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 九月。

 夕闇がやたらと早く下りるようになり、下校時間も微妙に早くなったような気がする。でも居残りはまだ許される季節だった。学校祭が近づき、生徒会室もいろいろ忙しいらしい。おとひっちゃんと僕が、一緒に帰ることも少なくなった。

 もともとクラスが違うから、どういう状態なのかはわからない。廊下ですれ違うと、僕が尋ねる間もなく、がむしゃらにまくし立てるのはやめてほしいと思う。今までのおとひっちゃんにはめったに見られないことだった。

 僕はいつも頷き、とまどいつつ、それを聞いていた。

「テーマは、ちょっとありがちなんだけどさ。『校則』についてなんだ」

「すごい、ありがちだね。でもおとひっちゃんらしいけど」

「この前の服装問題と絡めてやろうと思っているんだ。あれ、まだ全校生徒の間に記憶として新しいだろ。結局俺が悪者になっちまったけれど、もっと話しあえば、俺が本当に何を言いたかったかがわかってもらえると思うんだ」

「気持は、すごくわかるよ。おとひっちゃん」

「なぜ、先生たちは服装指導にうるさく言うのか、もちろん理由はあると思うんだ。でも俺たちの方だって言い分、あるはずだ。だから服装が乱れるんだし、それなりの理由があるからこそ、違反が減らないんだと思う。話し合いっていうか、行動に移すだけで全然、先生達に要求しない奴らに、思いっきり言いたいことを言ってもらうんだ。本音でだ」

「ふうん、そうなんだ」

 僕はよく聞いているふりをして、頷いた。

「でもな、雅弘。結局は先生たち、『校則は守らなくてはいけないもの』という結論に持っていきたいと思うんだ。それは俺が許さない。もっと本質につっこんでいかないとだめだと思うんだ。本当はさ、俺たち生徒会と先生たちとの間で、一回手ならしの討論会をやれたらいいんだけどなあ。今は三年生の実力テスト中だから、みんな手が離せないって断られたんだ。ちくしょう、たぶんお流れだと思う」

 先生たちからしたらたまったもんじゃないだろう。総田も含めた生徒会メンバーにつるされそうになるのは。おとひっちゃんだけだったら、まだなんとかなるけれどもと、きっとひそかに思っているに違いない。先生達が恐れているのはたぶん、ひとりだけだ。

 そのことに気付いていないおとひっちゃんはさらに続けた。

「だからせめて、生徒会側からの訴えかけでフォローしていきたいんだ。まずは、各クラスの学級委員を集めて、それぞれの意見を軽く言ってもらって、クラスをそれぞれ盛り立てていってくれればいいんだけどなあ」

 おとひっちゃん、明らかに間違ってるよ。僕はいえないけれど思った。

 学級委員を、重く見すぎているよ、と。

 他の学校ではどうかわからないけれど、学級委員というのは単に、授業前、授業後の号令をかけて、学級委員会に参加して、合唱コンクールでは男子の学級委員が指揮者になる、そのくらいのことしかない。僕のクラスにいる学級委員も、言っちゃなんだけど『クラスをまとめよう』という意志は全く持っていないだろう。おとひっちゃんだって一年の前期は学級委員だったのだから、その現状はよくわかっているはずだ。いや、おとひっちゃんひとりだけは、かなり情熱賭けて走り回っていたのは知っているけれども、あくまでも自分が例外だと思っていないところが、すごい。

「じゃあ、とりあえずまたな。三日目の行事が決まったからまたなんだか忙しくってさ。そうだ、雅弘、今度の中間試験用の予想問題、明日持っていくから、使えよな」

「ありがとう! おとひっちゃん、助かるよ!」

 実は、これが聞きたかっただけで、僕は話に付き合ったのだった。

 おとひっちゃんの試験山掛け予想は、怖いくらいよく当たる。

 ひそかにクラスの一部からは、貴重情報として大切に守られている。

 おとひっちゃんはいつも黒いファイルに綴じ込んで、予想問題を持ってきてくれる。僕を含めた少数の友達に限り、という約束だ。

 でも、僕とおとひっちゃんとの付き合いを知っている多くの友達は、試験前になると必ずコピーを申し入れてくる。

 当然、僕はこっそり見せてやることになる。おとひっちゃんには内緒で。

 

