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2-1「竜人王女と東海林陸」



「うぐっ、あっあぁ……」


 這いずる、這いずる。

 畳に擦り切れて血の滲んだ指先に、体中の力を集めて。神経が引きちぎられているような鈍痛が腰から迸り続けてる。気絶していないのが不思議なぐらいだ。

 そこから下の体はピクリとも動かせない。砂袋と化した下半身の重さだけが、今もなお体が繋がっていることを教えてくれていた。

 

 軋む指を畳に刻み込んで少しでも前へ、前へ。


「ガアァっ! ぐっ、ゲホッゲホ」


――ダアアァン


「なぁ、頼むよ……悪かった、悪かったって、こんなことしたらお前もあいつも――


――バアチィーンっ!


「ア“アァーッ!」


 武道場だからこそ響き渡る壁と人との衝突音と断末魔。振り返る事すらできないことがますます恐怖を募らせる。

 仲間がまた一人、また一人。再起不能の負傷を与えられていく。あり得ないあり得ないあり得ないだろ、こっちは十人以上いたんだぞ!?


「痛てぇ、痛てぇよぉ……」


「ぐっ、がっはあ、あぁ」


「ヒュー、ヒュー」


 苦悶の声を漏らす仲間達。意識があるかどうかあやしい奴もちらほらいる。もともとあいつは加減なんてする気ないんだ。ふざけるなよ、これが正当防衛だってか。ふざけるなよ、ここまで差があるってのか、あいつと俺達との間には。

 無慈悲に竹刀を振るう音が耳に入ってくる。鬼だ。あいつは、地獄上がりの人外ならこの非情さもまだわかる。理由があれば躊躇なく罪人を縊り殺す悪鬼。


――ボギィィっ!


「あぁ……あぁ」


 逃げないと……殺されるっ!

 なんだよ、なんなんだよあいつ! 意味わかんねぇことでキレやがって。なんだってんだ。もとはといえばあいつが悪いんじゃねぇか。あいつが調子に乗った真似すっから――


って、あれ、前に、進めねぇ……。


――ヒタリ


 首筋に当たる生暖かい濡れた感触。おかしい、これは竹刀のはずだ。なのにどうして――


――こんなにも濡れているんだ?


 気づく。もう微かなうめき声以外、何も聞こえていないということに。あり得ない、信じたくない。激痛をこらえ両腕を支えにして、ようやっと振り返る。そして目に入って来たのは踏みつけられた自らの右足と、血塗れの竹刀を突き付ける


 邪道の剣士(俺自身)の姿だった。




「がはぁっ! はぁ、はぁ……」


 また、この夢か。

 こっちに来てもまだ夢見でうなされるなんてな。どうやら俺は異世界に転生してもなお、俺は恨まれ続けてるらしい。いや、所詮夢なんだ。一方的に気にしているだけなのかもしれないが。


 ったく、もともと忘れる気なんてないってのに。

 

 それにあいつらからしたら、俺はもう死んでいるんだ。そのことでちょっとは溜飲を下げてもらいたい。大体、あっちの方が頭数は多かったし、負ける方が悪い。とまぁ、そんなその他大勢のことなんて俺はどうでもいいんだが、大河と美空。あいつら、結局どうなったんだろうな……。

 フェオに聞いて教えてもらいたいところだが、聞いたら聞いたで後悔しそうだ。それに、どのみち俺が剣を握り続けるということに変わりはない。この夢には過去を忘れんなっていう自戒が込められてるのかもな……。


「……はっ、くだらない」


 記憶をもって転生した以上。俺が俺だといえる拠り所はそれしかないんだ。生き方を捨てるられるわけがないし、捨ててしまったらもうそれは俺じゃない。

 昔のことを忘れて過去を振り返らずに生きる。我執を捨てられる柔軟さも、人間の持つしたたかさの一つなんだろう。過去に囚われず生きることは人生をよりよく、楽しくやっていくコツでもある。けど、俺は、例えそれがどんなに愚かなことでも、俺の剣の道を、生き方を、在り方を貫き通す。

 魔法とチートとファンタジーのこの世界でも変わらずに。

 

 汗でへばりついていた肌着を脱ぎ捨てる。やけに暑い、夢見が悪いわけだ。もう布団はいらないかもしれないな、カサンドラに相談しておこう。最近まで朝は少し肌寒いぐらいだったんだけど、今日はやけに暖かい。


 というより、なんか布団がやけに熱くなってる。俺の体温以上に。


 てか、熱いんだよ、暑いんじゃなくて。それと俺の見間違いじゃなければ布団がなんか膨らんでる。

 

 そこで布団を捲り上げてみると――


「まさか湯たんぽ……とか…じゃ……」


「スー、スー」


 俺の布団の中で白銀の長髪をした女の子、いや、フリスよりも幼くみえる。これは……幼女だな。間違いなく幼女だ。一寸の疑いもなく幼女だ。そんな幼女が俺のベッドで寝息を立てている。


