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やりたい事をやる為に A.S集  作者: 千月 景葉
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ガルシア自伝 その1

 私はガルシア・シェルビー。


 黒き森の管理人兼守人だ。


 このフェリーク領の前領主であられたジェラルド様が直々にその重責を私に担えと仰せられ、以来黒き森にて弱輩なる身であるが粉骨砕身、彼の方の期待に少しでも応えるべく精進の日々を送っている。


 私には元々親が居ない。


 物心着いた頃には、既に王都の光指さぬ薄汚れた街の片隅で、盗みに手を汚しつつ日々の糧を獲る毎日を送っていた。


 私は同じような境遇の者達と肩を寄せ合い、何とか生き永らえていたのだ。


 夢もなく希望もなく、ただ生きるために金品食物を盗み、それを口にする日々。


 あの頃の私の目には色は映らず、全ては灰色だった。


 自分の境遇を恨んでいたか、だと?


 いや、そんな気持ちすら持てなかった。


 何故なら、その日々しか知らなかったから。


 “恨み”と言うのは今の自分が惨めで苦しいと、理解して初めて起こる感情だ。


 比べる別の日々が存在しないのに、何故そんな気持ちが持てようか?


 たまに綺麗な服を着た身分の高そうな女が、これ見よがしに物や服を私達にばらまきに来ていたが、私はあの者達の笑顔がこの世で一番冷たい物だと感じていた。


 あの者達は、良いことをしていると言う自分に酔っているだけだったから。


 そんなあの者達の口から出る高い声は非常に耳障りで、張り付いた笑顔から出る憐れみを交ぜた言葉は、普段何も感じない私の神経を悍気(おぞけ)で粟立たせる。


 だから奴等が現れると、とにかく逃げた。


 目に入ることすら耐え難い存在の者達だった。


 今でもあの者達を思い出すと吐き気すら覚える。


 又、たまにそんな者達の中に私達を触りにくる者もいた。


 今でこそ解るが、あれは奴隷狩りだったのだ。


 だが俺と同じ境遇の者の中には、自らそんな輩に近付いて行く奴もいた。


 少しでも物が食べられたらの一心だったのだろう。


 だが勿論1度付いていったが最後、そんな奴は二度と戻って来なかった。


 騎士団には害虫の様に追い払われた。


 確かに害虫の様な生き方をしていたし、騎士団側からしてみれば私や私と同じ境遇の者は邪魔でしかなかったろう。


 しかし何も言わず追い払われるだけならまだしも、団の奴等からは時に何もしていなくても捕まえられ殴る蹴るの暴行を受けるときもあった。


 多分俺達で憂さ晴らしをしていたんだろう。


 だがこちらとてそうそう殴られてばかりもいられない。


 痛いのはごめんだと、当たり前だが奴等からも逃げた。


 うん、こう思い返してみると本当にろくでもない子供時代を送っていたもんだとつくづく感じる。


 どうしようもなかったとは言え、よく生きてこられたよなぁと今更ながらあの頃の自分の逞しさに感心する。






 そんな私の人生に転機が訪れたのは、今のライリー位の時だ。


 実は私は自分の年齢が何才なのか知らない。


 物心付いた時には街を徘徊していたのだからな。仕方無い。


 大体ライリー位の体つきだった頃だから、7才位だと思う。


 騎士団が街を徘徊する子供や浮浪者を一斉に取り締まったのだ。


 いつもなら逃げたら追っ掛けて来なかった騎士団の連中が、あの時だけは本当にしつこかった。


 どこまでも追い掛けてきて捕まえ、荷馬車に乗せてどこかに連れていくのだ。


 私も捕まるもんかと必死で逃げた。


 しかし次第に周りに居た奴等が一人捕まり二人捕まり、気が付いたら盗みの上手いすばしっこい奴等だけが残された。


 そしていつしか自然とそんな奴等が集まり、情報交換をしながら騎士団から逃げるようになっていった。


 しかし所詮は子供、(にわか)の集団。


 最後には皆追い詰められて捕まってしまった。


 私も捕まり、荷馬車に乗せられ騎士団の隊舎のある建物に連れていかれた。


 そして取り調べが始まった。


 最初に名前を聞かれたのだが、これが問題だったのだ。


 ……私には名前が無かった。


 だって考えてみてほしい。


