ガルシア自伝 その2
ガルシア少年時代のお話パート2です。
「フン。何とか説得出来たようだな。しかし貴様の話で納得するとは案外そのガキ、チョロい奴だったか」
あの後取調室からジェラルド様に連れ出された私は、隊舎の中のある一室に案内された。
そこに取調室に最初ジェラルド様と共に来ていた人物、ディルク様が居た。
ディルク様はジェラルド様と私が部屋に入るなり、皮肉な笑みを浮かべてそう言った。
ジェラルド様は頬を掻きながら
「相変わらず評価が辛い。まぁでもちゃんと説得は出来たんだから上々でしょ。予定通りこの子は俺が面倒を見ます。……後はどうでした?」
とディルク様に何かを確認する。
ディルク様は皮肉な笑いを浮かべたまま
「フン……貴様に出来ることが彼奴等に出来ないとでも?無事他のも取り込めた。……これから迅速に動かねばな。知られてはならん。あの愚王は又何を言い出すか分からんでな」
と吐き捨てるように言った。
ジェラルド様は小さく頷くと
「では俺は手筈通り、直ぐに王都を出ます。既に手続きは完了してあります。後は良しなに。先生」
と私の腕を掴み、その部屋を出ようとした。
するとその後ろ姿に
「……3年だ。猶予はそこまで。それまでにそのガキを育てろ。其奴なら二次成長を終えるだろう。愚王を抑えるのはそれが限界だ。それまでは何とかする。3年後……判ったな?」
とディルク様が低い声で命じた。
ジェラルド様は振り返らず
「キツいな。……了解」
と呟き、私を連れて部屋を出た。
「なぁ、何の話してんだよ?俺を育てるとかなんとかって!3年とか意味わかんね!ちゃんと言えよ、おっさん!」
と腕を掴んだまま歩き続けるジェラルド様に私は尋ねた。
ジェラルド様はそんな私を全く意に介さず、ひたすら何処かに向かって歩き続ける。
勿論私の腕はしっかり掴んだままだ。
「おっさんってば!腕痛えって!あんま引っ張んなよ、腕もげちまうだろっ!聞けよっ!」
私の悲鳴(?)に幾分歩く速度を緩めながら、しかし足を止めることなくジェラルド様は進み続けた。
そして足を進めながら
「急ぐんだ。これはお前の為でもある。とにかく隊舎から出なければ……。でないとお前が死ぬ」
と小声で話す。
「な、何で…」
と私は思わぬ言葉を聞いて戸惑う。
「静かに。周りに気取られるな。お前を連れて無事出られるかどうかが先ず第一関門なんだ。追っ手が来なきゃ良いんだがな。後は領地間の関所に手配が及ぶ前に王都を出て、フェリークに入る。それまでは足を止めないからな!良いか?」
とジェラルド様は、早口の小声で予定をかいつまんで説明してくれた。
「ど、どういうことだよ?何でそんな逃げるみたいな……」
と私も幾分足を早めながら抵抗を緩めて聞いた。
「この廊下は人がいないから未だ大丈夫だが、あの角を曲がったら下を向け。少し嫌がる素振りを見せながら、俯いて泣くんだ。離してくれとか言いながらな。だが、足は緩めるなよ?隊舎を出たら、俺に付いて走れ。決して見失うな。足の速いお前ならいける。訳は後だ」
とジェラルド様は小声で私に指示を出した。
顔を見たらさっきまでとは全く違う、真剣な表情で前を向いている。
私はその真剣な横顔を見て息を呑んだ。
今はヘタな事をしてはダメだ。
無駄な抵抗は死を招く。
幾ら馬鹿な私でもその位は分かった。
言われた角を過ぎてからは、ジェラルド様に言われた通り下を向き怯えた表情をして、足は緩めずに嫌がる素振りをみせた。
ただ私がして見せた怯えた表情については
「……不貞腐れてるようにしか見えんな。ま、しょうがない」
と云う評価だったが。
隊舎だと云う今まで居た建物を出ようとしたその時だった。
「おや、どこへ行くんです?フェリーク殿。そのガキの取り調べは終わったんですか?では処分には私が参りましょう。さあ、そのガキは私に……。まさか全ての手柄を独り占めしようとはなさいませんよね?」
聞き覚えのある声にジェラルド様が足を止めた。
微かだが
「ちっ……来たか」
と声を漏らす。
その声の主は少しずつ私達に近付いてきて、私の腕を掴んだ。
顔を見て思わず
「うえっ!……あ、アンタはさっきの平民騎士!」
と馬鹿な私は言ってしまった。
するとその平民騎士は私の台詞に顔を赤く染め、表情を大きく歪めた。
「何だと……?汚いゴミが私の事を何と言ったっ!……フェリーク殿、これは貴方の差し金か?貧乏貴族が私の実家の格を羨んで、まさかこんなゴミに愚痴でも溢されたのか……失笑、家格だけでなく人格まで落ちぶれましたか!……そんな貴方にガキの処分は任せられませんな。さあ、さっさとそのガキを私に渡しなさい!この愚か者がっ!」
と掴んでいる私の腕を引っ張った。
