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 総田に捕まる前に僕はさっさと帰ろうとした。

 立ち上がり挨拶して戸を開けたとたんぶつかりそうになった。

 いがぐり頭の、あまり見かけない奴だった。

 二年生ではなさそうだ。                        

 僕を見て反射的に頭を下げている。たぶん一年生だろう。

「あの、関崎先輩、いますか?」

 おとひっちゃんの関係だろうか。胸ポケットのバッチを見ると、『学年』の文字が光っていた。一年学級委員の誰かだろう。僕は首を振った。

「いいや、いないよ。総田副会長ならいるよ」

 ふりむいて指を指した。総田もめんどうくさそうに頷いた。

「関崎ならしばらくもどってこないと思うぞ。その辺で待ってろ。でもなんの用だ?」

 総田は退屈そうにしている川上さんに目で合図し、お茶を入れさせた。ちゃんとポットが用意されている。

「その辺に座っててよ。お茶入れてあげるから。佐川くんも急ぎじゃないんでしょ。だったら飲んでいきなよ」

「俺の分も当然入れてくれるよな」

「教授が自分で入れればいいのにね」

 からかい調子の会話が続いた。

 やはりこの二人には何かがあるな。

 そう思ったものの口には出さなかった。おとひっちゃんも気付いていないことはないと思うのだが。行きなれている僕ですら居心地の悪さを感じるのだから、一年生学級委員の彼はさらにそうだろう。

 僕は椅子を引いて坐るよううながした。

「副会長に用事があったんだろ」

 熱いお茶をすすりながら僕は訊ねた。

「はい、学校祭の時に使う、座談会の意見書を出すように言われてて」

「ふうん、おとひっちゃんにか」

 聞きなれない言葉だったのだろう。彼はうなずいて首をかしげた。

「他のクラスはあまり出してないみたいだけど、どうなんだろう」

「クラスの人はあまり乗り気じゃないけれど、でも関崎先輩が一生懸命だから、つい」

 川上さんはふうん、と頷いて総田と目配せした。

「まじめよねえ。別名、ものずき、っていうのかな」

 おとひっちゃんが全学年のクラスを回って懸命に説明していることは聞いていたけれど、十中八九無視だとたかをくくっていた。

「これが初めての返事ってことかしらん」

「まあな、ちょっとフェイントってとこだな」

 奥でふうふうとお茶に息を吹きかけている。総田の笑い声が少しだけ苦味ばしっていた。

「まあ、一人くらいならな。物好きもいるわな。おい、それでお前は何組だ?」

「一年二組です」

 延ばしかけた手をすぐ膝に置き、握り締め、一年学級委員の彼は答えた。

 かたまっていたと言ってよいだろう。

「クラスの反応は、どんな具合だった?」

 丸ぶちめがねの一年評議委員は、総田のさばけた口調におびえている様子だった。返事が少しだが、こわばっていた。めがねをはずせばなんとなく、おとひっちゃんと重なる雰囲気を保っていた。

 クラスで相当、浮いているような気がするな。

 真面目人間でおとひっちゃんみたくさ。

「あの、つまり、その、まだあまりわからないのでなにも」

「そう意味のない言い方するなよ。はっきり言え」

 なだめるように川上さんが茶々を入れた。

「要するにどうでもいいってことでしょ」

「僕の説明が下手だったからかもしれないんで、はっきり言えないんですが」

「なにそう自分を責めるんだよ。お前のせいじゃないだろ。それとも、関崎副会長になにか言われたのか?」

「いえ、そんな、全く、なくって」

 会話は全く意味をなさないものだった。いいかげんぶっちぎってやりたくなりそうだった。僕もあまり上手に説明できる方じゃないけれど、こうやって話しているといらいらしてきそうだった。よく総田もがまんしているものだと思った。


 きっとおとひっちゃんが帰ってきたら、感激するだろうな。

 さんざん総田を始めとする連中にばかにされているんだから、一度くらいいい思いしたっていいじゃないか。

 ・・・・・・・・・やっぱり僕はおとひっちゃんの親友なんだろうなあ。

「あのさ、聞いていいかな」

 僕は割り込んだ。

「なんであえておとひっちゃん訪ねてここにきたの」

「関崎先輩には、小学校の陸上部でいろいろお世話になっていましたから」

 ははあ。大体話が読めた。

 おとひっちゃんは小学校の頃も陸上に熱中していた。僕と同じような感じで、後輩たちの面倒を見ていたにちがいない。ある意味、僕と彼とは、同じ立場だったりもするのだろう。好感を持った。

