1-16「コスプレ王女と死線」
「伝雷魔法・化雷!」
体勢を低く、八相に構えて疾走する。
神獣の大地を滑るような前蹴り、剣をてこのように使って回転し、すれすれで躱した。そしてすぐに横っ飛びに跳ねる。叩き付けの衝撃を肌で感じた。
マナはもう残り少なくなっている。回避に瞬雷は使えない、だからこそ感覚を研ぎ澄ます。五感と思考を総動員して次の一撃を予測する。一瞬でも判断が遅れればひき肉確定だ。
神獣の巨脚は真横、となれば――
「伝雷魔法・閃――っく! ダメか!」
俺はすぐさま神獣の体毛を掴んで大きく飛び上がった。
すぐ下を薙ぎ払いが通り過ぎる。そう何回もくらってはくれないか。
「ぐっ! 離れろぉ!」
「ちょっまっ! うわっ!」
足にしがみついていた俺を神獣がいいように振り回す。振り払うためか、まるで木の葉のように右に左に振り回された。そして――
――ドォゴォオオォン!
神獣は蚊でもはたくかのように、前足を思いっきり壁に叩きつけた。蚊も人間も要は血袋だ、潰れれば赤いシミになるのは同じだろう。
「痛くないのか?」
例によって俺はそこにはいないが。
「ぐぅっ! 舐めた真似を!」
「疾風魔法・閃風!」
「爆炎魔法・爆裂!」
アーデからは疾風の、クラウからは爆炎の援護射撃。双方とも直撃していたが、神獣はフイと首を横に振っただけだ。
そして豪速の薙ぎ払いが俺へと迫る、すぐに体を投げ出すようにして前へと倒れた。
髪の毛が掠る。
こんなギリギリの回避はそう何回もできることじゃない。
「ハっ! セアァァー!」
アーデはその薙ぎ払いがクラウに迫る前に、大剣によって受け止めた。やはり少し堪え切れずに押されてはいたが。
「爆炎魔法・爆裂 三連!」
クラウの周囲に三つ、魔法陣が浮かび上がり紅蓮の烈弾が具現化した。そしてその全てが同時に神獣へと迫る。その一つ一つが厚さ50cmの岩盤を破壊する威力をもっている。だが――
「フンっ! ガアァーっ!」
アーデを払い飛ばし、立て続けにマナを揺らす咆哮を放った。結果、クラウの魔法は一つとして神獣に届くことはない。
「それなら! 投石魔法・散弾!」
先ほど砕かれた無数の岩片が、意思を持って神獣を襲う。打ち出された岩の大きさは、石礫というにはかなり大きい。
だが、神獣と比較してしまうと、絶え間なく射出されていく岩も種マシンガンに等しい。
「ちぃっ! 小賢しい!」
そんなクラウの魔法を鬱陶しく思ったのか。俺とアーデの頭を飛越して、魔獣は叩き付けをクラウへと放つ!
「土石魔法・土壁!」
クラウが手を指揮棒に見立て、土塊を操り壁へと変える。10トン単位の土石がまるで粘土細工だ。それによってせき止められる魔獣の巨脚。土壁全体にひびが広がる。
「脆いっ!」
今度は、そのまま更に加重をかけていく神獣。ミシミシと音を立てて、ひびがさらに進行して行く。
「岩盤魔法・硬化!」
だが、クラウの魔法と共にひびが塞がり、逆に土壁全体が引き締まって硬化された。それにより神獣に土壁の崩壊は完全に止まる。
一体、クラウは何種類の魔法を使えるんだ?
「疾風魔法・刺突風!」
すかさずアーデの刺突魔法、神獣はすぐに足を引込めた。そのまま地面を足で強烈に払いアーデへと岩弾を見舞う。しかし、彼女の纏う疾風により、投擲物はすべて巻き上げられ、後方へとそれていった。
(今の俺の状態じゃあ、挑発して引き付けるわけにもいかない。くっ! 合図はまだか!)
勢いそのままに神獣へと切りかかっていくアーデ、難なくいなす神獣。戦う前からわかっていたことだが、戦力差があり過ぎる。
戦乙女が猫じゃらし程度にしかなっていない。犬だけど。
「くっ! キャアッ!」
神獣の猛攻に耐え兼ねアーデが跳ね飛ばされてしまう。
そしてクラウが土壁の前へと顔を出し、
「爆炎魔法・爆裂 七連!」
アーデを援護する。
小型の魔法陣が今度は七つ、線ではなく面で捉える多角砲撃。
「くだらん! グガアァァーッ!」
そのほぼ全てが炸裂すらせず、空費される。だが、その一つがかき消される前に俺のやや後方ではぜて、氷土を消し飛ばす。
「くっ!」
「勇者様っ!」
「ハッ! 狙いもまともにつけれんのか?」
爆発の衝撃でつんのめった俺に神獣の一撃が迫る。
(あそこか)
それをしっかりと見極め、最小限の回避でやり過ごす。
跳ねる、くぐる、バックステップに横っ飛び。
神獣の体を大きく使う薙ぎ払いの連撃、隙は大きいのだろうが、当たれば当然即死の威力。これにはアーデも近寄りにくそうにしている。
そして俺は躱していくのち、さっきクラウが氷土を吹き飛ばした地面の上にいた。
「どうした! 俺はここだぞ、化けもん!」
「化け物と、呼ぶナァァ!」
激昂する神獣、俺へと迫る叩きつけ。体感時間が極限まで引き伸ばされる。
まだだ、ギリギリまで引き付けろ。
激闘に巻き上がる粉塵すら知覚できるスローモーション。おそらくこれは走馬灯に近いものだ。そして――
――――ここだ!
