12
おとひっちゃんを残し、僕はひとりで展示をぼんやりと見て回っていた。仲間がいないわけではない。たぶん二年三組に戻ったら男女なりとも誰かは遊んでくれるだろう。でも、この顔で、この形相で帰ったもんなら、何つっこまれるかわからない。
僕が間違っているとは思っていない。
嘘をついているわけでもない。
後悔してるのは、ああいう言い方で精神ぼろぼろ状態のおとひっちゃんに叩き込んで、何がしたかったのかってことくらいだった。
少しずつだけど、僕も気付いてはいた。
おとひっちゃんの様子が、中学入学当時から少しずつ変わってきたことを。
成績優秀なおとひっちゃんが、なぜ公立の水鳥中学に通っているのか。小学校時代を知らない人は不思議がるものだった。水鳥中学で二年間首席を守っているおとひっちゃんが、なぜ、青大附中に進まなかったのかと露骨に訊ねる人も多いと聞く。
落ちたからだと答えれば、またひとつ質問が増える。
なぜ、「青潟の成績優秀な小学校六年生が一度は通る関門」青潟大学附属中学入試におとひっちゃんがすべってしまったのか。
全くもって、ミステリーだった。
試験当日におなかを壊したわけでもない。それどころか噂に聞いたところによると、ペーパーテストでは全く非の打ち所がない得点だったという。
考えられることといえば、面接の時にありふれた答えを返してしまったらしい、くらいだともいう。小学校の先生と、おとひっちゃんの両親が青大附中に問い合わせたが、納得できる説明はなかったという。
総田がいつか話していた通り、「他人の価値観をそのまんま、鵜呑みにしてしまって自分の考えにしてしまう、そういうおめでたい奴だってことさ」というのがひっかかったのかもしれない。
僕の方にもそういう噂が流れてくるくらいなのだから、当の本人おとひっちゃんが知らないとは思えない。また聞いて傷つかないわけがない。総田が見抜いていることを、うっすらにしろ、おとひっちゃんが気付かないわけがない。
青大附中入試失敗に関する愚痴をこぼされたことはなかった。知っている奴らは気を遣っていたし、おとひっちゃんも言い訳めいたことを一言も言わなかった。
がむしゃらに成績にこだわり、生徒会役員に未練がないわけでないくせに引退を決意したのは、理由ひとつ。
青潟市ナンバーワンのエリート校・青潟大学附属高校合格を勝ち取るため。
三人兄弟の真中で、余裕のある家の育ちではないおとひっちゃんが、月の小遣いから将来の学費を貯めていることも僕は知っていた。
そんなおとひっちゃんが、あえて内申書にも行動記録にも響きそうな賭けをやってのけたのは、なぜだろう。
座談会の間、そればかりを考えていた。
で、たどり着いたのが生徒会室でわめきたてた事柄というわけだ。
おとひっちゃんは一切言い返さなかった。もちろん言いたいことはたくさんあるだろうし、よくぞ僕も殴られなかったものだと思う。
でもだ。
そうだとしてもだ。
もう座談会は終わってしまい、結果は明白となってしまい、おとひっちゃんは生徒会を逃げるように引退することを決めてしまっている。
なんとしても、あいつを生徒会に残してやりたかったのに。
いや、生徒会長として、立たせてやりたかったのに。
すでにさっきたんを使った工作劇をおとひっちゃんは見抜いているだろうか。見抜いていないことを願いたい。それがばれてしまったら、僕はおとひっちゃんの親友ですら、いや友達ですらいられなくなるだろう。総田に惹かれている自分がいる一方で、隠しつづけたのは、おとひっちゃんの親友でありつづけたかった、それだけだった。さっきたんに慕われているらしいという、未確認の直感をあえて無視したのだって、おとひっちゃんを優先したからだ。
しかしすべてが裏目に出てしまった。
今ごろどうしているだろうか。
おとひっちゃんがひとり落ち込んでいる生徒会室に戻り、フォークダンスの準備をばたばたしているだろうか。また無責任なことを川上女史に言われて、傷ついているんじゃないだろうか。
