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1-15「コスプレ王女と氷地獄」

「やはり、くだらんな」


 巨獣は自らに迫りくる業火を見て、そう、至極つまらなさそうに呟いた。


「グガガアアアァァーーーーーッ!」


 大気がビリビリと震える大音量、反射的に耳を塞いでいなければ失神していただろう。洞窟の壁からは更に破片が降ってくる。そして――

 

 ぐらり、と獄炎の鞭が揺れ、まるでそれが陽炎だったかのように、虚空へと吸い込まれていった。

 空間どころか大地すら揺るがす咆哮。それだけ極大の炎塊は一つ残らずかき消された。微かに空間を対流する熱だけが、確かに大魔法は放たれたということを教えてくれる。

 信じられない。マッチについた灯火じゃないんだぞ。


「うそ……でしょう」


 クラウの嘆きが静寂に消える。


「芸は尽きたか、羽虫ども?」


 俺の鼓膜には、まだ咆哮の余韻が反響していた。クラウもアーデもいまだ立ち尽くしている。

そんな俺達に神獣は格の違いを見せつける。


「我に対して炎の鞭とはな、敬意を失ったか人間? ならば我が力、その身に刻み付けてやるとしよう」


 神獣が大きく口を開け、周囲の空気を吸い込んでいく。呼吸? いや違う、呼吸とは元来生物的なものだが、今のこれはもっと機械的に破壊をもたらすものだ。


「させないっ! 疾風魔法(シルフィード)刺突風(トゥッシュ)!」


 溜めの隙を狙ったアーデの放つ刺突魔法、閃風の倍のスピードで神獣ののど元へと迫る。

 だが、その道半ばで突き刺す突風はその形を失ってしまう。ようやく届いた風は神獣の体毛をなびかせた程度だった。


「心地いいな」


「なっ!?」

 

 そうか、こいつが取り込んでいるのは空気じゃなく大気中のマナだ。だからアーデの魔法が食われたのだろう。

 開かれた口内がゆっくりと蒼い燐光で満たされていく。可視化するほどのマナの塊。秒単位で辺りから減少していくマナが、その密度と量を物語る。

 まずい、これほどの一撃ならばクラウでも防ぎきれない!


相対座標固定完了(コーディネットロック)! 瞬雷!」


「クラウディア様っ!」


 アーデの慟哭、クラウを庇うためか、こちらに駆け寄ってくる。

無駄だ、これは明らかに人ひとりで庇いきれるようなものではない。それがわかっていてもくる、それはアーデらしいが。相変わらず感情任せで行動する。


「こっちは大丈夫だ、お前は躱せ! 展開半径指定10m(レイディエステン)!」


「っく! わかった、疾風魔法・纏風舞踏(トーテンターツ)!」


 悔しそうに歯がみしていたが、なんとかこらえて指示に従ってくれた。恐らくまだアーデは射線からは外れているはずだ。

 魔力補正は解除されてから回復するまではラグがある。一瞬とはいえ三人全員無力化されれば、立て直しは効かないだろう。


「フェオ、戻ってろ!」


「了解ですよ」


 無理矢理神獣ごと囲って魔法を不発にさせようとしても同じだ、アーデが範囲に入ってしまう、それはリスクが高すぎる。

 クラウは仕方なしに防壁魔法の構えに入っている。無駄だ、無理だ、意味がない。

 くそッ間に合えっ!


「クラウっ!」


「勇者様!」


理外魔術(チートソーサリィ)――」


 そしてついに、マナの流れが、変わった。


「震えろ、そして、凍り付け」


 来る、回避も防御も許さない絶対の咆哮が。


絶対零度の咆哮(コキュートス)!」


 放たれた青白く光るブレスと共に、辺りが氷地獄へと変貌を遂げた。蒼光を伴い音を立てて凍結していく大空洞、その地獄の障気に触れたものは一つ残らず氷細工と化すだろう。

 

 だが、この俺がいる限り、“そんなことはあり得ない”!


