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座談会が終り、フォークダンスが始まるまでの五時間近くをどう過ごすか迷っていた。昼からは一部の有志たちによるリコーダー、ピアノ演奏会が行われるということで、関係者だけがたむろしていた。総田がこっそりと空いている時間を利用するということを条件に許可したらしい。おとひっちゃんの機嫌がよかった時に取り付けた約束だった。
おとひっちゃん、どうしているだろうか。
二年三組の教室に戻り、一枚残っていたチケットでドーナツを買い、さっきまで行われていた座談会の様子を思い出したりしていた。別の席でしゃべっている奴の声も聞こえた。
「ねえねえ、知ってる? 三年生の先輩達、てっきりみんな帰ったもんだと思ってたでしょ」
「帰ったんじゃねえの?」
「ううん、帰った人もいたけれど、それはただ、関心のない人ばっかり。みんな教室で、先生のいない間、議論してたんだって。すっごく難しいこと言い合って」
「ふうん、二年の連中は、ただ遊んでいいからラッキーと思っていただけみたいだけどな。夕方、フォークダンスの頃もっかい来るって」
「いやね、関崎くんの『関心ない奴は出てってもいい』発言があったでしょ。その後に、自分たちの意志でもって考えようって三年の先輩がいっぱいいて、空き教室で語り合おうって気になったみたいよ」
「信じられねえな。俺だったら、おとひっちゃん以外の奴だったら、とっくに帰ってるけどな」
小さな波紋が投げかけられたのは確かのようだった。
先生たちがしきりに言う『情熱』。
座談会に出席するという形では残らなかったかもしれない。
『関崎副会長不信任』に近い、結果を出してしまったかもしれなかった。
僕は窓の外に見えるグラウンドを、遠目で見た。
学校祭二日間使って、夜に積まれたファイヤー用の薪が、塔のようだった。
、小さな炎が、上空に舞い上がるはずだ。
同じような炎を、いつだったかキャンプファイヤーで見たことがあった。
おとひっちゃんと小学校五年の夏、クラスのキャンプに行った時、一緒に見たことがあった。。
あの時はさっきたんも一緒にいた。
まだ意識していなかっただろう、おとひっちゃんはまだ女子たちと普通に話が出来た頃だった。僕はそばで、夢中になって語るおとひっちゃんの、理科にまつわる話を聞いていた。
僕が
「ファイヤーの火って、太陽の写真に似てるよね」と言った時だった。
おとひっちゃんは、
「太陽の周りを包んでいるフレアという炎があって、日本語では『紅炎』って言ってるんだ。その炎はすっごく熱くって、絶対に誰も近づけないんだ」
覚えたての地学知識だったのだろう。周りの連中が聞いてくれるもんだと思ってしゃべりつづけていた。もっと小さい頃だったら、おとひっちゃんは物知りだと崇めてやったかもしれない。
その頃からすでに、クラスの女子たちはおとひっちゃんの博学ぶりが鼻についてきたみたいだった。
「よくこんなことばかり知ってるよね。つまんないな」
僕の方にもっと軽い話題、テレビ番組とか、おもちゃについてとかの話を振ってきた。
隣でむっとしているおとひっちゃんを、僕はなだめるように、
「ふうん、おとひっちゃん詳しいなあ」
何気なくおだてていた。それでも機嫌が直らずふくれっつらしているのに困ってしまい、僕は隣にいたさっきたんに声をかけた。。
「おとひっちゃんとだったら、将来、宇宙旅行しても、迷子にならないですみそうだね。さっきたん、宇宙旅行、してみたい?」
今と変わらない、小さくまとまった顔立ちで、さっきたんは頷いた。スカートに見えるズボンっぽいものを着ていた。僕と変わらない背丈だった。
「お星さま好きだから、行きたいな」
「じゃあ、僕たちと一緒に、将来行こうよ。それこそ『紅炎』の近くまでさ。ね、おとひっちゃん」
深い意味なんて、十歳の僕にはなかった。
仲良しの女子にだったら誰にでも同じことを言っていただろう。
さっきたんはこくこくと頷き、おとひっちゃんを見てもういちど、微笑んだ。
