第二話「神様見習いとカフェオレ」
「まずは久方ぶりの客人に茶のひとつでもだしましょうか」
そういって指をパチンっと鳴らすと、コーヒーカップがこちらの方に飛んできた。それを手に取ると彼女はもう一度指を鳴らした。すると次の瞬間には虚空からその中にカフェオレが注がれる。
「ふっふーーーん! どうですか? どうですか? 恐れ入りましたか? これが神の力なのですよ! 凄いでしょ! 凄いでしょ! 凄いですよねぇ? ねぇ? ねぇ?」
普通に凄いとは思ったが予想の軽く十倍ぐらい自慢された。ニマニマとした神様見習いのドヤ顔をスルーしながら、一口飲む。その瞬間、体に衝撃が走った。
正直にいって無茶苦茶美味い! 美味すぎる! なにしろコーヒーの濃さや砂糖の量、牛乳の割合が絶妙に俺好みなのだ。しかもそれだけではなく味の深み、まろやかさ、キレどれをとっても今まで飲んできたカフェオレとは一線を画す味だった。流石の俺もこれには感服せざるをえない。
「確かに凄いな……これは神様というのも頷ける。にしてもどうしてここまで俺の好みが? 全知全能というやつか?」
「えへへぇ知りたいですか? 知りたいですか?」
認められて嬉しいのか一転して上機嫌である。ここまでちょろいと単純に彼女のことが心配になってくる。
「あぁ知りたい、教えてくださいお願いだ」
「それはですねぇじゃっじゃーん! これですよ! 『クロニコン』!」
そういって彼女は手元置いてあった古ぼけた一冊の本を掲げた。その表紙には『東海林陸』とでかでかと書いてある。よく見ると回りの本も似たような意匠で作られており、その題名として『田中実』や『一条遊真』といった個人名がつけられている。
おそらく彼女が言ったのはあれの総称なのだろう。彼女はその本を改めて開きフムフムとうなりながら読み進めている。
「題名の魂に起こる全てのことが記録される年代記。これにはあなたの人生が全自動で書かれていくのですよ。そして他にも『複製』や『検索』など色々な機能があるのですよ。どうです凄いでしょう!」
それは確かにものすごく便利だろうし、素直に尊敬に値する。もちろんそれを創った神様(恐らくこいつじゃない)にだが。
「あっ! 今心の中でこいつ呼ばわりしましたね!? カフェオレのおかわりあげませんよ!?」
「すいませんごめんなさい申し訳ありません、二度としません!」
「わかればよろしーんですよ!」
全力謝罪もカフェオレを人質に取られては是非もない。それにいい加減に話を進めたかった。
「どれだけカフェオレ好きなのですか? まぁちょうど私も話を先に進めたかったところって、あっ! なんか私のことちょろいとか書いてあ――」
「気にするな」
相手の言葉を遮りながら机を二回指で叩く。話を戻そうというジェスチャーである。
「うぅー、まぁそれもそうですね。ここは神様のひっろーーい御心で許してさしあげますよ」
「へぇこのやりとりも自動で記述されていくんだな、確かにこれは凄い」
彼女の近くまで行きその手元をのぞき込む。どうやら俺の考えもリアルタイムで記述されているようだ。なるほどさっき心を読まれたのはこれを見ながら喋っていたのか。
ただ――。
「ちょっと! 何を見ているのですか! これは神格以外が読んではいけないのですよ!」
「どう見てもページが余りすぎだ」
彼女は大慌てでバタンと本を閉じた。
そうなのだ。開いてあった左側に今日死ぬまでのことが書いてあり、右側の上半分にここに来てからの記録が書いてあった。そして左側の厚さは右側の厚さの半分もなかった。対象の人物に起きたことを自動で書けるような本だ、俺はもう死んでいるのだから半分以上ページが余るような無駄なことをするとは思えない。
いやもちろんもしかしたら来世分、もしくは前世分もあわさっているという仕様だとも十分に考えられる。だがそれは、
目の前でそのことを指摘された神様見習いが涙ぐんでなければの話だ。
「……お話し聞いてもらえます?」
「……まぁカフェオレでも飲みながら」
見習いとはいえ神様がこんなにも感情豊かだったとは。
「……というわけですよ。分かりましたか?」
「さっぱり分からん真面目に話せ」
自分でも言葉遣いが荒いと思うが、何を隠そうこの神様見習いはまだ一言たりとも喋ってはいない。
「あなた初対面の女の子に対して容赦ないですよ! 酷いですよ!! そんなんだからモテないですよ!!!」
「ですよですようるさい! あんたの最近は楽しいこといっぱいか! それに俺は男女平等主義なんだよ」
「記録に違わずヘンな方向に頑固ですね。今のなんて軽いジョークです、神様ジョークですよ。そんなこともわからないなんて男としての器がしれますよ」
無言で机をコンコンと叩く。どうもこの神様見習いを前にすると話が進まない。それが見習いたる由縁なのかもしれないが。
「お遊びはいい加減ここまでにして本題に入りますか、突然ですが質問ですよ。ここはどこだと思いますか?」
「……地獄ってことはなさそうだな。だったら、この世とあの世の真ん中、中継点といった所か? この世という言い方に違和感はあるが」