起動(エミュレート) ――現世界展開(アンチアナザーワールド)――!」


 俺の中心からこの異世界のルールが改変されていき、思い描く現実をこの空間へと展開する。それは人間には過ぎた、まごうことなき神の権能。


「こんなもん、アーデの『王族の威光(エマヌエル)』に比べればっ!」


 そして魔法など存在しない現実の世界と、せめぎ合うは氷地獄の顕現。だが俺の世界の非現実を排斥する狭量は、地獄どころか神獣の吐息の存在すらも許さない。

 ふざけた名前だ、これが氷地獄(コキュートス)? 全てを凍り付かせる地獄だと?


「くだらない! 地獄ごときが、俺の世界を侵すんじゃねぇ!!」


 展開表面は凝結する水分によって氷に覆われたが、内側への進出など一片たりとも許していない。もっとも多少の冷気は感じているが、空気はもっとも優れた断熱材だ。大したことはない。

 

「我が息吹を寄せ付けぬとは、生意気な。不敬にも程がある」


「言ったろ、でかいだけの奴を敬うのはガキだけだ」


 まばらな氷の壁越しに神獣と睨み合う、恐怖がないわけではないが、これは意地の問題だ。絶対に目は逸らさない。

 

「勇者様、勇者様」


 と俺が珍しく真剣に決め顔していると、後ろにいたクラウがつんつんと二の腕をつついた。魔力補正がきられているせいか寒さで若干震えている。


「今戻す、世界解放(ワールドリザーブ)