「くっ!離せよ!デブ!」
と、私はその平民騎士から腕を外そうともがく。
「デ、デブだと!ええい、1度ならず2度までも害虫がっ!黙れっ!」
と叫んで、腕を外そうと暴れる私に殴りかかった。
するとそれまで黙っていたジェラルド様が、殴りかかってきた平民騎士の腕を掴み、腹に蹴りを入れてぶっ飛ばした。
腹に蹴りを入れられた平民騎士は、ふっ飛ばされて転がり
「あ、グッ……グェッ、オゲェッ!」
と腹を押さえて転げ回る。
「お前は別の任務があるだろうが。俺は参謀から直々に処分を任されている。まさか自身の任務を放棄してここで待ち伏せした上、他の者の任務妨害と命令違反まで犯すつもりか?もし俺の任務妨害をするなら、容赦はしない。……お前が俺に勝てるのか?」
ジェラルド様が腹を押さえて転がる平民騎士に、冷静な声で脅しをかける。
「あ、アグッ!……き、貴様……私をこんな目にあわせて無事で済むと思うなよ……。直ぐにお父様に申し上げて、王族に陳情頂く……。お前の家など直ぐに身分剥奪の上、お取り潰しになるわ!」
と平民騎士が不様な格好で悪態をつく。
するとジェラルド様はクッと笑い
「ほう、頭の悪い平民騎士に何が出来ると?取り潰せるものならやってみるが良い。……しかし家の名前まで判っている癖に、俺の家自体は知らんとはな。呆れた馬鹿跡取りだよ、お前は」
と平民騎士を見下ろして冷笑を浮かべる。
「ふ、ふん!どうせ騎士にでもならないと食い扶持が稼げない、貧乏貴族の次男坊以下だろうが。口減らしで家を追い出されてる癖に、何を偉そうに……グッ」
と平民騎士は悪態をつきつつ、腹を押さえて丸まった。
「脂肪がそれだけあっても、衝撃を全て吸収するのは流石に無理だったようだな。ああ、こんなことをしている暇は無い。任務途中だ。……行くぞ、クソガキ。早くお前を処分しないと報告が一層遅れる。来い!」
とジェラルド様は私の腕を引っ張り、小走りに隊舎を離れる。
いつしか日も暮れ、辺りは夜の闇に沈んでいた。
「おっさん、離せよ~。痛えって……」
と私も調子を合わせながら演技を続けて、歩調を合わせる。
平民騎士が転がってる場所から少し離れて建物の影に隠れた途端、ジェラルド様は私の腕を離し
「くっ!手間取った!急ぐぞ、ガキ!あの先にある門まで走れ!門番は俺達の仲間だ。門を抜けて、近くの小屋に馬車が用意してある。そこまで止まるなよ、行くぞ、付いてこいっ!」
と言うが早いか駆け出した。
私も後について必死に走り出した。
門まで走ると門番が
「ジェラルド、行け!未だ追っ手は見えん!他の奴等は既に出た!後はお前達だけだ!逃げろよ、何としても!」
と門を押さえながら叫ぶ。
「すまん、手間取った!後は頼んだ!死ぬなよ、お前等!」
とジェラルド様は走り抜けながら叫ぶ。
「誰に言ってる!お前等こそ死ぬな!3年後だ!待ってるからな!」
と叫び返した門番は、ジェラルド様に続いて私が門を走り抜けると、すかさず門を閉め閂を掛けた。
門番はそれきり私達に背を向け、隊舎に向かって仁王立ちになる。
篝火が立ち塞がる門番の姿を浮かばせていた。
……まるで外ではなく、門の中に敵が居るかのように立つ彼の姿を。
ジェラルド様は全く振り向くことなく、ひたすら全力で走り続ける。
私も必死に後について走る。
暗い夜道だが、半円の2つの月明かりが辺りを照らし、何とか私はジェラルド様の姿を目で追う事が出来た。
離されそうになりながらも、自分の命がかかっているから私も必死に食らい付く。
やがてジェラルド様が言った近くの小屋が見えてきた。
小屋の扉をジェラルド様が開け、開いた扉を押さえて
「早く来い!」
と私に叫ぶ。
私は息も絶え絶えに小屋に駆け込み、床に這いつくばった。
ジェラルド様はそんな私に見向きもせず、用意されていた馬車を確認し、馬を宥めて馬車に近付く。
馬車の中を覗き込みながら、何かを確認して
「よし、フェリークまで何とかなるな。今から走って2日あれば……。とにかく出るか!」
と言うと、馬車の向こうに見える大きな観音開きの馬車用の扉の閂を外し、扉を大きく開けてから這いつくばっている私を担ぎ上げ、馬車に放り込んだ。
「イテッ!何すんだよおっさん!」
文句を言う私を再び無視し、御者席に飛び乗ると
「ハイッ!」
と馬に掛け声をかけ、手綱を引く。
2頭の馬が少し後ろ足立ちになった後、物凄い勢いで走り出した。
急に走り出した馬車は物凄く揺れて
「うわ、わわ!いったー!……グオッ!ウワッ!」
と馬車の中に居た私は引っくり返って、あちこちで頭や体を打ち付けた。
「飛ばすからな!どこかに掴まれ!後、後ろの固定した籠に水と食料が入ってる!適当に食べろ!
