1-20「コスプレ王女と感情論」
「フン、なにをいいだすかと――」
「なにをいいだすかと思えば、リクっ! どういうつもり!」
神獣の言葉をさえぎってアーデが激昂、という程ではないが憤慨している。まぁアーデは反対するだろうなとは思っていた。
後ろで神獣がこの空いた口をどうしようか、と戸惑っているのがちょっと面白い。
「少し落ち着け」
「でもっ!」
「アーデ、戦いは終わった。神獣に抵抗の意思はないし、絶対に殺さなければいけないという理由もない。
それともサンブリアでは捕虜は皆殺しにするのか?」
「そういうわけじゃないけど……、こいつはクラウディア様に牙を剥いた。それを許すことは私にはできない!」
「一国の王女に刃を向けた。か、まぁ死罪でもおかしくはないといばそうだが……。どうなんだクラウ」
ここでクラウに意見を求めるのは少々ずるい気もするが、アーデには一番効果的な選択肢だろう。
「解放、死罪。わたくしならどちらでも構いませんわ、勇者様とアーデの決定に従います。でも」
「なんだ?」
「勇者様が解放の方を押すのは何か、正統な理由があってのことですよね?」
笑顔による無言の威圧。
アーデは感情を直ぐ表にだすから怒っていてもわかりやすくていいんだが、クラウは多少のことでは穏やかな表情を崩さない。といっても裏表があるというわけではなく、むしろ表を前面に押しだしてきているのだ。
感情の度合いを簡単に察せない分、どうしても畏怖のようなものを感じてしまう。
「非常に申し訳ないが、そんな大層なものじゃない。もし殺すしかない状況だってんなら、俺も躊躇するつもりはなかった。だが言葉が通じて、首尾よく拘束もできた。
いくら敵といっても、殺さずに問題を解決する余地があるなら、俺はできる限りの努力をしたい。ただそれだけだ」
少し早口になってしまったのはご愛嬌ということで。
「そうですか」
「甘いか?」
「あら、勇者様。私が今言った言葉を忘れましたか?」
……なるほど、俺やアーデの決定に従うということか。どうやら俺の言ったことは正当な理由、とまではいかなくても、納得はしてもらえたようだ。
というより、おそらくクラウからすれば本当にどちらでもよくて、ただ単に俺の思慮の程を推し量ろうとしたんだろう。
当然といえば当然だが、クラウはしっかり者だな。流石はサンブリアの王女といったところか。
「ご理解していただけたようで幸いです、王女様」
「いえいえ。勇者様も中々恭しい所作が身についてきましたね」
「クラウのおかげだ、クラウの前だとこうすることの方が自然に思える」
「あら、勇者様に世辞は似合いませんよ」
「本心だ」
「ちょっと私の前でクラウディア様を口説くなんて、リクは命が惜しくないの?」
アーデは自分の言ったことを無視して話を進めようとしていた上に、クラウとの会話を楽しんでいた俺に腹を立てているようだ。
目を閉じ、腕を組みながら俯いているさまは苛立ちを隠そうともしていない。
いつもの俺ならここで嫉妬でもしているのかと、茶々を入れるところだが、流石に切れるだろうな。
「元はといえば、交渉で解決する手筈じゃなかったのか? それをこっちの過失で押し入っといて、抵抗したから殺します、じゃあ筋が通らないだろう?」
「私のせいだって言いたいの?」
「違う、ここまで来たのは俺やクラウの提案だったし、石柱の文字に気づかなかったのは俺やフェオの責任だ。誰が悪いかなんてそんなことどうでもいい」
「リクだって何度も殺されそうだったし、そんなにたくさん怪我も負ってる。悔しいとか、報復したいとか思わないの?」
「思わないな、これは戦いだ。死んだのも怪我を負うのも俺の弱さが原因だ。俺はそれを他者のせいにしない。
俺達だって最悪殺すしかないと思って戦っていただろ。不敬罪ってんならともかく、報復は理由にならないし、してはいけない」
前者は秩序を守るために必要な部分もあるだろう、だが、後者は逆に秩序を壊していく。少なくとも俺はそう思っている。
「でも――」
「アーデ、私は勇者様の言っていることの方に理があると思います。アーデの気持ちは嬉しいですが、私のことをならば気を使わなくても構いません」
「クラウディア様、しかし……」
「あなたの忠義は私に同じ言葉を二度言わせることではないでしょう?」
