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魔王様、リトライ!  作者: 神埼 黒音
旧章 BEGINNING OF THE END
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THE FOOL

挿絵(By みてみん)

(イラストレーター:飯野まこと様)



だ、誰なんだ……この女子高生は!?

ファンタジー世界に颯爽と現れたボディラインがけしからんJKを追って、我々はアマゾンの密林へと向かった……。

そこで我々が見たものは(ry


という訳で、謎のJKと3巻の一幕でした。

ではでは、本編へどうぞ!





 ――――西暦2006年 某パチンコ店――――



 ジャラジャラと銀玉の音が鳴り、店内には耳の鼓膜を響かせるような爆音が鳴り響いている。

 辺りには煙草の白煙が立ち込め、常連客が大声で話しては、時には狂ったように台を叩くおばちゃんも居た。


 この場末とも言える古いホールで打っている連中は常連客ばかりであり、重度のパチンコ中毒者が毎日のように同じ雁首を並べて座っている。

 この連中ときたら年中、朝から晩までパチンコのことしか頭になく、海外で戦争が起ころうと、地震が起ころうとお構いなしの様子であった。


 彼らにとっては、右手でハンドルを握り締め、銀玉を飛ばすことこそが人生なのだろう。それ以外のことは全て余事である。


 例えこの瞬間に大地震が来たとしても、その右手はハンドルを離さないに違いない。まして、大当たり中であれば店内にテロリストが乱入して「両手を挙げろ」と命令してきてもその右手はハンドルを握り締め、アタッカーに銀玉を放り込み続けるであろう。


 そんなどうしようもない空間に、不機嫌そうな顔で大野晶が座っていた。

 かつての会場が、“世界”が潰えてからというもの、晶は何の生産性もない日々を繰り返し、やけっぱちとしか思えない時間の中を漂っている。



「クソッ、もう無くなったのかよ……野口の野郎、気合い入れろっての」


「カカッ、大野ちゃん。それで何人目の野っ口ちゃんの戦死や?」


「やかましいわ。しばき倒すぞ、ジジイ」



 晶の口から、剥き出しの関西弁が飛び出す。

 この男は普段、標準語を使って生活しているが、地元に居る時は気が緩むのか、時に素の口調に戻ってしまうらしい。



「おいおい、何でこのリーチが外れるんだよ……ケンジロウ、お前どけッ! もう俺が代わりに裸王(ラオウ)と戦うわ」


「うっひゃっひゃ! 大野ちゃんは相変らず面白いやっちゃなぁー!」



 隣に座る常連のジジイが口を開けて笑ったが、その口の中には殆ど歯がない。

 暗い空洞のようでもあり、妖怪のようなジジイの特徴を良く現している。

 「ロクに歯がないのに、どうやって飯を食ってるんだ?」と晶は常々思っていたのだが、聞くのも馬鹿らしいと考え直したのか、スルーしていた。


 晶と妖怪ジジイが打っているのは「北極、時々南極の拳」という漫画からタイアップされた、バトルタイプのパチンコ台だ。

 ケンジロウという主人公が、奪われた恋人を取り戻すため、北極や南極で裸王と呼ばれる変態と戦う意味不明なストーリーである。



(今日は調子が悪いな…………)



 千円札に描かれた野口英世は、既に15人がパチンコ台に吸い込まれていた。

 ここを戦場とするなら、15人もの貴重な命が消えたに等しい。

 だが、無能な指揮官ほど劣勢を覆そうと兵力の逐次投入を行うものだ。



「次だ。次の野口で当てる」


「みみっちいなぁ、大野ちゃん。まるでガダルカナル島の戦いや。ちびちび兵隊を入れても戦争には勝たれへんで。思い切って諭吉っさんぐらい入れんと」


「何が戦争だ。パチンコぐらいで大袈裟に抜かしやがって……」



 晶は毒づきながら、更に野口を投入する。

 恐らく、16人目の彼も10分と持たずに戦死してしまうに違いない。



「パチンコは現代の戦争やで、大野ちゃん。これに勝てばえぇ酒が飲める。ヘルスにだって行けるんやから。60分8千円の極楽コースや」


「下らないことに金使ってねーで、歯医者にでも行け。歯の無いジジイが客としてヘルスに来るとかホラーだろうが。妖怪らしく墓の下で寝てろ」


「妖怪はええなぁ、学校も試験も何にもないんやから。アニメでそんな歌があったやろ? あれ、なんちゅー名前やったかな。パーラー鬼太郎やったっけ? いや、ちゃうな……確か、CR目玉の親父やったわ」


「ねーよ」



 晶はジジイの戯言を無視し、咥えた煙草に火を点ける。

 無為な時間に抵抗するように、盛大に白い煙を吐き出した。



「ごふっけほ。大野ちゃん、ワシ煙草辞めたんや。隣で吸うの辞めてくれるか」


「馬鹿か。何で俺がジジイに気を使わなきゃなんねーんだよ。大体、これは国が認めた商品であって、高いたばこ税まで払ってるんだぞ。納税者を敬え。これが回りまわって福祉やら公共事業やらに金を落としてるんだからな。いいか、ジジイ? 煙草を吸うってのはな、身銭を切って国民に尽くす聖人の行いなんだよ」