あの時のおとひっちゃんはどういう顔をしていたのだろう。それ以上の会話をした記憶はないから、たぶん別の話題にそらしたのか、それとも言葉を返さなかったのか。あれっきり三人の間で、宇宙旅行の話は出てこなかったから、とっくの昔に忘れたものだと思っていた。
中学に入り、星座の詳しい勉強をすることになってから、さっきたんが星の知識についてものすごく詳しいことを知った。僕たちにあわせて、おとひっちゃんの話を聞いていたのではなく、本当に星が好きだっただけだと思い込んだ。ひとりでもいいから宇宙旅行に行きたかったのだろうと、僕は決め付けていた。
もしかしたら。
もしかしたら、おとひっちゃん。
いっしょに、いつか宇宙旅行してくれる女子のことを。
おとひっちゃんはあの時から。
僕はさっきたんの姿を探した。
とりあえず、座談会にさっきたんはちゃんと残っていた。僕の斜め後ろでおとなしく話を聞いていた様子だった。帰り際廊下で、生活委員会の顧問に呼び止められ話をしているのを見かけた。
まだ帰ってきていないのかもしれない。
座談会に関しての生活委員なりのチェックが入っているのかもしれなかった。
いないか。
しょうがないか。
まずは、声かけに行ってみるか。いつもだったら今ごろ、給食の時間だし。
最初は、総田の方に詳しい事情を聞いておきたかった。
総田が主軸となり、おとひっちゃんが手助けした形となる『水鳥中学学校祭第二部 フォークダンス』は、順調に進んでいるようだった。
計画はすでに、総田から聞いていた。
踊りは最終的に『オクラホマミキサー』と『マイムマイム』に絞り込まれたらしい。最初はみんなで二列になってお目当ての人を狙って踊った後、最後の最後にマイムマイムで全員、輪になる。多くのみなさまが熱望していた『好きな人と手を握ろう』という行為は、最後の最後までチャンスを伸ばせるようになった。
時間帯は夜六時から七時半まで。まだ明るさが残っているのが気に食わないけれど、遅くなりすぎるとあぶないからしかたない。最後は打ち上げ花火を先生と総田の二人で用意して一気に盛り上げる。今回は放送委員会、音楽部、臨時結成された応援団なども交えて、派手に打ち鳴らすと共に、秋の夜空を焼き尽くそうという趣向だ。
「これは盛りあがらねえ、わけねえな」
座談会の修羅場をなんとか乗り切った総田は、僕を見つけざま意味ありげな笑みをもらした。
生徒会室でわびしげにドーナツをかじっていた。
「すごいよ総田。よくここまで考えたよなあ」
計画書をぱらりと見せてくれた。ぎりぎりまで推敲していたんだとわかる。
「でも、あれはまずかった。俺もあいつがあそこまで、突っ走るとは思ってなかった」
「うん、座談会の爆弾発言だね。おとひっちゃんはどこ、行った?」
「一時間交代で、展示を観にいった。燃え尽きたんだろ。あれだけ叫んだらなあ」
「そっか。一時間待てば、おとひっちゃん、戻ってくるってことだよね」
僕は持ってきたドーナツを広げた。甘いチョコレート入りのを最初に食べた。
「ところで佐川、二年三組の、座談会に対する反応はどうだ?」
「うん、まあまあなんじゃないかな。うちのクラスはおとひっちゃんと同じ小学校が多いから、おおむね好意的、かなってとこ」
「そうか」
総田は食べかすを机から払い、缶ジュースをすすった。あまり残っていないらしい。ずるずる音が聞こえた。
「でも、三年生は教室の中で熱く語ってたみたいだね」
「らしいな。俺も帰り際言われたよ。お前ら生徒会の、いわば信任・不信任を確認したようなもんだよなってさ。俺たちじゃねえだろう。関崎のだろう。とつっこみたかったけどな。やめといた」
「その通りなのに、どうして」
僕に、わからないのかといいたげに、顔をしかめた。
「仮にだ、あれが改選で立候補者が一人だったら、普通は信任投票で一発当選だろう。でも、あの虫食い状態の席を見ただろ。あの通りに投票されていたら、ぎりぎりか、もしくは過半数割れで、不信任決議だ」
そうだよな。確かにそうだよな。