もう友達になれないかもしれないっていうのに、まだ僕はおとひっちゃんのことを心配している。小さい頃からの仲良しだったおとひっちゃんを、僕はある意味、わかりすぎていた。だから、見る必要がないところまで観察してしまった。片思いの気持ちなんて意味不明のくせに、他人のことはよく見通せる僕の感覚がまずいのだ。
バザーで投売り状態だったドーナツを二袋まとめ買いし、僕は外に出た。外履きに取り替えるのさえ面倒だった。グラウンド隅に見えるのはしだれ柳の高い木だった。ちょうど坐りごこちいい場所だった。日陰にもなる。ひとりにもなれる。僕はそこで、しばらく時間をつぶすことにした。
計算違いだった。
日陰で居心地のいい風が吹く場所、ということになると、同じことを考えている連中がたくさんいるわけだった。よりにもよって、いつもたむろっている奴らが、とっておきのしだれ柳下を占拠していた。
二年三組の連中。男女混合の二年生集団。六人くらい溜まっていた。
「よ、雅弘も混じるか? でももうトランプはやらねえぞ」
「なんだよ、不景気な面してるよなあ。ま、こっちに来て坐れよ」
「佐川くんも一緒にジュース飲む?」
「今ね、水野さんに、ドーナツ買い出しに行ってもらってるんだ。今投売りやってるって情報が入ったんでね」
さっきたんが来るのか。
少し気が重かったけれど、連中はちっとも僕の様子を気にしていなかった。
今ならトランプでぼろぼろに負ける自信、あるけどな。。
無理に笑顔を作り、座り込んだ。敷物をしいてあるところみると、前もって計画していたらしい。クラスの学級委員も、座談会の活躍お疲れ様、といった風にお茶を飲んでいる。
「どうした、雅弘。元気ねえなあ」
「ちょっとな。おとひっちゃんとけんかした」
それだけ言って、ドーナツの袋を開けた。でも生徒会室ですでに三つ食べた後で、食欲はない。他の連中にやった。
「めずらしいなあ。何か? 今朝のことを打ち明けられなかったからってか」
「そんな女子みたいなことなんて、しないよ」
ただ、と僕は続けた。
「俺、縁を切られて当然のこと、言っちまったよ」
生徒会次期選挙のからみについては触れず、僕はかいつまんでけんかの内容について説明した。小学校が同じ連中だから、青大附中入試失敗のこととか、その理由とか、基本的情報はみな持っていた。難しく説明しなくてもみな頷いてくれた。
「そうだよなあ、おとひっちゃん、自爆行為だよなあ」
「でもしょうがないよね。関崎くんは自分でそれを選んだんだもん。私なんかは、よくやったって思うけどね」
「ただなあ、おとひっちゃんは立ち直れないだろうな。総田はともかくとしても、いかに自分に全校生徒の支持が集まっていなかったかを、証明するようなもんだもんな」
「そしてこれからが問題よ。第二部のフォークダンスあるでしょ。ここで総田副会長がどれくらい盛り上げるか、成功させるか、がかぎじゃないかな。今の佐川くんの話からするとさ、かなりいいところまで企画が進んでいるようじゃないの? ほら、今、総田くんたちが準備してる。関崎くんもいるよ」
パーマ頭が爆発しているから、すぐ総田だと分かる。続いてすぐ側におとひっちゃんがペットボトルを運んでいる。僕がここにいることに気付かないだろうか。気付かないでほしい。
今の僕は、「おとひっちゃん」と素直に声を掛けられない。
「佐川くんもさっさとあやまっちゃったら?」
「そうだよ、お前らが仲良くないとさ、今度の実力テストの黒バインダーが手にはいらねえよ」
「切実な問題ですな」
軽くいなす連中のありがたみが、よくわかった。
僕も目を伏せたまま何度も頷いた。
「うん、早くなんとかするよ。けど、あのままじゃあ、おとひっちゃん、狂っちまうよ」
膝を抱え、ジュースを飲みながら、僕はしばらく同じドーナツを何度も噛んでいた。飲み込むとしゃべらなくてはならなくなる。少しだけ、じっと考えていたかった。