「イグザクトリィ。とまではいきませんが、かなり近いところではありますよ。ありとあらゆる世界とつながり魂の運行と管理を司る場所『アクシスムンディ』。その一室ですよ」
「世界軸……」
「呼ばれかたに意味はないですよ。そういう場所だということが重要なのですよ。つまりここは地球が存在する世界と別の多数の世界とがリンクしているその基軸となっている場所」
彼女はすらすらと答えてくれたが、俺は同時にそのことに疑問を覚える。それはそんな固有名詞まででてくるような詳しい説明をなぜ自分にするかということだ。
いや恐らく潜在的にはこの時点でもう確信があったんだ。実際ここから先の質問はただの確認でしかなかった。
「質問があるんだが?」
「受け付けましょう」
「神様って基本暇なのか?」
「そんなわけないですよ! あなたは神様を馬鹿にしすぎですよ!」
これには流石の神様見習いも憤慨している。
「失礼、言い方をかえよう。神様は死んだ人間全員と一度は顔を合わせなきゃいけないのか?」
「それならば答えはノーですよ。私の本体が直々に会うのは問題がある魂と会うときだけです」
「それはそうだよな……」
予想通りの返答。要するに俺は問題があるということだ。早速次の質問に移る。
「さっきこの部屋が散らかっているのは俺のせいだといったな?」
「そうそれですよ! っていうか聞こえていたのですね……」
「当たり前だろう。もしあの至近距離で人の話が聞こえてなければそいつにはギャルゲー主人公の素質があるな」
「自分にはないみたいないいかたですね。まぁいいですけど」
「その散らかっている理由と俺のクロニコンに空きが――」
「私のせいじゃありません!」
「まだ何も言ってないんだが」
関係があるのは確定的なようだ。それにしても食い気味の否定に取れている自らの口癖。明らかに怪しい。
が、今はそのことよりも俺は脳内で今までの情報の整理を優先する。といっても魂の運行を管理する場所に溜まってしまっている人生を象徴する本達と、半分も埋まっていない俺のクロニコン。それらが関係しているとなれば俺がこんなところに放り込まれた理由はもう一つだろう。
「なるほど大体これからの展開が読めてきたぞ、悪い方向にだが。いや待て、皆まで言うな」
「察しがいいのですね、いや悪いのでしょうか。どちらにせよここまでおもいいたらなかったのはあなたのもつ知性ゆえでしょう。ありえないと思うことを優先して思考の中から排除する。客観的事実がない限り自分を特別視しないというその思考回路があなたから自信と情熱を奪っている。
さらに、自分のことを弱者だと思っているから、卑怯にも見える手段を使うことを厭わない」
ニタリと彼女が今までとは違った笑みを浮かべる。彼女は俺のクロニコンを机に置いた。気づかない内に記述をみられていたようだ。
「それが更に自尊心を失わせる。だからこそ自らに都合のいい展開が存在することがありえないと考えている。随分と自罰的ですね。それでも、その心の奥底には正々堂々と自らの情熱と努力によって道を切り開く者への深い憧憬がある。
いえいえ、なかなかどうしてあなたは主人公の素質がありますよ。偏屈で偉そうなのは玉にキズですが」
「そいつはお褒めに預かり光栄です、とでもいえばいいのか?」
そんな強がりをいうのが精一杯だった。心をのぞかれていい気はしないが相手は神様だ。そんなことは今更だろう。
「合格です」
神様見習いは端的にそれのみを告げた。
交通事故に巻き込まれて意識を失ったと思ったら、別の世界とつながっている場所に送られた。おまけに俺の人生を表す本の中身はスカスカときたものだ。
ひょっとして俺はかなり察しが悪い方なんじゃないか? いやいや俺はこれでも一般的な、というとかなり語弊はあるが良識ある男子高校生なのだ。もちろんしかるべき年頃には妄想癖のようなものを患ってはいたが、今ではもう現実を受け入れるということの重要さをしっかりと学んでいる。
死人は生き返らないし、神様なんて存在しない。百歩譲ってそれら全てが存在したとしても俺のような捻くれものに祝福が訪れることはありえない。
大体最初にいっただろう――。
「東海林 陸!」
清らかな白い衣をたなびかせ、その体は輝かしい光に包まれていく。神様見習いはもうこれ以上ないぐらいノリノリで神様の立場を語る。
俺は嫌いなんだよ――。
「あなたは本来生きる寿命よりもはるかに早く命を落としてしまいました」
ありがちな展開が、繰り返される結末が、他と同一視される人生が――。
「このままでは輪廻転生の円環から外れてしまいます。そこであなたにはその人生の空隙を埋めるため――」
ブウォンという起動音と共に散らかった部屋の中央には幾何学模様で構成された魔法陣が浮かび上がる。そしてそれは使用者を待ちかねるように蒼い燐光を放っている。
だけどもうここまできたら分かっている。認めるさこれは――。
「異世界に転生してもらいます!!!」
異世界転生ものなんだろう!