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1‐17「コスプレ王女と決着1」



「……リク、クラウディア様と、逃げて」


「アーデ、お前……」


 今にも泣きだしそうな震えた声でアーデはそういった。彼女は時間を稼ぐために、ここに一人で残るつもりらしい。


「お願い……」


 誰かが囮になって足止めをするというのは、この状況では一番マシな案だろう。もっとも、俺はその選択肢は初めから切り捨てていたが。

 アーデはそれでも提案した。

 やはり、アーデは凄い。囮役を買ってでるということ自体は大したことじゃない。状況が許すなら俺でもそうしただろう。だが、こいつは恐怖に震えた声で言ったんだ。


死ぬのが怖い。


 アーデは本気でそう思っている。それは普通で、当然で、当たり前の感情だ。

 俺がそれを感じないのは、平和な日本で暮らしていた俺にとって死というものが身近ではないからか、運のいいことに人格が破綻しているかのどちらかだろう。

 アーデは違う、幼くして戦場に立ち、大虐殺を行った王族の末裔として先陣を切る。数え切れない程の死と向き合ってきたはずだ。少女そのものの、まともな感性のまま。

 それでも主のために、今ここで、自分の命を使おうとしている。それに対して俺は――


「アーデ、その役なら」


「リク」


「……いや、失言だった」


 らしくない感傷だ。全くの無意味で、それこそ少女じみている。

俺ではその役は務まらない。なぜか? 簡単だ


 一分と持たない。


 俺が囮役を担うことを切り捨てた理由はそれだ。

 残り少ないマナにこの負傷、おまけに相手はあの神獣ときたもんだ。万全だったとしてもあいつ相手に一対一なんて、5分ももてば奇跡に近いだろう。

 ここでただ囮役を変わるなど、情にかられた思考停止だ。理屈をこねくりまわして、諦めることを正当化している。


 違うだろう、俺のすべきことは。


 諦めるってことは、受け入れ難い現実を受け入れることだ。それは、それだけは認められない。俺の全身の細胞一つ一つが拒絶している。


 諦観を無意味と断じて、勝利にすがりつくのが俺の戦いだ。

 何処かに可能性があるはずだ、なんて甘い考えは持たない。ただ探す。視界の隅々、記憶の断片へと思考を巡らせる。

 もしかしたら俺が一番感情で動いているのかもな、でも俺は嫌なんだよ。


アーデを囮にして逃げるってことが、ベストだという現実が!


 脳裏が焼け付く、視界がちらつく、情景が飛ぶ。何か、何かないのか? 起死回生の技とか、致命的な弱点とか、一発逆転の策とか。限界まで引き上げられた思考速度に脳神経が悲鳴を上げる。

こんなことなら、昼飯のサンドイッチをもっと食べておくんだった。とそん……な余計な……ことを?


待てよ? そもそも――


ふとわいた疑問に、過去の情報が一度に湧き上がってくる。


現世界展開………壁から……破片………魔力補正……500年

……魔力耐性をもつ体毛……ガルムルフが好む……


まさか、いや、もしかして。断片が意味を持ち、急速に一つの塊になっていった。


「アーデ」


「代わる、なんて言ったら叩き切るよ」


「そうじゃない。アーデ、あいつ相手に何分持つ?」


「……3分。いや、5分は持たせてみせる」


 少しの沈黙のあと、アーデは答えた。明らかにやせ我慢だ。だが、今は信じるしかない。


「こっから大逆転できるすんばらしい作戦があるんだが」


「……成功率は?」


 いぶかしげに尋ねてくる。だがそこには、何処か縋るような声色が微かに秘めてあった。もっとも、二つ返事で了承してくれるわけじゃないのようだが。


「お前が3分もつ可能性よか高い」


「ふざけないで」


「失敗しても、アーデとクラウの命ぐらいは保証する」


「……でも、それは――」


「アーデ、信じろ。俺はかの有名な転生勇者だぞ? 世界を平定に導くんだ。お前ら二人ぐらい救えなくてどうする?」


「……わかった、信じる」


「ありがとう」


 反射的にそう応えていた。こんな状況で俺を信頼してくれることが、多分嬉しかったのだろう。


「? なんで礼を言うの?」


「ん? あー、なんとなくだよ」


「フフ、変なの。あぁあとね、リク」


「どうした?」


「リクが転生勇者だから信じるんじゃない。リクがリクだから、私は信じる」


 アーデはアーデでストレートだな。ここまであけすけに伝えられると流石に気恥ずかしくなる。


「……信頼が重いなぁー」


「そのくらい支えてもらわないと、王族なんて背負うものが多いんだから」


「というわけでクラウ。少しの間だけ俺に命を預けてくれ」


「いえいえ、お気になさらないでください。私は私の意思で、勇者様とアーデに従いますから」


 クラウは胸に手をあてて、凛々しく俺へとそう語る。誰もが死を覚悟する絶望的な状況でも、まだその瞳は輝きを失わない。


「そう言ってくれると助かる。さてと」


 俺はボロボロの体で神獣へと向き直る。あちらからしてみれば、手負いでガス欠の人間が三人。もはや会話の隙をつくまでもないのだろう。


「待っててもらって済まないな」


「なに、我もそこまで狭量ではない。辞世ぐらいは言わせてやる」


「そうかよ……。行くぞ、神獣。どうやら、あともう一幕は踊れそうだ」


 剣先を震わせながら、神獣へと突き付ける。

 しくじれば後はない。だが、まだ策は残されている。その微かな可能性を胸に、やるべきことをなそうじゃないか。


「作戦開始だ! 伝雷魔法・化雷!」


「ハアァァァー!」


「うおぉーーっ!」


 そして、掛け声とともに俺とアーデは一斉に駆け出していた。


 方向は真逆だが。


「って、えぇーっ!」


 アーデが何やら驚愕している。事態は一刻を争う。無視だ、無視。


「時間稼ぎ頼んだー」


 そう言って俺は大手を振って出口へと駆けていった。下手ことをしゃべると俺の言ったことはあいつに聞こえてしまうからな。そして俺はその途中でクラウへと振り返り。


「クラウ、さっきのもう一度準備しておいてくれ」


「わかりました」


 返事が速い。不要な詮索をしないことが頼もしい。

 俺は岩場と氷土を飛び跳ねて、大空洞への入口へと向かっていった。だがそこは完全に凍り付いており、先に進めそうにない。


「爆炎魔法・爆裂!」


 背後から魔弾が一発。視界を塞ぐ粉塵と共に、氷に覆われていた入口が微かに顔を出した。


「クラウ!」


「行ってください!」


「あぁ!」


 隙間に体をねじ込んで、強引に分け入る。よかった中は無事みたいだ。

 俺は落ちていたランタンを拾い上げ、全速力で洞窟の暗闇を奔る。二人が命がけで稼いでいる時間だ。一秒たりとも無駄にはできない。

 ただ速く、早く、迅く!


 俺は暗黒のその先へと駆けていった。



次話は本日投稿します

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