「あら、佐川くん」
さっきたんがドーナツ袋を五つばかり抱えてもどってきた。僕がいるのにびっくりしたらしい。でも、学級委員の奴がわざわざ僕の隣にスペースを作ってくれた。余計なことしなくてもとむかっとくるけれど、素直にさっきたんが来て、笑顔を見せるのでそのままにしておいた。
「今聞いてたのよ、佐川くんがね、関崎副会長と大げんかしたんだって」
「あら?」
僕の方を、心配そうに、じっと見つめてくる。
「そうなんだ。俺、馬鹿なこと言ったからさ」
隣の学級委員は、僕の代わりに説明してくれた。
「雅弘はさ、おとひっちゃんが自分で自分を罰するためにさっきの座談会みたいな真似をしたんだろって責めたらしいんだ。おとひっちゃんも図星刺されたみたいで落ち込んでしまったってことなんだ。ほら、おとひっちゃん、青大附中落っこちてるだろ。再挑戦を賭けて、青大附高を目指しているからガリ勉してるんだと思うんだ。話に聞いたとこによるとな、青大附高の試験って、普通のペーパーテスト以外にも面接があって、それで落とされることが多いんだって。内申書や行動記録なんかで少しでも行動点をよくしておきたいのが本音だよな。でも、今回のことで先生たちからは要注意人物ってことでチェックされる可能性大。それを捨ててだ。おとひっちゃんは、座談会で勝負に出て玉砕。結局自分は出来そこないなんだって思い込んでしまったってこと」
あらためて説明されると、僕も本当に何を考えているのかと情けなくなった。
さっきたんはふんふん頷きながら、僕の顔と学級委員の顔を交互に見て、首をかしげた。
「関崎くんは、辛かったろうな」
「あれだけ俺がひどいこと言って傷つかなかったら、あいつ人間じゃないよ」
「佐川くんは謝りたいと思っているのね」
「おとひっちゃんを元気にしてやりたい、それだけなんだよな」
「関崎くんはずっと、味方がいないって思っているのね」
「そう。さっきたんが一生懸命、生活委員会で努力してくれたけど、どうしても伝わらなかったみたいなんだ」
本当のことは、怖くて言えない。
僕はさっきたんの表情を窺った。もしかしたら、さっきたんにも見抜かれる可能性があることに、気付いた。さっきたんは僕に多少なりとも好意をもってくれているから、なおさらまずい。親友のために自分を利用されたと知ったら、僕なら激怒する。
さっきたんはジュースをもらって一口飲んだ。ほんの口を示す程度だった。おちょぼ口で、ちょっと尖らせたまま。
「今夜のフォークダンスは、関崎くんどうするのかしら」
「下準備はすると思うけど、座談会が中心だったろ。たぶんその辺でうろうろするだけだと思う」
「そうなの。それで、佐川くん」
僕にさっきたんはもう一度尋ねた。
「私たちは関崎くんの味方だって、どうすれば伝えられるのかしら。佐川くんだけじゃなくって、私とか、他のみんなとか」
次の言葉は、僕にしか聞き取れなかった。
「私に、できることがあったら、言ってね」
はつかねずみが見上げるようなまなざしで、確かにそう言った。
僕たちだけではなく、他の学年、クラス連中もグラウンドの周辺に敷物を敷いて、それぞれにだべっていた。天気もいいし、なんとなく教室でうろうろするのも飽きてしまったし、ということなんだろう。中にはそれにひっぱられたのか、近所のおじさんおばさんたちの姿もあった。運動部が通らない木々の木陰は、ただいまちょっとした休憩スポットになっていた。
さっきたんは僕の返事を待っているようすだった。いつもの僕だったらいくつか案を出して、さっきたんにしてもらうよう頼んだだろう。実際頭の中にはいろいろなものが出ている。
でも、俺はしくじったじゃないか。
さっきたんにこれ見よがしに、好意を示してもらう方法をやってみて、しっぺがえしを食ったじゃないか。
そう思うと、何も言えなかった。
「それにしてもなあ、ほんと雅弘はおとひっちゃんのことが好きなんだなあ」
