第七話「天邪鬼と敏腕メイド」
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「ふぅ、まさか余の予想が外れるとはな」
「珍しいっていうか、それはあり得るのですかにゃ?」
「通常ありえぬ。だが、」
「エル君、お疲れ様」
そこに結界の維持装置へと向かっていたクラウが帰ってきた。その額には汗をにじませており、疲労の色が見える。
「うむ、姉様こそ結界の維持。大義であった。ヘンリエッタも避難誘導を頼んでしまってすまぬな、もっとも無駄足になってしまったが」
「このくらいたいしたことありませんわ」
ヘンリエッタは縦ロールを手で払い、健在をアピールする。
「どうしてエル君、最後あんなに焦っていたの?」
「うむ、余の眼ではこの結末を見ることがかなわなかったのだ」
「へぇー、それはすごいですナー」
「全くあの豪胆さといい、剣技といい、つくづく面白い御仁よな。よろこぶといい、姉様、プリシラ。これは当たりやもしれぬぞ」
エゼルバルトは観覧席から闘技場で手を振っている転生勇者へと視線を向ける。その幼さの残る端正な顔にニヤリと笑みを浮かべながら。
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俺は武器庫にもどりフェオと再会する。
「ふー、なんとか勝ったか」
「すごいですよ、まさかあそこまで剣技が上手いなんて」
「相性差だな、煽り耐性の低い直情的な相手は得意なんだ」
気休め程度につけていた皮の防具を外していく。もっともあの宝剣の前では気休めにすらならなかったが。どうやら重量差のある武器とまともに打ち合ったせいで腕に痺れが残っているようだ。どうもはずしづらい。
「もうもう、謙遜はよしてくださいよ。私も祝福を授けた女神として鼻がたかいのですよ!」
なんでこんなに嬉しそうにしているんだろうか、と思いつつも俺もつられて笑ってしまう。
「いやー、流石私の転生させた勇者です。理外魔術を使わなくても勝てたのじゃないですか?」
「最悪、魔法で死ぬことはないと思っていたからあそこまで余裕があったんだ。あの宝剣を見たときに魔力補正を切れればいつでも勝てるとわかっていたからな。そうじゃないと難癖つけて逃げ出すか、無理にでも終わらせてたよ」
「えぇー、そうですかぁ?」
「……まぁそれでもできれば使わずに勝ちたかった。けど、理外魔術を使わずに終わらせるのはあいつに対して礼を欠く行為だと思ったからな」
「ふーん、人間のそういった機微というのは私にはよくわかりません」
とそんなことをフェオと談笑しているとコンコンとドアを鳴らす音が聞こえ、
「失礼いたしますリク様。お迎えに上がりました」
カサンドラが武器庫に入ってきた。
「此度の闘技、見事な戦いぶりでした。私も思わず興奮してしまいました。見ますか?」
ここで何をだ? と聞いたら負けな気がする。
「……えーと、俺はこれからどうすれ――」
「脱いでください」
「は?」
「いえ、傷の手当てをいたしますので」
そういうことか、若干食い気味なのが気になるが。俺はベストと血の滲んだシャツを脱ぎ捨てる。改めてみると痛みがこみ上げてくるな、特に魔法でやられた方は結構深かったみたいだ。
「両方のわき腹の裂傷と右の手首を捻挫しているみたいだ。あと他にも細かい怪我がいくつか」
「えぇ、そのようですね」
そういいながら胸板をペタペタと触ってくる。そこは別になんともない。
「……ハァハァ」
だから怖いんですよこの人!
「回復魔術・促進」
彼女は傷に手をかざしてそう唱えた。するとみるみるうちに傷口は塞がっていく。
魔法ってスゲー。そして、そのあと彼女は持ってきた包帯で俺の胴をグルグルと巻いていった。
「これで応急処置は完了です。包帯には防護魔法がかけてありますが、あまり動くと傷口が開きますから、ご注意ください」
「ありがとうカサンドラ、それで俺はこのあとどうすれば」
「脱いでください」
「またかよ!」
「失礼いたしました。謁見の間で国王陛下がお待ちしておりますが、その前に軽く体を流していただきます」
確かに俺の体は砂や埃で汚れているので、エゼルバルトにお目通りがかなうような見てくれじゃないだろう。
「大浴場はこの時間は使えないので、ここに併設されているもので済ませてもらいます」
「わかった。……覗くなよ」
本来、男がいうセリフではない気がする。
「リク様に私のことを理解していただけたようで何よりです」
立場上仕方ないとはいえ転生してから一番喋っているのがこのメイドだというのはどうなんだろう。
闘技場に併設されているのは浴場ではなくシャワールームらしいが、大理石の床に少し広めの洗い場。
武器庫の方に比べるとずいぶん歴史を感じるがあっち側は建て替えたのだろうか。もっとも清掃は隅々までいきわたっているため、古臭さは感じないが。
シャワールームといっても個室になっている上に元の世界の基準でいうお風呂場位の広さはある。どうやらそれがいくつも併設されているようだ。
「ここでいきなりドアを開けてアーデルハイトがいる、みたいなネタはやらないんですよリク君は」
こんな事を口走るあたり、俺はさっきの闘技で頭でも打ったのかもしれない。しかし、俺はドアを開ける時ノックをもちろんしたし、物音がしないか確認している。
「さてと、でもこれどうやって使うんだ? ここを押せばいいのか?」
木製のレバーのようなものがある。それを倒すと水が出てきた。魔法の影響かもしれないが、ここまで文明が発達しているのは便利でいい。
しかも、この包帯濡れても全くしみないぞ? 現代社会より優れているんじゃないか?
「冷たくて気持ちイイとかいってると風邪引くな、お湯にするには……」
とお湯にする方法を考えていると、遠くから足音がする。まさか、このパターンは
カツン、カツン
と足音が近づいてくる。この俺がべたなフラグを立ててしまったとでもいうのか?
「リク様、お背中を――」
「カサンドラはもういい!」
100パーセント、アーデルハイトだと思ったわ。
だが俺は扉を閉めた後で我に返った。
「すいません、これどうやってお湯にするんですか?」