 問題の第三日目行事については無事決定した。

 フォークダンスとファイヤーストームは、総田副会長と関崎副会長が討議した結果『円満』にまとまった。副会長二人が同意したことにより、無事、教師側の賛成も取り付けることができた。受諾理由としては、『第一部 校則をテーマにした座談会』をメインにするという条件が受け入れられたからだ。またフォークダンスもしょせん、オクラホマミキサー、マイムマイム、トロイカ程度の内容だったら、体育の授業でもやっていることだという、おおらかな意見が大多数を占めたからでもある。火を用いる、ということだけは少々意見が分かれたらしいが、無事、もと山岳部の先生が責任を持ってやってくれると請け負ってくれて、そこのところもまとまった。

 

 学校側の最低限の規定と折り合わせ、できるだけ網の目をかいくぐって派手にやることができるよう、生徒会では毎放課後の会議が繰り返された。いつも僕が生徒会室を見上げると、昼間なのに電気がこうこうとついている。きっと、『居残り届け』を出すかなにかして、かなり遅くまでいるのだろう。

「なんだか相変わらずらしいよ」

「なにが?」

「生徒会、おとひっちゃんと総田とのやりあいでさ」

 学級委員の友達が、ぼそっと教えてくれた。

「でも学級委員だって、いろいろこれから大変なんだろう」

「大変じゃないよ。やれって言っているのはおとひっちゃんだけで、他の学級委員たちはつまらないって顔してるよ。俺とかだったら、おとひっちゃんがすごくいい奴だってわかってるからさ、少しは手伝おうって気にもなるけれど、三年とか、一年とか。みんなまるっきり無視。かわいそうだよなあ。そうだ、雅弘、知ってるか」

 僕は身を乗り出した。

「次期生徒会長、たぶんおとひっちゃんと総田との一騎打ちになるって言われてるけれど、総田の圧勝に終わるんじゃないかって」

「どうしてだよ。おとひっちゃん、真面目だし、いい奴だって」

「おとひっちゃんのことを知っているのは二年生だけだろ。でも、一年にとってかっこいいっていうのは、総田のような目だってて先生にどんどん文句いって歴史を作ってるやつらの方だって、思われてるから。それにさ、三年にもおとひっちゃんにらまれてるだろ。例の服装検査。可哀想だよなあ。おとひっちゃん、絶対、あいつ、いい奴なんだって思うんだけどなあ。お前わかるだろ、親友なんだからさ」

 小学校一緒だった連中なら、みなおとひっちゃんのことを嫌ったりしないと思う。もちろん好き嫌いはあるだろうが、僕はおとひっちゃんが僕を含めたクラスのみんなに対して、自分の正しいことを懸命に訴え、守ってきてくれたことを知っている。僕が小学校の頃、なかなか仲間に入れなくて困っていたら、いつもおとひっちゃんが誘ってくれたし、手伝ってくれた。だれかれ問わず、困っている人がいたら、助けてやることが正しいと信じていた。

 うちの親も

「関崎さん家のおとひっちゃんは、本当にいい子ね。頭もいいし、面倒見もいいし。雅弘も見習いなさいよ」

 という。

 もし、小学校の連中がみな、水鳥中学に持ち上がってきたのだったら、おとひっちゃんが生徒会長になるのは当然だと思うだろう。

 でも、運悪く総田の存在。

「でもなあ、あれはまずかったよなあ。おとひっちゃん『服装問題』の一件で人気がっくり落としたよ」

「総田の方が目立つしな、人よんであいつのことを、『教授』と言ってるらしいぜ。総田派の連中は」

 妙に頷ける。僕は思わず笑ってしまった。

 『教授』か。

「言いたいことはわかるような気、するな」

 なにか気配がする。学級委員が僕を見て、軽く目配せをした。

「どうかしたんか」

「ほら、おとひっちゃんだ」

 僕は笑うのをすぐにやめた。黙って姿を探した。おとひっちゃんは大量のコピー用紙を抱えて、足早に通り過ぎていった。僕達がいるのに気付かない様子だった。当然だろう。ずっと影に隠れていたのだから。

「あれなんだろう。コピー大量にしていたみたいだね。学校祭で使うものかなあ」

「ああ、たぶんあれな。おとひっちゃんが座談会の前に、呼びかけのビラを配るって話していただろ。それだよきっと。全校生徒に配って、学級委員が仕切って、意見をまとめて、生徒会室に持ってくるようにだってさ」

