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魔王様、リトライ!  作者: 神埼 黒音
五章 恋の迷宮

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魔王の帰還

 魔王は数日ぶりに見るラビの村の活気に目を瞠っていた。

 大勢の人間が土や材木を運び、慌しく往復している。中には迷宮内で手にした砂つむりの殻を砕き、土に混ぜて捏ねている男達もいた。



(随分と形になるのが早いものだ……)



 現代の日本でも建築スピードは凄まじいものがあるが、この世界では魔法というチートがある為、速度に関しては決して劣るものではない。現場の作業に慣れている魔法使いなら、それこそ重機並みの働きをしてしまうのだから。



「魔王様、お帰りなさいっ!」


「アク、元気にしていたか?」



 魔王が走り寄ってきたアクを抱え、その小さな体を引き寄せる。アクも嬉しそうに頬擦りしていた。無意識にマーキングしている猫のような姿であった。



「ここも随分と変わったものだな」


「はいっ、やっぱり魔王様は凄いです!」


「別に、私は何もしていないさ」



 魔王が苦く笑う。この男からすれば、田原に概要だけ伝えて後は丸投げしているだけであった。病院で手腕を奮っているのも悠であり、褒められるべきは側近達であって自分ではない、という想いがある。


 無論、これは魔王の過小評価だ。

 この男が居なければ、そもそも二人の側近達がこの世界に現れる事などあり得る筈もなく、多くの拠点が生み出されるような事もなかった。

 大勢の人間を動かす資金を集めたのも、この男である。



「今回は急ぎで土産がないんだが、今度は良い物を持って帰ってこよう」


「無事に戻ってくれれば……それで良いんですっ」



 アクの赤い瞳が真っ直ぐに魔王を見る。

 前髪に隠された、碧色の瞳もキラキラと光っていた。この左右で違う光を放つ瞳に、魔王は神秘的な何かを感じており、それを見るのが嫌いではない。

 つい手を伸ばし、アクの前髪を横へとやる。



「魔王様……?」


「うん、相変わらず綺麗な瞳だ」


「……ぼ、僕は、自分の目が余り好きじゃないです」



 そう、アクは自分の瞳が好きではない。

 この瞳のせいで村では迫害の対象となり、遂には顔の半分を隠すようにして生きてきたのだ。アクが村でどのように扱われていたのか、実際に見た魔王もその事は知っているのだが、この男は自分の意思に忠実だ。



「私は好きだぞ? 見ていると落ち着くしな」


「うぅ……」



 アクが顔を赤くし、それを隠すように魔王の首元に抱きつく。別にこの男は口説いている訳でもなんでもなく、何か神秘的な宝石でも眺めているような気持ちで言っているのだが、アクからすれば照れくさいものであろう。



「北での用事も、じきに終わる。戻ったらバカンスにでも出掛けるか」


「バカンス、ですか……?」


「この国は暑いからな。プールでも作ろうかと本気で思っているくらいだ」


「……ぷーる??」


「まぁ、今は気にするな」



 アクからすれば想像も付かないだろう。

 水風呂が最高の贅沢であるこの国で、貴重な水を目一杯に入れ、その中で泳ぐなどという事は。そこには何の生産性もなく、一時の快を得るだけなのである。


 飲む訳でもなく、何か農作物を育てる訳でもなく、ただ大量の水を消費するなど、ハッキリ言って無駄の極みでしかない。この世界の住人からすれば、水の中で泳ぐ、という概念自体が存在しないといって良い。



