第四話「天邪鬼と御前闘技」
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ここは女神と勇者の対面に位置する控え室。そこで闘技用の黄金の鎧に身を包んだ女騎士が物憂げな表情を浮かべていた。
(やられ役の王女……か)
不満には思うが否定する言葉は見つからなかった。いや、恐らくそれが事実なのだろう。この闘技場にいる誰一人としてさえ私の勝利など期待していない。そうだとしても自らの一族に対する侮辱を言い返せなかった自分に腹が立っていた。
(エゼルバルト様の忠告も似たようなものだな)
だが、だとしてもと自らの誇りと怒りを燃料に闘志を燃やし、彼女は闘技場に向かう。先代の国王により託された、一族のものにしか扱えぬ宝剣マクシミリアンを携さえて。
(転生勇者なんて与えられただけの力で舞い上がる俗物にすぎない、そんな奴に絶対クラウディアは渡さない!)
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「へぇーこうなるのですか、少し意外でしたよ。いや、あなたの気質からすれば当然なのかもしれませんが」
「そうか? 俺はどっちでもあり得ると思っていたんだが」
「相変わらず謙虚なのか傲慢なのかわからない人ですよ」
フェオはそういって呆れていた。
「にしても紋章をこの目で見られなかったのは少し残念ですが」
「紋章?」
「私から貰った能力を使用している人は、左手の手の甲に痣が浮かび上がるようにしてあるんですよ。目印みたいなものです」
なにそれカッコいいとか思うあたり俺もまだまだ子供だ。
「とりあえずありがとう、感謝する。これで戦いにはなりそうだ」
「とりあえずが抜ければもっといいのですが、照れ屋さんのリク君には難しいかもしれませんね」
そういうことはいわないでほしい、こっちだって恥ずかしいんだ。
「女神の祝福を受けた者として敗北は許しませんよ」
「あぁわかってる。それじゃあちょっと行ってくるよ」
そして、俺は光に包まれる闘技場へと赴いて行った。
入場した瞬間、オォーーーという歓声に包まれる。だが、闘技場の観衆の人数からすると思ったより声が小さい気がするんだが。
次に反対側から先ほどの女騎士が入場してくる。その瞬間――。
ワアアアァァァアーーーー
という闘技場が割れんばかりの歓声が沸き上がった。そして、その姿を見て確信する。
(しまったーーーーーっ!)
自分のやった失敗を
そう彼女はやたらボディラインを強調した金色の鎧と、随所に宝石のあしらわれた大きな宝剣を携えて来たのだ。
人のいうことはしっかりと聞くべきだ。思い返してほしい、俺が服装を無難に抑えて出てきた時のカサンドラの沈黙を、何故か宝剣をすすめてきたフェオの進言を。いくら闘技といえどこれは御前試合、剣舞の意味合いが大きい。その闘技にまるで狩人のような格好をして出てくるバカがいるだろうか?
いない、ここにしかいない。
しかもそいつは女騎士の持っているものに比べたら小枝にしか見えない剣をぶら下げているのだ。中央までいかなければ、使用人が間違って出てきたものだと思われただろう。
「カサンドラ、リク殿のあの格好は一体どうしたのだ?」
「いえ、私が彼の肉体を眺めていたら一人で着替えるといいだしたものですから」
「うむ、ならば致し方あるまい」
なんか、哀れみの目で見られている気がするんだが?
そう悲嘆にくれていても仕方ない、目の前まできた女騎士に軽く声をかける。
「済まないな、こちらがこんな格好をしていたら。あんたの方も妙に目立ってしまうだろう」
と笑いかけながらいった。
「……気にするな」
女騎士は少しの沈黙の後、小さくそう告げただけだった。王国の女騎士がまさか緊張しているわけがないし、やはり俺は嫌われているのだろう。
「静粛に!」
最前列に座っていたエゼルバルトがその小さい身体で大声を張り上げる。それだけで2万人もの人間が静まり返った。
「両者でそろったな。これよりアーデルハイト・フォン・プロイセンとリク・トーカ・イリンによる闘技を執り行う。では双方、名乗りをあげよ!」
女騎士はその巨大な宝剣をブウォン、ブウォンと二回大きく振り回したのち、正眼に構えて名乗りをあげる。
「サンブリア王国近衛騎士団所属、第八師団長『旧王族の戦乙女』、アーデルハイト・フォン・プロイセン! 異界の勇者よ、貴様の力この目で見極めさせてもらおう!」
そうして、俺の方へその宝剣の切っ先を突きつける。なぜ片手で持てるんだ、どう見てもあの宝剣の重さは20キロ以上あるぞ?
ダンベルならまだしもあれは大剣に近い。それを片手で扱うとは人外の裾力か、恐らくは魔力による補助だろう。
とはいえ次は俺の番か、二つ名は…………転生勇者で構わないだろう。
俺は剣をゆっくりと正眼に構えた。そして、三段打ちを切り返しと組み合わせ、高速で放つ! これでなんとか様にはなったはずだ。
「『転生勇者』、リク・トーカ・イリンだ。戦乙女よ、我が剣戟その目にしかと焼き付けるがいい」
若干恥ずかしいが、気にしたら負けである。
「騎士団長は出払っておるため、審判はカサンドラが務める」
「では、双方武器を構えて」
カサンドラによって放り上げられた白い手袋が宙に浮く。
構えは互いに正眼、試合の中でこの瞬間が最もひりつく。闘技場に戻りつつある喧騒ももはや耳には入らない。波紋一つない水面を思う。
そして、手袋が――ポトリと地面に落ちた。
御前闘技の幕が開く――――