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第五話「天邪鬼と邪道剣士」


――ザシュッ


(なっ―――)


 開始とほぼ同時に宝剣が俺のわき腹を掠めていた。


(ありえない、コイツ殺しにきやがった。)


 とそんなことを思ったあたり俺もまだまだ考えが甘かったのかもしれない。通常刀身が1m以上もある大剣は正眼の構えからではほぼ突きしか出せない、だから攻撃を突きの一点読みにしていた。それゆえかろうじて躱せたのだ。そうでなくては初太刀で俺の身体は半分になっていた。

 

アーデルハイトが足を組み換える! 次は横凪ぎの一閃か!

 

 回避は間に合わない、素早く剣を体と宝剣の間に立てる。そしてそのまま相手の力を利用してバックステップで距離をとる。剣が早速悲鳴をあげているが闘技用の剣だ、折れはしないだろう。もっともまともに受け太刀はすれば流石に危ないが。


(気を引き締めておかないと一瞬でお陀仏だな)


 相手が大振りである以上躱して後の先をとるのが最善だ。だからこそ攻める!

彼女は横凪ぎからまだ立て直していない、宝剣が後ろにある以上次は振り下ろしだ。が、相手は剣の重さを活かして剣と自らの位置を入れ替えた。器用な真似をする。

 結果俺の剣閃は空を切り、仕切り直しになってしまう。


 (これは思ったよりも早く決着をつけなければならないか?)




キィン、ガキィン、キィン、キィン

ガァキィィン


 更に数合を結んだのちにわかったことだが、技量も力も相手に圧倒されている。しかし、闘技は拮抗していた。これは俺にとっても意外だった。

 理由は大きくわけて二つ、一つは剣の違いだ。アーデルハイトはあの宝剣を上手く扱っている。だが、流石に剣速なら俺の方が数段上だ。対怪物ならまだしも、明らかにあれは人間相手に使う剣ではない。大剣と片手剣で近接戦闘をしているのだ、相性の良し悪しは一目瞭然だろう。

 これはガチに走った俺の作戦?勝ちといったところか。そしてもう一つは――


「ハァッ! セイ! ヤァァァ!」


 躱す、いなす、反らして落とす。


「なんであんたは、そんなに剣に余裕がないんだ?」


 これだ、こういう手合いは剣道の試合でも良くいる。先に一本取られて焦っているのか竹刀を振り回す。それとアーデルハイトは同じだった。


「貴様にもっ! 喋る余裕はっ! 与えてないっ!」


 返す、落とす、出鼻を挫く。


 流石の俺も試合中にしゃべったことなどないが、それができる余裕を持つと持たないとでは剣閃に大きく違いが出る。


「余裕ってのはあるもんじゃなく作るもんだ。もっとも、いい剣士ってのは自分を一本の剣にできるらしいが、あんたはそれと程遠い」


 踏みこむ、払う、すりあげる。


 俺の剣がアーデルハイトに肉薄する。彼女は強引に剣を振り降ろし、間合いを取った。体勢は崩れている、追撃をしてもいいがあえてそれをしなかった。


「普通に考えたらあんたは俺よりも強い。剣戟ですらぎりぎり互角なのに、あんたは魔法も使えるんだろう? なぜ使わない?」


 俺は疑問に思ったことはすぐに口に出すタイプだ。


「…………さまに……」


 小さな声で何かをいったのが聞こえた。


「? 何だ?」


「貴様に! 何が! わかるのかといったんだぁぁー!」


 アーデルハイトの裂綿の一閃が迫る。今までとは段違いのスピードだ。


 すんでのところで回避し、剣を叩きつけるようにして弾く。本気をだしたのか!? いや違う、更に悪化したんだ。


「私に本気を出せと? 魔法を使えと? まだ、余裕を残している貴様にか? 魔法もまだ使っていない貴様にか? それがどれだけの侮辱だと貴様はわかっているのか!」


 宝剣による暴風の如き連撃、完全に躱さなければ下半身とはおさらばだ。ミリ単位であちらに傾いていく均衡。だがしかし俺は煽るのをやめない。


「俺に魔法を使うことが恥だってことか? そっちの方が俺に対する侮辱じゃないのか?」


「貴様の剣には何がのっている?」


「何ものってなどいない、ここにあるのは剣でしかない」


「そうだろうね、それが伝わってくるような剣閃だった」


 どんな剣閃なんだ? 一度自分でも受けてみたい。そう思いながら俺は新たな剣戟を仕掛ける。


「これはあくまでも闘技であって、試合でもなければ殺し合いでもないだろう?」


 この闘技は観客がいることからもわかるが、他人にみせるためのものだ。予定調和といってもいいかもしれない。それなのに彼女は明らかに気負いすぎている。


「それが侮辱と! いっている!」


 難なくかえされた挙句、はじきとばされる。


「この宝剣マクシミリアンには一族の誇りが! 慚愧が! 無念がのっている! 私はそれを皆に示す為にこの宝剣を振るう!」

 

追撃を受けそこなってしまう。

 そうか、わかった。


「この宝剣には余裕なんて、一片たりとも存在していない」


 なるほど、もともとこいつには余裕なんてなかったのか。

 自らの背負っているものを剣に乗せ、剣にのせたものの重みで剣閃を放ち、そしてその剣を振るう戦いに誇りもつ。それこそがアーデルハイト・フォン・プロイセンの剣の道なんだろう。

