悔恨その6
森の家に入った3人は、先ずコリンの休む男の子部屋に向かった。
「ああ、これは……ご無沙汰しております、マティアス様リュシアン様。御足労お疲れ様でした。
ライリー殿、益々精悍になられましたね。何よりです。
コリン殿は今眠っておられますよ。怪我は……おや?」
コリンのベッドの脇で付き添っていたテオが、椅子から腰を上げて3人に挨拶しコリンの様子を伝えると、その気配に気付いたのかコリンが目を開けた。
「コリン殿、マティアス様とリュシアン様、そして兄上が見えられましたよ。……判りますか?」
「あ、テオ様……。え?あ、あぁ!に、兄ちゃん、兄ちゃんだっ!ライリー兄ちゃん!ぼ、僕……ごめん、ごめんなさい……!僕が、僕があの女に捕まったから、クロエがっ……!」
コリンはライリーに気付くと慌てて起き上がろうとして、皆に宥められる。
「いけません、コリン殿!」
「コリンッ、起きては駄目だ!」
「コリン、お前のせいじゃない、だから落ち着けっ!」
ライリーはコリンの言葉を否定しながら、弟に駆け寄る。
「違う!僕のせいだよ……僕が捕まらなければ、クロエは……!」
「お前は必死にクロエを守ったんだろう!だが、奴等は周到だったんだ、例えお前が捕まっていなくともクロエは……」
「……兄ちゃん、何でなの?法具も使ってたんだよ?クロエは僕から離れなかったし、店でも殆ど喋らず大人しくしていたんだ。ちゃんと約束を守ってたんだよ!
なのに何で、何でアイツ等はクロエを……!」
「コリン……」
コリンはライリーに再び横たえられると兄の手を握り、目を真っ赤にして訴える。
「どうすれば良かったの?クロエは森から出ちゃいけなかったの?!
楽しみにしてたんだ、初めて買い物が出来るって!凄くはしゃいで喜んでた……。
だけどそれすらクロエはしちゃいけなかったの?!
皆で話し合って、クロエはちゃんとその約束を守ったのに。
なのにアイツは笑いながらクロエに酷い事を言ったんだ!
……本当は知ってた、クロエが僕の妹じゃないってこと。オーウェン兄ちゃんとエレオ姉ちゃんが本当の兄弟なんだってことも!
だけど、クロエが僕を兄ちゃんって呼んでくれなくなったらって思うと怖くて、本当の事は絶対に知られたくなかった!
だって、血が繋がってなくてもクロエは僕の妹だ……ずっとそうだったんだから!
でも守れなかった……あんな酷い事を言われて、それでも必死にアイツに言い返して、僕達を大事な家族だって言ってくれたクロエを、僕は守れなかったんだ……兄ちゃんなのに!」
コリンはライリーにしがみつき、泣き叫んだ。
ライリーはただ弟が落ち着くまで、ひたすら抱き締め続けた。
やがて泣き疲れたコリンが兄の腕の中で眠りに落ちると、ライリーはそっと弟から離れた。
「……父さん、全て俺に教えて。アイツが俺の妹にした仕打ち全てを。
父さんを苦しめ、母さんの心を痛め付け、コリンにまでこんな……奴はクロエに何を言ったんだっ!」
ライリーが肩で息をしながら、泣き疲れて眠る弟を見つめながら唸るように叫んだ。
テオがライリーの肩を叩き
「ライリー殿、とにかくコリン殿を静かに休ませて差し上げましょう。……さぁ、話は別室で」
と優しく諭す。
ライリーは片手で髪をグシャッと掴みながら小さく頷き、唇を噛み締めながらテオに促されて男の子部屋を出る。
マティアスとガルシアが次いで部屋を出ると、最後に残ったリュシアンがコリンに近付いてその額に手を当て
「……コリン、可哀想に。せめて今このときだけでも安らかな眠りに……『安息』」
と魔術を使い、深い眠りに彼を誘った。
程無くコリンは表情を緩め、落ち着いた寝息を立て始める。
それを見たリュシアンは微笑みを浮かべた。
「幸せな夢を見てくれてると良いんだけど。君は本当に頑張ったもの。……さぞ悔しかったろうね。
健気な君に、今の僕はこれ位しか出来ない。ごめんよ。
この眠りから目覚めた時、どうか君の話を聞かせて欲しい。君の怒りと悲しみは全て僕が受け止めてあげる。