「関崎は水鳥中学の無関心な連中に、行動させちまったんだ。関心がないって本音を、白状させちまったんだ。俺ならそこまでやらない。そういう本音を隠すように仕向ける。関心があるような気持ちにさせる」
それが総田のやり方だということは、僕もわかっていた。
『魔術師』かつ『教授』と呼ばれた総田ならば。
「佐川、俺、あの時、壇上から見下ろしてぞっとした。もし俺だったら、絶対に奴らを止めるよう、先生に頼むか、何か面白いことを言って立ち止まらせようとしたと思う。いや、させようとしたさ、関崎に」
「怒鳴ってたよね、マイクを曲げて」
「当たり前だ。でも、奴は冷静だった。あのまんま、ざわめいていた体育館の中がすかすかになっていくのを、黙って見ていたんだ」
総田はがくっと、芝居がかったしぐさで頭を垂れた。
「俺には、絶対に、出来ねえ」
外から見たら、学校祭三日目・副会長対決第一ラウンドは、総田の圧勝に見えただろう。
総田の個人感情を抜きにした活躍ぶりを目に焼き付けないわけにはいかない。
でも、おとひっちゃんはその代わりに総田から敗北宣言を引き出すことができたわけだ。
はたしておとひっちゃんは、総田の言葉を聞いたのだろうか。
「俺、まじで、会長でやってく自信、ねえよ。絶対こうなるって先読みしてたことが、こう見事にどんでん返しされちまったら、これから先、どうすればいいか全く見えねえよ」
ふふっと笑い、総田は付け加えた。
「佐川、じゃあ代わりに、お前が会長に立候補しないか? サポートはもちろん、俺がする」
「まさか、おとひっちゃんが許すわけないだろ」
「だわな」
冗談だろう。まさか本気なんてわけがない。
あの総田が、ここで巻き返しをはからないわけがない。
でもあの時の総田は、嘘を吐いているようには見えなかった。
時間つぶしの会話をしばらく続け、おとひっちゃんが生徒会室に来るのを待っていた。なんだか太陽が照り付けてきて、秋なのに妙に暑かった。戸口側の席に戻り、残りのドーナツを食べ終えた。腹がくちくなった。同時に足音が聞こえ、前で止まった。がらりと開いた。
「雅弘、来てたんか」
おとひっちゃんの足音だと、ふりむかなくてもわかっていた。
「待ってたよ」
「なんか、食ったのか?」
「ドーナツ全部」
僕の方を物言いたげに見つめたがすぐ、総田の方に向かっていった。いつだったかふたりの対決をこの位置で見つめていた記憶があった。八月の末だっただろうか。一ヶ月前とは違い、おとひっちゃんも総田も、声を荒げはしなかった。お互い、目で頷きあい、席を交代した。
おとひっちゃんは冷蔵庫からジュースを取り出し、すとんと置いた。
「じゃあ、一時間後、たのんますわ」
「わかった」
簡単な会話だけだった。総田は僕を通りすがりにちらっと見て、
「無理を承知だ、頼む」
つぶやき、出て行った。戸を閉めたとたん、女子らしき甲高い声が聞こえた。
川上さんだろうか。待ち合わせ、していたんだろうか。
おとひっちゃんの前で会うのをやはり、ためらっていたのだろうか。
おとひっちゃんは全く反応しなかった。オレンジジュースを一気に飲み干すと、僕を手招きした。こっちに来いというのだろう。
立ち上がったけれど、僕はなんとなく、動けなかった。
動いちゃ、だめだ。
そんな風に足が決め付けたみたいだった。動けなかった。
両手を机についたまま、僕はおとひっちゃんと真っ正面に立った。。
太陽を背に受けているおとひっちゃんの表情は全く読めず、影絵のシルエットそのものに見えた。
「どうした、雅弘」
「今、誰もこないかな」
「ああ、他の生徒会連中は、みな一時からの演奏会を聴きに行ったみたいだ」
そうなんだ。
おとひっちゃん。とうとう僕にも順番がきたってことだよね。
思わず、歯を食いしばった。そのまま動けないままでいた。
「おとひっちゃんさ、あのことは、今朝決めたんか?」
やっとの思いでこれだけ搾り出した。
「あのこと?」
僕は答えずに待った。おとひっちゃんも、とぼけるのをあきらめたのか、声を低くして答えた。
「雅弘には、言うべきかどうか、迷ったよ。けど」
