1-18「コスプレ王女と決着2」
「ハァハァ、ハァっ!」
今は静寂に包まれている洞窟をひた走る。時折響く戦闘音に焦燥が募っていった。辺りには俺達の戦闘の余波か、来た時よりも数多くの破片が散乱している。
何秒経った? いや、今は考える時間すら惜しい。
破片に躓いて転びそうになるが、そんな暇はない。おそらく今通っている道はまだましな方なはず、出来るだけ早く抜けなければ。そして――
さっき通った分かれ道へとでた。
「よしっ! こっちだ」
俺はわき目も降らず、選んだ道をただ駆ける。いまだ神獣と奮闘している、二人の王女に思いを馳せながら。
▽
「くっ! がはっ! うっくうぅー」
すでに疲労困憊のアーデルハイトは神獣の薙ぎ払いを受けきれなかった。地面を大きく跳ね飛ばされ、硬い壁に激突する。
「アーデっ!」
「つぅっく! 大丈夫です!」
苦悶に顔を歪ませながら、それでもアーデルハイトは破片の中から立ち上がる。大剣を杖代わりに身を支え、震える足腰を紛らわせる。
だが、立ち上がった後も震えは止まっておらず、大剣の切っ先にまでその影響を及ぼしている。
(ハハハ……やっぱり、怖いや。
私は騎士失格だ、剣には心情が表れてしまうし、その上護りたいものも護れない)
「フン、小娘が。震えておるではないか」
神獣は戦乙女に語りかける。その言葉は無論、アーデルハイトにはうめき声としてしか聞こえていない。
アーデルハイトは訝しげに首をかしげるだけだ。
「聞こえんのか、難儀なものだ」
話相手にすらならない彼女に神獣はそう溜息をつく。その表情は露骨に退屈を表していた。
「にしても貴様らも愚かだな。何やら策があるようだが、あの小僧が本気で戻るとでも思っているのか?」
この問いかけは傍から見ればと、至極おかしなものだろう。聞こえないとわかっている相手に延々と話しかけているのだから。
それでも神獣は半ば自嘲気味に語り続ける。まるで返答が来るのを期待しているかのように。
「大方、あの小僧は逃げたのだ。思えば、足と口ばかり達者な、小狡い人間だった。あの不遜な態度と小賢しさは、まさに人間の典型よな。大体――」
「黙れ、神獣」
アーデルハイトはそう言って、神獣の言葉をさえぎった。その声には微かに怒気が孕んでいる。そして徐々に剣先の震えが収まっていく。
神獣は聞こえていないはずの言葉に、返答があったことに少し驚いているようだ。
「お前の言葉はわからない。でも多分、私の友達を馬鹿にしているんでしょう?」
アーデルハイトが怒っている理由は、ただそれだけだった。
剣先の震えはもう完全に止まっていた。
「彼は信じろって言った。そして私は信じるって言った。それなら、そこにはもう迷う余地なんてない」
その構えに覇気が戻る、いまだ極寒の洞窟に彼女の闘志が燃えていく。
「確かに目の前に死が迫った時に、その人がどうするなんて私にもわからないし、わからなかった。
もしかしたら、何かのために命を張るなんていう方が普通じゃないのかもって、自分の命を優先して逃げたり、裏切ったりする方が普通なのかもって思うこともあった。でもこれだけはわかる――」
「なんだ?」
神獣は意味のない疑問を反射的に口にした。その行動は数百年を生きる獣の王としてはあまりに人間味に溢れている。
「リクはそういう普通とか、普通じゃないとかっていう私の予想を、簡単に飛び越えて来てくれる人だって」
――ドゴオォォォーーーン!!
大空洞に響き渡る爆音、それは天井の一部が破片と共に吹き飛んだ音だった。
「ほら、ね?」
△
「うおぉーーたっけぇ―!」
「ちょっとこれ着地大丈夫なんですか」
「持って飛べない?」
「流石に無理ですよ!」
洞窟の爆破と共に大空洞へと飛び出した俺は、フェオと共に絶賛落下中だ。こいつは飛べるから付き合ってくれているんだろう。
位置はジャストミート、目指すは神獣の背中。落下の衝撃は神獣の柔らかさに期待しよう。さぁこっからが正念場だ。
仮想でしかない最終作戦を今、現実へと出力しよう。大丈夫だ、フェオも言っていたじゃないか、理外魔術は心の持ちようだと。
それならば強く思うんだ。
そう、『現実的に考えてあり得ない』と!
