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魔王様、リトライ!  作者: 神埼 黒音
五章 恋の迷宮
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ホワイトの帰還

 ――聖光国 聖城



 魔王が迷宮で好き放題に暴れ、悠が花を育て始める少し前――聖城では大きな騒ぎが起きていた。騒ぎの中心となったのは、聖女の筆頭であるエンジェル・ホワイトである。


 何せ、その頭上には荘厳なまでの輝きを放つ、天使の輪が鎮座していたのだ。騒ぎにならない訳がない。

 聖光国の住人にとって、天使とはそれ程までに特別なのだ。


 彼女が聖城の正門前に姿を現した時、まずは門番があんぐりと口を開き、次に勢い良く地面へと突っ伏し、頭を下げた。とてもではないが、その神聖な輝きの前に頭を上げていられなかったのだ。騒ぎが騒ぎを呼び、聖城から次々と人が飛び出してきては、黒山の人だかりとなった。


 その全てが声を上げ、時には膝を付いて手を合わせ、ホワイトを拝んだ。万人を平伏させるであろう天使の輪の輝きと、彼女の美しさが合わさり、完全に地上に舞い降りた天使となってしまったのだ。



「ホワイト様ー!」

「天使よッ! ホワイト様が天使になったのよ!」

「何という神聖な輝きか!」

「目がっ、目がぁ~!」

「ホワイト様ー! 俺だー! 結婚してくれー!」

「ホ、ホーっ、ホアアーッ! ホアーッ!」



 大歓声の中、ホワイトが優しい笑みを浮かべ、手を振りながら聖城の中へと入っていく。その姿は女であっても見惚れるような美しさがあった。

 それは外見の美しさだけではなく、内面から溢れる自信もあったに違いない。


 彼女の頭上に輝く神聖な輪は、遥か高次元の存在から直接与えられたものなのだから。故に、彼女は堂々と自信に溢れた態度で振舞う。

 まして――“お墨付き”まで得ているのだ。



(あの方は、私に「よく似合う」と言って下さいました……)



 ホワイトが目を閉じ、あの時の光景を瞼に浮かべる。

 彼女の中での魔王の姿は、その背に漆黒の翼を付け、大いなる光に抗う稀代の反逆者であった。だが、いつの時代も真面目で優等生な女性ほど悪に惹かれるものであり「自分だけが彼を理解し、守る事が出来る」などと考えるものだ。



(ルシファー様……)