 よしっそっとしておこう。


「二度寝、としゃれこむかー」


 30分後。


「熱いっ! なんでこんな熱いんだ!」


 それを忘れてた。


「って、うわっ! なぜ俺のベットに銀髪幼女が!」


 さっきは寝ぼけてて思わず二度寝してしまったが、今度はそうはいかない。と、どうやら騒ぎすぎたのか、起こしてしまったようだ。


「なんの騒ぎですか、リク。おねしょでもしちゃったんですかー?」


 籠にクッションを引いて寝ているフェオを。


「お前じゃない!」


 思わず枕を投げつける。


「ブフっ! 開口一番、ひどいんですよ!」


「お互い様だ。おねしょなんてするか」


「その割にはベッド…が……ぐっしょり……」


 そういってフェオは俺のベットへと視線を移す。そしてそこで健やかに寝ている存在を確認したようだ。いやな予感しかしない。


「ファーーーーっ! アウト、アウトですよ! あれだけの女の子に囲まれておいて、まさか最初に手をつけるのがこんな幼子とは!」


「ちょっと待て! なんだその悪意にまみれた言い方は!」


「寄らないでください、変態! 色情魔! 

 抵抗できないのをいいことに背の順で手籠めにしていくつもりなんですよ。この鬼畜男!

 なぜか上半身裸ですし、実はこの姿の私のこともそういう目で見てるんじゃないですか!? ハイレベル過ぎてついていけませんよ!」


「なわけないだろっ! ってか、“も”ってなんだ! なんで俺が本体の姿を性的な目で見てることが確定してんだよ!」


「大罪を孕んで濁った宝石など――」


「それはここじゃねぇっ!」


「うがぁ~、うぅ……」


 フェオとそんなどつき漫才を繰り広げていると、どうやら本当に起きかけているようだ。俺は取り合えず、めくられていた毛布を掴み。


「えっ……まさか私の目の前で……」


「黙っててくれ」


 そっと覆いかぶせるように元に戻した。


「よしっ!」


―――バッサアァーっ!


「うがぁーーーっ!」


 勢いよく咆哮をあげ、立ち上がった幼女。大きく上げた両の手で、かぶせられた布団を突き飛ばす。

 というか、この子。人間じゃ、ない? プリシラと似たような、獣人……か?

 いやしかいし、万歳の要領で真っ直ぐに伸びている両の手は、肘から上は鰐のような甲皮におおわれている。足の方も膝から下は同じグレーと群青の甲皮になっていて、まるでブーツを履いているかのようだ。身につけているのは薄い水色のへそ出しキャミソールと、ゆったりとしたハーフパンツ。それらの境目からは、俺の腕の太さぐらいある、見事な尻尾が生えていた。

 そしてその尻尾に少しかかるほどの長さを持つ銀色の長髪。寝起きだからかほんのちょっとだけぼさついていたが、それでも十二分に美しい。

 なにより、幼女特有の見るからないぷにっとした肌! 愛くるしさの溢れる丸っこい顔だち! 俺の超高度な分析力によるとまず間違いなく、U10。つまりはシングルナンバーのはずだ。


「気持ちの悪いことを考えてるんですよ……」


「こんな時だけクロニコンを読むんじゃない」


「うへぇ。ロリコンっていうよりペドの領域なんですよ……」


「妙なこと知ってんな」


「全知全能なので」


 全知はともかく、全能は大分怪しい。


「……ぐすん」


「「へ?」」

 

 涙をすするような、上ずった声とそれに伴って涙ぐむ瞳。身体は小刻みに震え、頬が赤く染まっていく。

 思わず、フェオと一緒に間抜けな声を上げてまう。直立不動のままベッドから俺達を見下ろす幼女。見下ろすといっても視線の高さは俺の方が普通に高いが。


「……リク、出頭するなら今の内ですよ?」


「俺は何もやってない! 気が付いたらベッドの中にいたんだ!」


「それ信じてくれる人いると思います?」


「証拠があるのか! 証拠が!」


「100パーやった奴のセリフですよ!」


「うがあぁぁ~~~~~っ!」


 ぼろぼろと涙を流して、泣きじゃくる幼女。まずい、まずいって。流石にこういう状況の対応力はないんだよ!


「おなか……」


「は?」


「おなかがへったのだ~~~~! うがぁ~~~っ!」


 その腹ペコ宣言と共に、辺りのマナが急に熱量を持った攻撃的なものへと変わっていく。その変化は彼女が変えたというより、マナの方が彼女の感情の高ぶりに共鳴しているかのようだ。


「ちょっと、待て! これヤバいんじゃないか!?」


「リク、頑張ってください!」


「急に他人事!」


 連鎖的に当たりに満ち満ちていく熱量。王城の一室が、サウナを超える高温に晒されていく。急激な温度変化よって叩き付けられる熱風が、俺の頬に一筋の汗を垂らせてくる。


 後から思えば、この出会いこそが、もっとも俺の運命を変えてくれた出来事だったのかもしれない。



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