「じゃあ、結構おとひっちゃんのこと知っているんだ」

「関崎先輩は、ひたむきな人でしたから」

 強く共感し僕は頷いた。今度は総田が割り込んだ。

「確かに、関崎はある意味すごい奴だよな。それにしてもさ、わりいな、関崎副会長がいなくてさ。とりあえず『意見書』とやらを置いていってくれよ。俺も一応、副会長だしさ」

 こうしちゃいられないとでも思ったのだろう。彼はがさごそとかばんをひらいて、レポート用紙の束を取り出した。総田、そして僕に頭を下げ、立ち去ろうとした。表情にほっとしたものが見受けられた。

 背を向けたとたん、総田の声がはたりと変わった。

「ちょいと待った。俺が目を通すまで動くな」

 絶対服従のニュアンスがこもっていた。川上さんを通してレポート用紙を受け取り、ぱらりとめくった。じっと用紙の一点に視線を留めていた。

「ええと、一年二組の生徒は……ふうんっと。なかなかやる気まんまんじゃねえか。そんなに燃えてるのか」

「はい、まあ」

「何度も言うけどな、もっとはっきりしろ」

「はい」」

「本当なんだな。ならば聞くが、これを読む限りでは、校則に対する考え方がたくさん出てきて、収拾がつかないらしいとあるが、どんな考えか全部口で言ってみろ」

「………ちょっとまとまっていないんで」

 切り込まれ、あわれない一年学級委員はうなだれた。

「言えないわけがないだろう。お前の報告書にはこう書いてあるんだz。『校則についての座談会をやるとクラスに伝えたら、いっぱい意見が出て、盛り上がりました。きっと学校祭も盛り上がると思います』ってさ。どんな盛り上がりがあって、生徒はどんなことを求めていたのか。一言も具体例が記入されていないじゃねえか。これじゃあ、いくら一年二組が熱狂したとしても、俺たち生徒会には伝わらないぜ。もっとも、関崎には以心伝心で伝わるのかもしれねえけどな」

 いやみがこもっている。総田は茶碗の熱いお茶を一口すすり、立ち上がると大股に近づいてきた。接近して一年生をにらみつけた。

「どうだ、もう一回言ってみろ」

「……また、今度、来た時、それ、持ってきます」

「単に無駄だ」

 言い切ってちらりと川上さんへ、側によるよう合図した。僕にもだ。僕は立ち上がっておずおずと総田の隣に立った。一年の彼だけを戸口に立たせた。

「お前もテスト近いんだろ。いいさ。俺がここで書き直してやるよ。つまり一年二組の連中は、校則のことを座談会でやると聞いて、騒いだと。それは本当なんだな」

「……はい」

「制服がやだとか、先生どもがうるさいとか、勝手に持ち物検査するなとか、そういう不満が出たんだな」

「……そんなのもありました」

「ちゃんとわかっているじゃねえかよ。他に、もっと笑える意見はなかったのか」

 一年生は黙りこみ、うなだれた。

 笑える意見ったって、何を言えばいいのかきっとわからないのだろう。

 なんだか痛々しくて、助け舟を出してやりたかった。

 総田には悪いが勝手に僕の判断で、つぶやいた。

「たとえばさ、男女交際とかうるさいだろ。一年の先生ってさ。そういうことに対する不満っていうのは、出なかった? そういうようなことだよ。分かりやすいネタって」

 僕の方をきょとんとした目で見つめながら、彼の頬はすうっと赤く染まっていった。気持ちが分かる。こいつは絶対におとひっちゃんの後輩なんだ、そう思うとどうしても、何かを言ってやりたくてならなかった。総田はしばらく僕を横目で見ていたが、続けて言った。

