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第六話「天邪鬼と旧王族の戦乙女」

「くっ――」


 俺はすんでのところで初太刀を弾く。出鱈目なスピードだ。なぜあの宝剣で俺とほぼ同等の剣速がだせるんだ?

 

 キィン、キィン。


 スピードは同じでも重量に大きく違いがある。二合程切り結んだが反らすので精一杯だ。しかも魔法の影響か強風でこっちの切っ先はぶれまくる。強引に速度と風の活かせない鍔迫り合いに持っていくが、これは相手の土俵だ。


「ハハハ、お前は凄いよ! なんで、魔法も使わずにそこまで戦える?」


 こいつはおそらく戦っているうちにハイになるタイプだ。


「あんたが単純だからその分読みやすいだけだ!」


 これは半分強がりでもう半分は事実だ。常に俺の先読みが通っているから、なんとか即敗北を免れている。そしてだからこそまだ勝機はある!

 鍔迫り合いから大きく突き飛ばされ、彼女が遠くで剣を腰だめに構えるのがみえる。

 遠すぎる、ということは――――


「それならこいつはどう防ぐ! 疾風魔法(シルフィード)閃風(スラッシュ)!」


 鎌鼬による斬撃魔法か! 魔法を見るのは初めてだったが感動している暇はない。砂埃から当たりをつけて回避するがわき腹を掠める。左右対称になったじゃねぇか。

 そして次は突進――そうだろう?


ガキィン


 剣を叩きつける。やはりこいつは読みやすい。こちらからわざと乱打戦にもっていく。だが剣はとっくにボロボロになっていた。長くは持たない。


「驚いた。私の魔法を躱して、剣閃も防ぐなんて」


「いっただろう、あんたの戦い方は読みやすいってな」


(こい!こいっ!)


「だったら、お前の戦法ならどうする!」


(きたっ!)


 乱打からの足さばき、俺の内側に潜り込む、そして自らの体重をのせたタックル。完璧だ。俺は盛大に吹き飛ぶ。そして一気に間合いを詰めてくる。


(あんたは剣士として優秀だが、実直すぎだ。だから俺と同じ突進でくる。だがさっきと状況は同じでも持っている武器が逆だ!)


 彼女は突きの体勢で最短一直線に向かってくる。

 

 あんたはカウンターの想定が甘い!


 ここで俺が放つのは、技名と見た目が格好いいという理由で覚えた俺の得意技だ!


――――ザァス


 彼女の宝剣が勢いよく切っ先から地面に突き刺さった。


 俺のさっきの作戦は返し技を限定できるからこそ成立したのだ。

 もし今、冷静にさっきの魔法使ったのなら俺は最後のカードを切るしかなかったし、そもそもこの状況では乱打戦を続ければ彼女は勝っていた。


「稲妻落とし、とはいかなかったか」


 まぁ竹刀ではないので叩き落せたとしても音はならなっただろうが。

 稲妻落としとは巻き落としの俗称で、巻き上げと対になる技のことである。相手の竹刀に自分の竹刀を円軌道に絡め、手首のスナップで叩き落とす。その時、武道場に響く竹刀の音が稲妻を彷彿とさせる。ゆえに稲妻落とし。ちなみに俺はこれを習得したせいでさらに嫌われることとなる。

 真っ直ぐ突っ込んできたのでやりやすいといえばやりやすかったが、やはりこの技は手首をかなり痛める。まぁこれだけ重量差のある武器に使って腕が折れていないだけマシだな。


「今のは一体……」


「魔法をかけて物理で殴る、そんな世界では剣道は発展しないだろうな」


 すでにアーデルハイトののど元には俺の剣が突き付けられている。恐らく彼女はここにきて足掻くような無様な真似はしないだろう。


「くっ、私の剣では最初からお前には」


 アーデルハイトが無念の表情を浮かべる。その姿に俺は――


「……参っ――」


「さーて、もう一本だ。アーデルハイト」


 彼女は俺の言葉が理解できていないのか、あっけに取られていた。

 その間に俺は彼女との距離を取っていく。


「知っているか? 俺の世界のルールでは試合は二本先取だと決まっているんだ」


「ふざけたこといわないで、騎士の命は一つだけ」


「なら、俺はさっきの時点で負けている」


「そういう問題じゃない!」


「他愛ない話だが……俺はそれが真剣な勝負であればあるほど卑怯な手を使う」


「えぇ」


 別にここで返事は求めてないんだが……。


「だからこそ俺は自らの手にした勝利は絶対のものであってほしいんだよ」


「……それがお前の誇りってこと?」


「こんなもんは誇りじゃない、ただの拘りだ」


 なぜかはわからないが、彼女が笑みを浮かべていた。それは闘争に酔ってうまれたものではなく、歓喜によってこぼれでたものにみえた。その表情に最初からあった怒りはもうない。


