魔王の行進
――ルーキーの街 郊外
街の外には多くの馬車や布で幾つかのテントが張られており、キャンプ地のようなものが設営されていた。ヲタメガ率いる一団である。
彼は諸国を周る際、必ず街の外で宿泊するようにしているのだ。街に滞在していると、国の要人達から引っ切り無しに声がかかる為である。
彼を労おうとする者、その人気にあやかろうとする者、利用しようとする者、時には国ぐるみで彼を引き抜こうとする事も珍しく無い。
当初はそんな誘いが多かった為、余計に彼は故国から疑惑の目で見られる事となり、今では外がどれだけ灼熱の季節であろうと、寒風が吹き荒ぶ中であろうと、街の外で過ごす事を自らに義務付けているのだ。
この一団に随伴している騎士は、決して多くない。
ヲタメガと行動を共にするという事はライト皇国の上層部から睨まれ、出世コースから外れる事になるのだから。
其々の馬車は御者を雇っているが、正式な騎士はたった三名しかいない。
「ヲタメガ様の顔が憂い顔であるな」
「何か、思い悩んでいる事がおありなのだろうか……」
「気になるな」
彼らは“白い三連星”とまで謳われる、手練の騎士達である。
その容貌は一言でいえば魁偉。その肉体も筋骨隆々であり、ヲタメガと共に戦場を駆けてきた無類の強者達であった。
揃いも揃って反骨心が強く、ヲタメガ個人へと強い忠誠を捧げている為、今ではライト皇国の上層部も匙を投げてしまった三人だ。
皇国からすれば厄介な一団でしかないのだが、他国に行かれては大きな痛手となる為、切るに切れない面倒な一団でもある。
「だが、見ろ。ヲタメガ様のあの輝きを」
「何という白き光か」
「見ているだけで浄化されるようだな」
彼らの言う通り、確かにヲタメガの体は白い光に包まれている。
それは幻覚ではなく、背負っている箱に秘密があった。箱の中には伝説を超える武具が収納されており、箱自体が《白い光/ホワイトニング》を常時放っているのだ。
どれだけの戦闘の最中にあっても、彼の身が穢れる事はありえない。
まさに、一点の穢れなき聖勇者であるといって良いだろう。手頃な石に座り、焚き火の前で佇んでいたヲタメガであったが、ようやく重い口を開く。
「皆さんは、ラビの村をご存知ですか?」
「無論、知っておりますとも」
三人の代表格、カイヤがヲタメガの声に応える。ちなみに余談ではあるが、他の二人はアルテマ、マッシュルームと言う。
「私の記憶では、あの村には大勢の貧しいバニー達が住んでいました」
ヲタメガの声に三人が頷く。ライト皇国と、聖光国の仲は決して悪いものではなく、しっかりとした国交もある。
ただ、ライト皇国は《大いなる光》を信奉する国家であり、聖光国は《天使》を信奉しているという違いがあるのだが、方向性は似ていると言って良いだろう。
《大いなる光》は文献にしか残されておらず、天使達を率いたと記されているのみであり、実際に存在したのかどうか、また、何を成したのかどうかも定かではない為、それを信奉するライト皇国はより濃厚な宗教国家と言って良い。
《天使》はその昔、確実に存在していた事が確認されており、その教えも実生活に利益を齎すものが多い為、聖光国は少し宗教色が薄いと言って良いだろう。
ただ、国家として向いている方向は近い為、その仲は良好である。
「ヲタメガ様、ラビの村がどうかしましたので?」
「旅の最中、何度か耳にしたのですよ。聖光国に、魔王が降臨したと」
三人が苦笑を浮かべ、何とも言えない表情となる。
当然、三連星もその噂は聞いていたが、与太話として聞き流していたのだ。
「ヲタメガ様の言葉に逆らうようですが、魔王なんてのは……」
「その魔王がラビの村に居るとしたら、どう思いますか?」
「それ、は……どう言う意味でおっしゃっておられるので?」
「いえ、すみません。変な事を聞きました」
ヲタメガが再び、焚き火へと目を向ける。
眼鏡の奥にある瞳はとても澄んでおり、それを見ているだけで、三人の心は何とも言えぬ充足感に満たされてしまう。
まるで、溜息を洩らすかのように三人が呟く。
「何という美しい方であろうか……」
「ヲタメガ様こそが、我々の光なのだ」
「あの雄々しい腕に、朝まで抱かれたいものよ」
「マッシュルーム、その汚ぇ口を閉じろ」
「ヲタメガ様から、いずれ寵愛を受けるのは私なのだ」
「寝言は寝てから言え。あの白き光が貴様らなんぞに穢されてなるものか」
彼らは強者であり、国の圧力にも負けない立派な騎士であった。
ただ、残念な事に三人はヲタメガを性的な目で見ており、忠誠と愛情が混じった複雑なものを抱いている。
魔王も勇者も――中々に苦労が多いようであった。
■□■□
――ルーキーの街 安宿
「ほぅ、今日は休日か」
「そうよ、潜った翌日は必ず休むようにしてるの」
翌朝、魔王とミカンが宿屋のロビーで朝食を取っていた。
ユキカゼはまだ寝ている。と言っても、別に寝坊した訳ではなく、気力を回復させる為に睡眠を取っているのだ。
