白き光
迷宮を出た一行はギルドへ直行し、報酬を受け取った後に税を支払った。まさに日払いの後に即徴収の体制である。
取りっぱぐれがないようにしているのだろう。現に迷宮から出た後は衛兵からの厳重な監視の下にギルドへと案内されたのだから。
(報酬は満額か……)
魔王はユキカゼから聞いていた獲物の報酬と、実際に支払われる額の差に注視していたが、結果は満額回答であった。獲物の部位に傷が少ない、切り分けも巧みであった事などが理由として上げられる。
当然、これがルーキー達であったらこうはいかない。
仕留めるまでに羽はボロボロになり、肉は損傷だらけ。解体の腕も悪いので報酬は三割減額なども珍しくない。
ギルドを後にし、魔王はユキカゼに問う。
「獲物の状態だけではなく、解体の腕も報酬に直結してくるのだな」
「……そう。ミカンはとても手際がいい」
「それより、分配よ。今回は何も決めてなかったし三等分ね」
ミカンが三等分にした金を其々に渡す。
小さな皮袋を受け取った魔王はそれらを揺らし、銅貨や銀貨が立てる小気味良い音を楽しんだ。
「別に、私の報酬は要らんぞ?」
「ダメよ!」
魔王の言葉に、ミカンがハッキリとした口調で告げる。その語尾の強さに周囲が振り返ったが、すぐに興味を無くしたのか再び歩き出す。
「確かにあんたはポーター失格だけど、働きによって報酬が左右されるなんてあっちゃいけない事なの。あんたも迷宮に潜るなら覚えておいて」
「なるほど――」
その言葉から、魔王は多くの事を察する。
この男は普段こそ大雑把であるが、その想像力とイメージ力に関しては桁違いだ。でなければ、一人で“世界”を作り続ける事など出来ない。
――魔王は考える。
実際にそういった事例があったのだろう、と。
その結果、ポーターのなり手不足に陥ったに違いないと結論付ける。
迷宮に潜るからにはポーターにも当然、危険がある。命まで賭け、出来高報酬ですと言われて誰が手を挙げるだろうか。
まして「お前、働きが悪かったから減額な」などという事が堂々とまかり通ってしまえば、そんな仕事に就く人間など居なくなるに決まっている。
最終的にポーターが居なくなって困るのは冒険者であり、それは国の徴収システムにまで破綻を生む。
「行政側も、その辺りには目を光らせるようになったのだろうな」
「え? えぇ……まぁ、そうだけど」
魔王の“数段飛ばした”言葉に、ミカンが訝しげな表情を浮かべる。
この男は、いつもこうなのだ。
時に一つの言葉から様々に連想し、それを自分の中で決定付ける。覆る何かが起こらない限り、それが真実として固定されてしまう。
それは、独裁者の思考。
正しい方向に転がれば、何処までもプラスの結果を生む。
何故なら、他人に左右されないから。何処までも自分の意思を貫き続け、途中で折れるという事がない。
間違った方向に転がれば、何処までもマイナスの結果を生む。
何故なら、他人に左右されないから。何処までも自分の意思を貫き続け、途中で諦めるという事がない。
この男は、自らの欠点を朧気ながら自覚している。故に、少しでもそれを補おうと周囲に人を集め、様々な声に耳を傾けるようになった。
彼が作り出したラスボス“九内伯斗”が有能な人物をスカウトし、それらを側近として並べていたのは、自らの理想がそこにあったからなのかも知れない。
「おぉい! 今年も勇者様が来たぞぉぉぉ!」
誰かのそんな叫びに、周囲が騒然となる。
子供達が真っ先に走り出し、大人達も走り出す。
「勇者だと!? 本当にそんな存在が居たのか?」
「はぃぃ? 居るに決まってるじゃない。あんた、本当に何も知らないのね」
「……ライト皇国には二人の聖勇者が居る」
ホーリーブレイブと言う響きに、魔王が「ちょっと格好良いじゃないか」と内心で思いつつ、自らもその勇者を見るべく、騒ぎの中心へと走り出した。
「勇者様~!」
「こっち向いてー!」
「白い……圧倒的な輝きだ!」
街の入り口には大勢の人間が詰めかけ、繁華街に一流の芸能人でも現れたかのような大騒ぎとなっていた。
全員が笑顔で手を振り、少しでも自分を見て貰おうと必死になっている。