「相変らず口だけは達者やなぁ……フクリュー、なんたらでワシが病気になったら大野ちゃんが医者代出してや」


「ジジイの寿命が減るんだったら、どんどん吸ってやんよ」



 晶は更に2本の煙草を咥えて火を点け、3本の煙草から凄まじい煙を吐き出した。

 もはや、小規模なボヤである。



「大野ちゃん! 火の車になるんは財布の中だけにしてぇや!」


「うまいこと言ったつもりか、ボケジジイ」


「ほんま、どないに育ったらこんな悪魔みたいな男になるんやか…………」



 言いながら、ジジイが缶ビールのプルトップを開ける。

 溢れる泡を惜しむように、ジジイは舐めるように缶に口付けた。



「ジジイ、こっちは二日酔いで頭が痛ぇんだよ。横で酒を飲むな」


「大野ちゃん。これは国が認めた商品であって、高い酒税を払っとるんやでぇ? これが回りまわって、世間様のお役に立っとるんや」


「真似すんな。完全に酔っ払いの寝言そのものじゃねぇか」


「ニコチン中毒者にだけは言われたないで」



 結局、その日は更に4人の野口英世を送り込んだものの、戦況が覆ることはなく、惨敗で幕を閉じた。店を出た晶は両手を伸ばし、空を見上げる。

 そこには雲一つない青空が広がっており、優しい日差しが世界へと降り注いでいた。



(フン…………)



 何となく、その光は自分を祝福していないような気がして、晶は目を顰め、肩を聳やかしながら家路へと向かう。

 今日も、何の意味もない時間を過ごし、一日が終わる。恐らくは、明日もそうなるであろう。


 他でもない、晶自身がそれを感じている。

 人は、何か行動を起こさない限りは似たような日々を繰り返すのだから。それが良いものであれ、悪いものであれ。



(何をやってんだろうな、俺は…………)



 繁華街には明るい音楽が流れ、恋人同士が手を繋ぎ、楽しそうに歩いている。

 今日は週末ということもあってか、道行く人々の顔は何処までも明るい。其々が其々の週末を胸に描いているのだろう。


 しかし、今の晶には何もない。


 貯金を食い潰しながら、街をほっつき歩き、適当に飯を食ってはパチンコに通い、風呂に入って寝るだけの日々だ。そこにはもう、かつての溌剌としていた姿はなく、うらぶれた1人の男が居るだけであった。



(クッソ、何か寒ぃな…………)



 天気は快晴だというのに、何処か肌寒い。

 晶は羽織っていたカーディガンを引き寄せ、足早に繁華街を通り抜けた。周囲のキラキラとした空気に、自分がそぐわない(・・・・・)気がしたからだ。



(どいつもこいつも、浮かれやがって…………)



 それは、何処にでもある日常の一幕であったのかも知れない。誰も彼もが、毎日をハッピーに過ごしている訳ではないのだから。

 誰かが笑えば、誰かが泣き、誰かが大金を掴めば、誰かが大金を失う。

 世界は飽きもせず、そんなことをグルグルと繰り返している。



(明日は、どう過ごすか…………適当に遠出してみるか?)



 晶はそんな無計画なことを頭に浮かべながら、路地裏を進んでいく。

 ふと、ポケットからの振動に気付き、手をやるとXXからの着信が着ていた。無視するか暫く悩んだものの、根負けしたのか通話ボタンを押す。



「切るぞ」


「ちょっ、まだ用件言ってねーし! ありえなくね?」


「どうせ下らん用事なのが目に見えてるからな……」



 実際、XXからの電話やメールは下らない内容が多い。とは言え、昔ほど多忙でもなくなった晶からすれば、これも代わり映えのしない日常への、ちょっとした変化である。



「暇だからさー。ウチ、晶のことをタロットで占ってみたんよ」


「何だそりゃ。で、結果は?」


THE FOOL(愚者)が出たんだよ! 今の晶にピッタリじゃね? 無職のパチンカスとか人生詰みすぎでしょっ! ウチをニートと罵ってた頃の晶に、今の姿を見せてやりてーわ!」


「俺はな、疲れた翼を休めてるだけなんだよ。万年ニートと一緒にすんな」



 晶の口から、苦しい言い訳がこぼれる。

 疲労どころか、むしろ暇になった分、五体満足の極みなのだから。オマケに、時間も掃いて捨てるほどにある。



「分かる分かる、超ーー分かる。ウチも似たようなもんだって。明日から本気出すから! これマジ!」


「お前が本気を出す“明日”とやらはいつ来るんだよ………来年か? 10年後か?」


「あっ、ネトゲのログボ忘れてたから行ってくるわ!」


「てめっ……!」



 一方的に着信が切られ、晶は鼻を鳴らしながらポケットに携帯を突っ込む。

 それは、何処にでもある日常の一幕。下らないやり取りだ。

 再度、携帯からの振動に手をやると、次は電話ではなく、メールの着信を知らせるものであった。



(また、あんたかよ…………)



 ミキティと書かれた差出人の名に、うんざりしたように晶が携帯を閉じる。

 来る内容はいつも似たようなものであり、見る必要もなかった。今の晶は意固地になっており、誰かから差し出された手など真っ平な心境である。



「…………今日より。きっと、明日の方が良い」



 最近の、晶の口癖だ。

 どうしようもない現実に、打ちのめされた自分に対し、それは慰めの言葉であったのか、鼓舞する言葉であったのか。



「つか、愚者は良いけどよ……正位置なのか、逆位置かくらい言えよな」



 どうでも良いことを呟きながら、今日が終わる。

 明日も、似たような日常が続くだろう。

 ただ、晶の日常には常に“非日常”が隣り合わせで存在していた。この男がそれを身を持って知るのは、もう少し先の話である。






 ここから10年後――――

 全てが変わる“運命の一戦”が彼を待ち受けているのだから。







愚者《THE FOOL》


正位置

自由、型にはまらない、無邪気、純粋、天真爛漫、可能性、発想力、天才。


逆位置

軽率、わがまま、落ちこぼれ、ネガティブ、イライラ、焦り、意気消沈。




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