「うちのクラスもやるのかなあ」

「一応な。でも、みんなの考えていることなんてたかがしれてるだろ。どうせ、制服反対とかそんな話で済むだけだしな。おとひっちゃんのほしがっている話なんて出やしないよ」

 おとひっちゃん、どんなこと書いているのかなあ。

 僕は、知りたくて尋ねた。

「おとひっちゃんってどういうこと、書いているの」

「たぶん、『今、水鳥生が動かないと、何も代わらない。初めて自分たちの手で動かすチャンスを生かさないでどうする。言いたいことをこの機会にすべて吐き出してしまえ!』とか、そんな感じだったと思う。なんというかさ、おとひっちゃんって、文章たくさん書くよな」

「うん、それはいえてる」

「それも細かい字でさあ。もっといろいろ書いているはずなんだけどさ、俺は読む気しなかったね」

「言いたいことは大体わかる。これがもし、テスト前の山掛けファイルだったら、話は別だけど」

 二人で頷きあった。おとひっちゃんは決して字がうまい方じゃないから、読解するのは骨なのだ。

「なんというか、情熱のみが空回りしてるんだよなあ」

「道端にすぐ、ポイだろうなあ」

 さっき通ったおとひっちゃんの髪の毛はぼさぼさに乱れていた。風が強いせいだろう。台風が近づいていると聞いた。学校祭にはぶつからないから大丈夫だと行っていたけれど。もっとも総田の方が何倍も好天を祈っているに違いない。もし、雨が振ったら即刻、フォークダンスは中止なのだから。


 しばらく学級委員としゃべった後、僕はその脚で生徒会室に向かった。

 おとひっちゃんを迎えにいくつもりだった。無理に一緒に帰ることはないけれども、一応は声だけでも掛けておこうと思った。南京錠はちゃんと外れていて、おとひっちゃんの理想どおり、『誰でも入れる』状態になっていた。あまり声が聞こえない。会議なんてやってなければいい。

「ごめん、おとひっちゃん、いないかな」

 半分、戸を開けてのぞくと、会計の女子二人と、総田がゆったりと缶ジュースを飲んでいた。模造紙とノートが散らばっている。長い机にポスターカラーを使ってなにやら書いている。学校祭用の垂れ幕かなにかに使うのだろうか。まだ字は読解できなかった。窓を開けたままだった。風が吹き抜けている。模造紙の上にはさみや筆箱を置いて、飛ばされないようにしている。ひゅるひゅるごうごう、木々がうなっている。

 僕の顔を見て、会計の一人が答えた。

「関崎副会長だったら、コピー持って別の教室に行ったみたいよ。たぶん図書準備室じゃないかな」

「あそこだったら、ひとりでのんびり整理整頓できるもんね」

「ふうん」

 僕は時計を見た。それならばかなり時間かかるだろうから、先に帰ろうか。

 もったいないなという気も、しないではない。

 総田にわざと目を合わせた。

「佐川、半分飲まねえ?」

「いいよ、総田と間接キスなんてしたくないよ」

 きっかけがほしかった。僕は机を大回りして、総田の方に向かった。

「こっちで関崎が戻ってくるまで待ってるか?」

「いや、すぐに帰る。でも、大変そうだね。結局、パートを二つに分けてやることになったんだっけ」

「そう。俺はフォークダンス選任で、関崎が座談会。お互い、手を出さないところは手を出さないという、『内部不干渉』という原則を決めたわけさ。だから、俺たちはコピーの手伝いしないでいるってわけ」

「同じ生徒会なのになあ」

 総田は軽く頷くと、椅子に坐るようパイプ椅子を指差した。

 

 総田からすれば、僕はおとひっちゃんの親友だ。いわば敵の腹心だ。

でも全く態度を変えずに、楽しげに接してくれるのはなぜだろう。心密かに僕と総田が、意を同じくしていることを知っているのかもしれない。それとも僕を手なづけて何か、別のことを考えている策士なのだろうか。僕にいい感情を持たせて、利用しようとしているとか。

 僕はきっと、ひっかかりそうになっているのだろう。

 こうやって総田としゃべることが、僕はちっともいやじゃない。

 いやと思わせないように操る力が、総田にはある。おとひっちゃんにはないけれど。

 

