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魔王様、リトライ!  作者: 神埼 黒音
五章 恋の迷宮

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側近達

(いいねぇ、やっぱ庶民ってのはこれだわな)



 多くの立ち飲み屋や屋台などが並ぶ様を見つめ、田原がうんうんと頷く。

 区画の最奥には銭湯が設置されており、そこへと続く道にはびっしりと店が並んでいるのだ。夜には、それらが祭りの時の夜店のように明るい光を放つ。

 ここの店の多くは簡易な作りであり、売られるものも簡易なものばかりだ。


 ちなみに、この区画に出す店からはテナント料を取らない。売れれば売れただけ、自分の懐に入るという夢のような立地条件であった。


 その代わり、田原は人気の無い店は容赦なく入れ替えると布告してある。そうする事によって、人気のある店だけを残して質を高めようとしているのだ。

 この区画には儲けをこれっぽっちも求めておらず、純粋に人を集め、活気を得る事だけを目的としている。



「トロンさん、あっちに暴れ鶏の串焼きがあるみたいですよっ」


「食べるの!」



 アクとトロンが楽しそうに屋台を回っている。それらを見て、田原はつい思考に耽ってしまう。

 あのアクという少女は何だ――と。



(トロンはまぁ、分かる)



 子供とは思えないような腕力と、人を“色で見る”という不思議な能力。田原からすれば、それは長官殿の目を惹き、スカウトさせるに値する能力であった。

 才があれば、例えどんな悪党であっても懐に掻き集めるのが“長官殿”の特徴ともいえたし、仕事でもあったのだから。


 が、田原の見るところ――アクには何もない。



(ありゃぁ、只の子供だろ……それとも、俺が見えない何かがあんのか?)



 分からない。田原には分からない。

 実際、“九内伯斗”であれば、アクには一瞥もくれなかったであろう。

 だからこそ、余計に頭がこんがらがるのだ。

 まさか、中に居る“大野晶”がアクの事を妙に大切に思っているから、などという答えはそれこそ、神でもない限り導き出せる筈がないのだから。



(どっちにしろ、一番の警護対象だわな)



 この村の中で誰を一番に守るか、となれば田原は迷わずアクを選ぶ。

 それによって――他の誰かが死ぬ事になっても、だ。



(蓮や、茜とも違うんだよなぁ……)



 九内伯斗は、才ある者を好む。

 例えそれが子供といえる年齢であっても、彼がその才を認めた者は不夜城へと招き、しっかりとした地位を以って遇する。その観点から見れば、アクという少女には余程の何かがあるのだろう、と田原は考える。



(ま、悪ぃ子じゃねぇしな。今は長官殿のお気にって事でいいか)



 田原はそんな事を考えながら、野戦病院へと向かった。

 魔女の住処ともいえるその場所には、既に大勢の患者が列を作っている。その多くが貧民と呼ばれる層の者達である。

 近隣の街や村に馬車を走らせ、安い料金で治療を行うと布告した為だ。



「あの薬を飲んでから頭痛が消えてな……」

「ワシの打ち身も《湿布》というものを張ってから~」

「悠先生……美しすぎる……」

「あの手に、触れて貰えるだけで俺は……」



 まだ少数ではあるが、マダムの口利きで貴族の何人かも訪れている。

 その治療を受けた者は口々に「神医である」と吹聴している為、やがてその名は聖光国全体へと広まっていく事になるだろう。



「あの方の美しさは、まるで月のようではないか!」


「いや、水面に映る月というべきだな」


「それにしても、とんでもない建物であったな……あれが、マダムの言っておられた魔王と呼ばれる男の財力と力か」


「建物なんぞどうでもいいわ! わしゃぁ、この歳になって恋に落ちたわい……」



 概ね、評判は上々である。

 料金の安さと、その治療の確かさもあるのだが、それ以上に悠の美貌が人の目を惹き付けて止まないのだろう。

 彼女の内面を知る田原からすれば、笑うに笑えない。


 だが、現地の患者からすれば、まるで救いの女神であろう。現に彼女は様々な薬を用いて懸命に治療を施している。

 いや、治療ではあるのだが――彼女からすれば毎日が新発見の連続となる歓喜に満ちた“実験”であったのだが。


 薬の投与だけではなく、悠は時に“外科手術”も行った。

 麻酔で眠らされている患者には、その時に彼女が“どんな顔”をしているのか分からなかったのが幸いであっただろう。



(悠からすりゃ、毎日が天国だわナ……)



 実験動物が毎日、列を作って自分の下へと訪れてくれるのだ。

 笑いが止まらないに違いない。

 尤も、治療の腕だけは確かなのだから、相手にとっても損はないが。



(俺ぁ風邪を引いても、ぜってーここにだけは来ねぇぞ……)