用足しは走りながら済ませるんだ!中を汚さないよう、一番後ろからテメエのブツを掴んで幌の外に向けて用を足せ!お前なら出来るだろ、クソガキ!
あ、用を足したら手はちゃんと洗えよ!きったねー手で食いモンに触んじゃねーぞっ!
それから俺に水とパンを寄越せ!後は休んでろ!」
と言いたいことだけ言って、ジェラルド様は前の幌を閉じた。
私が居る馬車の中は真っ暗になってしまった。
「おっさん、暗くてなんも見えねえよ。火か何かねえの?」
と前に這いながら近付いてジェラルド様に聞く。
ジェラルド様は幌を開けずに
「火?……ああ、そうか。悪いな、少し待て。もう少し離れたら、ランプを渡す。未だ近すぎる。これでは止まれない」
と言うと又
「ハイッ!」
と手綱を捌いて、馬の速度を上げる。
這いつくばっている私は必死に縁板にしがみつき、その揺れに耐えた。
どのくらい走っただろう。
夜道をひたすら走っているのだが、中から顔を出すわけにもいかず、周りがどんな様子か確認もできない。
いつしか馬車は最初の速度より大分遅くなり、揺れはするが何とか掴まらずに座れる程度の速度になった。
私は漸く一息つき、前のジェラルド様に又声を掛けた。
「なあ、未だ火ダメなんか?」
と聞くと
「おぉ?あぁそうだったな……よしこれで良い。ほら光だ。熱くないから安心しな。これで中が見れるだろ?」
とジェラルド様が何かを差し出してきた。
受け取るとそれは筒に入った光る石だった。
「何これ?何で光ってんだ?熱くねーし。変なの」
と筒を持って私が首を捻る。
「それは光の魔晶石だ。今魔力を発動させた。暫く保つ。眩しかったら石の方を下にして床に置きな。筒で光が遮られて大分マシになる筈だ。ほら、それで中が見えるだろ。早く水とパンをくれ。腹減っちまった」
と馬車を走らせながらジェラルド様が私に指示する。
私は四つん這いになって籠に近付き、水の入った筒とパンを持ち、ジェラルド様のいる前の方にに又ハイハイしながら近付いて
「ほら、おっさんコレ。水とパンな。俺も貰うぜ、良いだろ?」
と手渡しながら聞いた。
するとジェラルド様が幌の中に手を差し入れてそれらを掴み
「ああ、ありがとう。お前も食えよ。それに喉がカラカラだろう。水も早く飲め。すまなかったな、待たせて」
と言ってくださった。
私はその言葉を聞いて固まった。
「えっ?……あ、ありがとうって俺に言ったのか、おっさん?」
と聞き返す。
ジェラルド様は不思議そうに
「他に誰がいるんだ?お前が取ってくれたんだろうが。なら礼を言うのは当たり前じゃないか。
何言ってんだ?いいから早く水飲め。干からびちまうぞ、お前」
と話す。
私は生まれてはじめて人から礼を言われたことに狼狽し
「あ、ああ……うん、分かった……。水、飲むよ……あ、ありがと……」
とドキドキしながら自分も真似て礼を言ってみた。
「ああ、どういたしまして。早く飲んで食え。その後、暫く寝るんだぞ。ガキは寝ないと大きくなれねーからな。すまんが揺れるのは我慢してくれよ?」
と私の礼に応えてくれ、後私の体を気遣ってくださった。
私は胸が詰まり、漸く
「う、うん……」
とだけ返事すると籠に近付き、言われた通りに水とパンを出して、先ず水を飲もうとした。
だが中々飲めなかった。
何故なら私の手は震え、目から涙が溢れていたから。
生まれてはじめて自分を気にかけて貰えた事に、私は胸がいっぱいだったんだ。
この気持ちは何なんだろう。
何で私は泣いているんだろう。
震えるほど私は何を感じているんだろう。
そう思いながら、涙を流しつつ馬車の後ろで踞る。
涙は暫く止まることはなかった。
その気持ちが生まれてはじめて知る“喜び”と云う感情だと判ったのは、随分後になってからだった。
次もガルシア編です。