「瞬雷! クラウ!」
眼前まで迫った一撃を、鼻頭に掠らせながら回避する。ここまで振り下ろされれば、引込みは効かないだろう。
「はいっ! 混成魔法・液状化!」
「ムぅっ!」
地面に仕掛けられた大型の魔法陣が、燐光を放ち起動する。鍾乳洞の放つ独特の光沢が、不気味にその輝きを失った。
そして、叩き付けられた神獣の巨脚をずっぷりと呑み込んだ。泥とも、濁水とも違う液体が周囲にまき散らされる。
「仕上げです! 岩盤魔法・硬化!」
「グヌゥウ!」
そして、硬化魔法が大地ごと神獣の足を締め上げた。地面すら悲鳴をあげる圧力に、さしもの神獣も重苦しいうめき声をあげた。
だが、
――ミシミシっ!
「……嘘でしょう?」
大地に亀裂が走った。あり得ない、神獣の足は膝まで地面に埋まっているんだぞ?
(あの足の魔力補正を奪えれば!)
そう思い俺は神獣の脚へと一直線に駆け出す。
「疾風魔法・刺突風!」
「理外魔術――」
アーデの放つ疾風魔法、当たるのを待つべきか? 理外魔術を使うか迷う。逡巡はほんの一瞬。
だが、その一瞬が命取りだった。
――バァガアアァンっ!
引きぬかれてしまった神獣の巨脚。舞い上がる岩塊、てことは――
それらが神獣によって蹴り飛ばされる。大きさも量も数も、さっきのとは段違いだ。
「クソがあぁっ!」
飛来する岩、岩、岩。
いなし、躱し、叩き落す。石に頬をえぐられるが、頓着していられない。即死級を優先して対処し続ける。
石の一つを脛に受ける。苦痛に顔が歪み、瞬き一つ分、思考が止まってしまった。
「ガアァっ! ぐっくうぅ!」
その結果、立て続けに岩弾を受け、地面に転がる。
「リクっ!」
「勇者様っ!」
「クラウ、まだだっ!」
「っ! はい!」
神獣はまだ片足が浮いている。ということは重量をもう片方で支えているということだ。
「混成魔法・液状化!」
そこを狙って鍾乳石を液体へと変えた。またも神獣の足が大地に沈んでいく。だが、もう片方の足を支えにして引抜くつもりのようだ。
「岩盤魔法・硬化!」
すぐさま硬化に入るが、沈みが浅い!
このままだと抜けられる!
「ここで、決める!」
アーデが叫んだ。そして、辺りに疾風を巻き起こしつつ、大剣を構えたまま体を大きく一回転させ――
「疾風魔法・刺突烈風!」
上体を投げ出す大砲のような突きを、神獣ののど元へと放った!
「グヌゥっ!」
咆哮は間に合わず、耐性も追いつかない。神獣は大きくのけぞって躱そうとするが、アーデの魔法が神獣ののどを確かに抉った。
だが浅い。
その時――
――ガンっ!
と神獣が頭を天井にぶつけた。今まで以上の大量の破片が降り注ぐ。この高さだ、大きいのに当たれば即死もあり得る。というか――
「アホかっ! 崩落したらお前も生き埋めだぞ、心中する気か!」
「知らぬわっ!」
ここはかなりの深部だ。流石のこいつももたないだろう。
俺の負傷を見かねたクラウがこちらに駆け寄ってくる。
「勇者様、大丈夫ですか!? 今、回復魔術を!」
「戦闘中だ、集中しよう」
大丈夫だ、とは強がりでも言えない。服も身体もあからさまにボロボロになっている。カサンドラに静かに怒られそうだ。
「でも――」
「瞬雷!」
神獣も余裕というものがない。話中に躊躇なく攻撃を叩き込むとは。
瞬雷で飛んだ先には、引き気味に構えているアーデがいた。くしくも三人そろってしまったな。
近寄って気づいたが、纏風舞踏が切れている。さっきの魔法の反動か。唱えなおさないところみると――
「アーデ、マナは……」
アーデは首を横に振った。
「ほとんど……、リクは?」
「節約して戦っても、5分が限界だろうな」
「似たようなものってことね……」
もちろん、即死と隣り合わせの戦い方を前提にしてだ。
そして、神獣が、俺達を見下ろしていた。
「さてと」
ぐるりと、気だるそうに首を回して
「万策尽きたか? 羽虫ども?」
そう俺達に言い放った。
金曜の更新はお休みです。
よいお年を!