「ところでさ、総田。フォークダンスの準備はうまくいっているの」

「もちろん、座談会よりは確実にな」

 総田は会計の女子ふたりに、Vサインを送ってみせた。

 なんとなくだが、この二人もおとひっちゃんとは相性が合わないような気がした。

 特に、川上さんという女子には、ちょっと気にかかるところがあったからだ。

 おとひっちゃんがよく

「やたら、総田と川上だけで二人の世界を作ってしまって、会議にならないことが多い」

 と言っていたのを思い出したからだった。

「川上さん、あのさ。最近おとひっちゃん、生徒会ではどういう感じなんだろう。あまりうまく行ってないような気、するんだけど」

 即座に、溜まった不満が流れ出てきた。僕に大きく頷いて見せ、もう一人の女子と目を合わせ、

「関崎副会長って、努力の割には実績が伴わない人なのよね」

「どこか抜けてるのよ。あの人」

「言っちゃなんだけど、佐川くん、関崎くんの親友やってて、ものすごく疲れない?」

 さすがに、本音をいうわけにはいかない。

「ううん、慣れてるから」

「ああいう性格って、なれるもの?」

 川上さんは、ひだスカートのポケットから単語カードを取り出した。

 来週、英単語の小テストがあるのを聞いていた。

「あ、それって、来週やる英語の小テストだろ。俺ぜんぜん、手をつけてないや」

「だって、しょうがないじゃない。副会長が下校時刻ぎりぎりまで生徒会室に缶詰にして、勉強する暇ないんだもの。それにさ、ひどいじゃない? ちょっと合間ができたから、暗記カードをめくっていたのよ。ほんの一分くらいよ。そうしたら頭からきのこ雲立てて怒鳴るのよ。信じられる? 『今は真剣に学校祭のことを考える時間だろ! 自分のことにばかり集中するな!』ってね」

 おとひっちゃんならば、やりかねない。

 僕は頷いて話を促した。

「みんなが働いているのに、ひとりだけ勝手なことしていいと思っているのか!って。冗談じゃないわよね。そりゃ、関崎くんはいいわよ。学年トップだもんね。黙っていても満点取れるでしょうよ。でも、私がテストであほな点取ったら、二学期の評定どうなるっていうのよ。そろそろ内申点が関係してくる時期だからね。生徒会の仕事で、勉強する暇ありませんでしたって言い訳、通用すると思う? 」

「もしかして、この前の地理のテストも、それで苦労してたの?」

 確か川上さんは、地理の補修課題を出されてしまった一人の女子だったはずだ。

 この前、職員室で説教されていたのを覚えていた。

「やだなあ、佐川くん、見てたんだあ」

「ごめん、悪意はないんだ」

「いいよ、別に。でもさ、あたりまえよね。最近の議題や仕事って、もっと後からやってもかまわないことばかりなのよ。それをさ、どっから見つけてくるもんだか、次から次へと持ち出してきて、大げさにまな板に載せるのよ。なんで、今の段階で他のクラスに降ろす必要あるのかなあ。出されたら、ほっとくわけいかないでしょ。ああ、私の二学期の点、学校に貢献した分で、下駄はかせてくれないかなあ。ねえ、教授」

