、皆が一斉に反応する。
「何? 隣からだよね、今の・・・」
「ああ、叫び声が・・・」
クラス内がざわめき出す。
そんな生徒達に歴史の教師が静かにするように言う。
「静かに・・・少し様子を見て来ます。皆さんは・・・」
その時、教師が言葉を言い終える前に教室の扉が開いた。
クラス内の全員が開いた扉の方に顔を向けると、全員が凍りついた。
そこには、全身が黒い、人型の何かが立って居た。
「え・・・?」
その謎の物体を見て教師が小さく声を出すと、次の瞬間――――――
ぐちゃっ・・・という嫌な音が教室内に響いた。
生徒達は全員、血の気が引いた。
教室の扉の前で佇んでいた黒い人の腕が伸び、その先端が鋭利な刃物の様に変形し・・・・・教師の頭部を貫いたのだ。
黒い人が刃物の様に変形した腕を引き抜くと、歴史教師は倒れた。
「・・・・・・」
びくびくっと痙攣しながら穴の開いた頭から血を垂れ流す教師。
「きっ、きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁッ!?」
女子生徒の誰かが張り裂けんばかりの声で悲鳴を上げる。
そしてそれに続くよう、他の生徒の口からも悲鳴が放たれ、教室に響き渡る。
「え、え、え?」
佳奈は目の前で起こった出来事に混乱し、悲鳴を上げる余裕すらなかった。
すると、黒い人は両腕を伸ばし、近くに居た生徒二人の首を跳ねる。
「いやぁぁぁぁぁッ!?」
一人の女子が泣きながら悲鳴を上げて、黒い人のいない後ろの扉から教室を出て行く。そしてそれに続き他の生徒達も我先にと教室を出て行く。
その中には佳奈の姿も在り、彼女は教室を出るその刹那、黒い人をもう一度見た。
その黒い人は相も変わらず顔の無い黒色の顔をしていた。
教室を出た生徒達は一目散に学園の外へと出ようとする。
そして、一番先頭を走っていた生徒が学園から出た直後、足を止める。
「ウソだろッ!?」
学園の校庭には先程の黒い人が複数うろついていたのだ。
「一匹じゃなかったのか・・・!」
先頭の生徒がそう言うと、黒い人が変形した腕を伸ばしてきた。
伸びて来た腕の速度はあまりにも速く、先頭の少年の体を貫き、そしてそれに留まらずに後ろに並んでいた三人の生徒を貫いて行った。
「あご・・・ぼぇ・・・」
貫かれた生徒達が口から呻き声と共に、大量の血を吐き出した。
「ひ、ひぃぃッ!!!」
生徒達は校庭に出ると、四方八方へと蜘蛛の子を散らすかの様に逃げ出す。
校庭には複数の黒い人が居るとはいえ、学園に留まれば確実に殺される。ならば多少リスクを冒しても学園からすぐにでも脱出するべきだと判断しての行動であった。
だが、その選択は間違いであった・・・・・。
「よし、これでッ!」
男子生徒の一人が黒い人達をやりすごし、学園の校門まで辿り着くが――――――
「速くここか・・・ぐわっ!?」
校門を出ようとした生徒であったが、彼は校門を超えることは出来なかった。
何かが、目には見えない壁の様な何かが校門の前に存在し、彼の行く道を塞いだのだ。
「ぐっ、なんだよコレッ!?」
男子生徒は起き上がり、見えない透明の壁を叩く。
「なんだよ、このか・・・べ・・・?」
突然と胸が苦しくなり、目線を下に向けると、彼の体から黒い刃物の様な物が顔を出していた。
「なに・・・こ、べぇ・・・」
口から血の塊を吐き出しながら、少年は息絶える。
そして校庭に出た他の生徒も彼の様に外に出れず、黒い人に次々と狩られていく、その命を・・・・・。
「何・・・外に出れないの?」
学園の入口から様子を眺めていた佳奈が次々殺されていく生徒達を見ながら震える声で言った。
他の生徒達は皆、学園の中へと引き返して行く。外に出れないのであれば、複数黒い人がいる外よりはマシだと思ったのだろうが、先程学園内でも黒い人は目撃している。というよりも自分たちのクラスへとやって来たのだ。
「じゃあ、どこにも逃げ場がないじゃん・・・・・」
佳奈は泣きそうな声で震えながら声を絞り出す。
いったい、今この学園で何が起きているのだろうか・・・・・。
そんな彼女の疑問に答える者は、いまこの場には存在しなかった。
「このあたりからだ・・・・・」
その頃、一人の少年が地獄と化した佳奈の居る学園へと向かっていた。
見たところまだ小学生の様に幼い少年、彼は小さな足を着々と地獄へと運んでいく。
「ここだ・・・」
そして学園の校門前までやって来た少年。
しかし、外から見ると学園の校庭には何も映ってはいなかった。
そこに転がっている死体や、黒い人達も。
「よいしょ・・・」
少年は校門へと進んでいき、そして侵入や脱出を阻んでいる目には見えない透明な壁を通り抜けて行った・・・・・。
「はあ、はあ・・・どうして、こんな」
佳奈は目に涙を溜めながら学園の屋上へと逃げていた。
ここに来る途中、たくさんの死体を見て気分が悪くなったが、その場で立ち止まることすら許されなかった。
自分と同じく必死で逃げていた生徒が目の前で次々と殺されていく光景が目に付き、足を止めれば次は自分がこうなると思い必死に逃げた。
「ふぅ、ふぅ・・・うぐっ」
屋上には何人かの生徒が集まっていた。
そこに居る生徒達も皆、佳奈と同じような表情をしている。
「神様・・・助けて・・・・・」
佳奈は無駄だと分かっていながらも両手を胸の前に持っていき、涙を流しながら懇願する。
その時、屋上の扉が破壊された。
「!? 来たぞぉッ!!!」
生徒の一人が大声で屋上にやって来た黒い人を指さす。
すると黒い人の腕が伸び、目にもとまらぬ速さでこの空間内に居る生徒を次々と肉塊に変えていった。
「へ・・・あれ?」
気が付けば、屋上内で生き延びている生徒は自分だけであった。余りにも一瞬の出来事にリアクションすら起こせなかった。
そして、黒い人が佳奈へと近づいて来る。
「だ、誰かぁ・・・・・たす、助けて・・・」
しかし、そんな怯える少女に情けを掛ける様子も無く、彼女の頭に刃物の様に変形している腕を振り下ろそうとする黒い人、だがその時――――――
「よいしょ!」
ぐしゃッ、という音が佳奈の耳に聴こえて来た。
「え・・・?」
黒い人から何か赤いモノが垂れて来た。それが血である事に気付いた佳奈から呆けた声が出される。
そしてその場で黒い人が地面へと倒れる。
「おねえさん、けがはない?」
混乱する彼女に一人の幼い少年が近づいてきた。
彼は黒い人の返り血で汚れた顔で、佳奈のことを見ていた。