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第一話「神様見習いと天邪鬼」

 

 右も左も分からない異世界を口八丁手八丁でくぐり抜けていく、俺はそんな生活も悪くないと考えていたんだ。

 それが一体どうしてこうなった?


「はるばる別世界の彼方から、よくぞこの王国に来てくれた! リク・トーカ・イリン殿!」


 王冠もずれている年端のいかない国王は、足の届かぬ玉座に座り転生勇者に祝福を告げる。


「いきなりで済まぬが我が王国にあるしきたりにより、転生勇者には国王が妻を娶らせなくてはならんのだ。そして、このサンブリア連合王国には王都サンブリアに加え六つの属国が存在する。そこでそれぞれの国から選りすぐりの花嫁候補を選出してもらった」


 国王の声に花嫁候補たち面を上げる。その表情は様々だったが、どの子を見ても花も恥じらうような容姿端麗の美少女ばかりだ。

 案外、あの神様見習いは気をきかせたつもりなのかもしれない。が、だからといって――


「一人でも、二人でも、いや望むのならば全員とでも余はかまわんぞ? 勇者殿には彼女ら誰かと婚儀をとりおこない、子を成してもらいたい!」


 流石にこれはやりすぎじゃないか!?






「相変わらず外はあっちーなぁ」


 ある平日の昼下がり、地球温暖化だかなんだか知らないがアスファルトからの照り返しと、日本の蒸し暑さのコンビネーションは殺人的だ。あまりにも暑すぎて、公園で遊ぶ子供たちの無邪気な声すら鬱陶しいと感じてしまう。


(なんで丘の上側にはコンビニがないかねぇ)


 コンビニで買ったソーダバーは開けてからものの数秒で溶け始めている。おまけにこの坂道だ。傍らにある自転車も、下りのときは便利なのだが登りの時は無用の長物でしかない。


(坂道が下りしかなければいいんだけどな。こんな時はクーラーの効いた部屋でダラダラするに限る)


 とまだ見ぬ清涼感に想いを馳せていると、遠くから引っ越し用のトラックが走ってくるのが見えた。別にシーズンでもないのに最近多い、そんな他愛のないことを考えていると小さな違和感を覚える。


(あのトラック……なにかおかしい)


 胸に不自然を気づけない焦燥感が募る。呼吸が早く浅くなっているのを感じる。


(スピードが妙に遅いっていうか徐々に加速して――――っ!!)


 瞬間、ソーダバーを放り投げ、自転車を蹴飛ばして歩道の壁まで退避する。できれば乗り越えたいが、それができる高さではない!

 トラックは更に加速しながら縁石をガリガリと音を立てて削っている。運転席に一瞬光が差し込む、疑念が確信に変わった。やはり走っているのではなく落下しているのだ。上の方で大人の叫び声が聞こえた。


(大丈夫だ。縁石切れ間はちょい下。下手に動かなければ轢かれはしない。)


 助かるという余裕ができたからか視野が広がる。いや、広がってしまったのだ。なぜならそのことでちょうど縁石の切れ間にいる子供の姿を見つけたのだから。




 俺、東海林(とうかいりん) (りく)は思えば子供の頃から偏屈で天邪鬼な性格をしていた。どうしても他人が予想もつかない行動をとってしまいたくなる、というそれは魂に刻まれた業といってもいい。強制されたことは抗いたくなってしまう悪癖。いや単純に許せなかったのだ。

 お前も所詮こうなのだろうというどこかの誰かの諦観じみた感想が。そして結局のところそいつの思いどおりになってしまう展開が。

 そのことが原因でいじめられたりハブられたりしていたが、自分の生き方を曲げられない自分の方が悪いという妙な納得の仕方をしていた。冗長に語ったが、要するにあるがままの運命を、ものの通りというやつを受け入れられないただのガキなのだ。

 そう、たったそれだけのことが理由だった。


 それが運命だといわんばかりに轢き殺される、その子供庇ったのは。


(あーあ、こりゃ死んだかな)


 眼前に迫るトラックに安全圏へと放り出した子供。結果としては俺が最も嫌うお約束の展開にこってこての結末だ。そしてそれらに対して脳裏に浮かんだのはそんなどこまでもチープな言葉だった。






「ってあれ、俺生きてる!?」


「いえいえー、死んでいます」


 俺がそんな勘違いをするのは無理もない。目覚めた俺の目に入ってきたのは、うず高く積まれた分厚い本と書類の山、煤けた暖炉、シミのついたコーヒーカップという分かりやすい生活感の溢れる書斎。それに薄汚れたジーパンも、生地の薄いティーシャツも轢かれると思っていた直前のものそのままだ。

 もしここで怪我を負っていたので手当しましたといわれたら素直に信じるだろう。実際にはしっかり死んでいるそうだが。

 そしてその残酷なる死亡宣告をしたのはなんと書類の山だった。


「もがぁーーー! 書類の山じゃありませんよ!!」


 訂正、翼の生えた美少女だった。


「ふふーん、美しくてスタイル抜群の翼の生えた美少女といわれるのは悪くありませんね!」


「そこまでは言ってない、というか思ってない。それとちょっとは片付けたらどうだ?」


 俺はそう言いながらソファーから立ち上がるが、ぐしゃっと書類を踏んづけてしまう。文字通り足の踏み場もない


「ここにきて文句をいった人間はあなたがはじめてですよ。いや、大体こんなに散らかっているのはあなたのせいなのですからね!」


「いやーにしても死んだかー、縁石で減速してたし、ワンちゃんいけると思ったんだけどな」


「あなたのせいなのですからね!」


「ところであんたは神様? 天使?」


「話聞いてます?」


「ファーストコンタクトで自己紹介は重要だろう? それでどっちなんだ?」


「神様……見習いですよ。名前はまだありません。好きによんでください」


「ネコみたいだな」


 吾輩は神である。というのをつけると普通に様になってしまうのは難点だが。

 

「色んな世界に現界しますからね。行った先々で好きに呼ばれているというのが現状ですよ」


「ネコみたいだな」


「いわれると思いましたよ……」


 神様……。そういわれると彼女の身につけている輝くほど純白な衣、黄金に煌めくブレスレットやイヤリングといった装飾品は天使というには少し派手すぎる。そして彼女のもつアーモンド型の大きな青い瞳と白磁の肌に映える金色の髪の毛には、女神の美貌というものを確かに感じとることができた。

 最もその童顔が災いして年下にしか見えない上に、舞台が古びた書斎ではその神々しさも半減だろうが。それは置いておくとしてまずは……。

 俺は落ちている書類を気にとめず、その神様見習いのそばまでゆっくりと歩いていった。そして手を差し出し。


「よろしくお願いする、神様見習い。俺は東海林陸18歳。おそらく死人をやっている」


 彼女は少しムッとしていたが、俺の手をとって握手をしてくれた。


「あなた、マイペースな上に偉そうですよ」


「初対面にそういわれたのは8人目11度目だ」


「その内の三人に二回いわれてる計算ですよ……」


 俺の言葉に対して黄金の髪を煌めかせて朗らか笑う彼女は、やっぱりかわいいと俺は思った。


 これが意外と長い付き合いになる天邪鬼な俺と神様見習いの出会いだった。



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