 といっても半分以上は服装のせいだと思うけどな。

 するとオドが全身を循環し、徐々に魔力補正がいきわたっていくのを感じる。


「ありがとうございます、でもそのことじゃなくて」


「どうしたんだ?」


 会話をしつつも警戒は解かない。神獣は依然こちらを睨み付けているし、アーデはどうやら氷の壁で見えないなりに、こちらの様子を伺おうとしているようだ。


「……さっきから一体どなたと会話なさっているのですか?」


 一瞬、クラウの言っていることの意味がわからなかった。だが様々な思考が脳内を駆け巡り、そして一つの結論に達した。


「なるほど……『すべての言語を理解する』か」


 ここまでの拡大解釈が可能とはな、流石は女神の加護だ。俺の言葉が両方に通じているのもその影響だってことか。

 色々わからんが、深く考えるのはよそう。今は戦闘中だ。


「無駄話とは余裕だな」


「俺の爆笑トークがいいところなんだ、もう少し待っててくれないか」


 魔力補正がまだ完全には戻っていない、時間は稼げるだけ稼ぐ。それにここのマナの濃度は今までで一番濃い、できるだけの回復もしておきたい。


「知らぬわぁ!」


 が、そう上手くもいかないか! しびれを切らした神獣の一撃、その速度に衰えはない。


「短気だな、瞬雷!」


 完全には戻っていないオド、切れている化雷。今の俺では瞬雷で強引に体を動かすしかないが、それでも先ほどよりも遅い。神獣は前足を滑らせるように追撃する。


「私が、防壁魔法・大盾!」


「くどいっ! ガアアァっ!」


 魔法を揺るがす咆哮、先のものよりも小さいが、それでも防壁魔法がぐらりと大きく歪む。


「くぅっ! 瞬雷!」


 無理に体を動かしている瞬雷の連発に体の方が悲鳴を上げる。マナももう残り少ない、節約して使わねば持たないが、それを許してくれる相手じゃないだろう。


「クラウ、どうやら不定形の魔法は効果が薄い。実体のある土魔法か水魔法……水は凍らされると怖いから、土魔法を使った方がいい」


「わかりました」


「大魔法はまだいけるか?」


「あと1、2発が限度だと思います。ですが、あの咆哮を考えると……」


「無効化のリスクは高い、か」


 咆哮がどの程度の効果を持っているのか把握しきれていない、大魔法の不発は命取りになるだろう。


「ですから、私が動きを止めます」


 自信に満ちた、というより決意を秘めた赤い瞳が俺を見つめる。恫喝をしているわけでも、懇願しているわけでもないのに、有無を言わせず人を従わせる才覚。

 クラウもやはり正当な血統を持つ王女なのだとその瞳からは感じ取れた。


「王女様の仰せの通りに」


 反射的にそんな言葉で応えたくなった。こんな人物が側にいるのだ、尽くしたくなるアーデの気持ちがわかる。


「それで俺達は何をすればいい?」


「今まで通りで構いません、ただもう少し引き気味で戦っていただけますでしょうか。それと――」


 悠長に作戦会議をしている暇はないが、これ以上の失敗は許されない。

 少し申し訳ないが、せめて立て直しが効くまでの間は、神獣の側にいるはずのアーデに気を引いててもらおう。


「大丈夫?」


 っているーーーーっ!? この状況で的を一つにしてどうする気なんだこいつは!?


「何しに来たんだ!?」


「いや二人が心配になって、っていうかリク! さっきの命乞いは何? なんか大きい声で独り言を喋ってるし、神獣を前にして錯乱した?」


 そうか傍から見てたらそうなんのか、通りで怪訝な顔をされるわけだ。


「俺はあいつと喋れるんだよ、以上」


「えっどうして?」


「それを話し――クラウ! 壁だ!」


「はい! 土石魔法(ガイアフォース)土壁(ウォール)!」


 地面が氷土ごと轟音を立ててめくりあがり、鍾乳石でできた極厚の盾と化した。それがすんでのところで魔獣の一撃を受け止める。ミシミシと亀裂は入ったが、あの叩き付けを真っ正面から防ぐことに成功していた。


「ぐぬぅっ!」


「最初からこっちを使えばよかったですね」


「いや、そう上手くはいかないみたいだ」


「えっ」


 その時すでに、壁にかかっていた加圧がなくなっていた。ということは――


――バァガァアアンっ!


 神獣の第二撃が粉々に土壁を粉砕した、その破片、いや、岩の塊が俺達を襲う。


「ちっクラウは俺に任せろ! アーデは神獣をできるだけ抑えていてくれ! 瞬雷!」


 アーデの返事は待たない、いや、待てない。それほどまでに状況は切迫していた。降り注ぐ岩塊、その一つ一つを見極めつつクラウを抱えて走る。

 それを抜けると

 神獣の前足が俺達の眼前に迫っていた。


「わっ!」


 クラウを丁寧に放り投げ、俺は――


――ズガァァンっ!


 舞い上がる砂煙、出会いがしらの衝突など、警戒していなければ轢き殺されるのは当然だ。

 そう、警戒していなければの話だが。


「……閃雷!」


「ぐぬぅっ!」


「読めてんだよ、やることがあせぇんだ。

舐めてんのか? 剣士に一度見切られた攻撃なんて、何発打っても躱されるに決まってんだろ」


 こちら側が一旦視界から消えたのだ、当たりをつけて待ち構えているのは必然だろう。だが、必然の一手ならば読まれるのも道理。最善手というものは得てして読まれ安いものなのだ。グリコでパーしかださない奴に負けるわけがない。

 その時視界の端にアーデが岩壁を飛び越えてきたのを捉えた。


「アーデ! 大丈夫か?」


「平気、纏風舞踏に飛び道具は効かないから」


 なにそれずるい。それならクラウはアーデに任せた方がよかったか。


「やはり、人間はしぶとい」


「面倒だろ、二度寝してもいいんだぞ?」


「できん相談だな、貴様らの血肉、前菜代わりに喰ろうてやろう」


「ちょっと二人? で会話しないでよ」


 そういえば俺にしか神獣の声は聞こえていないんだった。だが同時通訳をしている暇はない、スルー安定。


「そうか、だったら」


 俺は剣をゆっくりと構え直して、神獣に言い放つ。


「第二Rだ」


「ちょっと聞いてる?」



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