 想像するだけで、ぶるりと田原の体が震える。体どころか、脳の中まで好きに弄られそうであった。

 いや、彼女は事実――“それ”が出来るのだから。




 ■□■□




 夜、ミリガンは村から少し離れた草むらに身を潜めながら、ラビの村をじっと見つめていた。そこは、彼の記憶にある寒村とは完全に様変わりしており、何か白昼夢でも見ているような心境であったのだ。



 寂れた寒村が――“何か”に変わろうとしている。



 その何かが、彼には分からない。

 ミリガンは優れた傭兵であり、戦場においては有能な男といっていいだろう。

 だが、それだけだ。それを抜いてしまえば、溢れる暴力性を弱者にぶつけ、その生命を甚振る事にしか興味のない狂犬でしかない。



(何が起きてるのかはしらんが、バニーのガキを何人か攫っちまうか)



 彼が好むのは、幼い少女である。

 それを徹底的に殴り、痛めつけ、両親に助けを求める様を見ながらボロ雑巾のように犯す。彼が唯一、生きていて満足する瞬間である。

 いや、その為に生きているといっていい。


 そんな彼であっても、バニーの子供というのは初めてである。

 この国では、バニーは智天使から愛でられたという伝承が多く残されており、その関連もあって敬されるものの、妙に近寄り難い人種でもあったのだ。

 だが、ようやく彼の雇い主であるドナから許可が下りた。


 ミリガンが歓喜の一歩を踏み出した時、前方から間延びした声がかけられる。

 体の力が抜けるような、妙に暢気な声だ。



「よぉ~、あんちゃん。何処に行こうとしてんだぁ?」


「……ん?」



 ミリガンが声をした方向に目を向けると、そこには木の上にかけられた板があり、そこに寝そべっている男が居たのだ。妙な鉄の棒を持っているところを見ると、衛兵なのだろう。


