魔王のスカウト②
マンデンの店を出た二人は、その足で一軒の服飾店へと向かう。
ファッションチェック――ビンゴの店である。アクの服を買ったり、バニー達の衣装を作らせたりと、何かと魔王に縁がある店であった。
「ふーん……あのド変態な服を作らせた店なんだ」
「今後も、色々と変わった服を作って貰う事になりそうなんでな」
「ふーん、ふーん」
魔王の腕に巻き付きながら、ルナが恨みがましいジト目で言う。恐らく、バニースーツを着てくれ、と言われなかったのが原因だろう。
ルナとしては着るのは嫌だが、着てくれと言われないのも、女として何か屈辱を感じていたのかも知れない。
「お前には《ブレザー》をやっただろう」
「あの服は可愛いから認めなくはないけど……私にはもっとこう、淑女な服とか、セ、セセセクシーな服とかも似合うと思うのよね」
「はっはっは。面白い事を言うな、お前は」
「何が面白いのよ! 何処に笑う要素があった! 言えっ!」
ルナが飛び上がって首を絞めるも、魔王は巻きつかせたまま平然と歩みを進めていく。周りから見れば、聖女を真正面から抱きつかせたまま街を歩いているようなものだ。やがて目的の店へと辿り着いたが、こんな格好で入って来られた方は堪ったものではない。
「いや~~ん! 九内さ……おあぁっぁぁぁ!」
「久しぶりだな」
超が付くお大尽である魔王を見て、ビンゴは腰をくねらせながら大歓迎しようとしたが、その体に聖女が抱き付いているのを見て、思わず野太い声が漏れる。
ビンゴはいわゆるオネエ系の男であり、その心は完全に乙女なのだ。こんな声を客の前で洩らしてしまうのは、失態以外の何物でもなかった。
「し、失礼しました……皆さん、改めてご挨拶してッッッ!」
「「ようこそいらっしゃいました!」」
「う、うむ……」
ビンゴと従業員の、一糸乱れぬ声と動きに魔王が後退る。ルナは反対に、それを当たり前のものとして受け止めた。
彼女は自分が尊ばれるのを好んでいるし、実際に尊ばれる立場に居る。
「今日は聖女様とショッピングでしょうか? こぉぉんなゴージャスな二人組を見るのは初めてですわッ!」
ビンゴが腰をくねらせ、ハンカチを噛む仕草にルナが目を輝かせる。ちなみに、まだ首に巻き付いたままであり、その姿はコアラのようであった。
「そうよ、思い出したわ! あんた、前に神都で買い物に付き合うって約束したじゃない!」
「お前が一方的に言っただけだろう」
「男らしくないわねっ! こういう時は黙って女を着飾らせるものよ!」
「ほぉ――言うではないか」
その言葉に、魔王の口元が歪む。
この男の頭に過ぎったのは、この店のあらゆるエロい衣装を全て着させようとしたものであったが、ここに来た目的を思い出し、辛うじて自重した。
この男はふざけた面が多々あるが、流石に目的を忘れる程に子供ではない。
「喜べ、ルナ。今日ではないが、お前のファッションショーは必ず行ってやる。それも、時間をたっぷりと取ってだ」
「へっ……」
「これは楽しみになってきたな。私も“男らしく”、全力で様々な衣装を惜しみなく出そうではないか。確か、縄ふんどしや裸エプロンなどがあったな」
「なっ、何よ、その禍々しさに満ちた名称は!」
「はっはっは」
「な、何が可笑しいのよっ! 私はそんな服なんて絶対に着ないんだからねっ!」
「はっはっは」
「笑うなぁぁぁぁぁぁっ!」
二人の会話を聞きながら、ビンゴは冷や汗が流れるのを止められなかった。聖女の末っ子は恐ろしい癇癪持ちであり、その機嫌を損ねると大変な事になるのだ。