 物心付いたときから一人なのに、名前が有ったとしても、覚えてる筈無いだろうが。


 捨て子なのか、(さら)われて来たのか、それすらも判らない。


 仮に名前を覚えてたとしても、呼んでくれる奴なんか居ない。


 大抵お前や貴様、てめえ、クソガキ、ゴミ、泥棒ってしか呼ばれない。


 同じ境遇の者達からは、「おい」だの「こら」だの、そんな感じだ。


 ……字も読めないし、寧ろ必要なかったし。


 取り調べで名前を言わなかったら、どつかれた。


 どつかれたって無いものは言えないしな。


 で、私をどついたその取り調べ担当の騎士を睨んでいたら、そこにそいつの上司らしき騎士が2人現れた。


 それがジェラルド様とディルク様だったんだ……。





 ジェラルド様は睨んでる私をチラリと見た後、ディルク様に何やら耳打ちをしていた。


 ディルク様は暫く私を見つめていたが、やがて鼻を鳴らすと

「儂もコイツだな。良いんじゃないか?お前に任せた。なら儂は行くぞ。結果を後で伝えに来い」

 と言い捨て、身を翻して取り調べをしていた部屋から1人出ていった。


 取り調べ担当の騎士が訝しげな顔でジェラルド様を見ながら

「一体何なんです?俺の取り調べに何か問題が?」

 と不服そうに尋ねた。


 ジェラルド様はそいつをチラリと見てから、取り調べ内容を記録する用紙を見て指でトントンとそれを叩きながら

「時間が掛かってた割になにも聞けてないのか、貴様?よくそれで文句が言えたな、この能無しめが!」

 と表情をガラリと変えて言い放った。


 騎士はガタッと立ち上がると、ジェラルド様に

「名前を言わないんですから、進むわけ無いでしょう!このクソガキが頑固でどうしようもないんですよ!なら貴方がやってみてください!どうせ出来もしない貴族の坊っちゃん騎士が偉そうに!」

 と食って掛かった。


 どうやら取り調べ担当の騎士は平民出身らしく、貴族のジェラルド様に相当反感を持っていたようだった。


 私は仲間割れをただ淡々と見ながら

(くだらねぇ。どうでもいーから早く終わんねぇかな~。尻が痒くて仕方ねぇ。早く動きてぇよ!ちくしょう!)

 と鼻を穿(ほじ)っていた。ホントにクソガキだ。


 ジェラルド様はその平民騎士を立たせて私の目の前に座り、取り調べを交替した。


 平民騎士は腕を組んでせせら笑いながら、私達の直ぐ横に威圧的に仁王立ちする。ホント性格が悪い奴だった。


 ジェラルド様はそんな奴を全く気にせず開口一番私を見てこう聞いた。

「お前、名前なんて無いよな。違うか?」

 そう言ってニヤリと笑った。





 驚いたのは横に仁王立ちしていた平民騎士だ。

「は?!何をバカな!名前が無い奴など居るものか!」

 と平民騎士が叫ぶ。


 私は目の前でイタズラっぽく笑うジェラルド様の顔を見て

「……ああ、俺には名前が無えよ」

 と静かに答えた。


 ジェラルド様はフッと笑い

「あの界隈のつるんでないガキは皆そうだ。つるんでる奴等は先に捕まえたしな。一匹もんは名前を呼ぶ仲間自体居ねえし。お前もそうだと思ったよ」

 と私を見つめる。


 平民騎士は悔しそうに

「知ってたなら何で……」

 とジェラルド様に噛みつこうとしたが、先にジェラルド様が平民騎士をチラリと見て

「あの界隈を少しでも回った奴は皆知っとるわ。お前さんはあそこに行ったことが無かったんだろ?なぁ、大店の跡取りさんよ?……若い奴の手柄を分けて貰おうと取り調べを横取りしたんだろうが、隊舎と家の往復しかしないぼんぼんのお前さんにゃ荷が勝ちすぎる。……とっとと出ていけ能無しがっ!仕事の邪魔だっ!!」

 と最後は部屋が揺れる位の大声で一喝した。

(耳痛ってーーー!なんつー大声出すんだよ、このおっさん!)

 私が耳を押さえて顔を歪めてると、横に仁王立ちしてた平民騎士はフルフル震えだし、顔を真っ赤にして

「父上に言いつけてやる……覚えてろ、貧乏貴族がっ!」

 とジェラルド様に情けない捨て台詞を吐いて部屋を飛び出していった。


 ジェラルド様はそいつが飛び出していった扉を閉めに立ち上がると扉の外に向かって

「ボンクラがっ、扉ぐらい閉めてけっ!クソ役立たずの能無しがっ!」

 と又廊下に響き渡る大声で文句を言った。

(ガキの喧嘩か?しっかしなっさけねぇ騎士も居たもんだな。バッカじゃね?)