「いや、それはいいんだ。おとひっちゃんが考えていたことは、それでもいいんだ。ただ、どうして、ああいうことしたんか?」
親友だから何でも話してほしいなんて、女子の仲良し同士のようなことを、求めてなんていない。僕だって、おとひっちゃんに何でも打ち明けるわけでもないのだ。それでも、親友だと思う。それが僕とおとひっちゃんのつながりだ。そういうことを聞きたいんじゃない。
僕は目立たぬようにかぶりを振った。
「おとひっちゃんは、座談会を成功させたいって、ずっと言ってたよな。本当に一生懸命、やってたよね。うちのクラスの男子も女子も、認めている奴はみんな、認めてたよ。もちろん俺だって、おとひっちゃんのこと、応援してたよ。でも、全校生徒にそのことを確認して、どうするっていうんだよ」
「答えは出てただろ」
ぶっきらぼうにおとひっちゃんは答えた。
思い出したくないし、つつかれたくないのだろう。
おとひっちゃんの中で、もう座談会は終わっている。
「ああ、出てたよね。過半数の生徒が、教室か外か、どっかにいなくなったよね。あれ、生徒会選挙の投票だったら、副会長だって会長だって、どんな形だって不信任になっちゃうよ」
「わかっている」
「そんなにまでして、おとひっちゃんは、自分の支持数を知りたかったんか?」
おとひっちゃんは答えなかった。僕の方を黙って見つめた。両手で缶ジュースの空き缶をぎゅっと握り締めていた。まだつぶしてはいなかった。
「そうだよな、おとひっちゃん、あれで自分がどれだけ、水鳥中学の生徒に支持されているかを目で、確かめたかったんだよな。わかってるよ。おとひっちゃんが考えていることくらい」
僕はゆっくりと、くぐもった声で、おとひっちゃんに突きつけた。
「これが生徒会引退の花道だと、勝手に思ってるんだろ!」
「何言ってるんだ雅弘!」
おとひっちゃんが立ち上がった。とんと、缶の底を机に叩きつけた。
やはりそうだ。僕がにらんでいたとおりだ。
俺の想像してたことって、やっぱり当たっていたんだ。
昨日の段階で、おとひっちゃんと総田は、今までになく和やかに話を進めていたという。川上女史の登場ですべてがおじゃんになってしまったけれども、座談会の進め方しかり、フォークダンスの選曲およびプログラム決定しかり。ふたりの意見がうまくミックスされて、理想の形にまとまったんだと思う。座談会進行が結局総田に任されたのも、おとひっちゃんが自分の限界を見極め、預けようと決心したからだろう。フォークダンスの選曲も『トロイカ』『ジェンカ』を削るというところに辿りつくには、お互いの意見が交差したからだろう。
昨日、おとひっちゃんも総田も、お互いの良いところを、見つけたような言葉を口にしていた。
ほんの少しだけ歩み寄れたのかもしれなかった。
水野のさっきたんをそそのかしたのは、確かに僕だ。
僕に責任は、大いにある。
もし僕が、さっきたんにおとひっちゃんの応援を頼まなかったら、総田の計画どおり、座談会はごく普通の成功を見せ、満足げに笑うおとひっちゃんを見ることができただろう。総田もあとあと、『自分たちのおかげで』成功した旨伝えるかもしれないが、今のような終りかたは決してありえなかったはずだ。
しかし、川上女史が何気なく口にした『あそこに水野さんがいるよ』発言により、自分が舞い上がっていることを恥じたおとひっちゃんは、シャープを投げつけ逃げ出してしまったという。
総田に対して、何度も「ちくしょう」と繰り返した言葉。
やっと、歩み寄れたかもしれない相手に、やっぱり裏切られた傷。
ちょっと良くしてもらったくらいで舞い上がってしまった自分への怒り。
おとひっちゃんは、生徒会副会長としての自分を、空いた椅子の数で計ったのではない。
僕は断言する。
言葉に出して、おとひっちゃんに伝えたかった。
「おとひっちゃんは副会長でない、素のおとひっちゃんそのものを、思いっきり、罰したかったんだろ! 嘘だと言うんだったら、ほら、言い返してみろよ!」
廊下がいきなり静まり返った。僕の声が大きかったのだろう。でもかまわなかった。総田が聞いていようが、あとで川上女史に突っ込みされようが、僕のやったことを暴露されようが、どうでもよかった。