「さぁ仕切り直しだアーデルハイト、お前の剣に何がのっているかなんて俺にはわからん……。

でも、今度は俺の現状持てる全ての力を使ってお前を倒す、それが卑怯な俺に示せる最大限の誠意だからな」


「相手への誠意として自分の全ての力を見せる、か。どうやら私はどこまでもお前を見くびっていたみたい……」


 彼女はその表情にもはや嬉しさを隠せていない。こうやってみるとやはりアーデルハイトは可愛い子猫ちゃんだな。

 彼女は自らの宝剣をゆっくりと口元までもっていく。そして――


「“この戦いは我が誇りにかけて”!」


 その瞬間、宝剣から光がはぜた。


「中止だぁ!!」


 俺の耳をつんざいたのはエゼルバルトの怒号だった。




「貴様、それは使うなと忠告しておいたはずだ。忘れたとはいわせんぞ?」


「エゼルバルト様、いかに国王といえど、闘技の最中に口を出すことはできないはずです」


「知っておる。しかし、それが我が――」


「なぁエゼルバルト。使わせてやってくれないか?」


「何?」


「アーデルハイトがいったように闘技の相手は俺だ。俺は単純にこいつの全力とやらがみたいんだよ」


 エゼルバルトは沈黙している。流石におこらせたか?


「……ふぅやれやれ、困った転生勇者殿だ」


 エゼルバルトは一度椅子に深く座ったのち、目を見開き、


「ヘンリエッタ! 勇者後方の民を退避させろ」


「わかりましたわ、国王陛下」


「クラウディア! 防護結界を五重にしろ、後から余も手伝う。50年前の闘技を繰り返してはならん」


「私一人で大丈夫だから、エル君は視るのに集中して!」


「流石は余の姉君だ」


 エゼルバルトはそういいながら、左手で片目を閉じる。その手の甲には赤い痣が浮かび上がっていた。


「さてとアーデルハイト、王族達にここまで骨を折らせるのだ。出し惜しみなど許さぬからな」


「国王陛下の仰せの通りに」


 そういってアーデルハイトは宝剣を構えながらエゼルバルトに礼をする。


「余もまだまだ甘いな……」



 なにか大立ち回りをやっている、ということは余程のものがくるのだろう。

 アーデルハイトは改めて剣を大上段に構える。

 宝剣から溢れでた視界を覆いつくすほどの何十色もの光が、その刀身に収束していった。その輝きは眩しすぎて直視できないほど強く、そしてさらに高まっていく。そこからは20m以上離れているのにも関わらず、頬を焦がすような高熱を感じた。

 俺は剣を構えなおし、それに相対する。

 さぁあの神様見習いと練習した感覚を思い出せ、これで不備があったら承知しないぞ女神様。

 確かまずは――


――――いいですか、まずは座標を自分の体の中心を基準にして固定するのですよ。


相対座標固定完了(コーディネートロック)


――――その次は展開範囲の設定ですよ。戦闘中ならここはとても重要になりますよ。


展開半径指定10m(レイディエステン)


――――最後に私によって与えられた力はその世界では理外魔術(チート・ソーサリィ)と呼ばれているらしいですよ。だから起動するときは――




「待たせたな『転生勇者』いや、『邪道剣士』よ。受けてみろ、私の全身全霊を! 受け継がれてきた我が一族の奥義を! この宝剣の名は!」


 彼女が収束した光ごと宝剣を地面へと叩きつける!


王族の威光(エマヌエル)』!


 闘技場は一つの世界と極彩色の光の奔流にさらされた。





王族の威光(エマヌエル)


 宝剣マクシミリアンはサンブリア王家に伝わる七つの王具のうちの一つである。それは担い手になった全ての騎士の魔力を再現、精製し、その刀身へと貯蔵している。そしてその担い手は確かな誇りを持って宝剣に誓いを立てることで、貯蔵されている魔力を開放し身に纏うことができる。

 この宝剣解放時にその全ての魔力をたった一振りにのせる。それが奥義『王族の威光』である。その一撃を単一で防げる魔法は存在せず。絶対の一撃として知られている。


(皮肉な技。旧王族と呼ばれるようになった一族の奥義の名が『王族の威光』なんて)


 エゼルバルト様にいわれた。『王族の威光』は使うな、と。私だって最初から使うつもりなどなかった。だが、国王にいわれて使用の如何を決めるなど。それをしてしまったらこの技は、本当に王族の威光になり果てる。それだけは許せなかった。

 だから嬉しかったのだ。この相手なら使ったとしても一族の誇りが汚れない、そう思えるほど闘技の相手が高潔だったことが。その相手に自らの意思で全力をぶつけたいと思えたことが。


 もしこの技が防がれたとしても悔いはない、私は私の誇りを護れたのだから。




「くうぅーー、『王族の威光』の余波がここまで強いものなんて」


 クラウディアがその綺麗な顔を苦悶に歪ませながら、結界の維持に努める。彼女は耐え続ける。今は臣下であり、そしてかつての友であったアーデルハイトのために。


(でも支えきる! それが、アーデの主としての私の勤め!)