「さて、私は先に仕事を済ませてくる。また夜にな」


「はいっ」



 アクの金色の髪を優しく撫で、魔王が温泉旅館へと向かう。

 旅館の前では綺麗な花束を持った悠が出迎えた。



「長官、お疲れ様でした」


「うむ、ご苦労。これが言っていた花か」



 赤や黄、紫やピンク――悠の手元には色鮮やかな花がある。

 触れるのが恐ろしく思えるような美しい花であり、魔王もこれには驚いた。

 この男には花に対する造詣など全くないのだが、この花が尋常ではない美しさを持っている事ぐらいは分かる。



「これは、思っていた以上に立派なものだな……感謝するぞ」


「は、はい……長官に喜んで頂こうと“品種改良”を繰り返したんです」


「そうか、素晴らしい趣味ではないか」



 悠が嬉しそうに笑い、魔王の顔も綻ぶ。

 魔王からすれば、地上に地獄を齎すような設定を施した悠がこんな可愛い趣味を始めてくれるなど、嬉しくてしょうがなかったのであろう。

 つい、余計な事を口にしてしまう。



「特に、この紫が良い――震える程の美しさがある」



 魔王の頭にある花とは、チューリップなどの代表的なものでしかない。

 花屋に並んでいる中には、余り紫色のようなものなど記憶になかった為、何となく口にしたのだ。



「やはり、そうですか――」



 何故か、それを聞いて悠が満面の笑顔を浮かべる。

 絶世の美人が無邪気な笑みを浮かべると、これ程に可愛くなるのかと感心してしまうような可憐さであった。無論、その“紫”が何から生まれたのかを想像すると、その笑顔はまるで別の意味を持ってくるのだが。



「良い趣味だ。長く続けるようにな」



 魔王の“それ”は、まるで祈りのようなものが込められていた。

 得てして、そういった本気の気持ちは相手に伝わる――伝わってしまう。



「は、はいっ! これからも品種改良に力を入れたいと思います」



 悠が手を組み、魔王を下から見上げる。

 姿だけ見れば、憧れの先輩に花束を渡しているような姿に見えなくもない。

 悠は女性としては背が高いのだが、流石にこの魔王の前に立つと、その身長差は歴然であり、並んでいるだけで絵になる二人であった。



「では、引き続き――病院の方を頼む」



 魔王が労うように悠の肩を優しく叩き、その場を後にした。



(ぁっ……く……ぅぅぅ)



 残された悠は暫く震えていたが、触れられた肩を何度も触り、やがてその口を歪に曲げた。



「沢山、あの子達に裂か……咲かせなきゃ。紫は電気と腫れだったわね」



 その目は爛々とした光を放ち、白衣を着るべき人物とは思えぬ禍々しさを放っていた。今日から私室では、更なる品種改良が始まるに違いない。

 だが、それに同情する者は誰も居らず、助けてくれる人物も居ない。幼い少女達を甚振ってきた分、億倍の苦しみとなって己に返ってきただけの話である。



 魔王が温泉旅館の中に入り、従業員スペースの奥にある執務室へ入る。そこには既に田原が待機しており、挨拶もロクにしないまま、開口一番、天才が口を開く。



「長官殿よぉ、そろそろ宿を作っても良いんじゃねぇか?」


「ふむ――」



 魔王がロングコートを壁にかけ、本革張りの高級感溢れる椅子に腰掛ける。その前には重厚感溢れるデスクが置かれており、その姿はまるで独裁者か、巨大なマフィアの集団を束ねるボスにしか見えない。



「口コミの初動もそろそろ終わった頃だろうし、切り上げて近くに住ませた方が効率が良いと思うんだがな。神都とヤホーの街にゃ、其々に宣伝要員を置く必要が出てくるが」


「そうだな、私もそう思っていたところだ」



 魔王が厳かな手付きで煙草に火を点け、天井を見上げる。田原は次々と紙に記した計画書を取り出し、大きな街での宣伝方法まで細かく挙げていく。

 それは酒場での張り紙であったり、広場で吟遊詩人に謳わせるものであったり、中には紙芝居で子供に見せるという案まで含まれていた。


 そこに必要なコストや人員、訪れるであろう人数の割り出しから必要な宿屋の数、そのグレード、往復の馬車の数などが記されており、魔王はそれらの数字に激しい眩暈を感じた。



「その辺りは必要に応じて、逐次処理して行くといい。お前の判断ならば間違いないだろう」


「そ、そうかぁ……?」


「それより、随分と道を広く取っているのだな」


「最低でも二車線は必要になるだろうからなぁ。馬車が通る“車道”と、歩道を完全に鉄柵で分けちまった方が便利だと思ったんでな。今後は“交差点”も必要になるだろうから、手旗信号も仕込もうと思ってる」



