1-11「コスプレ王女と分岐点」
「……どうする?」
洞窟をしばらく進むと、俺達は分かれ道にでくわした。左の道はかなり上がり気味で、もう片方は少し沈みこんでいるようだ。
「どちらに進みましょうか?」
「……ここまで来るのに結構かかってしまいましたから、これ以上奥に行くと帰る時間が。それにここは今回の依頼と無関係なのではないでしょうか?」
アーデが申し訳なさそうに戻ることをほのめかしてきた。にしても群れの形成とは無関係かもしれないか、元も子もないことをいうな。
「でもここまで来て引き返すのか? クラウじゃなくても先に進みたがると思うぞ?」
「それはそうだけど」
「それにもうそろそろ奥に着くんじゃないか?」
「……どうして?」
「なんとなく」
「リク、流石にそれは……」
アーデが俺の適当な発言に、気の抜けた苦笑いを披露している。
「いやいや、根拠がないってことじゃない。なんつうか、入ってきたとこに比べてマナが澱んでるんだよ、感じないのか?」
この辺りはマナの感覚がなんというか重たい。例えるなら肺に空気を溜めた状態で水中にいるような圧迫感、これは洞窟にいるということだけが原因ではないだろう。
「いや私は別に感じないけど、クラウディア様はどうですか?」
「いわれてみるとそのような気もします、といった程度ですね。澱んでいる、という表現も私にもあまりよく……」
マナの観応力は許容量に比例するとアーデが言っていたし、クラウで気がする程度だということは俺の勘違いか?
でも明らかにマナの吹き溜まりが近くにありそうな気配なんだよな。
「そういえばクラウの千里眼は使えないのか?」
「あれは明りがある場所で、尚且つ構造がわかってなければならなりません。探知系の魔法もここのマナ濃度だとちょっと大変ですね」
「万能ってわけじゃないか。
それなら一旦二手に別れるのはどうだ? どうやら他の魔獣がいる気配はないし、そっちの方が早く済むだろう」
「うーん……」
アーデはどうやら決めかねているようだった。確かにクラウの安全を考えれば引き返した方がいいかもしれないが、流石にこのままでは不完全燃焼だ。
少し歩み寄るか。
「わかったアーデ、もし俺の予想が外れていたら引き返そう」
「最奥が遠かったらってこと?」
「あぁ、両方のルートで10分ぐらいだけ進んで何も見つからなかったら、ここで合流してそのまま帰ろう」
「……クラウディア様はそれでよろしいでしょうか?」
「私としてはできるだけ奥に行きたいのですが……仕方ありませんね、ここは勇者様とアーデの意見に従いましょう」
「わかりました、それなら早速行きましょう。リク達はそっち側の道ね」
そう言ってアーデは、クラウと下がり気味になっている左の道へと進もうとする。
「待て待て、アーデとクラウじゃ古代言語が読めないだろ」
「……リクしか読めないんだからどうしようもなくない?」
「フェオが読める」
「ちょっ!」
「読めるよな?」
「それはもちろん読めますけど……あとあと面倒だと思って」
「横着すんな、というわけでホイ」
そう言って俺はフェオの水晶を放り投げる。これに意味があるかどうかはわからないがフェオを渡すという意思表示だ。
アーデが空中で受け取ったのを確認してから俺も右の道へ歩き出した。仄暗い空洞をランタンの灯りが照らす。
今までの道も沈み気味だったことから考えると多分正解は左だと思うけどな、だが俺はせっかくだからこの赤の道を選ぶぜ。
「ちょっと待って、てことはリク一人で行くつもり?」
「あぁ、そりゃあな」
「何があるかわからないんだから単独行動は避けた方が……」
相変わらずアーデは心配性だな、もっとも未開の洞窟に入っているということから考えれば、アーデの言っていることの方が正しいが。
あいにく、俺はそんなことを気にしたりしないんで。
「マナも大分回復してる。大丈夫だよ」
「はやい、なぜか回復速度だけは異常だよね」
「“だけ”は余計だ」
ここまで早いのはマナの濃度も関係しているのだろうが、アーデの話だと俺の回復速度は許容量から考えると常軌を逸しているらしい。
「そうなのですか?」
「えぇ、魔法を使った鍛練は長引くと、私の方が早くマナが尽きてしまう程です」
「それは凄い……というより少し不思議ですね」
なるほど、SFと。
個人差の範疇だと思ってはいたが、クラウが言うならなにかしらの理由があるのかもしれないな。
「それでも一人で行かせるのは……」
「アーデ、私がリクの方へついていきますわ。それなら安心でしょう?」
ただでさえ心配性のアーデが、クラウを俺に任せてくれるとは思えないが。
「……わかりました。リク、クラウディア様をお願い」
この言葉には俺も驚いた。いつもクラウのことを第一に考えているアーデが、まだ半人前だろう俺に彼女のことを預けるとは。
「意外だな、そこまで信頼してくれるのか」
「時間がもったいないし、私もそれがベストだと思うから」
渋々、といった具合でアーデはそういいながら、俺からランタンを受け取った。どこか浮かない顔をしている。どうしたのだろうか。
「アーデの方こそ大丈夫か?」
「私は大丈夫、フェオちゃん、行こう」
「了解ですよー」
「クラウディア様もお気をつけて。リク、何かあったらただじゃおかないから」
「肝に銘じておく」
先行したアーデに追従するようにフェオがふよふよと飛んでいく。
ランタンの灯りと二人の姿は洞窟の暗がりへゆっくりと溶けていった。
「時間もありませんし、私たちも行きましょうか」
「あぁ……そうだな」
