1-12「コスプレ王女と羞恥心」
「よいしょっと、クラウ、こっちだ」
俺はそういって大きな段差の上からクラウへと手を差し伸べる。こっちの道はやけにごつごつとしている上に高低差も大きくなっていた。壁や床は完全に鍾乳洞そのもので、今まで通ってきた道と違って古代言語の断片もない。
おそらくこっちの道ははずれだろうな。
「ありがとうございます」
そういってクラウは俺の手をとり、それを支えにしながら段差をのぼる。
白魚のような美しい手には傷一つない、滑らかな肌触りは触れているだけで心地いい。
「勇者様、あの」
「どうした」
「そこまでまじまじと眺められますと、流石に私もはずかしいといいますか……」
クラウはとっくに登り終わっているのに、手のひらを見つめていた俺に気恥ずかしさを感じているようだ。暗がりでよくは見えないがどうやら顔を赤く染めている。
「あっあぁ……悪いな」
慌てて繋いでいた手を放すと急に俺も恥ずかしくなってきた。
まだこういうのには慣れないな。
精進せねば、恥じらいを感じる男とか誰得だよ。
それにしてもお互いに羞恥心を意識した弊害か、ただでさえもの静かな洞窟の中に静寂が広まっていく。暗闇にぼんやりとした灯り、身を寄せない通りずらいほどの道に、二人きりという状況はロマンチックと言えばロマンチックなのかもしれないが、今の俺からすれば気まずさを助長する材料でしかない。
沈黙を打破するため脳みそをフル活用しているが、目の前にいるクラウの太ももが全力で脳内選択肢を邪魔してくる。
「……アーデの方は大丈夫でしょうか」
とクラウに先を越されてしまった。相変わらずこういう時俺はいまいち出遅れるな、フェオにちゃかされるわけだ。
「大丈夫じゃないか? こっちの道がこのありさまだってことは、あっちは多分当たりの道だと思うぞ」
「そうだといいのですが」
「なにかいたとしても、アーデの強さはクラウの方がよくわかっているんじゃないか。一応フェオもついているし、大概のことはなんとかなるだろう」
「意外とフェオちゃんのことを信頼しているのですね」
「あいつの持つ最低限の慈悲深さには、一応の期待はしてる」
「フフ、勇者様は素直じゃないですね」
「ほっといてくれ、むしろ俺についてきたクラウの方が心配だ」
「いえいえ、頼りにしていますよ勇者様」
「あまり過信しすぎないほうがいいぞ、これでも自分の身を守るので手一杯なんだ」
そう控えめに否定しておく。
俺は自分のことをあくまで客観的に見ているつもりなんだが、また卑屈になっているといわれそうだな。
「謙遜なさらなくても大丈夫ですわ。アーデが私のことを任せる人など数えるほどしかおりません。勇者様はその一人に選ばれたのですから」
「あぁ、そのことは俺も驚いた」
状況が状況というのもあるが、それでもクラウのことを頼まれるのは意外だった。
アーデといえばさっき見せていた顔も気になる。なにか悩みでもあるのかもしれないな。
アーデは何かと抱え込んでしまいがちだ。いろいろなものを背負って生きられることは彼女の美点だとは思う。だが、アーデの背負っているものは彼女の許容量を超えているようにみえる。
短い付き合いながら俺はそう感じていた。
「……実をいうと、アーデは私が花嫁候補になることに最後まで反対していたのですよ」
「それはそうだろうな、あいつの生まれもそうだが。
どんな奴がくるかもわからない転生勇者の花嫁候補なんて、主思いのアーデが賛成するはずがないだろうし」
幻想的な灯火がクラウの顔を照らす、その表情は少し驚いている様子だった。
「アーデの一族のこと誰から聞いたんですか?」
「? 本人からだ、御前闘技の日にな」
「それは……凄いですね。アーデがそこまで心を許すなんて、勇者様の人徳がなせる技なのでしょうか……」
「まぁ剣士ってのは一度剣を交えると、そこそこわかりあえるもんなんだよ」
「そうなのですか? アーデと本音で語り合えるというのは羨ましいです、私もひとつ習ってみましょうか」
「やめてくれ、王女様に怪我でもされたら大変だ」
「あらあら、勇者様には私がそんなにとろいように見えているのですか? 敬意が足りませんよ、敬意が」
そういってクラウは辺りを軽く駆け回ってみせる。さっき以上に凹凸の激しい地面を華麗に飛び跳ねるのは確かに運動神経がよくなければできない芸当だろう。
「それにクラウに剣を覚えられたら余計俺の立場がない、これ以上勇者様から役目を奪わないでくれよ」
「フフフ、どうしましょうか――わっ!?」
クラウが丸みのある地面から足を滑らせた!