だが、今は年相応の少女でしかない。ビンゴとしてはどう対処し、どう持て成すべきか分からなくなったのだ。
「さて、余談が過ぎた。ビンゴ、ラビの村に二号店を出す気はないか?」
魔王がストレートに言う。これまでの接触を考えると、断られる気がしないというのもあっただろう。
実際、ビンゴは散々に美味しい思いをしている。
「それも、店を二つ出して貰いたい」
「ふ、二つ、ですか……」
店を出すという返事も聞かずに、魔王が話を進めていく。
まさに傍若無人であった。
「一軒は貴族向けに特化した高級店だ。温泉で女を磨き、自信を付けた客は必ずワンランク上の衣装を求めるだろう。何せ、彼女達の最終的な目標はバニースーツが似合う程の女になる事なのだから」
「あ、あの衣装が……目標、ですか……?」
ビンゴはそれを聞いて気が遠くなる思いがした。世に女はごまんといるだろうが、あの扇情的な衣装が似合う女など中々居るものではない。
それこそ全身を絞り、何処を見せても恥ずかしくないスタイルでなければならないだろうし、あの露出を考えると、肌の艶や張りも当然高いレベルが要求される。
「もう一軒は手軽な値段で買える、仕事着や下着を扱う店だ。こっちに関しては、一般区画に建てるので税は要らんぞ」
「え、えっと……税が……なひ……?」
「家賃も要らん。こっちは売れれば売れただけ、全て懐に入れるといい。主に用意して欲しいのは、労働着や職人が着る服だな」
魔王が次々と概要を伝え、マンデンに説明したような条件を並べていく。
殆ど相手の同意を求めない一方的なものであったが、ビンゴからすればまるで損のない話だ。まして、あの村に行った従業員から散々「オンセンリョカン」なる摩訶不思議な施設の事を聞かされていたのだ。
「是非、是非、そのお話、私達にお任せ下さいっ! 必ずやご満足頂ける店にしてみせますッッ!」
「それは重畳。詳しい話は、田原という部下に伝えておく」
魔王がじゃらり、と重い音を立てながらテーブルに5枚の大金貨を放り出す。
圧倒的な黄金の輝きが、ビンゴと従業員の目を釘付けにし、全員の目が大金貨そのものとなっていく。
「これは当面の材料費だ。貴族用に置く衣装には、金に糸目をつけるなよ」
「おまがぜくだざいッッ! がならず、おぎゃくざまに満足頂げるものをッ!」
「素晴らしい――では、早速行動に移ってくれ」
「皆さん、今から“戦争”よ――走ってッ!」
何処かで聞いたやり取りであったが、店内が時ならぬ騒ぎとなり、従業員が全員走り出す。それも当然の話であった。何せ、この男が店に来る度に黄金が無造作にぶちまけられるのだから。
それらが齎す余波は当然、ビンゴ達だけに留まらない。材料となる布地を扱う店、様々な糸や針を製作する職人、アクセサリーを作る店、あらゆる業者に金が周る事になるのだ。
――死蔵した金、止まった経済。
一人の男が、それらを怒涛の勢いで転がしていく。
その車輪の大きさは障害となる小石を踏み砕き、敵対者を容赦なく弾き飛ばしていく事になるだろう。それによって、この男の歩みが鈍る事もない。
この男が――“魔王”だからだ。
「ルナ、次は神都に行……って、まだくっ付いてたのか!」
「あ、あんた……こんな美少女にくっ付かれておいて、その態度は何なのっ!」
「はっはっは」
「何処に笑う要素があったっ! もっと喜べ! 嬉しいって言いなさい!」
「はっはっは」
「何が可笑しいのよっ!」
魔王が笑いながら、そのままの格好で神都へと《全移動》で飛ぶ。
まさに“奇跡”の大乱発であり、ホワイトがこの光景を見れば激しい眩暈に襲われる事だろう――二重の意味で。