聖女
「魔王討伐に来たら、薄汚い山賊まで居るなんてね」
聖女――ルナが笑みを浮かべる。
その顔は非常に可愛らしいものであったが、その行為はえげつない。
彼女の放った金色の光は、一瞬で五人もの山賊の体を引き裂いたのだ。
「チッ……てめぇら、引き上げるぞ!」
「バッカじゃないの? 私から逃げられる訳ないじゃない」
ルナが小さな羽の付いた杖を掲げ、詠唱を始める。
途端、彼女の周りに金色の光が集まり出す。
それは、この世界における元素――
それも、彼女は極めて珍しい素を操る。
「金色に裂かれよ――《金刃/ゴールドスラッシュ!》」
瞬間、ルナの杖から無数の金色の刃が放たれ、更に六人の体がズタズタに切り裂かれた。その光景を見て、魔王の額から冷や汗が流れる。
(こいつ、マジかよ……)
初めて見る魔法に度肝を抜かれた、というのもある。
その威力に恐怖を感じた、というのもある。
だが、何より驚いたのは――こんな少女が容赦無く人を殺した事だ。
(逃げるか……?)
瞬間、そんな考えが頭に浮かんだが、即座にそれを打ち切る。
少女は一人で来たのではなく、その周りに無数の兵隊を引き連れていたのだ。
それを確認した時、迷いは無くなった。即座に所持品から拠点を出し、その中にアクを放り込む。
「ぇ、ま……!?」
「一番端で伏せてろ。良いな?」
案の定、魔法を使った少女はこちらを凝視していた。
何もない所から、いきなり建物を出してみせたのだから当然だろう。
「なぁに、これ……あんた、魔法使い? それとも、何かの魔道具?」
それには答えず、懐から煙草を取り出して火を点ける。
正直、こうでもしてないと落ち着かない。
アレを食らっても、自分は平気でいられるのか? 何はともあれ、この少女相手に、動揺は絶対に見せられない――付け込まれる。
見た目は子供としか思えないが、こいつは躊躇無く、人を殺したのだ。
少女は拠点が気になるのか、近づいて手でペタペタと触ったり、興味深そうに中を覗き込んだりしている。
その好奇心溢れる姿だけは、年相応で可愛らしくはあるが……
今はその“無邪気”さに恐ろしさを感じてしまう。
「見た事のない材質ね……あんた、これ、私に献上しなさいよ。そしたら見逃してやっても良いわ」
「それは取引なのかな、御嬢さん? その約束が守られる保証は?」
「はぁぁぁ? あんた、誰に向かって口を利いてるか分かってんの?」
「生憎と、そちらのご尊名をまだ伺っていないのでね」
悠々と煙を吐き出しながら答える。
見た目とは裏腹に、内心では心臓がバクバクと音を立てていた。逃げに徹すれば殺されない自信はあるが、余りにも相手の能力が未知数だ。
話し合いで穏便に収まるのであれば、この場はそうするべきか――?
「とんだ田舎者も居たものね……いえ、薄汚い山賊なら仕方がないか」
いつの間にか山賊の仲間に数えられている事に、軽い苛立ちを覚える。
何が悲しくてオウンゴールの手下にならなければならないのか。
背後からいつ撃たれてもおかしくない名だ。
「聖女様よぉ……こいつは俺らの仲間なんかじゃねぇゾ?」
オウンゴールが、ニタニタと笑みを浮かべながら言う。
そうだ、言ってやれ。つか、殺し合いなんてお前らで勝手にやってろ!
何で無関係の俺が巻き込まれなきゃならんのか。
(ん、聖女だと……?)
それは確か、この国のお偉いさんだった気がする。三人の聖女がどうたら、とかアクが言っていたよな?
「聖女様よぉ……このオッサンは“魔王様”だってよ! だっはっはっ!」
「何ですって!?」
このオッサン、要らん事言いやがって!
ふざけんなよ、オッサン!
死にてぇのか、オッサン!
ぶちのめすぞ、オッサン!
「オウンゴール、そんなに自殺点を決めたいのか? だったら、てめぇのゴールに決めて、空港でハバネロ入りの卵でも投げられて死ね!」
「何を訳の分からねぇ事を……それと、オ・ウンゴールだって言ってんだろうが!ちゃんと区切れ、馬鹿野郎ッ!」
――うるさいっうるさいっ!
癇癪を起こしたように少女が叫び、その杖から金色の光が迸る――!
