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魔王様、リトライ!  作者: 神埼 黒音
五章 恋の迷宮

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大帝国と異世界

 -DIVE TO GAME- 



 大帝国が存在する世界。

 そこは、一部の人間が新たな能力に目覚めた世界。

 それはスキルであり、特殊能力。


 大帝国が存在する世界。

 そこは、全てが数値化された世界。


 大帝国が存在する世界。

 そこは、“ここ”ではない世界。


 ――間違った未来。




 全世界へ侵略を開始した“帝国”は快進撃を続け、およそ世界の六割にも及ぶ版図を手中へと収めた。彼らの技術力が、桁違いに優れていた所為である。

 そして、自国から新たな力に目覚めた“能力者”が多く誕生した為でもあった。


 抜きん出た科学力と、能力者――


 その両輪が帝国を狂わせ、奔らせた。

 結果、世界に“大帝国”と呼ばれる人類史上最も残酷で、最も最悪な、そして、最も絢爛豪華な国家が誕生した。


 しかし、大帝国の進撃は世界の六割を収めた時点で停止する。

 その版図が、余りにも巨大になりすぎたのだ。

 当然、属国にされた国々がそのまま黙っている筈もなく、世界にはテロとクーデターの嵐が吹き荒れる事となった。


 そして、多くの利権を巡って内部での対立・分裂が頻発し、大帝国は陸に打ち上げられたクジラのごとく、自らの巨体を持て余し、身動きが取れなくなったのだ。

 下を見れば、毎日のようにテロが発生する地獄の世界が出来上がり、上を見れば離散集合を繰り返す、愚かな高官の群れが出来上がった。



 そんな時である。

 一人の男が、大帝国の上層部に“一つの案”を提出した。


 それは、とても愉快なゲーム。

 それは、とても幸福なゲーム。


 大帝国の民たる“神民”を笑顔にし、属国の“国民”にすら救済を与える。



 何事にも絢爛豪華なる事を好む大帝国は、“無粋”な弾圧や虐殺ではなく――

 この“GAME”を以って逆上せ上がった属国への鉄槌とし、徹底的に内部の引き締めを図っていく方針を固めた。そう、このGAMEへ送られる参加者は国民だけでなく、失敗を犯した中枢部の人間や、失脚した高官すら含まれる案であったのだ。



 昨日までの勝者も、しくじれば断頭台(GAME)へと送られる。

 上にも下にも、一切の容赦が無い極彩色の地獄絵図。

 その案を描き、提出した男の名を九内伯斗という。



 後に――“大帝国の魔王”と呼ばれる男であった。




 ■□■□




 ――聖光国 国境付近



 (寝ていたのか……何だか、懐かしいものを思い出したな……)



 馬車の心地良い揺れに、眠っていた魔王が目を覚ます。

 昨夜、一睡も出来なかったのが原因だろう。加えて、この大型馬車は横になって休めるような作りになっているのだ。

 冒険者特有の簡易キャンプを兼ねた馬車といっていい。魔王が上半身を起こすと、膝に微かな重みがある事に気付く。



「おい、何でこいつは私の膝で寝ているんだ……」


「私に聞かれたって、知らないわよ」



 ユキカゼが静かな寝息を立て、魔王の膝で熟睡していた。

 その寝顔は儚げな雪のようであり、絵に描いたような美少女である。魔王の感覚では、TVなどに映っていたアイドルよりも可憐な雰囲気であった。

 ユキカゼの性別を知れば、流石の魔王も顔色を変えるだろう。



(ダメだ、まだ頭がぼーっとしてるな……)



 寝不足が祟っているのか、魔王が眠そうな表情で馬車の外へと目をやる。

 そこには代わり映えしない乾いた大地と、乾燥した空気があった。彼は寝起きに数字を見て目を冴えさせる事が多いのだが、生憎と腕時計は村へ置いてきている。迷宮に潜る事を考え、破損を恐れたのだ。



「ミカンと言ったな。今は、何年の何月だ……?」


「……はい?」


「いいから答えろ」


「何なのよ……“聖暦”2000年の七月十日ですけど!?」


「……2000年か。ははっ」



 魔王が乾いた、何かを懐かしむような笑い声を上げる。何を笑ったのか、何を懐かしんでいるのか、ミカンからすればサッパリ分からない。

 只でさえ不機嫌だった彼女の顔が、余計に険しくなっていく。



(不思議なものだな。年や月、時間や言語まで同じなのだから……)