だからこそ、これを試合でなく見せ物だと割り切り、剣に余裕を残して戦っていた俺にイラついていたんだ。これは失礼なことをしてしまっていた。

 そして、俺ののど元には宝剣が突き付けられている。


「これで終わり」


「3ついいか?」


「なに? 辞世?」


「もし剣に誇りをのせているのなら、それを怒りに任せて振るうんじゃない」


 彼女は何も答えない。


「そしてもう一つ――」


 俺は思いっきり刀身の死角から宝剣の側面を蹴り上げた! そして素早く立ち上がり、剣を拾って体勢を立て直す。


「……すまなかった。俺の先ほどまでの戦い方はあんたへの礼儀を欠いていた」


「すまないと思うのなら、即刻負けを認めてほしい」


「最後の一つだ。俺が名乗るべき二つ名は『転生勇者』じゃない」


 やれやれ、せっかく新しい世界に転生したんだ。できるだけ元の世界のものは持ち越したくはないのだが、そうもいってられないらしい。


「俺の剣士としての二つ名は『邪道剣士』、ただ一つだけだ」


 俺には剣道の才能がなかった。体格には恵まれず、腕力も集中力もない、眼と勘は少しだけマシだといわれたが、そんなものは何の慰めにもならなかった。だが、俺はそれでも才能のある人間に追いすがりたかった。届かないならせめて手を伸ばしていたい、そのためなら何でもやった。

 

 そして俺はいつしか『邪道剣士』と呼ばれるようになっていた。


 それは自らに取れる手段全てを利用して意地汚く勝利をつかもうとする、その姿からつけられたあの世界での俺の蔑称だ。


「証明して見せよう『旧王族の戦乙女』、俺は魔法を使うに足る相手だと。あんたの油断と安直をそのまま敗北に変えてやる」


 集中すればするほど視野は広がり、剣先からは意識が離れる。俺の中の余裕が剣技ではなく思考で埋め尽くされていく。やはり俺に剣道は向いていない――――


 俺は一足飛びにアーデルハイトへととびかかる。接近を嫌った彼女は、逆袈裟の一閃でそれを振り払う。

 距離をとり、彼女の周囲を旋回する。

 これまでの攻防で彼女の行動パターンや剣速、立ち回りの癖は大体覚えた。仕掛ける!


「あんたと俺を比較した時、あんたは二つの心で俺に負けている。そのひとつは平常心だ」


 俺はそういって彼女を中心にして回り続ける。俺は無言を貫く。

 そして、彼女はしびれを切らしたのか


「あと一つはなん――」


 その瞬間大きく踏み込んで、大上段からの一撃を加える。


「なっ! 貴様!」


 ガァキィン


 受け太刀は間に合っていたが、こちらの目的は接近することだ。そのまま、乱打を加える。この展開になっては大剣の強みなど、欠片も生かすことはできない。そして、足さばきにより身体を相手の内側に持っていく、


「もう一つは重『心』だよ!」


 そこで思いっきり腰をひねり、相手に全体重をぶつける。要するに側面からのタックルだ。これには流石の彼女も体勢を大きく崩す。当たり前だ、彼女が補助以上の理由で魔法を使わない限り物理法則にはかなわない。

 相手がわざわざ、自分の体に合わない武器を使っているのだ。そこを突かずして何が邪道か。


「貴様、卑怯だぞ!」


「腕力でも技量でも勝っている相手に正々堂々を強いるのはアンフェアじゃないか?」


 そして、突き飛ばした分だけ、即座に間合いを詰める。そして、乱打戦、足さばき、タックル、接近を繰り返す。そろそろのはずだ。


「くっ! こうなったら」


 その時タックルにより、彼女が大きく吹き飛ぶ。違う、バックステップだ。彼女は距離を開けて、態勢の立て直しをはかるつもりなのだろう。ここだ――――


 俺はそのまま彼女に急接近する。腰だめに構えた豪速の横凪ぎ一閃。

 大剣サイズの武器はその大きさゆえにカウンターを打つにはほぼそれしかない。だからこそ、そいつを待っていた!!


「なっ!」


 俺は地面すれすれまで体を屈める。宝剣の起こした風が頭上を通り抜けた。崩れた体勢で薙ぎ払いを使った弊害だ。剣は後方。目の前にはアーデルハイトののど元、遮るものは何一つない。

 勝った。俺はその時もう既に、剣の寸止めのことを考えていた。が、


ガキィン


 俺の耳に入ってきたのは金属音だった。


「お前は本当に油断ならない」


 彼女は宝剣の柄で俺の突きを受け止めていた。


「ありえないな、あんた自分の指が惜しくないのか?」


 あと数センチずれていたら確実に指は飛んでいる。俺の打突を柄で受け止めたのはこいつで二人目だが、竹刀ではなくこれは真剣だ。並大抵の精神ではできない芸当だろう。

 そのまま押し返される。


「悪いけど、私には自分の指よりも大切なことがある」


「なるほど……。だが、あんたは女の子なんだ、体を大切にした方がいい」


「ハハッ意外にまともなことをいうのね。わかった。確かにお前を剣技のみで倒すのは少し時間がかかるかもしれない」


 時間がかかるといういい方するあたり、アーデルハイトは負けず嫌いなのだろう。その時、彼女のツインテールがふわりと宙に浮いた。


「そいつはどうも」


 彼女を中心に風が渦を巻き始める。闘技場の砂や埃が舞い上がり、戦乙女に祝福を告げる。


「念のため先にいっておくが、俺は魔法は使えない。だから気兼ねすることはない」


「そう、なら私も先ほどの侮辱は訂正する」


 周囲に吹きすさぶ風、その全てが彼女の味方になっていくという感覚がある。


「行くぞ『邪道剣士』! その道の全を尽くすといい、それならば私はそのことごとくをこの宝剣で粉砕してやる! 疾風魔法(シルフィード)纏風舞踏(トーテンターツ)!」


 次の瞬間、確かに彼女は風となった。



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