 車道や交差点という近代的な響きに、魔王は密かに冷や汗を流した。

 その顔には「こいつは一体、何を作ろうとしているんだ」と書かれてある。魔王が煙を吐き出した時、部屋のドアがノックされ、キョンが顔を覗かせた。

 ピョコンとウサ耳と顔半分だけを出した、可愛い姿である。



「田原さん、水桶や樽がもっと欲しいって言われたピョン」


「まぁた足りなくなったのか。わぁーった、職人に追加で頼んでおくからよ」


「お願いします……ピョン」



 ウサ耳が引っ込み、ドアが静かに閉められた。

 魔王が「水桶か――」と思わせぶりに呟く。畑の区画には形だけの井戸を作り、そこに滑車を据えて水を汲み出しているが、他の区画には温泉旅館から水を出し、それを桶や樽に入れて運んでいるのだ。


 望めば幾らでも綺麗な水や湯が手に入る――

 この世界ではありえない事であったが、魔王からすれば水道がないというだけで不便極まりないものであった。



「いっそ、村の主要な場所に《回復の泉》を設置するのも悪くないな」


「ヒュ~♪」



 魔王の言葉に、田原が口笛を鳴らす。

 回復の泉とは野戦病院などと同じく、進化拠点の一つである。その拠点で戦闘を行えば、設置者の体力を自動で回復してくれる効果があるものだ。

 泉の周りには何故かヤシの木などが生えており、トロピカルな雰囲気もあって、年中暑いこの国には似合いそうでもあった。



「長官殿、他にも《癒しの森》も頼めねぇか? このままいくと病院がパンクしちまいそうなんでな。あれなら景観も崩さねぇし、悠の手間も省けると思うんだわ」


「そうだな、北から本格的に戻れば設置する事にしよう」



 それを聞いて田原が地図に何かを書き込み、赤鉛筆で注釈のようなものを付けて行く。恐らく、田原の中では次々と“何か”が広がっているに違いない。



「この分だと、大陸中から人が集まる一大スポットになるだろうナ」


「うむ、そうなれば我々の目的にも一歩近付く事になるだろう」


「神都なんざ軽く超える、首都になるだろうさ。あんたの狙い通り、周辺の村も騒ぎ出してる。いずれ向こうから、私達の村も“侵略”して下さいってな具合でお願いに来るだろうよ」


「私にそんな(よこしま)な考えなどないさ。幾許かの金と、精々評判を得る事くらいしか考えていないのでな」



 魔王が動揺を隠す為、悠から貰った花を軽く撫でながら口にする。金を入手し、評判を良くしようとしていたのが、何時の間にか侵略行為となり、挙句には新首都の建造計画などになってるのだから、口に何かを含んでいたら派手に吹き出していたところだろう。