 と鼻を穿りながら私はふんぞりかえっていた。


 ジェラルド様が扉を閉めて戻ってくると私の横に立ち

「馬鹿、引っくり返るぞ?座り慣れねぇなら床に座れ」

 と私の頭を軽く小突いた。


「へっ?おっさん何でわかった?」

 と見上げて聞くと

「解らいでか。ケツを浮かしてふんぞり返ってたらな。まぁ床に座れ。その内コケるわ」

 と言いながらジェラルド様は自分も床にあぐらをかいて座った。


「さて、取り調べだかな……。面倒だからやらない。お前の武勇伝は別に聞きたかないし。その代わり別の話をしたい。良いな?」


 とジェラルド様は私を見てニヤリと笑った。







「別の話?何だよそれ」

 と私は警戒心も露にジェラルド様を睨み付けた。


「お前は別にあの界隈でなくとも、食えればどこでも良いんだろ?」

 とあぐらに頬杖をついて、全く貴族とは思えない格好でジェラルド様は聞いてきた。


 別にその通りなので軽く頷く。


 するとジェラルド様はニヤリと笑い

「じゃあ食わせてやるから、俺についてきな。俺はもうすぐ任期が終わるんだ。里に帰るんで、お前を連れていきたい」

 と私を見る。


 私は一瞬何を言われているのか全く解らなかった。


「は?!何言ってんだ?意味わかんね」

 と吐き捨てる。


 ジェラルド様はじっと私を見つめたまま黙っていた。


 痺れを切らした私は

「ふざけんな、おっさん!……てめえ、まさかそっちの気があんのかよっ!俺はてめえの玩具になんかならねーよ!ケツが掘りたきゃ他当たれ!クソがっ!」

 と悪態を付いた。


 ジェラルド様はクッと笑うと

「お前のケツに興味は無いよ。俺は女が好きだしな。それに里にゃ可愛い妻が俺を待ってんだ。スッゴい美人でな。ああ、里へ帰ってから会わせてやる。惚れるなよ?やらねーぞ」

 とイタズラっぽく私を見る。


 イライラした私は立ち上がり

「取り調べしねーなら、早くここから出せよ!訳わかんねー話に付き合ってる暇はねーんだ!俺は稼がなきゃ食えねんだよ!」

 と床を踏み鳴らして釈放を要求した。


 ジェラルド様は顔を曇らせ

「悪いが出来ないんだよ。お前に選べるのは俺と共に来るか……死だけだ」

 と静かに言った。






「え……死?」

 と私は立ち上がったまま、意味がよく飲み込めずに聞き返した。


 ジェラルド様は私を見つめながら

「今回の取り締まりは王の命令でな。家を持たぬ浮浪者や孤児を王都から一掃し、処分せよとの厳命だ。

 どうやら隣国との婚姻の行列を迎え入れるために、お前達が邪魔らしい。

 先に捕まった奴等は既に処分が終わっている。

 残っているのは最後に捕まったお前を含めた5人だけ。

 最後に捕まった9人中、4人は既に処分された。

 ……もう、外に出すのは無理なんだよ」

 と静かに教えてくれた。


 私はその場にヘナヘナと座り込み、床を見つめた。


「行列を迎えるから……汚いガキ共は消せってか……。はは……ホントにゴミなんだな……俺。名前も無しで、死ぬときもこんなんか……」

 と怒りすら湧かず、自分の今までを呟いた。


「……死にたいか?」

 とジェラルド様が私に聞いた。


 私は床を見つめたまま

「……どうせ殺されんだろ、俺」

 と溢す。


「……選べ、今すぐ。俺と来るか、処分されるか。お前が決めろ」

 とジェラルド様は私に選択を迫る。


 私は顔色を無くしたまま、ジェラルド様を見つめる。

「……死にたいならば止めん。お前の命だ。死ねば良い。だが少しでも自分の命を惜しむなら、俺と共に来い。俺が守ってやる。お前が決めるんだ」

 とジェラルド様は更に私に言い募った。


 私はただ呆然とジェラルド様を見つめ続けながら、疑問を口にした。


「何で?……おっさんは何で俺を欲しがるんだ?その気は無いんだろ……?一体何で……」


 ジェラルド様はニヤリと笑うとこう言った。


「もったいないからな。お前は欲しい人材だ。今から鍛えたら役に立つ。さっきのボンクラなんぞと比べ物にならん位に出来が良い。……ゴミってのはな、さっきのボンクラや、お前らを処分しろと厳命してきた王の事を言うんだよ。俺は身分や金で人を見ない。本人の能力が唯一の判断材料だ。……さあ、決めろ。生きるか死ぬか、どっちを選ぶ?」

 と私をじっと見つめ続けた。





 死にたくない私に選択の余地は無かった。


 そして私はジェラルド様の元で暮らすようになったのだった。

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