表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔王様、リトライ!  作者: 神埼 黒音
五章 恋の迷宮
59/82

鬼沸きとラビの村

 ――監獄迷宮 鬼湧きポイント



 大勢の冒険者が狂ったように砂つむりを狩っていた。

 何処から沸いてくるのか、数え切れない程の砂つむりや、大鴉(おおからす)と呼ばれる魔物が続々と押し寄せてきているのだ。


 冒険らはそれらを狩っては袋や箱に入れ、ポーター達も忙しなく往復する。

 大鴉はその嘴に多少の需要があるが、一番の需要はその羽だ。青光りする羽は見栄えが良く、矢に使われる事も多いし、服や鎧の装飾としても利用される。


 ちなみに一羽から12本の羽根が採れるが、それらは大体1セットで大銅貨1枚の値が付く。痛んでいたり、損傷が酷いと当然、値が落ちてしまう。


 狩ったその場で解体や羽毟りという大騒ぎである。

 後続からも次々と人が押し寄せ、迷宮全体が喧騒に包まれていく。

 これらを――“お祭り”と呼ぶのも頷ける話であった。


 ミカンもそれらに混じり、楽しそうにダガーを振るう。彼女のランクからすれば、全く儲けにもならない獲物なのだが、冒険者にとっての鬼湧きとはやはり、心躍るものなのだろう。



「……昔は、鬼湧きのお陰で何とか生活出来ていた時期があった」


「臨時ボーナスのようなものか」



 魔王はそう呟いたが、冒険者にしてみればもっと切実なものであったに違いない。今日の宿代が払えるのかどうか、明日は食えるのかどうか分からない、といった者達も多いのだから。


 その上、大怪我でもすれば一巻の終わりである。稼げる時に、少しでも稼いで蓄えておきたいと思うのはごくごく当たり前の姿であろう。

 だが、大勢の人間が騒いでいる姿を見て、魔王の頭に浮かんだのは別の事――



「思い出すな――」


「……おじ様?」


「いや、なに。少し昔の事をな」



 魔王が何かを懐かしむような、遠い目で騒ぎを見る。

 彼の頭に浮かぶのは、GAMEでの様々な場面。混雑してロクに登録すら出来なかった時、カジノで誰かが当てて大騒ぎとなった時、特殊なイベント戦の時、不夜城へと押し寄せる一世一代の祭りの時。


