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第二話「天邪鬼と神様見習い(小)」

「……コホン」


 その時クラウの後ろでうつむいていた女騎士が一つ咳払いをした。


「おぉっと済まない失念しておった。そうであったな。そろそろ始めるとするか」


 それを聞いたエゼルバルトが居ずまいを正し、二回パン、パンと手を鳴らす。そうすると他の二人の花嫁候補と音楽隊がその場からはけていった。彼女らは何故か一言もしゃべらなかったが、何か思うところがあるということだろうか。


「えぇーコホン、転生勇者よ。もしも姫君を花嫁として迎えたいというのなら、その力を我らに見せてみよ」


 エゼルバルトがやけに芝居がかった言葉でそう告げる。なんか俺に拒否権がない状態でどんどん話が先に進んでいる気がする。

 にしても力をみせる? えっこれ完全に俺が何かと戦う流れじゃないか?


「我が王国が誇る才媛が一人、アーデルハイト・フォン・プロイセン。彼女を打ち倒して見せよ!」


 そうエゼルバルトが言った後、女騎士は表をあげスッと立ち上がった。彼女のそのしなやかさと怜悧さを併せ持つ立ち姿はまるで一本の剣にも見える。光沢を放つ青みがかった黒髪をツインテールに結んでいるがそれも磨き上げられたサーベルを思わせるほどだった。

 そして、何よりその双眼は明らかにこちらを睨み付けている。流石にここで、そんな怖い顔をしていたらかわいい顔が台無しだぜ、子猫ちゃん? といえる程俺は豪胆ではない。


「貴様、何こちらを見ている? 何か言いたいことでもあるのか?」


「そんな怖い顔をしていたらかわいい顔が台無しだぜ、子猫ちゃん?」


 王宮内が静寂に包まれる。やめろ、なぜ皆うつむいているんだ。エゼルバルト、笑いをこらえているのが見えているぞ、笑いとばせよ! 王様らしくよ!

 プリシラも腹を抱えてのたうちまわるくらいなら素直に笑ってくれ!


「こらアーデ、勇者様に乱暴な口を聞いてはいけませんよ」


 静寂を打ち破ったのは猿轡を外されたクラウだった。さすが女神、というとどっかの神様見習いが憤慨していそうだが。


「エル君。流石に嫁入り前の女性に猿轡はないと思います。跡が残ったらどうするのですか?」


「余はカサンドラの力量を信じておる。それにクラ姉様、公的な場ではせめてエゼルと読んでくださいと申し上げたではありませんか」


 国王が敬語を使い始めたぞ、力関係どうなっているんだ。


「申し訳ありません、クラウディア様。ですが彼は転生勇者ではありますがまだ王族の一員ではありません」


「黙れ、アーデ。余が王族と対等だといったのならばそれが犬であろうが豚であろうが対等なのだ。たとえ正式な式典を通さずともな」


 一転して厳しい口調に王の風格を感じられるが、一言前が敬語では説得力に欠ける。


「こらっ! エル君もアーデも喧嘩したらめっなんですからね!」


 クラウディアの仲裁に双方とも押し黙った。


「ぐっ確かにアーデのいうことのも一理はある。リク殿を王族に迎えるには今日の闘技と明日の王族認定の儀が必要である。カサンドラ!」


「ここに」


「うわっ!?」


いつの間にかあのメイドが俺の真後ろにいた。真後ろというよりもはや背中にいるんだが、なんでこんなに近くにいるんだ!


「御前闘技の準備だ。リク殿に武具と衣服を見繕って差し上げろ。それとくれぐれも手は出すなよ?」


「………………かしこまりました」


「大分溜めたな貴様。こういうところがなければおよそ完璧なメイドなのだが。」


「ちょっえっ待っ」


「よっこらせっと」


 眼鏡メイドことカサンドラが俺を軽々と持ち上げる。俺の体重はこれでも70キロ以上はあったはずだ。にもかかわらずカサンドラはそのまま軽快なステップで謁見の間から出ていく。もちろん一度振り返って礼を忘れない。

 俺は一体どうなってしまうのだろうか?





「勇者様大丈夫でしょうか?」


「案ずるな、カサンドラは余の命令には決して逆らわん」


「エル君それ本当にそう思ってる?」


「……今の場合に限り三分の二位は」


「クラウディア様、エゼルバルト様、私も闘技の準備がありますゆえ。ここで失礼いたします」


 そういってアーデルハイトは謁見の間を後にする。が、

その途中で来賓席の少女から声をかけられる。金髪の縦ロールという装飾華美な風貌に厚手の白いドレス。現代風にいうのならばロリータファッションといえるかもしれないが真に王族である彼女が身に纏っていると可愛らしさよりも優美さが感じられる。


「せいぜい頑張ってください、やられ役の王女様」


 アーデルハイトは聞こえなかったフリをして、足早にその場から去っていった。


「まぁまぁ、挨拶もなしとは私も随分と嫌われましたわね」


「そなたが日頃からそのような態度をとっていれば無理もないであろう。旧王族といえどアーデも王族、自重せよ」


「そうですよ、仲良くして下さいヘンリー」


 ヘンリエッタ・マーシア・ブレトワルダはエゼルやクラウディアらと同じく、転生勇者と王族との血を引く純王族である。そしてまた、伝統を重んじる国ブレトワルダの第二王女でもあるため、それ相応に傲慢に育ってしまったのだ。