「いえ、わかり……ました」
アーデは見るからに不服という表情で何とか頷いてくれた。彼女の言うことにも正しさはある。本音をいえば何か慰めの言葉をかけてやりたいが、俺にそんな語彙はないし、ここで何を言っても彼女の逆上をさそうだけだろう。
「それにこいつは俺達が入って来たときに言ったんだ」
「……なんて?」
「我が眠りを妨げるのはってな、お前はここで眠っていようとした。少なくとも、外に出て暴れてやろうとは考えていなかったんだろう?」
「……フン」
神獣は不満げな溜息で肯定の意を示した。
もっとも溜息といっても普通に微風ぐらいに感じられるが。いちいちスケールが違う。地面に埋め込まれてわかったが、歯の一本一本が俺と同じぐらいの大きさだ。
改めて考えるとよくこんなのと戦えたな。なんか感慨深い。
「朧気だが、遠い昔に言われた記憶があるのだ。決してここを出てはいけぬ、とな」
神獣が巨躯に見合わない昔語りをとつとつとする。黄金色の瞳を閉じて口を開くその様は、老人の思い出話のような、郷愁を思わせるものがなしさがあった。
この神獣はおそらく500年以上独りで過ごしたのだろう、その心中を察しようとすることすら、俺のようなガキにはおこがましい。
「……リク、神獣はなんて言ってるの?」
「そういえば、聞こえてないんだったな。えーと「朧気だが、遠い昔に言われた記憶があるのだ。決してここを出てはいけぬ、とな」っていってる」
「へぇー」
「なんだその語り口は、ふざけておるのか?」
「別にそういうわけじゃない、お前の言葉は彼女には聞こえてないんだよ」
「フン、人間は下等だな、貴様の言葉は聞こえておるようだが?」
「俺は……特殊なんだよ」
異常というのはためらって、特別というには違和感があった。
「リク」
「『なんだその語り口は、ふざけておるのか?』別にそういうわけじゃない、お前の言葉は彼女には聞こえてないんだよ『フン、人間は下等だな、貴様の言葉は聞こえておるようだが?』俺は……特殊なんだよ」
「フフ、別にリクの言葉は訳さなくていいよ」
コイツ……。
「てことはアーデの言葉がわかるんだな」
「アーデ? あぁこの小娘か。
無論だ、厳密にいえば言葉ではなく意味であり、意思なのだが、まぁどちらでもよい」
「リク、リク」
「『てことはアーデの言葉がわかるんだな』
アーデ? あぁこの小娘か。無論だ、厳密にいえば言葉ではなく意味であり、意思なのだが、まぁどちらでもよい」
「喋り方逆になってるよ? それにリクの言葉は言い直さなくていいって」
「うるせぇーーーー! 頼むから黙って聞いててくれ、さっきから会話のテンポが劣悪になってんだよ!」
会話ネタとかわかりずらいことこの上ないわ! いや知らんけど。
「そんなこといっても置いてけぼりにされるのは困る。そうですね、クラウディア様」
「えぇ」
二人が対応に慌てている俺をニヤニヤしながら見ている。アーデの怒りがこの程度ことで紛れるならそれに越したことはないが。
だがこの二人は完全に俺で遊ぶつもりだ。そうはさせん、そうはさせんぞ!
「フェオ」
辺りを飛び回っていたフェオが、俺たちの高さまで下降してくる。後ろの羽で飛んでいるわけじゃないから当然だが、高さの制約とかないんだな。
「どうしたんですよ?」
「神獣の言葉を復唱してくれ」
これで多少テンポが改善されるはず。
だが神様見習いはキョトンとした顔をしたあと――
「ワタシ、ニホンゴ、ワカリマセン」
と言い放った。
「素直にやってください、お願いしますから。もうこっちはお腹一杯なんですよ。フェオのボケまで対応している余裕はないんです。
神獣さん待ってるんすよ? いい加減俺に話をすすめさせてくださいよ」
ザ・平謝り、プライドの低い人間にのみ許されている最終奥義である。人にものを頼む時、スムーズに事を運ぶには時として頭を下げることも必要なのだ。
もっともこれは一兵卒にのみ許される行動で、責任ある立場の人が乱発すると説得力がガクッと下がるため注意が必要だ。
「しょうがないリク君ですねぇ。全く、使い魔づかいが荒いんですから」
当たり前だろ、使い魔なんだから。ということで
これからの文章は神様見習いフェオによる副音声でお送りいたします。