「相変わらず白馬が似合う方ね」
「……白い」
「ふん、白馬に乗った勇者か。絵に描いたよう……ん?」
その人物を見た時、魔王の目が大きく見開かれる。
美しい白馬に跨っているのは、男であった。それも、腹の出た結構なデブであり、その顔には白光りする眼鏡がかけられていたのだ。
背には大きな白い箱を背負っており、そこからは二本の柄が出ている。魔王の目には、どう考えてもコミケ帰りの戦士のようにしか見えなかったのだ。
「おいおい、まさかとは思うが……勇者とはそっちの意味じゃないだろうな」
「何を言ってんの? ヲタメガ様は紛れもなく勇者よ」
「酷い名前だな、おい!」
魔王が思わず、素のキャラで叫ぶ。
名前も見た目も、そのまんまであった。
「……ヲタメガ様は、“白い彗星”という異名を持っている」
「確かに白いが、引き篭もってるから肌白いだけじゃないのか?」
「……もう一人の聖勇者は“赤い悪魔”の異名を持っている」
「逆だろ、逆! 何処から突っ込めば良いんだ」
魔王の頭に二人のニュータイプが浮かんだが、慌ててそれを打ち消す。
名や異名こそふざけたものであったが、ヲタメガは周囲に軽く手を振ると白馬から降り、後ろに数珠繋ぎのように引き連れていた馬車を止めた。
子供達がそれを見て、一斉に歓声を上げながら一列に並び出す。いつの間にか多数の衛兵が集まり、列の整理や見物人の誘導などを行っている。
そこで行われたのは――無料の配給と、炊き出しであった。
ヲタメガは子供達にパンとチーズを配り、大きな釜を据えて、大人には麦粥の配給を行ったのだ。
皆が笑顔で集まり、歓迎するのも当然であろう。
「あの男は、いつもこんな事をしているのか?」
「一年の半分は北方諸国を周ってるみたいよ。ほんと、凄い人よね」
魔王の問いに、ミカンがしみじみとした表情で頷く。
だが、それを聞いた魔王の顔は何処か胡散臭げであった。この男は募金やらボランティアに対してそこまでの思い入れはない。
むしろ、募金を呼び掛ける人間などがとんでもない豪邸に住んでいたりするのを見ると、「お前がその家を売って募金しろ!」と突っ込むタイプだ。
「これは人気取りの為か? それとも、勇者とはこういった行為を義務付けられているのか? いや、その皇国とやらの指示でやっているのか?」
「あんたねぇ、何処まで捻くれてるのよ。むしろ、ヲタメガ様は皇国からは中止するように言われてるのに、自腹を切っていつも子供達にパンを配ってるんだから」
「それは、中々に興味深いな」
「……他国の事情に首を突っ込み、媚を売っている、と自国では非難されていると聞いた」
「――へぇ」
それを聞いて、魔王の顔が――変わる。
胡散臭げだった目付きが猛禽のように変化し、相手の表情一つすら見逃さないような、怖いものとなった。
「ディナーは中止だ。悪いが、二人で出掛けてくれ」
「あんたね、奢るって言ったのを忘れたの!?」
「これで食うと良い」
「え”……ちょっと、これ大金貨じゃないの! 何考えてんのよ!」
魔王がそのまま立ち去ろうとしたが、ユキカゼがその袖を掴む。
その顔は、とても寂しそうであった。
誰がどう見ても、非の打ち所のない美少女が浮かべる儚げな表情に、流石の魔王も罪悪感を覚えたのか、優しく声をかける。
「まぁ、その、なんだ。好きな物を食うといい。余れば二人で分ければ良いさ」
「……おじ様とのディナーの方が大切。お金なんて要らない」
「なら、明日にでも行くとしよう。別に焦る必要はないのだからな」
「……約束。破ったら添い寝して貰う」
ユキカゼが小指を出し、魔王が顔を顰める。
こんな街中で、指切りなどしている図を浮かべて頭痛がしたのだろう。だが、ユキカゼは容赦なく小指を絡め、一方的に約束を固めた。
魔王は何処か諦めたような表情でそれを見守り、群衆の中へと姿を消した。
「……ディナーと添い寝。どちらに転んでも私に損はない」
「あんたって結構、策士よね」
ミカンが呆れたように呟いたが、手にした大金貨の輝きにうっとりとした表情を浮かべ、遂には片手を突き上げジャンプした。
「今日は食べるわよー! あいつの金だし、全部食いきってやる!」