 今、奥義が放たれようとしている。

 吹きすさぶ烈風と、眼球が焼けるかと思うほどの光塵がその一撃の鮮烈さを物語る。おそらくこの奥義をまともに受ければ骨すら残らないだろう。

 その時俺は素直にアーデルハイトへの賞賛を抱いていた。これが自らに誇りもつ者の一撃なのだと。自分と大して変わらない少女の放つ全身全霊なのだと。

 それならば! 

 俺はたとえそれが女神によって戯れにもたらされたものであったとしても、自分の利用できるもの全てを使って彼女の全力に応える。それが俺の彼女に示せる最大限の誠意というものだ!

 

 そうして俺はこの異世界を否定する。


王族の威光(エマヌエル)』!


 これが定められたものならば神の御業すら覆す、天邪鬼の俺の真髄だ!


理外魔術(チート・ソーサリィ) 起動(エミュレート) ――現世界展開(アンチアナザーワールド)――』!


 彼女の奥義が巻きあがる砂を溶かしながらほんの10m先まで迫っている。それは数え切れないほどの色の光が凝縮された光の奔流だった。

 だが、その光の束がその先進むことは絶対にない、まるで見えない壁に阻まれるかのように周囲に霧散していく。しかし、それでも俺が展開した世界の表面の約七割近くが彼女の奥義に包まれている。凄まじい技だ。


 そして、俺の左手の甲には赤い環状の痣が浮かび上がる。それは月桂樹でできた草の冠、女神によって授けられた祝福を意味する。

 俺がフェオからもらった能力は――


『俺が元いた世界の物理法則の強制』だ!


 俺が指定した空間の範囲内では、魔法や魔力はおろか女神の力さえ無力化される!

 現に、天使になっていたフェオですら強制的に水晶の中に押し戻された。

 確かにフェオにいわれたことも頷けるな。異世界に転生する際に願ったことが異世界の否定とは捻くれものこの上ない。


(にしても暑いな)


 まるでサウナだ。半径指定が5mならば大やけどを負っていたかもしれない。どうやら魔力を無効にできてもその余波は無効にはしてくれないのだろう。

 やがて、俺の世界の周りを埋め尽くしていた光がその勢いを失っていく。そろそろ幕引きといこう。


展開半径指定最大展開(レイディエスサーティ)』!


 その瞬間、闘技場に存在した光はすべて消えうせた。


 徐々に光塵の焼きついていた視界がもとに戻ってくる。

 そして完全に光がはれたあとのアーデルハイトの姿を見て俺は言葉を失った。

 俺の世界は魔力による補正すらも全てうちきり、物理法則を現実世界のものに書き換える。

 ようするに今の彼女はただのか弱い少女でしかないのだ。だというのに――

  

 彼女はまだ宝剣を構えていた。


「……なぜ立っていられる?」


 あの宝剣は優に20キロを超えている。少女の細腕で支えきれるものではない。


「ハァハァ……私は、何があっても……自ら、ハァ……この宝剣を手放す……ことは……ない!」


 声は震え、足腰をガクガクと揺らしている。それでもアーデルハイトは構えをとくことはなかった。


「なるほど」


 楽にしなければ。

 俺は剣を構えた。そしてすぐに走りよっていき、鎧越しに軽く一太刀。たったそれだけでアーデルハイトは膝から崩れ落ちる。


 闘技場は静寂に包まれていた。

 そんな中、エゼルバルトがパチパチと拍手をする。

 それはプリシラに、ヘンリエッタにとまるで波紋が伝わるように伝播していく。

そして最後には――


ウオオォォーーーーー!!!


 という盛大な歓声に変わっていた。


世界解放(ワールド・リザーブ)


 俺はそう唱え、世界のルールを元に戻した。そして、アーデルハイトの近くにいく。


「立てるか?」


「ごめん、ちょっと無理かもしれない」


 俺はそういった彼女に手をさしのべる。その手は鍛練の傷こそ残っているが華奢な女の子のものだった。


「ありがとう、どうしてだろうなんか清々しい気分」


「……」


「最後、一体何をしたの? 『王族の威光』を受けて無傷って」


 これは後で聞いた話だがこの世界では魔力というのは様々なものに使うらしい。それは魔法や肉体の強化や、武具や防具にも使われている。構造が複雑な防具の補強もその一つだ。

 

 ようするに何がいいたいかというと


「それにしても体が軽くなった気がする、まるで鎧なんてつけて……ないみたい……に」


 彼女の下着は薄い水色でした。その足元には鎧の破片が落ちている。

 純白の肌とその素晴らしいプロポーション、どうやら着痩せするタイプらしい。


「いやぁーーーー!」


 アーデルハイトはそう叫びながら、武器庫へと一目散に駆けていった。

 闘技場内が笑いにつつまれる。


「ハッハッハ! アーデの奴、勝ち名のりを聞くのも忘れるとは! カサンドラ」


「かしこまりました。此度の闘技、勝者は転生勇者! リク・トーカ・イリン! 皆様、新たな王族の誕生に盛大な拍手をお送りください」


パチパチパチパチパチパチ


 祝福の拍手が闘技場内を埋め尽くす。俺はそれに対してはにかみながら手を振り返していた。

 

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