聖光国
――聖光国 僻地の領主館
この辺りの寒村を幾つか支配している領主、ビリッツォ・ラングは久しぶりの朗報に喜色を浮かべていた。
何と、蘇った“悪魔王”が死んだと言うのだ。
只でさえ税収などロクに望めない地であるというのに、あんな化物に荒らされてはどうしようもないではないか。
(運が巡ってきた……)
そして、続けて入ってきた「魔王降臨」の一報。それを聞いた時、ビリッツォは完全に運命の女神が自分に微笑んでいる事を感じた。
悪魔王の復活に対し、神都にどれだけ早馬を送ろうと、なしのつぶてであったのだ。しかし、魔王の降臨ともなれば――流石に無視は出来ないだろう。
(出来るだけ大袈裟に騒いで、神都を巻き込むべきだ)
ビリッツォ本人は、魔王などという存在を信じていない。
愚民が騒いでいるだけの事だと思っているが、自身が、このまま一生をこの僻地で終える事を恐れているのだ。
何らかの騒ぎが起きれば、この閉塞感しかないクソったれな僻地から抜け出せる可能性がある。
(一つの村を焼き払った、とでもしておくか?)
報告では一軒の農家が延焼した、と言うだけであった。
それを聞いて、ビリッツォは失笑したものだ。
それだけでも、魔王などという存在が眉唾ものである事が分かる。ビリッツォの見解では大方、食い詰めた傭兵崩れが放火でもした、といったところだ。
(しかし……悪魔王は何故、死んだ?)
遥か昔、智天使様が封じたとされる存在。
とてもではないが、人がどうこう出来るような次元の生物ではない。
地震や台風などの“災害”に近いものだ。
(不完全な復活であったという事か。伝承とは、得てしてそんな物よな)
ビリッツォは生まれた時から貴族であり、苦労を知らない男だ。
台風が消えたのなら、別に原因まで追究しようとは思わない。ただ、それをネタにして、どうにかこの腐った境遇から抜け出そうとするだけである。
(よし、その魔王が悪魔王を滅ぼした、と言う事にしよう!)
臭いものに臭いものを押し付ける、名案だとビリッツォは自画自賛する。
しかし、彼は知らなかった。
その適当なでっち上げが――紛れも無く“事実”である事を。
■□■□
――聖光国 某所
修道服を着た女の子が、その清楚な服には相応しくない金切り声を上げていた。
彼女は今、豪華な馬車に乗って僻地へと向かっているのだが、馬車の揺れが気に食わないらしい。
「あんたねぇ、私に対する信心が足りないんじゃないのっ!」
その声に、馬車の手綱を握る御者が首を竦める。
馬車に乗せているのは貴人の中の貴人――“聖女様”の一人なのだ。
下手を打てば、本当に火炙りにでもされかねない。特に三人の聖女様の中でも、末っ子である彼女は非常に我侭であり、誰もが手を焼く存在であった。
だが、その見た目――外見は聖女と呼ばれるのに相応しい容貌である。
ウェーブのかかったピンク色の髪は、桜を思わせるような可憐なものであり、瞳まで淡いピンク色であった。
修道服に包まれているとは言え、その手足は非常に細く、魅力的だ。
尤も、まだ子供という事もあって、胸部だけはまな板であったが。
「私はね、今から伝承に謡われる魔王を討伐しに行くの! その前にお尻にアザでも出来たらどうするつもり!?」
「も、申し訳ありません……この辺りは道も舗装されてないもんでして……」
「あんた……それ、御政道への批判って訳?」
「め、滅相も無い!」
確かに、この辺りは道と言える程の立派なものはない。
神都などでは石畳を敷き、時には魔法で道も舗装しているが、貧しい地域は殆ど野晒しであり、雨などが降れば水捌けをするだけでも大変である。
「し、しかし、他の聖女様はいらっしゃらないので?」
「なぁに、それ……私一人じゃ手に余るとでも言いたいの?」
「とんでもない!ルナ様なら、お一人でも十分でさぁ!」
「フン、当然でしょ。いつまでもお姉様に負けてられないんだからっ!」
ルナ・エレガント――16歳。
名は体を表すと言うが、どうもエレガントには程遠い聖女であった。
馬車の周りには25名にも及ぶ護衛隊がついていたが、彼女はそれらの力など全くアテにしていない――自分一人で討伐し、自分だけの功績にするつもりであった。
事実、彼女は魔法に関する天賦の才がある。
それは“魔王”と戦うにあたり――強力な刃となるであろう。