 ミリガンは思わず、笑ってしまいそうになった。

 彼はこれまで多くの衛兵を見てきたが、これ程にやる気のない姿の衛兵は見た事も聞いた事もない。

 寒村とはいえ、堂々と寝そべっている衛兵など案山子にもならないだろう。



「まぁ、答えなくても分かってんだけどナー。一応、形式美っつーかなー」


「悪いな、夜分遅くに」



 ミリガンは考える。

 この間抜けを殺して騒ぎを起こすより、適当にいなして中へ入ろうと。


 ミリガンは知らない。

 その寝そべっている“間抜けな姿”が、スナイパーライフルを構え、必殺の態勢に入っているという事を。


 ミリガンは知らない。

 既に、その射線から逃れる事は、何人であろうと不可能である事を。



「暗くて道に迷っちまったみたいでよ、悪いん――」


「あっそ」




 ――パシュン、と。




 ミリガンの聞いた事がない音が耳に入る。

 その瞬間、彼の右足が付け根から吹き飛び、横倒しとなった。

 その衝撃にミリガンが失神し、痛みで再度覚醒する。その口が大きく開き、絶叫をあげようとしたが、上手く言葉が出ない。

 後ろにいた悠が、ミリガンの体に何かを打ち込んだからである。



「ちょっと、田原! 素体を乱暴に扱わないで!」


「どうせ繋げたり、千切ったりすんだろうが。一緒じゃねぇか」


「貴方って本当に適当な男ね……モルモットの扱いをまるで分かってない!」


「んなもん、分かりたくもねぇっつーの」



 ミリガンはそれらの声を聞きながら、必死に手を動かし、合図を鳴らした。

 離れた場所にも一定の光を送る、貴重な魔道具だ。

 だが、連れてきた筈の後衛からは何の動きも、反応もない。



「あっ、ごめんなさい。後ろのお仲間さんはこの中よ」



 悠が笑顔で《予備バッグ》を開き、それをミリガンへと見せる。

 バッグというより、白い異空間の中にある“それ”を見た時、ミリガンは声にもならない絶叫を上げた。

 そこには彼の仲間が奇妙な形で納まっていたからだ。両手や首が捻じ曲がり、全身から血を流したそれから、不気味な植物が生えていたからである。



「や、やめっ、たすっ、助けてくれ……本当なんだ、道に迷っ……」



 ミリガンが涙を流し、懸命に無実を訴える。

 気が付けば足の痛みも消えており、それが一層に恐怖を増幅させた。

 だが、悠の表情は変わらない。

 むしろ、その微笑みは深くなる一方である。


 何とか救いを求めてミリガンは必死な表情で田原を見たが、そこにあったのは、明日の晩飯でも話しているような“日常の顔”である。



「お前さぁ、昼間からチラチラと村を見てたよナ?」


「ち、違っ……俺は、迷って……」


「へー。トロン、おめぇはどう思うよ?」


「この人、嘘ついてるの。ギルティなの」


「だよなぁ~。俺の勘も、こいつはゲロ以下のクソだって訴えてんだわ」



 いつからそこに居たのか、トロンまで混じって好き勝手に会話を交わす。

 ありえない事ではあるが、田原がミリガンの言い分を認めたところで、悠がそれを認める筈もなく、既に彼は“死んで”いたのだ。



「さ、行きましょうね……貴方には大切な土壌になって貰おうと思うの」


「はなっ、離して、頼む……助けっ……!」



 悠がミリガンの髪を掴み、ズルズルと引き摺っていく。

 まるで怪物に攫われる、哀れな昆虫のような姿であった。



「悠、おめぇさんの遊びは好きにすりゃ良いが、しっかりと情報だけは聞いておいてくれよ」


「えぇ、任せて頂戴。尋問と“お医者さんごっこ”は得意なの」


「ヒエッ。聞いたか、トロン? 体調を崩してもあそこには近寄んなよ? 正直、聞きたかねぇが……土壌ってのは何をするつもりなんだ?」


「今、新しい植物を育てているのよ。人体を土壌にして、血液を吸って成長するんだけれど、とっても綺麗な花を裂かせ……いえ、咲かせるの。北からお戻りになる長官に、その花をプレゼントしたいと思って」



 悠の言葉を聞いて、必死にミリガンが暴れようとしたが、その体はピクリとも動かない。その、恐ろしい内容を口にしている本人は、ラブレターをしたためる儚げな中学生のような表情をしていた。



「ねぇ、田原。長官は喜んで下さるわよね?」


「お、おう……」


「やっぱり! さっきのお仲間さんで試してみたらね、痛みを与えると花の色が鮮やかになった気がするの。この子にも頑張って貰わなきゃ」


「そ、そうだな……」



 顔を引き攣らせる田原と、「バイバ~イ」と無邪気に手を振るトロンを置いて、悠がウキウキとした姿で“土壌”を運び出す。

 魔女に引き摺られながらも、ミリガンが必死に声を絞り出した。



「俺は、俺、何も、知らねぇ……ただ、言われて遊びに来ただけなんだッ」


「大丈夫よ、貴方が素直に話せるようにお姉さん、頑張るから。そうね、例えば私は《記録改竄》というスキルを持っているの。人間ってね、言い換えると多くの記録が集まって一つの体になっているのよ」


「な、にを言って……」


「例えば貴方の年齢、これも“記録”よね。これを8歳なんかに改竄しちゃえば、身も心も幼子に戻って素直に話せるようになるわ。例えば、貴方の性別という記録を改竄しちゃうのもいいわね。他にも貴方の両親を改竄するのも悪くないわ。私が母親になれば、貴方も安心して色んな事を話してくれるわよね?」


 悠が黒板の前に立つ、教師のような姿で説明を続ける。

 その度に、ミリガンの顔が青くなり、遂には蒼白になっていく。


 本来、《記録改竄》というスキルはGAMEにおいては自身の殺害数を“リセット”する為に作られたスキルである。当然それは、正義漢や乾坤一擲などの激烈な攻撃に対する防御の為だ。


 だが、この世界では細かい裏設定まで全てが適応される為、その用途は格段に広がっている。

 あらゆる記録を改竄してしまう、仏にも鬼にもなるスキルと化していた。



「長官に喜んで頂く為にも、頑張ってね? お姉さんも今回は張り切るから」


「だす、助け”っ……」


「――アッハッハ! ばぁぁぁ~か」



 ミリガンの哀れな声に、遂に悠が口を開けて嗤いだす。

 それは彼女の、いや、魔女としての本来の顔である。



「だぁ~れも助けてなんてくれないわよ? 貴方だってそんな言葉を言われて解放した事なんてあった? 無いでしょ? だから、私も助けない。助ける筈もない。貴方は人としてではなく、植物として死ぬの。じきに言葉も忘れるわ」


「いや、だ……いやだぁぁぁぁぁぁぁ!」


「あら、元気な声で良いわね。私はね、最近思うの。例え蟻であっても、長官の靴を汚すのは不敬極まりないって。蟻の方から道を開けなきゃ。ね?」



 悠が優しく諭しながら、予備バックへ千切れた足と共にミリガンを収納する。

 翌日、ラビの村は何事も無かったように平穏な朝を迎えた。

 事実――“何も無かった”のだから。





「今日から私が、貴方のママになるわ」


ミリガン

「バブー!」



うん、これはもうダメかもしれんね。


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