「……添い寝。朝までくっ付く。引っ付く。張り付く」
考えている内容はまるで違ったが、二人とも笑顔を浮かべてその場を後にした。
■□■□
夜、人気のない路地裏にヲタメガが居た。
顔と全身を覆うボロボロのマントを身に付けている為、傍目からは浮浪者のようである。彼が居るのは何処の街にもある、貧困区域。
光があれば、闇もまた存在する。
光が強ければ強い程に、闇の濃さは増すと言っても過言では無いだろう。好景気に沸くルーキーの街であっても、その法則から逃れる事は出来ない。
あちこちに並ぶ薄暗い屋台に、貧民や金のない冒険者が集まり、安っぽい飯を掻き込んでいた。ヲタメガもその中の一軒に近寄り、店主に声をかける。
「親父さん、今日はどんなものがありますか?」
「麦粥なら銅貨3枚だ。器がないなら4枚になるが、どうする?」
「そうですか。器もお願いします」
「他にも大根の切り干しがあるぜ。入れると、銅貨2枚追加になるが」
ヲタメガは手を振って断り、麦粥を受け取った。
路地裏の手頃な石に座り、無言でそれを啜る。
「去年より値が上がっていますね。ジャガイモの油揚げも、銅貨2枚の値上げとなっているのに量は減っていました」
「ほぅ、そうなのか――?」
ヲタメガの独り言に、何処からか声が聞こえ、反応する。
隠密姿勢で姿を消している魔王であった。
だが、ヲタメガは驚きを現す事なく、そのまま独り言を続ける。
「そもそも、油も酷いものでしたよ。ずっと換えていないのでしょうね……あれでは体に毒となるでしょう。クズ野菜の炒め物に使われていたラードも消えていましたし、この麦粥にも塩っ気がまるでありません」
「随分と細かい部分まで見ているのだな」
「貴方には負けますがね」
ヲタメガが苦く笑いながら麦粥を啜る。
味が殆どなく、不味いのだろう。彼が炊き出していた麦粥にはしっかりと味を付けていた為、余計にそれと比べてしまうに違いない。
「お前は面白いな。やらない善より、やる偽善とは良く言ったものだ」
「偽善、ですか……確かにそう言われても、反論できませんね」
「誤解するな。私は褒めている――年中諸国を周って、自腹で炊き出しを行うなど、常人に出来る事ではない。まして、その行為が自国での地位を揺るがしているというのにな」
「地位など……私は、やりたいようにやるだけです」
――お前は、そんなに“自分の意思”が大切か?
その、底冷えするような声に、初めてヲタメガが顔を上げる。
無意識に背負った箱へと手が伸びていた。
それ程に、その声が禍々しかったのだ。まるで地の底から無数に手が伸び、全身を絡め取ってくるようであった。
「今更ですが、貴方の目的をお聞かせ願いたい」
ヲタメガのそんな声に、魔王は長い沈黙を続ける。
姿こそ見せないものの、その気配はしきりに頷き、楽しそうであった。
「面白いな。うん、お前は面白い。面白いじゃないか」
ようやく返ってきたのは、まるで子供の感想である。
そこには邪気はなく、むしろ無邪気といえるものがあった。
「欲しいな――お前の事が」
それは、何処までもストレートな言葉。
飾りっ気など、まるで無い。だが、それだけに魔王の本音でもあった。
「お言葉はありがたいですが、私は貴方が恐ろしい。実の所、貴方の視線を感じてからというもの、ずっと震えが止まらなかったのですよ」
「それはすまなかったな。私は何事も、自分の目で判断する性質でね」
「それだけの力がありながら、他人任せにしないのは立派なものです」
「任せる時は幾らでも放り投げるさ。優秀な部下が増えれば増える程、私は楽になり、効率も良くなり、多くの人間がその恩恵を受ける事に繋がる」
「シンプルではありますが、至言でもありますね」
ヲタメガが麦粥を食べ終え、そのまま立ち去ろうとする。
その背に向け、魔王が声をかけた。
「私は今、聖光国にあるラビの村を開発していてね。お前にはいずれ、私の力になって貰いたい。いや、違うな――なって貰う」
「……何処までも、怖い人だ」
ヲタメガが振り返らずにその場を去り、魔王も逆方向へと歩き出す。
魔王と、勇者の、初めての遭遇であった。