 それらは全て、セピア色で網膜に焼き付いている。

 もう――色彩を得る事はない。



「この祭りは彼らのものだ。私のような部外者が入るのは邪魔になろう」



 魔王が背を向けた時、奥から大きな物音が響いてくる。それは苔生した金属で作られた、巨大なゴーレムであった。



「やべぇ! ブリキまで出てきたぞ!」

「誰か魔法で動きを止めろ!」

「罠を持ってきてる奴はいねぇのかよ!?」



 ブリキと呼ばれたゴーレムの動きは鈍い。だが、ルーキー達がどれだけ斬りつけてもビクともせず、逆に剣が折れ、ハンマーまで曲がってしまう始末である。

 ブリキの腕が力任せに払われた時、三人の冒険者が吹き飛ばされた。



「……おじ様、あれはルーキーには荷が重い」


「ふむ――」



 ユキカゼが、何かを期待するような目で魔王を見る。

 ミカンも大剣を手にブリキのもとへ走り寄ろうとしたが、それよりも早く、一筋の“赤い線”が奔った。


 魔王が投擲したソドムの火である。

 瞬間、ブリキの頭が玩具のように吹き飛んだ。


 ブリキは暫く、何が起こったのか分からないように立ち尽くしていたが、やがて大きな倒壊音を立てながら地面へと沈んだ。

 祭りに集まっていた冒険者の男女が、一斉に魔王の方へと振り返る。



「失礼――引き続き、祭りを楽しんでくれたまえ」


「……たまえ」



 魔王がそのまま背を向けて去り、ユキカゼも可愛く杖を振ってその場を後にした。冒険者達は暫く呆然としていたが、時間とともに騒ぎが一層大きくなっていく。

 そう、鬼沸きもまだ終わっていないのだ。



「だ、誰だ? 今のは!」

「何を投げたんだよ……?」

「ぼーっとしてんじゃねぇぞ! 今日の飯代が転がってんのを忘れんな!」

「ブリキの金属は誰のものになんだよ!」

「本人がいねぇんだから、早いもん勝ちだろうがッ!」

「砂つむりより、ブリキから金属を剥がせ!」


「凄いダンディーな人……誰なの、あの人は!?」

「あの横の女が恋人?」

「愛人じゃない?」

「くっそー……顔か! やっぱり可愛くないとダメなのか!」



 冒険者達が騒ぐ中、ミカンも叫ぶ。



「ナチュラルに私を置いてくなぁぁぁ!」



 いっそ、このまま迷宮を出れば苦労せずに済んだのだが、そこはミカンである。自ら苦労を背負っていくスタイルなのか、何なのか。

 ミカンが二人の後を追い、久しぶりの鬼湧きに冒険者達も大賑わいとなった。



 SP残量――41P




 ■□■□




 ――ラビの村 温泉旅館



「マダム、このオリエンタルな名画は一体……!」



 温泉旅館の摩訶不思議な佇まい、響く風鈴の音、姿まで映る程の磨き抜かれた床、扇情的な衣装を身に纏った美しいバニー達。

 選別された30名の奥様方は、その全てに息を飲んでいた。

 この国の、いや、世界中の何処を探しても、こんな施設などある筈もない。



「いやぁね、奥様。これは“襖”というドアなのよ?」


「ド、ドアって……こんなもの、部屋に入る度に触れていたら……!」


「――泥に塗れてこその、美しさなのよ」



 奥様方にざわめきに、マダムが自信溢れる微笑を返す。

 既にマダムは旅館の設備を知り尽くし、田原から入念に説明を受けていた。この施設への切符を握っているだけでなく、知識の先駆者でもある。


 選別者としての権勢と、この施設における万能の知恵。

 元からあったカリスマが、更に上がっていくのは当然の帰結であった。ざわめき止まぬ一行をマダムが引き連れ、温泉の方へと足を進めていく。


 そこでは更なる驚愕が待ち受けている事だろう。

 そして、それを“体感”したからには――もう、この施設から離れられない。

 いや、もう逃げられない。



(あのマダムってのも大したもんだナ~)



 廊下の片隅に潜んでいた田原が、隠匿姿勢を解いて姿を現す。

 あの30名の一人一人が、家の権力を握る当主でもあり、鬼嫁でもあるのだ。それらから集団のリーダー、カリスマとして仰がれるのは並大抵の事ではない。

 まさに女傑や、女帝といった存在であろう。



(こりゃ、トンでもねぇ“おぜぜ”が転がりこんでくっかもなぁ~)



 田原が頭を掻きながら、煙草に火を点ける。実の所、この温泉旅館の一泊の料金は決して高くはない。

 魔王が「金貨1枚でいいだろう」と発言した為である。仮に一泊を10万と考えるなら高い金額ともいえるが、この施設の効果を考えると格安であろう。


 だが、別に料金でどうこうする必要はないのだ。

 魔王のいう“評判”を考えるなら、表向きはあくまで他の街にもある高級宿の値段と変わらない方が良いに決まっている。

 なら、何処から徴収するのかといえば当然、表には出ない“口利き”だ。


 マダムの下へ自然と集まるであろう、物品や金銭。既にこれらはラビの村と、マダム側で折半するという案で纏まっているのだ。

 料金でぼったくる必要など、全くないという訳である。


 マダムは当初、ここに住ませて貰えるなら金など銅貨一枚も要らないと言っていたのだが、魔王は「取引とは、双方が得られるものでなければならない」と強く主張した為、渋々頷いたのだ。


 そして、田原は思い出す。

 彼の上に君臨する、唯一の存在――“長官殿”との打ち合わせを。



《いいか、田原。入手した“現地の品”はヤホーの街にいるマンデンへ、相場よりも低い金額で売却し、あの商人と深く交われ。今は不特定多数より、信用出来る一人を作る事が急務だ。我々と繋がれば儲かる、とな》


《ま、俺らにすりゃこの世界の美術品なんざ大して役に立たねぇだろうからなぁ。で、その儲けさせた金で“こっちの品”を高く買い取って貰うって事か?》


《当然、そうなるな。商売とは自分の利益だけでなく、最初に相手を、時には自分よりも相手を儲けさせる事によって信用が生まれていくのだから》


《ご尤も。で、入った金はどうすンだ――?》


《全てラビの村の整備と、拡張に回せ。110枚の大金貨だけでは、いずれ足りんようになるのが目に見えているからな。後、バニー達の食料だけではなく、住居や衣服、給料にも一切の金を惜しむな? ここを、黄金の降る村へと変えるんだ》


《……それも、長官殿のいう“評判”を得るってやつか?》


《まぁ、それだけではないがな――》



 北へ行く前の打ち合わせでは、そこで二人の会話は終わった。魔王の最後の言葉は思わせぶりではあったが、別に何も考えてはいない。

 従業員たるバニーの家や服がボロボロだったら、商売にならないと思っているだけである。だが、田原からすればそこには別の考えが浮かぶ――



(こんな寒村を、瞬く間に黄金の降る村に変えるってか? そりゃ、自らの力を、手腕を、周囲へこれでもかってくらい誇示する事になる。当然、周りの村はさぞかし羨むだろうナ。で、行き着く先は「自分達の領主は何をしてる?」だ)



 重い税を取るだけで、何もしない。

 灰色の生活だ。

 で、横を見れば――昨日までの寒村に黄金が降っている。

 こんな馬鹿げた話はないだろう。



(こりゃぁよ、武力を使わねぇ“侵略”そのものじゃねぇか。それも、上手い具合に表面上は砂糖味を付けて可愛くデコレーションしてやがる)



 田原の脳裏に、一つの言葉が浮かぶ。

 それが一体、何を差していたのか。

 彼の頭を以ってしても、中々答えが出なかったもの。




 ――私は、大帝国とは正反対の道を往こうと考えている。




「なるほどなぁ~。でもまぁ、悪ぃ話じゃねぇわなー」



 大帝国が往くならば、当然それは武力による制圧だろう。

 そこには数百万人の血が流れるに違いない。

 だが、この“侵略”は少し毛色が違う。

 むしろ、向こうから「是非、私達の村も侵略して下さい!」と頭を下げてくるような侵略だ。



「だっはっはっ! 相変わらず怖い男だね~、長官殿は。くわばら、くわばら」



 田原が携帯灰皿に煙草を揉み消し、旅館の外へと出る。

 そう、彼がやるべき仕事はまだまだ多い――





あの魔王めぇ……そんな深慮遠謀を張り巡らせていたとは。

やはり、あの男は大帝国の魔王だった(棒)





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
lkl8djxhao2s5hk2fywc3ebkiosv_3qo_lo_9g_2
(書籍紹介サイトへ)

+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