君達を苦しめた虫ケラ共には、僕が代わって念入りに報いを与えてやるよ。
そして二度と君達の目に奴が映ることが無いよう、確実に始末するから。……だから任せて、ね?」
リュシアンはコリンに小さな声で呟くと、厳しい表情を浮かべて男の子部屋を後にしたのだった。
「何と酷い……」
「幼子によくも……!」
双子は一言ずつ言うのがやっとだった。
コリンの休む部屋から客間に移動し、ガルシアがテオを含む4人にあの出来事の一部始終を事細かに話した。
その時の情景が甦るのか、努めて冷静に語ろうとするガルシアだが、時々苦悩に顔を歪めて言葉を詰まらせる。
テオは既に3人より前に到着していたのでガルシアから詳細を聞かされていた。
だが幼子に対する余りに酷い仕打ちの数々は、再度聞いても胸が掻き毟られる様に痛む。
ライリーは両手の拳を固く握り締め、叫び出しそうになる我が身を留めるのがやっとだ。
唇は噛み締めすぎて赤いものが端に滲んでいる。
「私はあのハーシュの罵りを止めることも出来ず、ただそこに居ただけのようなものです。あの子を守ると言いながら、なにも出来なかった。
なのにあの子は父を庇い、兄を助ける為に父に指示をし、師を助けに走ったのです。
その上苦しみながらも毅然とあのハーシュめに立ち向かった……!
俺さえアイツの言葉に怯まなければ、あの子があんな辛い決断を下す前にあの子を森に戻せていたかもしれない。
……悔やんでも悔やみきれません。あの子がこの地を去る羽目になったのも全ては俺の……」
ガルシアが悔恨を口にするとマティアスが遮る。
「……ガルシアさん、それは貴方のみの罪ではないですよ。あの子を守る位置に居た大人全員が等しく同罪だと思う。
あの子は何も知らなかった。聡い子だから薄々何らかの事情が有ることは解っていたのかもしれないが。
だがあの子に何も教えず、ただ守れば良いと我等は自らの力を過信していた。その傲り故の隙を付いて、奴等は攻めてきた。だからこれは我等全員が傲ったが為に招いた結果なんです。
……全ての顛末は承知しました。悔やむ事ばかりだが、立ち止まっては居られない。
行動を起こします。既に父は王都にて密かに指揮を執っているんです。
此方はあのハーシュ一味から情報を聞き出し、現場に残された痕跡を徹底的に洗います。
……残念だが2人の捜索は規模を縮小するしかないでしょう。闇雲に捜しても恐らく発見は無理だ。
それはガルシアさん、貴方が一番わかっておられるのでは?」
マティアスの指摘にガルシアは顔を歪める。
「ええ。森があの子に力を貸しているのです。恐らく人の力であの子を捜すのは容易なことでは無いでしょう。
既に森には伺いをたてました。ただ一言“無事でいる”と……。それだけは教えてくれたのですが、後は何も語ってくれません。
森の民達も今全て姿を隠しています。あの子を苦しめた人間達が許せないのでしょう。
……この森が落ち着くまで時間がかかると思います」
リュシアンがガルシアの言葉を聞き咎める。
「森が力を貸す?ではクロエちゃんの失踪は森がやったことなんですか?」
「恐らくは。クロエには強力な森の守護が掛かっていますので。
私はあの時、あの子の魂からの叫びに森が呼応し、あのハーシュを捕まえ、あの子と先生を何処かへ逃がしたのだと考えています。
……ライリー、お前はどう思う?」
ガルシアはライリーに目を向ける。
「俺もそう思う。それにあの戒めの木の根はこの森の中に有る木の物だ。
触って判ったんだけど、あの木の根は地から離れても鼓動していた。
多分役目を終えるまで、アイツ等を絡めとったままでいると思う。
森はアイツ等を許さない。だけど森はアイツ等の命までは奪わない。
……クロエが嫌がることは決してしないだろうから」
ライリーが低い声で答える。
マティアスとリュシアン、テオも驚いた表情でライリーを見る。
「判っていたのか?」
「何となくは。ですが確信をもったのは現場を見たときです。クロエの力を全く感じなかった。だから……」