密かに“それ”を待ち構えていた俺は、即座に拠点の影へと身を隠す。勿論、アクが伏せている場所とは正反対の所だ。
金色の刃が拠点へぶつかり、その勢いが目に見えて落ちた。だが、その勢いは殺しきれず、体にまで刃が到達する。
「いっ……つ……」
これが、魔法――咄嗟に両手で顔を庇ったが、両手がかなり痛い。
だが、痛さと引き換えに幾つもの事が分かった。
拠点があれば、魔法のダメージも問題なく軽減される。反面、最重要の防具であるアサルトバリアは作動しなかった。
(この子供がLV30か、それ以上とは思えないしな)
カンストしたプレイヤーというのは、一種独特のオーラがある。この少女からは、まるでそんなオーラを感じない。
とは言え、もっと強力な魔法が存在する可能性もある。
――やはり、魔法は危険だ。
横を見ると、オウンゴールと周りの数人が地に転がっていた。やはり、と言うべきか――オウンゴールは手下を盾にしたのだろう。
その姿は傷だらけであったが、まだ息をしていた。
周りに居た山賊達は逃げ散ったのか、既に人影は見当たらない。
「まだ生きてるなんて……あんた、本当に魔王なの?」
「さてな。それより、いきなり攻撃してきた事への――弁明を聞こうか?」
「弁明? 聖女が悪しき存在を討つなんて当たり前の事じゃない」
「なるほど、お前の“遺言”として覚えておく」
■□■□
「遺言ですって?」
その言葉に、ルナが思わず失笑する。
この男は何を勘違いしているのか、先程から態度がなっていない。聖女に対する敬虔な態度が欠片も見当たらないのだ。
山賊ならまだしも、この男の身なりはそれなりにしっかりとしている。
見かけない服ではあるが、着ている物の一つ一つに場違いとも言える程の高級感があるのだ。
その所作も決して悪くない。
何気ない動きにも洗練された気品があり、最初は没落した貴族かと思った程だ。
だが、ここまで聖女に対する知識の欠如を見ていると、それはあり得ない。要するに、他国の人間と言う事だ。
――そういえば、まだ名乗ってなかったわね。
「私は聖女の一人――金色のルナ・エレガントよ」
この男が、何者であるのかは分からない。
流石に人の姿をした者を魔王とは思わないが、危険な存在には違いないだろう。
自分の魔法に耐えた事、いきなり建物を出現させた事――
どちらにせよ、得体の知れない存在だ。
男はこちらが名乗ったにも拘らず、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていた。それどころか、先程まで感じなかった静かな怒気まで感じる。
この男はもしかすると、他国から送り込まれた破壊工作員なのかも知れない。
「いきなり人へ魔法をぶっ放すようなガキがエレガントだ? 小汚いオッサンらはともかくとしても……お前、アクが怪我をしたらどうするつもりだったんだ?」
「はぁ?? 悪人の分際で何を言ってんの?」
男が放つ気配を察知したのか、護衛が自分の周囲を囲む。いつもなら邪魔だと叫ぶところだけど、この男はちょっと底が見えない。
取り囲んで、弱ったところを魔法で仕留めた方が良さそうだ。
「あんたたち、この間抜けを捕らえなさいっ!」
馬に乗った騎兵が槍を振りかぶり、男へ叩きつける。
だが、その槍が男に届く事は無かった。
まるで、見えない壁に遮られたかのように槍が停止したのだ。不可思議な現象に、全員の目が泳ぐ。
「残念、どうやら君達は――私の前に立つ“資格”がないようだ」
男が槍を握り、そのまま騎士ごと軽々と持ち上げる。
冗談のような光景に一瞬、頭が真っ白になった。次の瞬間、男が無造作に槍を振ると、騎士が石ころのように遠くへ投げ飛ばされてしまったのだ。
男は馬に乗った騎士を掴んでは次々と投げ始め、気付けば二十五名の護衛は何処にも居なくなっていた。
(なに、これ……)
その間、自分は何も出来ず、呆然とそれを見ていただけ――
いや、こんな事態を前に、何が出来たというのだろう。
「あ、あんた……もしかして、巨人族か何かなの?」
遥か東の山脈には、化物のような巨体を持つ種族が居るという。
その膂力は鉄すら砕くなどと言われていたのだ。
こいつはきっと、その血を引――って、体が――
「ちょ、ちょっと! あんた、何してんのよっ!」
気付けば、男の小脇に抱えられていた。
まさか、この男……私を攫って、あんな事や、こんな事を……!