二人は長い冒険者生活の中で学んだのだろう。
しっかりと一日休む事が、体力と気力を回復させるという事を。故に、二人は潜った翌日は必ず休日を設けるようにしている。
「正しい判断だな」
魔王が苦いコーヒーを飲みながら、深々と頷く。
例えば野球でも、連日同じピッチャーが投げるなどと言う事はありえない。球威は落ちるだろうし、そんな事をしていては肩も壊す。
まして、命懸けの戦闘に挑むなら万全の状態で望むのは当たり前の事であった。
「お前達は、意外にしっかりとしているのだな。偉いものだ」
「何よ急に。変な物でも食べたの?」
「いや、私が16や17の頃など、遊び呆ける事しか頭になかったのでな。それらを思い出すと、お前達は実に立派なものだ」
「変な奴……」
ミカンはそっぽを向いていたが、これは魔王の本音である。
いや、彼だけではなく、平和な現代日本に住んでいる者で16やそこらで命懸けの毎日を送り、自分の稼ぎだけで食っている者など存在しないだろう。
魔王からすれば昨日のヲタメガといい、この二人といい、大したものだと改めて思ったに違いない。
「別に興味はないけど……あんたって若い頃は何をしてたのよ? って言うか、大体どっから来たのよ」
「少なくとも、お前達と同い年の頃は学校に通っていたな」
「学校?? 冒険者の養成所みたいな所?」
「まぁ、基本的な学問を学ぶ場所とでもいうべきか。むしろ、多くの人間と交わる事によって、人間関係や小さいながらも“社会”を学ぶ場所であったのかも知れないが」
魔王の説明は、何とも取り留めの無いものであった。
実際に学校へ通った者でなければ、上手くイメージが浮かばないであろう。だが、ミカンはそれなりに興味深そうな顔でその話を聞いていた。
紅い、ルビーのような瞳がじっと魔王の顔を見つめる。
「ま、あんたも一応は人間って事で良いのかもね。まだ疑わしいけど」
「さて、な――実際のところ、それを決めるのは私ではないのかも知れない」
「はぃぃ?」
「私は少し出る。休日というなら、これでも使って遊んでいるといい」
魔王が漆黒の空間から《白ひげ危機一髪》を取り出し、ミカンへ手渡す。
「な、何よ、この小さい樽! って言うか、どっから出したぁぁぁ!?」
「順番に剣を突き刺し、真ん中の白髭が飛んだ方が負けだ。ユキカゼが起きたら、何かを賭けて遊んでると良いさ」
それだけ言って、魔王が宿屋を後にする。
残されたミカンは樽のあちこちを見て、目を白黒させていた。
(さて、魔物とやらと戦ってSPを稼ぐとするか)
魔王は全移動を使い――昨日降り立った七階層へと飛んだ。
そう、この男は入場料を払う必要がない。
■□■□
そこは昨日と何ら変わらず、薄暗い洞窟のままであった。
ただ、要所要所に《光》が込められた魔石が埋め込まれている為、それなりに視界は確保されている。魔王の姿を見て早速、魔物達が蠢き出す。
(こいつらのLVは一体、幾つぐらいなんだ?)
向かってきた暴れ鶏に、魔王が豪快な蹴りを放つ。
途端、大きな胴体が突風でも食らったかのように吹き飛び、壁へ衝突する。
魔王が管理画面から確認すると、SPが29から33へと増加していた。
(こいつのLVは4で間違いないだろう)
GAMEでは先制攻撃を行った際、必ずSPに+1がされる仕様となっていた。
そして、LV差による差額の入手。
反撃に関してはもう少し複雑なシステムとなっていたが、この男が後手に回らなければならないケースなど稀であろう。
「こちらのLVが低い事が幸いしたな」
魔王が誰に言う訳でもなく呟く。
確かに、不夜城に控えていた委員会のメンバーは全員がLV1であった。只でさえステータスやスキルが強烈なので、レベルアップに必要な経験値が天文学的な数値に設定されていたのだ。
他にも理由があるのだが、あの“GAME”では高LVである事が有利になるとは限らないシステムとなっていた。
設計者である“大野晶”が、ごり押しの高LVプレイを嫌った為である。彼が作り上げた世界は、頭を使って戦わなければ生き残れないものであったのだ。
(さて、存分に稼がせて貰うとするか……)
薄暗い洞窟の中を、魔王が進んでいく。
この迷宮に現れる魔物の知性は低い為、戦力差を弁えずに次々と立ち向かってくるであろう。それらは全て、魔王の“贄”でしかない。
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ライト皇国
北方諸国ではなく、西方に位置する大国。
《大いなる光》を信奉し、その教えを伝える教皇を頂点とした国家。
二人の聖勇者を抱えるだけでなく、その下にも無類の強さを誇る騎士団を有しており、その国威は揺るぎない。
豊かな耕地と温暖な草原に恵まれている為、食料の一大生産地でもある。
北方諸国への食料供給地とも言えるため、穿った見方をすれば、戦乱を長引かせている何よりの元凶であるとも言えるだろう。
国内に迷宮が存在しない為、食料と引き換えに多くの獲物を輸入している。