「もし、僕の知ってるおとひっちゃんの性格がもし崩壊してなければ、の話だけどさ『自分の内申書および行動記録がマイナス点として上げられてもかまわない。他の生徒にだけは自由な意志を表明させてやってください』って、萩野先生および、他のうるさがた先生たちに、頭を下げたんだろ。僕の推理と観察力が、総田の評価どおり『天才』並みだったとするならば、今言ったことが間違ってるなんて、全然思わないよ。おとひっちゃん」
おとひっちゃんは全く動かなかった。影絵のまま、風が髪の毛を揺らすのが見えただけだった。
「たぶん、一ヶ月前に僕に打ち明けてくれた時は、別の理由だったんじゃないかな、と思っていたよ。きっと受験準備本気で始めようとしてるんだなって。本気で青大附高に行きたいって思っているから、未練あるくせに生徒会を引退するんだって、思ってたよ。でもさ、今日、おとひっちゃんはちらっと、壇上で口にしていたよね。『正直言って、僕も、もう希望の高校に行けないだろうという覚悟はしています。生徒会顧問の萩野先生にも、再三、覚悟を問われました』って。他の奴らが立ち上がって、座談会を蹴ったことについては、内申書および行動記録に影響を及ぼさないでほしいと、おとひっちゃんは言ったし、それはたぶん守られるんじゃないだろうかと思う。でも、あの時おとひっちゃんは、『僕、関崎が責任をとります』と言っていたよね」
マイクがもしあったら、僕の方が鼻をすすり上げていただろう。息を吸う音がばんばんに響いていただろう。
「俺、確かにおとひっちゃんのこと、もっと器用だったらなあって思う時はあるよ。もっと、普通に女子としゃべれて、もっと総田みたいな奴とうまくやっていければ、きっとうまくいくだろうなあって。でもおとひっちゃんは、そうじゃなくたって、小学校の時の友達からは認められているんだよ。それだけじゃないよ。知ってるか? 体育館を抜け出した三年生たちが、学校に残ったまま、全員じゃないけど今後の学校について討論したんだっていう話。座談会そのものだってさ、おとひっちゃんほとんど仕切らなくても、発言、いっぱい出てただろ。あれはみんな、おとひっちゃんの言葉によって、やっと動き出したってことなんだ。いいことか、悪いことか、俺にはわかんないけどさ。おとひっちゃんのことを、俺も」
息を吸い込み、思い切って口にした。
「さっきたんだって、認めているんだよ!」
おとひっちゃんの手が、空き缶を握りつぶした。
「雅弘、まさかお前もあいつらと!」
ついにつつかれた。いつもなら逃げる。でも今の僕は逃げる気なんてさらさらなかった。不思議と涙は出なかった。いったん叫べば、隠れた言葉がするすると手繰り寄せられて、強烈な矢に化けた。何かが僕の芯を熱く燃え立たせていた。
「違うよ、違う、俺はおとひっちゃんの親友だよ。絶対に、それだけは変わらないからね。けど、ただ」
翳っていた表情が、光の加減で一瞬はっきりと映った。
血の気の引いた、うそじゃない顔。
僕の言うことを否定できずにいる、わかりやすい表情のおとひっちゃん。
ちらりと光った目の光沢。
それにぶつけるため、僕はめいっぱい、叫んでいた。
「俺はこれ以上、おとひっちゃんが逃げてくところ、見たくないよ。不信任されるのは仕方ないけど、生徒会からも、総田からも、青大附高からも逃げていくおとひっちゃんなんて、もう見たくないよ!」
不意に、僕の中の潮が引いていった。熱に浮かされたような言葉の波が収まり、僕はおとひっちゃんが表情を完全に隠したのを見た。白いシャツ姿のまま、背を向けた。窓際に手がかかった。
「そんなに、今の俺が惨めに見えるのか」
吐き捨てるような声。テーブルの向こうにかろうじて聞こえる声で僕も言い返した。
「見えるよ。おとひっちゃん」
それ以外の言葉をかけたかった。
でも、それ以外、何を言えばいいのかわからずじまいだった。
黒い影は全く動かず窓枠を掴み、うなだれたまま。
僕は、そのまま生徒会室を出た。