「次は何メートル飛ぶかな」
「ぇ?」
「その前に、“おいた”を躾けておくか」
「ぇっ……待って、ヤダヤダ! 何する気よ!?」
「私は襲ってくる者には――女でも容赦しないッ!」
そこから先の出来事は――ルナが生涯忘れられぬ、黒歴史となった。
魔王の顔がキリッと引き締まり、その手が振り上げられる。
その手がルナの尻へと振り下ろされた時――
蒼天に乾いた音が一つ、響き渡った。
「いっっったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁいっ!」
ルナの叫びが大空に木霊したが、魔王の手は止まらない。
その顔も、何処かオーケストラの指揮者のように荘厳であった。
スパーン!
スパァァン!
スパパパパパァァン!
スパッパッパァァァァァァン!
リズミカルとも言える、芸術的な音色が辺りに響く。
それは掌と臀部の衝突――そこから生み出される一流の打楽器であった。
「いたぁぁぁっぁぁい! ぉ、お尻、お尻やめてぇぇぇぇ!」
「これは右手の分ッ! これは左手の分ッ! そして両手の分ッ! 最初に戻って右手の分ッ! これはちょっと楽しくなってきた分ッ!」
魔王が繰り広げる熱いスパンキングはその後、彼が飽きるまで続いた。
■□■□
――聖光国 神都への道中
「ふぅ……良い汗を掻いたな」
「だ、大丈夫なんですか……? 聖女様のお尻は……」
お仕置きを済ませ、アクを肩車しながらのんびりと魔王が歩いていた。
追っ手が来るかも知れないというのに、堂々たる態度だ。
むしろ、“待っている”のかも知れない。
「元から割れてるんだから大丈夫だろう」
「そ、そういう問題じゃ……」
一歩間違えば、いや、どう考えてもセクハラであった。
この国における最高の権威への侮辱――もはや火炙りですら生温いかも知れない。そんな事態ではあるが、魔王の表情は明るかった。
先程の戦闘とも呼べない戦闘であっても――“SP”を入手出来たからだ。
「夢が広がるな。管理機能が全て動くようになれば、ふふ……」
「ま、魔王様……ちょっと怖いです」
「さて、金も入った事だし、今日は何処かの街に泊まるか!」
魔王は聖女が持っていた金を「慰謝料」と称し、強奪していた。
その態度は清々しい程であり、アクが口を挟む暇すらなく、いつの間にか金の詰まった皮袋が魔王の懐に仕舞われていたのだ。
執拗なスパンキングの上、所持金の強奪――やはり、この男は魔王であった。
いや、只の山賊か。
■□■□
「ごろじでやるぅぅぅ! あの男、見てなさいよっ!」
馬車の中でルナが唸り声を上げ、魔王への呪詛を叫んでいた。
その声に御者が首を竦め、溜息をつく。
この道中の間に、彼の髪は禿げ上がってしまうかも知れない。
「あの男……いいえ、あれは魔王よっ! 絶対に討伐してやるんだからぁぁ!」
その声を聞いて、周りの護衛は顔を青くした。
冗談じゃない、と。聖女様の魔法に耐え、人間をあれだけ軽がると投げ飛ばすような怪物と、どう戦えと言うのだろう。
もっと言うなら、相手の動きが早すぎてまともに視認する事も出来なかった。
全員が「討伐軍には絶対に入らない」と堅い決意を固める。
「この馬鹿御者っ! もっとゆっくり進みなさいよ! お尻に響くでしょ!」
「す、すいません!」
知らない間に勝手に魔王呼ばわりされている男が引き起こす騒動は、この先、益々大きくなっていくのだ――。
SP残量――残り100以上
□ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □
情報の一部が解放されました。
ルナ・エレガント
種族 人間
年齢 16
武器 ―― ラムダの杖
智天使の祝福を受けた、由緒正しい杖。
この世界では非常に珍しい、気力の消費を抑える効果がある。
逆に気力の消費を増加させ、魔法の威力を爆発的に高める事も可能。
防具 ―― ラムダの修道服
智天使の祝福を受けた、由緒正しい修道服。
魔法防御力を劇的に高める。
余程の魔法でなければ、彼女には傷一つ付けられない。
レベル 17
体力 ?
気力 ?
攻撃 ?
防御 ?
俊敏 ?
魔力 30(+25)
魔防 25(+25)
三人居る聖女の末っ子。
上に二人の姉が居るが、別に血は繋がっていない。
聖堂教会の中から資質のある者が選ばれ、年齢によって姉妹となる。
彼女は聖女の中でも飛び抜けた魔法の才があり、
その魔力は一体、何処まで伸びるのか空恐ろしい程である。
只、如何せんまともな戦闘経験が少なく、咄嗟の対応力が皆無。
その天賦の才によって蝶よ花よと育てられた事もあり、非常に我侭である。
姉の前では大人しくしているが、いずれ屈服させようと企んでいる。
次女の名はキラー・クイーン。
長女の名はエンジェル・ホワイト。