 ひらがな、カタカナ、漢字、それに英語。

 その辺りが混ざり合っているのも現代の日本とそっくりであり、まんまコピーしたかのような観があった。魔王からすれば、非常に都合が良いものだ。

 だが、魔王の頭に浮かんだのは全く別の感想である。



(何と言うか……“雑な仕事”だよな……)



 その考えの方向が正しいにせよ、間違っているにせよ、この男からすれば、それが一番しっくりくる“答え”であった。現代日本の基本情報をコピーして、張り付けただけの簡単なお仕事です、とでも言わんばかりなのだから。



「確か、今は“戦争期”とか言っていたな?」


「………」


「聞こえなかったのか? 冷凍ミカン」


「誰が冷凍だ! あんたね、さっきから質問が多すぎなのよ!」



 ミカンが赤い髪を揺らし、魔王に噛み付く。瞳まで赤い彼女が唸ると、細い体も相俟って、何処かドーベルマンを思わせるような野生的な雰囲気があった。

 その肌も褐色であり、大きく肩を出した身軽そうな服と、短いスカートから覗く足が健康的な色気を感じさせる。



「何度も聞かれると面倒だから一気に答えるわよ! 北方諸国は四月から九月までが戦争期! 十月から三月までは休戦期! 分かった!?」


「すまんが、早口で何を言ってるのか分からなかった。もう一度言ってくれ」


「もぉぉ……面倒臭いわねぇ……! 北方諸国は~~」


「すまんが、ユキカゼのイビキで聞こえなかった。もう一度頼む」


「静かに寝てんでしょうがッ!」



 ミカンが赤い髪を逆立て、魔王が肩を揺らして笑う。

 この男は、ミカンのような女をからかうのが好きなのだ。当然、ミカンからすれば迷惑以外の何物でもないだろうが。



「大体、あんたって本当に“人間”なの? カーニバルをあんな風に倒すとか……とても人間とは思えないんだけど?」


「失礼な事を言うな、私は人間だ」


「言っとくけど、人間っていうのはね――ぅわわっ!」



 ミカンが興奮しながら立ち上がったが、石でも踏んだのか馬車が軽く揺れる。

 バランスを崩したミカンが倒れ、履いていた赤色の下着が魔王の目に飛び込んできた。暫しの間――馬車内に沈黙が続く。



「…………たでしょ」


「ん?」


「今、私の下着……見たでしょ……」


「私の瞳に映るのは――今も昔も、青い空だけだ」



 魔王が自信満々の態度で、良く分からない事を口にする。

 それを聞いたミカンの体は、プルプルと震えていた。



「意味不明な言い訳をするなッ! 一瞬だけ“戦士の目”になってたじゃない!」


「まぁ、“夕焼け”も空に含まれるがな」


「い、色までしっかり見てんじゃないッ!」


「私は空の話をしてるんだが……君はさっきから何を言っているのかね?」



 魔王がやれやれ、と首を竦める。

 この男は相手が責めてきても、逆ねじを食わせる事に長けている。先程の“赤”をしっかりと脳内フォルダに保管しながら、何食わぬ顔をしていた。

 まさに――許し難い邪悪な存在である。



「何で、私の周りはこんなのばっかりなのよーーー!」



 ミカンが頭を抱え、その声でユキカゼが目を覚ます。

 その姿は寝起きの雪の妖精、とでも言った風情であった。



「……おじ様の膝、とてもカチカ――ぁむ」


「妙な事を口走らんよう、これでも舐めておけ」



 魔王も学習したのだろう。ユキカゼが口を開く前にキャンディーを放り込む。

 GAMEでは気力を5しか回復してくれないゴミアイテムであったが、数が10個単位で拾える為、緊急時以外ではそれなりに使われていたものだ。

 例によって、これもイチゴ味やコーラ味など無駄に様々な味が用意されていた。



「……ふぉじ様の、あやぁい」


「これが、大人の知恵というものだ」



 魔王が誇らしげに笑い、もう一つのキャンディーをミカンへ放り投げる。

 特に狙った訳ではなかったが、それはミカン味であった。



「……あんたの出したものなんて、信用出来ない」


「女性が好む甘味なのだがな」


「砂糖で気を引こうって訳? 私はそんなやっすい女じゃないんですけど」



 ミカンが鞄を漁り、中から一つの魔道具を取り出す。

 それは紅白の旗を持った、妙な人形であった。魔王の目が訝しげに人形へと向けられ、哀れみを含んだ声を洩らす。