アーデの去り際に見せたどこか寂しそうな顔が少し、俺の脳裏には焼き付いていた。
▽
「はぁー、なんか自信なくしちゃいそう」
「急にどうしたんですかアーデさん」
遺跡風の鍾乳洞をくだる一人と一柱。
分かれ道までは雑さの残った洞窟の整備も、道は平たんに、幅は広くとその場所を訪れるものへの配慮が見てとれる。
(なにかあるとしたらこっちの道が正解かな。リクが最奥は近いと思うって言ってたし、多分その通りなんだろうなぁ)
あって間もない間柄だが、彼の言葉には不思議な説得力がある、アーデルハイトはそう認識していた。
「……リクって、なんであんなに自分に自信があるのかなぁ。本格的に命のやり取りをすることは始めてだっていってたのに……。普通に堂々としてるし、十分に戦力になってる。
私は初陣の時なんて足を引っ張ってばっかりだった」
「あまり彼は参考にしない方がいいと思いますよ?」
「? どうして?」
「というより参考にならないといった方が正しいですね、リクは自分に自信が皆無なので間違うことも負けることも予想の範疇なんですよ。彼は敗北を受容しています、自分が負けることを十分にあり得ると思っている。だからこそ最善を尽くすことに迷いがないんですよ。
要するに彼のはただの開き直りです」
「し、辛辣。でもそれはそれですごいなって思うけど」
「私からしてみるとアーデさんの方が人間らしくて素敵だと思いますよ」
「そうかな……でも私としては剣に迷いがでないのは羨ましい」
アーデルハイトは俯きながらも洞窟の硬い岩盤を踏みしめている。彼女の蹴とばした小石が一つ暗闇に溶けていった。
「彼が迷わないのはそういう人だからですよ、同様にアーデさんはしっかり考えて行動できる人です。
その両者に違いはあるかもしれませんが、優劣はありませんよ」
「迷う人とそうじゃない人なら、後者の方がいい気がするけど」
「大切なものを大事に扱う人ほどよく迷うのだと私は思います。つまり、アーデさんが優しいということですよ」
「……それ、リクにも言われた」
「本当ですか?」
フェオが絶妙にいやそうな表情を浮かべている。
よく知った仲とはいえ、偏屈なあの人物と同様のことを言った。それは彼女にとってはどことなく屈辱的らしい。
「ともかく、彼と比較してもあまりいいことはありませんよ。リクはリクですし、アーデさんはアーデさんなのですから。
それに転生勇者というものはなにかしら問題を抱えているような人しかなれませんし」
「転生勇者は特別だってこと?」
「特別……とは少し違いますね」
「ふーん、でもなんかずるいなぁ。神様に目をかけてもらえるなんて」
生まれもつものに差があることはまごうことなき事実だろう。貧富だったり、地位だったり、魔力、容姿、肉体……。それらの中には覆しようもないほど大きいものすらある。
転生勇者の加護などその一つでしかない、そんなことはアーデルハイトも十二分に理解していた。
にもかかわらず彼女はいつになく子供じみた感想を言った。そこまで気を緩めてしまうのは、共にいる使い魔の持つ独特の雰囲気ゆえだろう。
「神様は往々にして気まぐれなものですよ、それが人の目には理不尽に映ってしまうのかもしれません」
フェオは自嘲気味にそう語る。その声色は願望のような、嘲笑のような、あるいは諦観のようなものを秘めていた。
「……リクもそうだけど、フェオちゃんってたまに達観したようなこと言うよね」
アーデルハイトは訝しげにフェオのことをながめながら言う。
「あ、アハハ……そ、そうですか?」
「リクのこともよくわかってるみたいだし、どうして?」
「いやー、リクのそばにいたから考え方が映ったのですよ! あぁそれと、彼に授けられた加護は理外魔術だけですよ、大きく分けるとですけど」
そういってフェオは強引に話題をそらそうとしているようだ。
「……そうなの?」
「えぇ、それに……」
フェオが少しだけ言いよどむ。
次に語ることを言うか言うまいか、決めかねているような思案気な表情を浮かべていた。そして、首をかしげているアーデルハイトの顔色を伺う。
(彼女には言外の意味を探る思考が欠けています。まぁそれも人を疑わないという彼女の持つ優しさの裏返しなのですが。
だしても結構疑われてしまっているんですよ、不用意な発言は避けた方がいいのでしょうか)
フェオが適当に誤魔化す話題を思案していると、不意にアーデルハイトの背負っている大剣が目にはいったようだ。
(でも――)
「それに?」
「……あなたの思っているほど、転生勇者はいいものではありませんよ。
身の丈に合わない力をもたらされたものの末路など、神話や伝承にはありふれているじゃないですか」
「……そういう話はあまり聞かないけど」
「そうなのですか?」
「でもまぁ……確かにそういうものなのかもね」
ランタンの照らす暗闇の中で歩を進めながらも、アーデルハイトは少し身を揺らして、背中に掛かっている大剣の重みを確かめる。
その重さが心に思ったものよりも随分と軽かったのか、物足りなさげに肩をすくめてはいるが。
「というか、もしかしてフェオちゃんは初代国王様についてなにか知ってるの?」
「……し、知りませんけど?」
「怪しい」
アーデルハイトは少し不審には思いながらも、些事だと切り捨てているようだ。
そんな彼女達の探索は続く、そして――
「フェオちゃん」
「どうしました?」
「なんか聞こえない?」
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