「佐川の言うとおり、女のことで不満なんかないのかよ。好きな奴なんていないのか? エロ本回収されたことなんてなかったのか?」

「……あの、それもありました」

 蛇の目でにらまれた蛙のよう。

 彼はうつむいた。

 今にも逃げ出しそうな目だった。

 川上さんはふっと髪をかきあげ、しばしの吐息のあと、冷たい口調で。

「一年って、結局いろいろなことったって、本音はそんなレベルのことしか話していなかったんじゃないの。あせったじゃない。ばかね」

 せせら笑いしようとしたが、瞬間、総田ににらまれ黙った。

「さっさと向こう言ってろ。やかましい」

「なによ、だってあんただって」

「なれなれしくするな」

 やっぱり何かがある。そう邪推したのは僕だけじゃないと思いたい。

 総田はゆっくりと頷くと、一年生に向けてやわらかな笑顔を向けた。

 さっきまで激しく詰め寄っていた蛇のまなざしとは一転していた。

 ぽんぽんと肩を叩き緊張をほぐしてやるかのように。

「よし、わかった。よくここまで言ったな。今日は脅かして悪かった。今度は俺が詳しく、報告書の書き方を説明してやる。おい、びびるなよ」

 そうは言ってもさっきの今だ。簡単に打ち解けられるわけがない。

 凍りつき、動揺寸前の一年学級委員は、

「ありがとう、ございました!」

 でかい声で恐怖を隠すがごとく、一礼した。

 かばんに恐る恐る手を伸ばし背を向けて廊下に走り出た。階段を駆け下りる足音、がいきなり乱れた。足を踏み外したらしい地響きが伝わった。

 総田。お前って、魔術師だ。

 たった十分たらずの間に、錯乱させてしまった。

 僕は冷えたお茶を飲み干した。


「あの一年、また来るかなあ」

 もう一杯お茶を川上さんに注いでもらい、総田は戸をちらっと見た後、つぶやいた。

「あれだけびびらせておいて、よく言うわよ」

「しっかし、関崎の後輩か。面白いことになってきたよな」

 僕の方を見て、今度は何か聞き足そうな顔をした。しかたないから僕も答えた。

「いや、俺も知らなかったよ。陸上部のことはほとんど聞いたことなかったから。でも、おとひっちゃんになついているって感じは、確かにしたなあ」

「だろだろ。佐川、やっぱりあいつは、関崎の後輩って感じだよな」

「根性がありそうなところが、なんというかさあ」

 心とは裏腹な誉め言葉を使っている。僕と総田が学級委員の一年生についてどう感じているかは、たぶん同じなんじゃないだろうか。気付かれたのか、川上さんが僕に聞こえるか聞こえないかの声でささやいた。

「教授も佐川くんも、しっかり『副会長』を持ち上げちゃってさ。抜け目ないんだから」

「俺は持ち上げてなんかないよ。本当のことを言っただけだよ」

「そうよね、佐川くんは一応、関崎副会長と親友だもんね」

 いやみったらしく聞こえたから言い返したかった。

 でも、できなかった。

「まあな。良くも悪くも、同じ水鳥生徒会の飯を食っているんだ。個人感情とは別に、奴の能力そのものは認めているさ」

「いつまでたっても成績万年二番を脱することができないからだもんね」

「黙れ。人が気にしていることを。無神経女め」

 気にしているような口調には全く聞こえなかった。それは川上さんも同じだろう。無神経女と言われようか平気な顔して鼻歌を歌っていた。

「もう、ライバルを超えて、相手にしてないって感じよね」

「ばあか、自分で考えろ。俺は答えんぞ」

 やっぱり総田と川上さんとの間には、僕が立ち入れない、理解しがたい空気が流れている。そろそろおいとましよう。

「じゃあ、今度こそ帰るから。また来るよ。おとひっちゃんによろしく」

 僕が腰を浮かせたとたん、総田がすごい勢いで僕の方に近づいてきた。川上さんもびっくりした様子だった。


「悪い、今ここでは話せないことがあるんだ。今晩、お前の家に電話しても大丈夫か」

 僕にしか聞こえないように。鼻と鼻を付き合わせたような感じだ。

 断るなんてできっこない。

「別にいいけど。でもどうしたんだよ。総田。俺はそっちの趣味ないからね」

「関崎から佐川を奪おうなんてとんでもないホモネタを考えたわけじゃねえよ」

 総田は僕の電話番号を、手元にあったわらばんしに書き取った。

「佐川の家は、長電話、平気か?」

「どうだろう。親は立ち聞きしてるけど、でも聞かれて悪いことなんてないから」

「ならば、今晩の八時。ちょうどにかけるから、スタンバイしていてくれ。絶対だ。頼むぞ」

 目が飛び出して壊れそうだった。にらむと見つめるの中間点。僕は思わず頷いていた。今まで見たことのない総田の瞳には、何か決意をしたようなものが見え隠れしている。僕にはそれがなんなのか、見当がつかなかった。

 でも、はっきりしているのは。

 総田は、なにか、たくらんでいるな。ということ。

 そして、おとひっちゃんには絶対に、言えないことであろうということ。

 それならそれでOKだ。僕もよっぽどのことがない限り、いう気なんてない。

 僕は頷いて、知らん顔したまま生徒会室を出た。ちょうど夕暮れ間際のきつい太陽が廊下のガラス戸にびんびんとぶつかっていた。目が痛くなりそうだった。この時間をずらしたらたぶん、外は闇になる。僕は急ぎばやに生徒玄関へ向かった。できればおとひっちゃんが帰ってこないうちに。

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