「展開半径指定最大展開」
落下速度が強風を俺の頬にぶつける。おもわず目をつむりそうになるが、閉じるのではなく逆に俺は目を見開いた。
「理外魔術 起動 ――現世界展開――!」
「何を! ぐっくうぅぅ! がああぁぁぁーーっ!」
神獣はかつてないほどの絶叫をあげる。
俺は不格好な着地をきめて、その背中へと飛び乗った。辺りの体毛を握りしめ、振り落とされないように悶える神獣の背に捕まる。
「貴様あぁ! 何をしたアァっ!」
「お前」
この反応だ、すでに疑念は確信に変わっている。俺はもったいつけて神獣へといい放った。
「500年間も何食って生きていたんだよ?」
500年間も飲まず食わずでは生きられない。そんなことは至極当然なことだ。神獣といっても、元は所詮獣だろう。現実的に考えてあり得ない。だとしたらこいつはどうやって500年間も眠り続けたのか?
答えは単純だ、俺の現実で考えなければいい。つまり、ガルムルフはマナの濃い場所を好むということだ。
「お前はもう完全に魔力で動いていたんだろ」
そんな奴の全身から魔力を排斥すればどうなるか。少なくとも今までのように動けなくなる、そう考えた上での作戦だ。上手くいけば即座に戦闘不能に追い込めると思っていたが。
「グヌゥ、この程度ォォ!」
「まだやる気があるみたいだなっと!」
「グヌッ」
ブロードソードを深々と神獣の背中に突き立てる。居力が落ちている分刺さるかどうか心配だったが、杞憂だったみたいだな。
「さてと、神獣」
流石にちょっと心構えがいる。なにせ今度は、さっきと違って最大出力だからな。
「我慢くらべといこうじゃないか、ありったけをくれてやるよ」
「何?」
「『世界解放』 伝雷魔法・発雷 最大出力!」
「グヌウゥゥぅぅっ!」
「ぐっくうぅぅぅっ!」
今残っているマナすべてを電気に変換し、直接神獣の体内へ流す。どれだけ身体機能が優れていても、超高電圧は神獣の筋組織を神経によって硬直させる。そこに耐性の介在する余地はない。
大体、こいつの魔力耐性は肉体じゃなくて、体毛にあるんだろう? それならば条件は同じ、雷には高い耐性を持っている俺に分がある。そして――
「仕上げだ! クラウ!」
「はい! 混成魔法・液状化!」
クラウの魔法と共に神獣の体が、大地へと大きく沈み込む。
「ヌッ! ヌウゥっ!」
神獣は液体の地面であっても、足を引き抜くことはできずに首を伸ばしているだけだ。その結果、前足は更に深く、しっかりと沼に沈んでいった。
「……終わりです。岩盤魔法・硬化!」
ミシリと大地が引き締まる。神獣は依然引き抜こうと力を込めているが、今度は両足とも膝どころかほとんど肩まで埋まっている。さっきの状態だったとしても復帰は厳しいだろう。
もう勝敗は決した。
神獣もすでに大した力は出せなくなっている。
俺は剣を引き抜き、痺れた身体をなんとか動かしながら。クラウ達の元へと降りていった。
「お疲れ様です、勇者様。大丈夫ですか?」
「流石にしびれてはいるが、まぁ想定内だ」
「リクっ! 来るのが遅いよ!」
アーデは大剣を放ってこちらに駆け寄ってきた。相も変らず、感動家だな。
「そういうな、これでも走ったんだ」
「冗談に決まってるじゃない!」
もはや、泣き出しそうな勢いのアーデをなだめつつ、神獣の方を向き直る。
「ぐっ! こぞおぉっ!」
神獣は直も脚を持ち上げようとしているが、どう考えても無駄だろう。あの体勢に魔法による痺れ、そして魔力補正は切れている。
本当ならあの巨体をまともな速度で動かせるほうがおかしいのだ。
「やめとけ、体を痛めるだけだぞ」
「ぐっ、羽虫……如きに……」
「勝敗は決した、俺達の勝ちだ。それともその体でまだ戦うか?」
しばしの沈黙が、大空洞を満たしていった。そして――
「……フン、好きにしろ」
――ドズウゥウン
神獣は力なく大地へと倒れ付した。