 『教授』か。

 妙にそこの響きだけ甘ったるかった。

 おとひっちゃんが切れる原因のひとつが、なんとなくわかった。

 「教授」とういう響きにはしたたかさがこもっている。いえてる。確かに総田は電磁頭脳を持っている。 たとえるならば。

 摂政と天皇。

 おとひっちゃんを生徒会の象徴としておき、影の実力者として総田を置く。

 おとひっちゃんは、孤立無縁だ。

 誰からも、信頼を得られていないのだから。すべては総田教授の手のうちに握られている。

「鬼のいぬ間に洗濯してろ!」

 総田はきつい調子で言い捨てた。すねるように川上さんは口を尖らせた。それを無視して、総田は僕の耳もとにささやいた。

「なんか、佐川って、似てるよな」

「誰に?」

「俺とさ」

「顔が?」

「物の考え方がさ」

 女子に聞こえないよう、時折川上さんをにらみつけながら、

「この前関崎と俺がやりあったのを見てただろ。佐川、あの時俺になにか言い足そうだったよな」

「そうだったっけ」

「ちらっと俺の顔を見てさ、お前ばかじゃねえの、って顔してさ」

「まさか、そんなことしないよ」

「いや、いいんだ。怒ってなんかないもんな。おかげで俺も間違いを正すことができたしさ」

 帰り際のわけ有り笑顔はそのためだったらしい。

「どこしくじったかが一発でわかった。佐川、要するに、関崎の高く折れそうなプライドを、もっとうまくつっついてやれば、うまく納まると思っていたんだろ」

 どうしてそんなことまで知っているんだろう。気づかれたのか。僕は舌打ちした。

「おとひっちゃん、素直だから」

「ほんとだよな」

 まさか女子の手を握れないなんて、恥ずかしい理由で反対しているわけじゃないんだろ? もっと論理だった説明をしてほしいよな。お前、学年トップだろう。首席の関崎くんだたら、もっとかみくだいて説明してくれるよな。

 さっそく総田は毎日おとひっちゃんを問い詰めたらしい。

 おとひっちゃん殺すには刃物はいらぬ。

 僕がもし総田だったら、たぶんそうしていた。

 意識しないで僕は頷いていた。


「ってわけさ。ほんとにあいつ、死ぬほど純情だよな」

「言いたいことはわかるよ」

「けどさ、ああいう奴にほれ込まれた女子って、疲れるだろうなあ」

 総田は目線をそらせてぼそっとつぶやいた。続けた。

「それにしても、な、佐川、やっぱりお前親友として、関崎副会長の『本命』が誰だか聞いているんじゃないのかな」

 そこまでかぎだそうとするのだろうか。

 僕がそこまでしたたかに振舞うと思っていたのだろうか。

 思わずむかっときて僕は黙った。話を逸らすため、頭の中を軽く探った。

 聞いてみたいことは僕にだって、ちゃんとあるのだから。

 きっかけのなかった、あのことを。

「あのさ、総田いいかなあ。俺も聞きたいことあったんだけど」

「なんだよ、話逸らそうとしてどうしたんだよ」

「次期生徒会長に出馬するつもりあるんか?」

 総田の視線がはっと僕の方に留まった。

「生徒会長だと?」

「そう、学校祭が終わったら、そろそろ任期切れだろう。去年は生徒会長がいないままだったけれど、今年はそうもいかないと思うんだ。おとひっちゃんも、総田も、いるんだしさ」

 僕の口調に何かを感じたのかもしれなかった。総田は注意深く言葉を継いだ。

「どうしたんだよ。関崎も当然立候補、するだろうしさ。同期撃ちになるのは目に見えているだろ。俺なんかが所詮、太刀打ちできませんって」

「俺にはそう見えないよ。自信、ありそうだもん」

 僕はゆっくり続けた。

「おとひっちゃんが生徒会長に立候補するっていう保証、どこにある?」

「おい、佐川、何が言いたい?」

「言いたいことなんてないけれど、総田も立候補するつもりだったらちゃんとそう考えておいたほうがいいんじゃないかって、思っただけだよ。本当に、なんとなくって感じだけどさ」

 じっと僕の方を見つめたまま、総田はもっと近くに来るよう、手招きした。これ以上男子同士でくっついてどうするっていうんだろう。物好きな奴だ。しかたないから僕も椅子をくっつけた。

「佐川、悪いがもっと分かりやすく言ってくれ。俺、お前が考えていることがわかるようで、わからない」

「わかっているだろ。俺はおとひっちゃんの親友だから。あいつに不利なことをこれ以上、言えないよ」

 親友という一言に、僕は力をこめてささやいた。

 自分でも何を言いたいのかわかっていたわけではなかった。おとひっちゃんが来期、生徒会から離れようと思っていることを伝えるべきではないと思っていた。おとひっちゃんの意志がはっきりしているのだったら決して口にしてはいけないことだと分かっていた。そうだ、頭の中はちゃんとおとひっちゃんの味方として回転しているのだ。

 今言ったことはすべて、僕がコントロールできない言葉として飛び出してきてしまった。総田に言おうとして思いとどまったのは僕が『関崎乙彦の親友』だから。もしおとひっちゃんとただの友だちだったとしたら、僕はためらうことなく総田に告げただろう。

おとひっちゃんは、来期生徒会長に出馬する気、さらさらないよ。

となると総田、あんたが次期生徒会長だよ。

何言いたいかなんて、わからないけれど、決まりだよな。


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