 白煙を薫らせる姿を思い出し、ホワイトの頬が高潮する。

 あの悪辣な頭脳、何人も恐れない態度、地獄をも蹂躙するであろう魔王、古に謳われる堕天使。そんな存在が自分を認め、天使の輪を授けてくれたのだ。

 彼女が感じた嬉しさと喜び。そして、高揚感は察するに余りある。



「ホワイト様……! それは一体……!」



 聖城の廊下を進んでいくに従い、騒ぎは増していく一方であり、ホワイトの姿を見た者は口々に叫びながら同僚へこの“慶事”を伝えていく。

 まさに蜂の巣を突いたような大騒ぎに聖城全体が包まれていったが、とある人物が姿を現した時、誰もが背を正し、その口を閉じた。


 聖堂教会の生き字引ともいわれる「オババ」である。

 その齢、既に90を超えているともいわれているが、その威厳は些かも失われておらず、ご意見番としての威圧感は相当なものであった。



「ホワイト、この騒ぎは何ぞや! 神聖な聖城を何と心得……ひょぇぇ!」



 だが、オババもその頭上に輝く輪を見た時、余りの神々しさによろめき、遂には腰を抜かした。ホワイトが慌てて抱き起こしたが、オババの口からはまともな言葉が出てこない。



「ホワイトや……そ、それ、そ、あた、頭……!」


「――とある方から授かったのです」



 ホワイトが笑みを浮かべ、二つの大きな双丘の前で手を組む。

 まさに、比類なき天使の姿であった。



「と、とある方とは誰ぞ……!」



 ホワイトはその問いには答えない。ただ、静かに微笑むだけである。

 何度も何度も「他言は無用だ」と言い聞かされていたからだ。オババもその態度を見て、何事かを察する。いや、察せざるを得ない。

 よもや、天使の輪を授けて下さるような存在を、軽々しく口にするような事は出来ないであろうと。


 既にこの世界から、天使が消えて久しいのだ――


 万が一にも、いや、億が一にも、そのような存在を不快にさせるような事があれば大変な事となる。長らく待ち続けた、一本の蜘蛛の糸なのだから。



「わ、分かった……多くは問わん。じゃが、これだけは聞かせてくれ。その方は、我が国に居て下さるのじゃろうな? よもや他国へ行かれるような事はあるまいな?」



 オババの形相は必死である。

 折角、掴みかけた糸を他国が掴むような事があってはどうにもならない。だが、その問いにはホワイトがハッキリと答える。



「そのような事はさせません。私が必ず、あの方を我が国に」


「そ、そうか……」


「はい、私が隣に仕え、あの方を……」



 隣という言葉につい、ホワイトが赤面する。

 露天風呂で仲良く並んでいた姿を思い出したのだろう。だが、オババはその姿に目を見開いた。

 そこに――“男の匂い”を敏感に嗅いだからだ。



「ほぉ、ほぉ! 信じられん事じゃ……その様子から察するに、ま、まさか御子を為す事すら! 聖女との間、に……? 何という、何という事じゃ……!」


「ち、違っ……わ、私はそんな……!」


「分かっておる、分かっておる。事は余りにも重大よ……」



 オババは即座に、一部の情報を除いて緘口令を敷く事を決断する。

 ――聖女が遂に、天使の輪を授かった。

 これは良い。実に良い。他国への喧伝にもなれば、自国の民にも大きな希望を与える事になるであろう。元々、ホワイトは民草からの人気が高いのだ。


 だが、それを授けてくれた存在に関して騒ぎ立てるような事があれば、嫌気が差して何処かへ消えてしまわれるかも知れない。伝承に謳われるような高次元の存在には、様々な性格を持った者が居るのだ。

 その点は、人間と何ら変わらない。静かな者も居れば、荒ぶる者もいるし、時には世俗を嫌って隠遁生活を送っていた者も居る。



「その方に関しては、ホワイトや。お主に任せる。決して手放さぬようにな?」


「はい、私が必ず……い、いえ、その、近くに、居て頂きます」


「ふぁっふぁっ! えぇ覚悟じゃわい」



 普段は控えめなホワイトであったが、照れながらも決意に満ちた言葉を洩らす。それを聞いて、オババも笑顔となった。

 小さい頃からホワイトの事を知るオババであったが、色恋には最も程遠いと思っていたので喜びもひとしおであったのだろう。




 ■□■□




 ホワイトがいつもの部屋に戻った時、クイーンは相変わらず円卓に足を放り投げて退屈そうに頭の後ろで腕を組んでいた。だが、ホワイトの頭上に輝く輪を見た時、椅子から派手な音を立てながら転げ落ちた。



「あ、姉貴っ! な、何だそりゃぁぁぁぁ! 頭……頭にっ!」


「ふふっ」



 ホワイトが珍しく、悪戯っ子のような笑みを浮かべる。

 普段はこの妹に驚かされたり、困らされる事ばかりであったのだ。それが驚きのあまり椅子から転げ落ちたのだから、してやったりとでも言うべき心境であろう。



「それ、天使の輪じゃねぇか……何がどうなってやがる!?」


「うん、とある方からね――授かったの」



 同じ言葉を口にしたホワイトであったが、その心境はかなり違う。今回はより濃厚に、一人の男としてその映像が浮かんだのだ。

 無理もない事であった。ホワイトと魔王の接触は時間こそ短かったものの、内容が余りにも濃すぎたのだ。


 裸体を晒してしまった事、間接キスをしてしまった事、腰を引き寄せられ“奇跡の行使”を共にした事、天使の輪を授けられた事、「よく似合う」と笑ってくれた事、また会おうと約束してくれた事。


 それらを思い出す度、ホワイトの胸がじんわりと暖かくなる。短い時間であったにも関わらず、それら全ての印象が強烈すぎて、経験した事のない危険に満ちていて、振り返ると胸がドキドキするのだ。

 だが、クイーンは姉のそんな姿を見て敏感に何かを嗅ぐ。



「どういう事だ……何で姉貴が“女のツラ”をしてやがる?」


「お、女のツラって、貴女ね……!」


「もう天使の輪なんざどうでもいい、相手は何処の誰だ? “男”の匂いがプンプンしやがる」


「ど、どうして貴女に言わなくちゃならないのよ……」



 これは妹相手に気を許した、ホワイトの失言であっただろう。

 その発言は、間接的に相手の存在を認めた事になる。それも、男であると。



「おいおい……姉貴みてぇな堅物を落とすとか、そいつは聖剣でも持ってやがんのか? それとも、まさか龍のような……」


「それは貴女の趣味でしょ! あの方には感謝はしていますが、私は――」


「あぁ!? 零様に何か文句でもあんのかよ! 幾ら姉貴でも聞き捨てならねぇぞ、おい!」


「べ、別に文句なんてないわよ……ただ、私の好みはこう、落ち着いた大人の」


「馬っっっ鹿野郎! 零様の少年のような笑みと強さと仕草と服と格好良さが分からねぇのか! 天下無敵だぞ、天下無敵ィ!」


「な、何が天下無敵よ……あの方は奇……ぁ、いえ、何でもないわ」



 つい対抗して「奇跡」という単語が口から出そうになり、慌ててホワイトが口を噤む。幾らクイーン相手でも、軽々しく言えるような事ではない。



「とにかく、そいつに会わせろ。俺のしごきに耐えられたら合格をくれてやる」


「何で貴女の合格を貰わないといけないのよ!」


「あぁ? 単に気に入らねぇからだよ。ブン殴らせろ」


「ブン殴……貴女、本当に聖女としての自覚はあるの!?」


「ある訳ねぇだろ」


「ないのっ!?」



 こうして姉妹の間まで騒がしくなりながら、聖城の一日が更けてゆく。

 だが、ホワイトに休む暇はない。彼女は“その真意”を探るべく、とある人物へ会談を申し込んだのだ。互いに多忙な為、その日を迎えるまでに幾許かの時間は要したが、ようやく段取りが整い、その会談が実現する。


 一個人を以って、聖光国に巨大な影響を与え続けるマダム・バタフライとの接触であった。





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