「森だと?」
「はい。戒めの木の根にも見覚えが有ったので」
リュシアンが溜め息を吐く。
「……僕も森で育ちたかったよ。僕等には見えないものが君には見えるんだね、ライリー。ちょっと妬けるな」
リュシアンの言葉にマティアスが顔をしかめる。
「リュシアン、気持ちは解るが今言うことじゃないだろ。因みに俺のが森に合ってるがな。
まぁそれは置いといて、ガルシアさんとライリーの言葉通りなら、クロエちゃんと先生は先ず無事とみて間違いないだろうな。それはこの件で唯一安堵する知らせだ。
例え俺達が直ぐに見付けられなくとも、守護が有るなら彼女達の安全はある程度は確保されている筈。
寧ろ森に留まっていた場合、奴等がクロエちゃんを手に入れる為、彼女が危惧した奴等による身内への攻撃が現実味を帯びてくる。
……悔しいがあの馬鹿の脅しが身内を狙ったものであった以上、居場所を特定されたクロエちゃんの判断は尤もではあったんだ。
だからと言って決して納得など出来ないし、受け入れる事は出来ないがな」
そうマティアスは腕を組んで、鼻息粗く言った。
リュシアンはそんな兄の言葉に頷きながら、ガルシアを見て話しかける。
「さて、ガルシアさんも酷く消耗されているご様子ですし、話はこれ位にしましょうか。
ガルシアさん、祖父から連絡が来ていると思いますが、本日は此方でお世話になります、すみません。
あぁ、ガルシアさんは休んでいてくださいね。ライリーに聞きながら、休む場所や食事等は自分達で準備しますから。それがこの森の家の決まりでしたしね。
あ、そうだ!今日は先生の小屋を使わせてもらおう、それが良い!
僕達がバタバタしていたら、体調を崩しているコレットさんも落ち着いて養生出来ないですから。
そうだ、テオは何処で休んでるんだい?」
リュシアンが聞くとテオは苦笑しながら答える。
「僭越ながら客人用の寝室で休ませていただいてました。
ですがコレット殿が私の存在を気にされたら申し訳無いですし、出来たら私もリュシアン様やマティアス様と小屋で休ませていただければ……」
リュシアンが大きく頷いて了承する。
「うん、それが良いね。ガルシアさん、構いませんか?」
ガルシアは慌てて腰を上げながら
「いや、私が準備しますから、どうか皆さんはここで休んで……クッ」
とリュシアンを止めようとして一瞬目眩を覚える。
「父さん!」
「あぁ、やはり限界ですよガルシアさん。テオ、ガルシアさんは昨日は休んでいないんじゃないか?」
「はい、流石にコレット殿の看病を私が代わって差し上げるのは憚られまして……。昨日も休んでおられないと思います」
「昨日も?」
テオがガルシアを支えるべく、腕の下に肩を差し入れながら答える。
「ええ、ガルシア殿はあの事件以降、恐らく一睡もされていません。
元々頑強なお体でいらっしゃいますが、もう4日目ですよ。既に限界を超えてて当たり前なんです。
ですが私はコリン殿の看病は出来ても、眠っておられるコレット殿の看病をするわけにいかず、ガルシア殿が休める様にして差し上げられなかったのです、申し訳ない」
「い、いや……テオ殿が居てくださってどれ程助かりましたことか……。
何の、この程度の疲れなど大したことは……」
ガルシアがテオの手助けを遠慮しようと体を離そうとすると、マティアスが反対側の腕の下に肩を入れる。
「虚勢を張ってどうするんですか、全く。ライリーが泣きそうな顔で見てますよ?諦めて休んでください。
ライリー、安心しろ。親父さんは俺達が責任もって寝かせる。
テオ、確かお前客用寝室を使わせてもらってるんだろ?ガルシアさんにはそこで休んで貰おう。
コレットさんの具合はライリー、お前が見てきてくれないか?
これから風呂やら食事の支度やら、色々やることがいっぱいなんだからな」
マティアスがライリーにウィンクしながら指示をする。
ライリーは嬉しそうに笑いながら
「はい!」
と返答した。