ふたたび膝を抱えて考え込んだ僕に、ひとつ間を置いていた学級委員がぽんぽんと僕の背中をたたいた。
「そういえばさ、午前中の座談会前におとひっちゃんが発言しただろ。関心のない奴は出て行けって。まあ内申書がどうとかこうとかっていうのは別としてもさあ、それって、フォークダンスにも通用しないのかね」
軽く、質問を投げかけてくれた。ほっ、とか、それいえてるとか、仲間内でほわっと声が挙がった。
「つまり何か? フォークダンスそのものに意味を見出さない連中は、勝手に抜けてもかまわないとか?」
「そうそう、そうだよ。座談会に意味を見出さなくって、フォークダンスを楽しみにする奴もいればさ、その反対だっているわけだろ? もしそういう奴が無理やり、流れに従って参加させられているとしたならば、それはまずいよな。自分の意志でもって、フォークダンスをボイコットすることも、許されるんじゃないかなあ。どうなん? 雅弘、生徒会側は」
僕にはわからなかった。おとひっちゃんはともかく、総田がそこまで考えていると判断しずらかった。
「ま、ここにいる男子はあんまし、燃えてないようだからね。女子と手をつないでわくわくするような、ときめきもないみたいだし」
「あんたさんみたいに、お目当ての男子と手をつなぎたい人はとにかく頑張って、『オクラホマミキサー』踊ってくれればいいさ。でも、これだけの大人数で、一時間半、踊りつづけるのか? 俺は疲れるから少し休みたいって奴、出てもおかしくねえよ」
「要するにだ。ボイコットまでいかなくてもいいから、疲れた時に休むことくらい、許してくれよ生徒会、って言いたいだけなのね」
「それがかなり近い!」
僕は黙って聞いていた。
ここにいる連中は、たまたまおとひっちゃんと同じ小学校出身だということで、身びいきめいたものはあるだろう。また、男女問わず仲のいいグループでもあるので、フォークダンスそのものにぺたぺたした期待をもっていないのも、確かにあると思う。
もし仮に、この中におとひっちゃんがいてだべっていたとしたら、全く違和感なく溶け込んでいることだろう。五年生のキャンプファイヤーの夜のように、炎を見つめながら、語り合っていられるだろうに。
いつから、おとひっちゃんは、ああなってしまったんだろう。
もしかして俺が追いこんだんじゃないだろうか。
総田を支持する奴は圧倒的に多いかもしれないけれど、おとひっちゃんの味方でいるという連中だって、今、ちゃんとここに坐っているのに。
無意識に口からもれた。
「今の話、全部おとひっちゃんに聞かせてやりたいよ」
「え?」
さっきたんだけが気付いたらしい。僕の側にそっと寄り添った。
「おとひっちゃんは味方がいないって勝手に思って、それであんなことしでかしたんだ。でもさ、ここにいるのはみんな、おとひっちゃんのことを分かってやってる連中だろ。俺、しつこいくらい、おとひっちゃんを評価している奴がたくさんいるって、いい続けてきたのにさ」
じっと僕を見上げ、小首を傾げて、聞いてくれた。
もし僕がさっきたんのことを、ひとりの女子として意識することができたなら。でも、それはまだ、今の僕にはできないことだった。まださっきたんは、おとひっちゃんの片思いしている女子の一人だったし、僕にとっては友達以上のなにものでもなかった。
僕への特別な感情を利用して、さんざんおとひっちゃんを舞い上がらせる計画を立てていたくせに。僕はもう何もできなくなってしまった。
さっきたんの瞳の表情が微妙に変わったような気がする。
すっと離れ、また一口、ジュースを飲んだ。
こっくりと頷いて、僕以外の連中に向かって口を開いた。
「実はね、今、生活委員会で話をしていたところなの。フォークダンスって手をつなぐでしょ。でも、いろいろなクラスでは、手をつながれたくないって言って、無視したり、小指で避けたりするところもあるって問題が出てきたの」
この前、さっきたんが僕に話してくれたことだった。