「危ない! っと、うわっ!」
とっさに腕を伸ばして支えようとしたが、こらえきれずもろとも地面に倒れてしまう。なんとかクラウをかばって背中が硬い岩盤叩き付けられた。
そしてその衝撃からかクラウの火炎魔法が解けてしまう。
「勇者様! 大丈夫ですか?」
以前俺の上ではクラウがなんとか立ち上がろうと悪戦苦闘している。俺のことが全く見えてない上に支えがないのか、なかなか上手くいっていない。
ちょ、下手にもがくとっ!
てか暗闇で絡み合う男女の構図はヤバすぎるだろう!
「いや、ちょっ! 勇者様、そこは! んっ!」
なんかもう柔らかいし、滑らかだし、華奢だし、いいにおいするし、最高なんだが、ここでそれを噛み締めるのは流石に能天気すぎる。
「クラウ落ち着け! 灯り、灯り!」
「! わかりました、火炎魔法・灯火」
視界が回復すると、少し赤みがかったクラウの美しいご尊顔が俺の眼前に広がっていた。
その顔はみるみるうちにさらに赤く染まっていき――
「きゃーーっ!」
「へぶぁ!」
可愛らしい悲鳴と共に俺の頬から衝撃がはしる。テンプレートなリアクションだったが、なかなかにいいビンタだ。
にしても「へぶぁ」か、カッコいい絶叫の練習もしておこう。
「もっ申し訳ございません勇者様! 反射的に!」
「いやいや、支えきれなかった俺も悪い。立てるか?」
俺は膝をパンパンと払いながら立ち上がり、クラウに手を差し伸べる。
「ありがとうございます」
アーデが俺の手につかまりつつ、それを支えにして立ち上がる。柔らかな手の感触にさっきまでの恥かしさがこみ上げてきた。
「さっさぁ、行こうぜ、そろそろ十分たっちまいそうだし」
俺は照れ隠しにそういって歩き出した。
「勇者様、あの……」
歩きつつも話しかけられたクラウの方を振り返る。
「? どうしたクラ――
ゴイィン!
痛あぁーーっ!」
「もう行き止まりのようです」
そういってクラウは火炎魔法を強めて壁を照らしてくれる。あと1秒早くいって欲しかった。
にしてもゴイィン? 岩の壁に当たったにしては衝撃も音も軽いかったような。俺はそう思いその周辺の壁を叩きまわる。
コンコン、コンコン、コンカン
おっとこの辺りが境か?
コンカン、カンカン、カンカン
「なにをしているのですか、勇者様?」
「打音検査だ、それとクラウあまりこっちに来ない方がいい」
「いかがなさいました?」
「おそらくこの壁の右半面から床にかけて岩盤が薄い、向こう側に空間があるんだろう」
「……私が爆破いたしましょうか」
「……とりあえず壊すみたいな流れはやめようぜ、普通に崩落が怖い」
元が鍾乳洞な分多少薄くても強度はあるだろうが、見知らぬ洞窟の深部で無茶はしたくない。
「それもそうですね」
「まっなんにせよ結果行き止まりだったわけだし、いったんアーデと合流した方がよさそうだ」
「わかりました、でも爆破は諦めていませんよ」
「勘弁してくれ」
クラウの言葉が冗談なのかそうじゃないのか、たまに本気でわからなくなる。
意見もまとまったところで俺達は元来た道を戻ろうとした。その時――
「――クー――」
「なんか、聞こえませんか?」
「あぁ」
「リクーー」
これはフェオの声だ。あいつ暗闇でも進めるのかよ、だったら先行させまくればよかった。
などと脳内で女神をこき使っていると、急いで?飛こうしてくる神様見習いを視界の最奥に捉えた。
「大変ですよ!」




