モテる条件
40才、独身、中肉中背、髪の毛も少し少なくなってきた。
服装にも昔ほど気を使う事もなくなり、私服姿はお洒落とは程遠い。
それに気付いていながらもファッション雑誌を見たり、街中で同世代であろうお洒落な男を見ても真似をしようとも思わない。
女性との会話も苦手だ。
会社の女性社員や取引先の女性とは仕事上の会話はそつなくこなせるが話題が仕事以外の世間話になればさっぱり会話が続かない。
そんな俺の事を会社の女性社員は陰で「プロ役人」とあだ名を付けている事も知っている。訳して「プロ役」と言っている事も知っている。
役所の役人は受付で仕事上の話はするが、それ以外の話は一切しないという事なのだろう。
「プロ役」と陰で笑われていようがそれもあまり気にならない。
…どうぞご自由にプロでもアマでも何とでもお呼び下さい…
心の声は不思議と俺を笑顔にさす。
プライベートでも友達はもちろん知り合いも少ない。
昔はもっとたくさんの友達がいたが、年齢を追うごとに自然と疎遠となり年々友達が減っていった。
だからと言って友達を増やそうとも疎遠になった旧友に連絡する訳でもなく生活しているといつの間にか友達は一人だけになっていた。
唯一の友達の裕貴も、俺同様に冴えない男だ。
今までに彼女の一人も出来た事のない俺は一人でいる気楽さに溺れ、彼女を作ろうと努力をした事もない。
いや、努力してもきっと俺には彼女は出来ないはずだ。
一人でいる気楽さや寂しさや孤独感にどこか安堵感と黄昏を感じながら生活を送っていると、あまり人との関わりを必要としないのだ。
「モテる男ってどんな男か分かるか?」
全くモテそうにない裕貴の語り口調はまるでモテる男の語り口調だ。
「簡単に言うと、俺達みたいにモテない要素を持っていない男がモテるんだろ」
モテる男の要素はよく分からないが、モテない男の要素は嫌と言う程に分かっている。いや、理解している。自覚している。
「その通りだ」
適当に自虐的に言ったつもりだったがその通りらしい。
「あのな、モテる男はモテる要素をたくさん持っている訳ではないんだ。モテない要素を全く持っていないんだ。例えば顔がカッコいい、身長が高い、お金持ち、優しいとかモテる要素は色々あるけどな、全てを持ち合わせている男なんてそうそうはいない。どれか一つだけの要素だけでも充分にモテる。だけどな、モテる要素をどれも持ち合わせていないような男でも彼女がいたりモテたりしているのが現実なんだ分かるか?」
確かに俺達のようにモテそうにない男が可愛い彼女と手を繋いで街を歩いている姿はよく見る。その度にこの男はお金持ちなんだろうとほとんどの人間が脳内処理をする。
この男には外見ではないモテる要素があるとすれば優しさかお金持ちと決めつけてしまう。
「そういう男はモテる要素は無くてもモテない要素を持っていない男達という事だ」
頭がこんがりそうになるが何となくは理解出来る。
「あとな、昔からよく言うだろ。一押し二金三男って。あれは嘘だ。正確に言うと半分嘘なんだ。あの言葉が当てはまるのは標準以上の顔とスタイルを持った男に限っての話しだ。俺達のように冴えない中年男には当てはまらない。逆に俺達みたいな男が押しが強過ぎると怖がられるのが関の山だ」
裕貴の言葉には妙に説得力がある。
「そこまでは良く分かった。じゃあ俺達はどうしたらそのモテない要素をなくしていけるんだ?」
「無くす必要はない。そもそもそんな簡単には無くせない。そんな事よりお前は今の一人での生活が気楽で楽しいだろ?はっきり言うがお前のモテない要素がお前の生活の中での充実であり楽しみであり何よりお前自身なんだ。モテない要素こそがお前を司る要素とも言える」
裕貴のこういう変に理論的なところが裕貴のモテない要素なんだろう。
「いいか、モテる事が個性だとすればモテない事もそれはそれで個性なんだ。モテない要素を無くそうとしてモテる風を装ったところですぐにメッキは剥がれる。こんな自分はもうたくさんだと思うなら変わっていく必要はあるが、お前は今の自分のモテない生活にどこかで安堵しているんだよ。無理に変わろうとして思い通りにいかず、他人と比較しながら不満を溜めるぐらいならそのままで生きた方が楽で充実した毎日が送れるはずだ」
その通りだ。
モテるとかモテないとかそんな問題だけではなく人間というものは他人と自分を比べたり、他人に嫉妬して僻んだり、陰口を叩いたり、他人の考えを認めようとせず自分の正統性を認められたいと思ったり、全ては対人関係の事で悩む事が多い。
他人との関わりが少ない俺はどこかで自由だ。
この自由を捨ててまで彼女や友達が欲しいとは思わない。
一人で生きていく事もそれはそれでちゃんと意味ある人生だ。
寂しさを違う感情に変える事により寂しさはいつしか有意義な時間になる。
「また暇があったら連絡してこいよ。どうせずっと暇だろうけど」
「あぁ、また連絡するよ」
裕貴と二人での冴えない中年男の意味ある、ある意味悲しい会話を終えて裕貴とは別れ街を一人で歩いてみた。
街には幸せそうなカップルで溢れている。
木々に飾られたイルミネーションが更に一層カップル達を街の風景に溶け込ます。
イルミネーションが夜の木漏れ日のように感じカップル達に光りと陰を照らす。
そんな風景を眺めていると少し寂しさを感じたりもするが、その寂しさに黄昏れている自分が好きでもある。
夜空を見上げ大きく深呼吸をした。
息が白くなりその息がどこか遠い夜空まで届きそうに感じた。
…そうか、明日はクリスマスイブだったな。
一人で過ごすクリスマスも悪くはない。