 だが、その花が何であるのかを知っている田原からすれば、まさに生き血を啜って大輪の華を咲かせる魔王そのものでしかない。



「かーっ! よくぞまぁ、んな白々しい台詞を口に出来るもんだ。あんたの面の皮の厚さはどうなってやがんだか……」



 当然、反応はこうなる。

 まるで、全ての化学反応を読んで一手一手を打ち、相手が気付かぬ間に百雷を轟かせる地雷を次々に埋め込んでいっているような姿なのだ。

 これで邪な考えがない、など笑い話にもならない。



「ところで、ドナ・ドナという貴族についてだが――」



 魔王が事の概要を改めて耳に入れ、ゆっくりと煙草の煙を吐き出す。その容貌は何事か謀を練っているようであり、田原もそれを見て口を噤んだ。

 当然、魔王に謀などは欠片もない。会った事もない貴族なのだから。



「オルゴールが欲しければ、言ってくれれば“売った”のだが」



 つい、魔王が思ったままを口にする。だが、これまでのあらゆる状況が、それを言葉通りには受け取らせない。

 聞く側からすれば、単なるブラックジョークである。



「だっはっは! 代金はやっこさんの鉱山、全部と引き換えってか?」



 当然、反応はこうなる。

 釣竿を垂らし、ぶら下げた餌に食い付いた魚に対し、そんなに欲しければ餌だけやったのだがな、と言いながら俎板の上に乗せているようなものだ。

 聞いている方からすれば、性質の悪い皮肉でしかないだろう。



「ともあれ、その貴族に対しては後ほど対処する。私に考えがあるのでな」


「りょ~うかい。必要ねぇかも知れねぇが、悠がそのドナ・ドナって男に関してファイルを纏めてる。根掘り葉掘り聞いてるらしくってなぁ」


「ふむ。その結果も楽しみに待つとしよう」



 魔王の出した結論は――先延ばし。

 頭がフットーしていた為、これ以上考える事が苦痛になったのだろう。まして、その男の名がドナ・ドナと言う時点で、放っておいても何処かに運ばれていきそうな気がしたのだ。普通に考えると、実に失礼な話であった。



「んで、そっちに並べてんのがマダムから受け取った品なんだが……まだ第一陣が帰ったばっかなんだけどよ、既に争奪戦が勃発してるらしくってなぁ。選別が大変らしいわ」


「ほぅ、上々の滑り出しではないか」



 魔王が綺麗に並べられた壷や絵画を手に取り、鋭い視線を這わせる。

 外見がマフィアのボスにしか見えない為、実に絵になる姿であったが、当然この男に審美眼などは欠片もない。



「ちなみに、その壷は大金貨5枚するらしい。さっきの絵は7枚だとよ」


「ほ、ほぅ……」



 それを聞いて幾分、魔王が慎重な手付きで床へと置く。徐に懐から巻物のような形をした《アイテムファイル》を取り出し、その中に素早く収納していった。

 割ったり汚したりしたら大変だと考えたのだろう。ファイルの中に記された名称は《アダンの壷》《ドリル男爵婦人の肖像画》などであった。


 他にも現金が並べられていたが、魔王はそれらを全て田原へと預ける。自分が使うよりも、遥かに効果的に使うだろうと考えての事だ。その後、出店させる店の打ち合わせなどが続く。



「ふむ――店には少し心当たりがある。何人か引き抜いてこよう」


「長官殿の十八番(おはこ)だナ。大船に乗った気持ちで待たせて貰うわ。ついでに言うなら、慢性的な人手不足でな……ぶっちゃけ何人居ても足りやしねぇ。宿を作って、労働力を根こそぎ囲い込んじまいたい」


「そちらも私が請け負おう。お前は村の作業に集中してくれ」



 そう言いながら魔王が立ち上がり、田原の対面のソファーに座る。そして、アイテムファイルから木箱を取り出し、田原の目の前へと置いた。その中に鎮座している銃らしきものを見た時、田原の目が一瞬だけ青く光る。



「これは北の迷宮で見つけたものでな。こいつをどう思う?」


「……銃、だな」



 田原が銃を手に取り、目を閉じる。



「んん……? 名称はSUN-F。攻撃力は13。太陽光をエネルギーにして、16発の弾を撃つ、だぁ……はぁぁぁ?」


「思ったより低いのだな――」



 魔王はそう呟いたが、太陽光をエネルギーにして、という部分には内心で驚いていた。そんな技術は現代の日本にも無いだろう。

 それこそ、アニメや漫画の世界だ。



「どういうこった……この世界には銃器が存在するって事か?」


「正確に言えば違うだろうな。この世界には何か秘密がある」


「先史文明ってやつか? 茜辺りが居たら、オーパーツだなんだと大騒ぎすんだろうけどナ」


「その辺りも含め、暫し北での活動を続けるつもりだ。引き続き、村を頼む」



 魔王が立ち上がり、執務室を後にする。

 田原は訝しげな目で銃を見ていたが、やがて銃がふわふわと宙に浮き、その銃身を顔へと擦り付けてきた。

 この男は世界すら問わず、あらゆる銃器に愛される体質を持っているのだ。



「先史文明、ね。あんたは一体、何処まで先を見越し……って、固いんだよ、お前は! 冷てぇし! おぃ、離れろ!」



 付き纏ってくる銃に振り回され、田原も慌てて異空間へと銃を放り込んだ。

 何処か似通ったところのある主従である。





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