「クラウディアさん、私の名前はヘンリエッタですわ。間延びさせないでください」


「しかしだなヘンリエッタ、妹君を花嫁候補に選出したのだ。もう少し、和を慮っていただきたいのだが」


「あら、私の妹ならば心配ご無用でございますわ。粗相のないように教育してありますから、まぁ多少物静かではありますが」


「余は貴様の心配をしたのだが……まぁよい」


 彼女は自らの生き方や考え方を当然の事だと思っている。そういう手合いには基本的に何をいっても無駄だとエゼルバルトはその短い生涯で学習していた。


「では僕もこちらで失礼させていただきます」


 そういって来賓席に座っていた青年が立ち上がる。まるでどこかの怪人を思わせる奇抜な仮面で顔を隠しているにもかかわらず、優雅さのにじみ出る所作は彼のもつ気品を物語っている。


「闘技を見ていかぬのか、フェラルド?」


「いえ、国王陛下が闘技を促したということは“スペア”は不要だということでしょう?」


「うむ、軽く視た程度だがまぁ最低ラインではあるだろうな」


「それならば僕の役目は終わりです。彼が使いものになろうがなるまいがそれは僕の興味をひくことではありません。まぁ確かに戦乙女の闘技が気にならないというわけではありませんが、父上にもできるだけ早く戻るようせかされていますから」


「ならばいたしかたあるまい。此度は急に呼びつけてしまってすまなかったな。土産を包んである、叔父様にもよろしく伝えておいてくれ」


「伝令確かに承りました。僕の妹もよろしくお願いいたします、それでは」


 そういってフェラルドは西洋甲冑についている鮮やかな青色のマントを翻し、羽根つきの仮面をしっかりと付け直す。そして少し間をおくと、マントと鎧の隙間から幅2mを越す大きな翼が出現した。

 そのまま謁見の間にある窓からその大きな翼をはためかせ飛び立っていった。


「普通に扉から出ていけばよいものを、相も変らぬ派手好きだなあやつは。して、プリシラ。どうであった?」


 そういってエゼルバルトは視線を窓から来賓席へと移した。


「かふぇおれとかいうもの、一度は飲んでみたいですナー」


「とぼけなくともよい。彼の転生勇者の資質は貴様の見立てではいかほどだ?」


「本気でいったんだけど。えーと筋肉はそこそこついていたけど、魔力の方はよくわからにゃいってところですナ」


「分からないとはどういうことだ?」


「なんていうかオドのニオイがうすいんですナ。存在するのに通ってないというか、もしかしたらほとんど魔法を使ったことがないのかもしれにゃーい。というか、私の嗅覚よりもエゼルの方がわかるんじゃにゃいの?」


「本当に不思議なことだが具体的なことはよくわからん。ただ、恐らく闘技はアーデが勝つだろう。余が軽く激励をしてやったからな」


「えーー、結果を楽しみにしてたのにネタバレするなよー」


「いや、何故かそのあたりになると曖昧でな。断言は出来ん」


「ならばアーデには申し訳ないですが、私は勇者様の勝利にかけますよ」


「ハッ余に抗うとはそれでこそクラ姉様だ」


 闘技を前にした王族達はその勝敗を予想し合う。だが彼らは転生勇者の本質を知ってはいない。そして知っていても彼の動向を想定するのは神様ですら不可能だったのだ。





「リク様つきました」


「それならば降ろしてくださいカサンドラさん」


「さんはとっていただけますかリク様。それとできるだけ強い命令口調でお願いします」


 前半についてはもうある程度わかってきたが、後半については断固辞退したい。

彼女の肩からおりて着いたのは、高級感は溢れているがどこか埃っぽい一室、どうやらここはドレッサールームのようだ。


「ここで好きなものに着替えてください」


 見たところ、ナポレオンみたいな真っ赤なレオタードや金ぴかの鎧まである。こんなものを着て人の前に出るやつの気が知れない。

 適当に地味でなるべくセンスのあるものを順に取っていき、テーブルに置いた。そこでドア側を一度振り向く。


「どうかいたいしましたか?」


「いや、なんでもない」


 とりあえず上から脱いでいく、といっても俺はシャツ一枚しか来ていないのだが。


「……ハァ、ハァ」


 怖いわ! 肉食動物に襲われるインパラの気分がわかる気がする。


「カサンドラ、できれば着替えるときは外に出ていてもらえるかな?」


「できません」


「即答かよ! いや本当にお願いします」


「…………楽しみは後に取っておきますか」


 そう不吉な言葉を残して彼女は去っていった。さて、早く着替えないと彼女が理由をつけて入って来るかもしれないと、そう思いジーパンをおろして放り投げるとゴトリという音がした。

 そうだ、いろんなことがありすぎて忘れていた。すぐさま俺はポケットを漁り、それを取り出す。

フェオから貰った藍色の水晶だ。そしてそれが突如光りだした!


「プハァー、やっと出てこられましたよ」


「久しぶり、というわけでもないのか」


「そうですね。別れてから2時間もかからず再会とは何ともしまらないですよ。ちょっとしんみりしたのがバカみたいですよ」


 フェオはそういって笑っていた。俺の手のひらの上で。


「見ない内に随分と縮んでしまって、かわいそうに」

 

「違いますよ! これは分体といって、いうなれば天使のような状態です」


 その天使のような状態というのがまずわからない。


「お告げを使って知らせておいたとはいえ大変なことになっていますよ。よかったですね、ハーレム達成おめでとうございます」


「冗談じゃないぞ、なんか気がついたらここまで運ばれてきていたけど。王族になってハーレム完成とかこのまま大団円もありえるじゃねぇか」


「私も人の生き死に以外のことは基本的に知らなかったので、まさかこうなっているとは」


 転生勇者信仰がある“らしい”と語っていたことから、フェオもこの王国のことはあまり調べていなかったのは予想がついていた。職務怠慢も甚だしいが、それをこの神様見習いにいうのはもはや今更である。


「ところでなんでパンツ一丁なのです?」


 それは忘れてた。



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