「君は……まだ人形遊びを卒業してないのか?」


「バッ……これはね、《とりま使っとけ君》よ! これを知らないとか、あんたの一般常識、どうなってんのよ」


「その名称の方が、よほど非常識だと思うが……」


「はいぃ? 分かりやすくて良いじゃないのよ」



 ミカンが掌に乗せたキャンディーに人形を向ける。

 やがて人形は厳かに白い旗を上げ「おk」と声を上げた。

 その姿に魔王が座りながらズッこける。



「何だ、その非常識の塊は!」


「フン、非常識の塊はあんたでしょうが。これはね、食べ物や飲み物に危険なものが入っていないか教えてくれる、貴重な物なんだから」



 事実、その魔道具は非常に有名である。

 聖職者などが扱う《天使のスプーン》と同じ効果があるのだ。パーティーに聖職者が居ない冒険者にとっては、垂涎の品といっていい。



「それも、迷宮とやらで入手したものなのか?」


「ううん、これは都市国家まで行って買ったのよ。高い金を払っただけの価値はあったけど……って、あっま~~~い!」



 包装を解き、キャンディーを口に入れたミカンが思わず叫ぶ。

 この世界の甘味といえば、やはり代表的なのは砂糖であろう。他にあげるとすれば果物だが、キャンディーのようなものは存在する筈もない。

 初めての味覚に、ミカンの顔がつい綻ぶ。



「これ、ミカンの味がする。私の味だ……」


「……私の味。ミカンは変態」


「あんたは黙ってて!」



 二人が騒いでいるのを横目に、魔王は別の事を考えていた。

 それは、都市国家と呼ばれている地域の事。現代の地球にはそんな国がない為、いまいち想像が付かないのだろう。



「都市国家について、少し聞かせてくれるか」


「あんたに説明なんて、二度とごめんよ!」


「……おじ様、私が答える。答えたらまたペロペロしたい」



 ミカンがそっぽを向き、ユキカゼが怪しい事を口にしていたが、魔王はそれには突っ込まずに質問を続けた。

 無知でいられる期間はもう過ぎた――そう考えているのだろう。


 ユキカゼから都市国家の概要を聞いてみるも、魔王の頭にはすんなりとは入ってこない。一つ一つの都市が国であり、それらが一つの集合体となって大きな国家になっていると言うのだ。


 其々の都市が自治権を持ち、法も違うが、包括的に一つの国を名乗っている。

 当然、それは北方諸国の争いから身を守る為に生まれた一種の自衛・同盟的な国家なのだが、魔王からすれば身近には存在しなかった国であり、システムだ。



(喩えるなら東京国、埼玉国、神奈川国、とかが集まって“関東王国”みたいに名乗っているという事か? 一つ一つの県では対処出来ない問題も、多くの県が集まれば話は変わってくるだろうしな)



 魔王の頭に浮かぶのは、当然のように日本地図である。

 それらを暫定の概要として、魔王は頭の片隅へと置いた。あくまで、暫定だ。

 彼は基本、自分の目で見て、自分の耳で聞き、自分の鼻で嗅いだものを信用し、それを以って判断の中心に据えていく。

 一見、そこからは冷静な人物像が浮かび上がってくるが、少し違う。


 そこから見えるものは、常に“自分を中心”に据えているという事だ。

 何事も自分が判断し、自分の判断に重きを置いている。

 時と場合によっては、容易く独善に陥るタイプであろう。


 だが、幸か不幸かこの男は――魔王であった。

 頂点に立つ“独裁者”としては、それは得難い資質の一つである。常に自分の判断で、自分の意思だけを貫いていく。

 歴史上、こういった人物が権力を握れば、善悪両面に大きな結果や被害を生む。



「いずれ、都市国家とやらにも行ってみるか」


「……おじ様、その時は私も連れて行って欲しい」


「私は行かないからね! 絶対にッ!」



 騒がしい馬車の旅が続き、やがてヤホーの街を超え、国境の砦を超えて行く。

 本来、この時期に国境を超えるなど、余程の事が無ければ出来ないのだが、魔王が差し出したマダムからの書状が、それを易々と可能にした。

 まさに――手にした“人脈”の力である。





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