「でもみんなが楽しみにしているし、生徒会の人たちもがんばってるからってことで、あまり口には出さなかったの。でもね、フォークダンスが全校生徒の意志ってわけじゃないってこともあると思うの。いやでいやでならなくって、でも無理やり踊らなくちゃいけない人もいるかもしれないし、逃げられない人もいるかもしれないって」
「そうっか。いじめられてる子とか、大変だよねえ」
「ばい菌扱いされてる奴もいるしな」
いつか見た、凛とした声が空気を軽く、揺らした。
「そうなの。でも、今日の座談会の様子みてて思ったの。そういう人たちにも、逃げ場所が必要なんじゃないかなあって。自分たちにも参加することを選ぶ、権利があるんじゃないかなって」
向こう側の奴が、「ナイスナイスナイス」と言いながらさっきたんにジュースのおかわりを注いだ。
笑顔で受け、さっきたんはさらに続けた。
「だから、これから生徒会の人たちのところに行ってこようかなって思ってるの」
「え、水野さん、生徒会の人って、今準備している連中のとこへか?」
僕が声を出せないでいる間、学級委員がファイヤー近辺を指しながら叫んだ。
「うん。佐川くんの言うとおり、たぶん関崎くんは自分のしたことに意味がないんじゃないかって、落ち込んでいるんじゃないかしら。でも、味方だってたくさんいるんだってことを、いくら口で言ってもぴんとこないんじゃないかな。だって、佐川くんがいくら言っても、伝わらないって・・・・・・・・」
頬を赤らめた。色白のさっきたんは、すぐにわかる。
「そのままそのまま。今日は行動記録につかねえから」
「さっきたん、がんば!」
もう一口すすった後、あえて僕の方を見ずさっきたんは宣言した。
「私、今から生活委員長のところに行ってくる。そして、一緒に生徒会室に行ってもらって、フォークダンス時の自由退出を許可してもらえるよう、お願いしてみるわ。できるかどうかわからないけど、関崎くんにも、はっきりと、伝わるように」
小さな拍手。さっきたんはそれを背に、すっと立ち上がった。僕の方を最後に伏せ目でちらりと見た後、校舎の方へ駆け出していった。
さっきたんはそれっきり戻ってこなかった。
二年連続の女子生活委員かつ、行動服装共に先生受けのいいさっきたんが話を持っていったら、ほとんどの委員長、先生はころりと参ってしまうだろう。
無理難題では決してない。
でも本当にさっきたんは、生徒会室に行ったのだろうか。
いつのまにかグラウンドでファイヤー準備をしていた生徒会役員は校舎に戻っていってしまった。さっきたんが行ったとしたら、その後だろう。
あれからしばらく、ドーナツを加えたまま進路の話とか、テレビ番組のネタとかで軽く盛り上がり、あっというまに五時過ぎ近くなった。夕暮れも少し抑え目の中、そろそろ片付ける準備をする連中も増えた。
「どうしようか、五時半にグラウンドの各クラス待機所へ集合だよね」
「水野さんの持っていった企画が通れば、敷物そのまんまにしておいてもいいんだけどな。場所取りとして」
「でもさっきたん遅いよ。またもめてるのかな。関崎副会長と総田副会長あたりのことで」
結果がどうなったのかは僕も知りたかった。
さんざん僕に言いたいことをぶつけられてぼろぼろになったおとひっちゃん。そのおとひっちゃんのところへ、さっきたんは生活委員会という委員会名を武器にして、訴えに行った。
もしかしたら、さっきたんは僕が何をさせたいのかを敏感に察知してくれたのかもしれない。今回に限っては、そうしてほしいとか、そう狙ったわけではない。
さっきたんは勝手に僕の本音を読み取ってくれた。僕が、いくら口で言っても伝わらないという悔しさを、代わりに伝えに行ってくれた。
今度こそ、僕はひとりになりたかった。
「ちょっと、トイレ行ってくる。まだ時間あるよな」
上履きのままだし、靴も取り替えたかった。
三十分くらいだったら、まだ時間はある。