■□■□
――聖光国 神都への道中
そんな、周辺がキナ臭くなっていく少し前――
人気も明かりもない道で、“魔王”と子供が騒いでいた。
見た目の組み合わせとしては親子に近いが、どうも違うらしい。魔王の方は顔を赤くしており、微妙に酒が入っていた。
通りがかった親切な馬車から、何本か酒を貰ったらしい。
「我が英知の欠片よ、出でよ――《サバイバルグッズ》」
魔王が漆黒の空間に手を突っ込み、大きな物体を取り出す。
それは大帝国製のアイテム。その名の通り、野営に関する様々な物が詰め込まれており、GAMEでの必需品の一つであった。
「魔王様、凄いですっ! 他にもあるんですか!?」
対する子供も少し、顔を赤くしている。
酒は飲んでいないが、雰囲気だろう。この世界では規制など無いに等しく、子供でも普通に酒を飲むが、魔王が止めたようだ。
そういうところでは、妙に小市民な魔王である。
ちなみに、この地では水の方が高く――酒の方が安い。
「我が“漆黒”に果ては無い――《防衛グッズ》」
この魔王、ノリノリである。
妙なポーズを取りながら更にアイテムを取り出す。
こちらも大帝国製のアイテム。他プレイヤーから身を守る為、様々な物が詰められており、これまたGAMEの必需品であった。
これらは単体では何の効果もないが――“合成”した時に真価を発揮するのだ。
「アイテム合成――――《砦設置》」
魔王の言葉に従うように、二つのアイテムが合成されていく。そして、瞬く間に“拠点”が出来上がった。
GAMEでは他プレイヤーからのダメージを大きく減少させ、安全に回復行動を取れる優秀なアイテムである。
拠点へ更にアイテムを組み合わせ、様々な機能を持たせる事も可能であった。
「これは魔法ですかっ!? 凄すぎますよ、魔王様!」
子供――いや、アクが感極まったように魔王へ抱きつき、魔王の方も上機嫌な笑い声を上げた。
「これは魔法ではないぞ? アク、お前に大切な事を一つ教えておこう」
そう言って、魔王が一つ呼吸する。
そして、さも重大な事を告げるようにアクへ指を突きつけた。
「良いか――大帝国に不可能はない!」
魔王が長い髪を掻き上げ、そのまま拳を天に突き上げる。
見るからに馬鹿っぽい姿であった――いや、只の酔っ払いか。
アクは何も分かっていないのだろうが、手をパチパチと叩いて拍手していた。
「これ、凄く……大きいです。それに、カチカチで、硬いです……」
アクが怪しげな事を口にしていたが、酔っている魔王は気付かない。それどころか益々、上機嫌そうな声をあげ、自慢し始める始末であった。
「こいつはロケットランチャーなどの《砲撃》にも耐えられる仕様でな。GAMEではこいつが無ければ、まともに寝る事も出来なかったものさ。《強化資材》や《防火壁》などで補強していけば、中規模、大規模と拠点の防御力を更に底上げする事も可能だぞ」
「ホウゲキ、ですか……? 魔王様のお話は難しいです……」
「まぁ、頑丈だという事だ。アク、今日はこの拠点で寝るぞ。私はデリケートなんで野宿なんぞ真っ平ゴメンだしな」
「はいっ、家事はお任せ下さい!」
マイペースな二人が鼻歌を歌いながら拠点の中へと入っていく。
周辺に漂う怪しい気配など、今の二人は知る由もなかった。
SP残量――残り10
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情報の一部が解放されました。
「拠点」
サバイバルグッズと防衛グッズを合成する事によって完成。
他プレイヤーからの攻撃ダメージを減少させ、砲撃からも身を守る。
砲撃にはSPを減少させるものや、防具の耐久力を奪うものなどもあり、
これに対して無防備でいると、致命的な事態を招く。
拠点と言うだけの事はあって、中にはパイプベッドやドラム缶風呂、簡易的なキッチンなども備えられており、最低限の生活を送る事が可能である。
これが中規模や大規模の拠点になると、内装も遥かに豪華となっていく。
どういう素材で出来ているのか、その防御力はRPG-7やRPG-29などの対戦車擲弾発射器の攻撃をも防げる規模。
この世界において、これを破る事は至難の業であろう。
GAME特有の仕様でこれを設置するのも、小さく畳んで持ち運ぶのも自由である。