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魔王様、リトライ!  作者: 神埼 黒音
四章 魔王の躍動

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北へ

 魔王が温泉旅館の前で一服し、ホワイトが出てくるのを待っていた。

 何とか騒がれずにこの一件を収める事には成功したが、この男は一度やると決めたら、徹底的に最後までそれを貫き、詰めを誤る事がない。



(遠足と同じだ……無事に帰らせて、はじめてゴールになる)



 やがて、旅館の入り口からホワイトが姿を現したが、その頭には天使の輪がしっかりと装備されたままであった。



(まだ着けていたのか……まぁ、似合うけど)



 魔王としては、可愛らしい天使系のアイテムをプレゼントして、ご機嫌を取ったつもりである。聖女だし、これ系なら喜ぶだろうと。

 GAMEの内容は殺伐としたものであったが、女性プレイヤーも多かった為、アイテムは意外と可愛らしいものが多いのだ。


 花柄のワンピースや金のブレスレット、黒や白のメイド服、黒ニーソや白ニーソ、厚底ブーツやハイヒール、猫や犬の着ぐるみや肉球、尻尾などまである。


 プリーツスカートやミニスカ、何故かは分からないがルーズソックスや縞パンなどまで用意されていたのだ。GAMEで遊んでいたプレイヤーが、色んな意味で変態であった事が窺える一幕である。



「聖女ホワイト、この村には馬車などで来られたのかな?」


「い、いえ……」


「では、一人で?」


「はい……」



 魔王の言葉に、ホワイトの言葉が詰まる。

 相手が誰であれ、軽々しく“奇跡”を口にする事は出来ない。ホワイトとしては、曖昧に濁すしかなかったのだ。



「なるほど。では、聖城まで御送りしよう」


「ぇ? 一体、どうやっ……ぁっ……」



 魔王が有無を言わさず、ホワイトの腰を掴み、引き寄せる。

 別に、魔王の側には他意はない。ただ、国の重要人物が間違っても怪我などをしないよう、しっかりと掴んだだけの事である。



「あ、あの! な、何をするつもりですか……」


「何も心配する事はない。私に身を任せたまえ」



 ホワイトの耳元で、魔王の声が響く。深い、耳朶に残る声である。

 その力強さと強引さは、到底抗う事など許されない域にあった。ホワイトがこれまで見てきた男とは、まるで次元が違う存在である。



「あの、貴方は私の――ぁぅっ」


「――静かに。こういう時は、沈黙を尊ぶものだ」



 何かを言いかけたホワイトの唇に、魔王の人差し指がそっと添えられる。

 これも、別に他意はない。

 移動時に、舌でも噛んだら大変だと思っただけである。だが、ホワイトの顔は心なしか赤くなり、その体もカチカチになった。



「羽よ、我が身を運べ――《全移動:聖城》」



 魔王が誤魔化す為に適当な魔法っぽい詠唱(?)を口にし、二人の姿が一瞬で聖城の前へと現れる。視界に映るのは――見慣れた聖城。

 そのありえない光景に、ホワイトは驚愕と共に全身を震わせた。



 無理もない。

 無理も、なさすぎた。


 それは、彼女が起こした“奇跡”と同じ――天使の御業に他ならない。



「あ、貴方は、一体……!?」


「私はかつて、貴女に言いましたな。――人から聞いた話より、実際に見た方が理解も早い、と」


「あっ……」



 その言葉に、ホワイトの胸が詰まる。

 確かに、魔王はかつて聖城で対談を行った際、そう言っていたのだ。



「貴女は今、無事に帰ってきた。経緯はどうあれ、それが全てだ」



 実際、ホワイトの体には傷一つ付いていない。

 むしろ温泉に入り、気力を回復させる日本酒を口にした事により、その体は元気になった程だ。

 何より、その頭上には――神々しいまでの“天使の輪”が浮かんでいる。



「念の為に言っておくが――今日の事は、他言は無用だ」


「はい……」



 ホワイトが何処か、力無く頷く。

 言われずとも、このような事を軽々しく口にする事は出来ないだろう。下手をすれば、一国に大混乱を引き起こしかねない。

 熾天使が残した奇跡を、同じように使える存在が居るなど。

 天使の頭上にのみ輝く神聖な輪を、誰かに与える事が出来る存在が居るなど。



「もう一度言っておく――他言は無用だ」


「は、はい……!」



 必死さすら感じる声に、ホワイトが慌てて頷く。

 だが、彼女は問わざるを得なかった。



「貴方は、一体何者なのですか? 私は、もう分からなくなりました……」



 その問いに、魔王も珍しく思案顔となる。

 自分でも分からなかったに違いない。その体は魔王と呼ばれるGAMEのキャラクターであり、その中には現代の日本人である“大野晶”が居るのだ。

 何者だ、などと問われても説明に苦しむのが当然であった。やがて、意を決したように魔王が口が開く。



「私はいずれ、貴女に協力を願いたい事があってね。以前にも言った、熾天使の事について調べたいのですよ」


「どうして、熾天使様を……」


「――私が“座天使”に呼ばれた存在だからだ」


「座天使様に!?」



 ホワイトの顔に驚愕が浮かぶ。

 だが、何かに納得したのかホワイトの表情が面白いくらいに変わっていく。今の話が真実なら、腑に落ちなかった事の数々に説明がつくのだから。


 あの我侭の塊でありながらも、智天使には深い信仰を捧げていたルナが、どうしてこれ程に傾倒したのか。あの扱い辛いマダムまでが、その足元に駆け寄るかのようにして中央から離れた事も。


 熾天使と同じ、“奇跡を行使”する事も。

 天使の輪を人に与える、などというありえない御業を行える事も。

 あの、人の手によって作られたとは思えない摩訶不思議な施設も。

 ホワイトの思考が頭の中でグルグルと回り、多くの点が線で繋がっていく。



「貴方は、熾天使様と敵対する存在なのですか……?」


「少なくとも、私にその気は無い。幾つか疑問をぶつけたいだけでね」



 それだけ言うと、魔王がようやく腰から手を離す。話に集中しすぎて、くっ付いたままだった事を今頃になって気付いたのだろう。

 魔王は何を思ったのか、ホワイトの頭から天使の輪を外したり、また乗せたりと、何度かその行為を繰り返し、真剣な目でホワイトを見つめた。



「ぁぅ……あ、あの……」


「やはり、貴女は天使の輪がよく似合う」


「~~~~~ッ!」



 ホワイトが何か言いかけたが、魔王はそのまま漆黒のコートを翻す。

 その背から、落ち着いた深い声が響いた。



「では、また会おう――聖女ホワイト」



 その言葉を残し、魔王の姿が消えた。

 ホワイトはその場に立ち竦み、暫く呆然としていたが、やがて頭から天使の輪を外し、ぎゅっとその大きな胸に抱きしめる。

 その頬は心なしか赤く染まり、嬉しそうであった。



 ホワイトの頭に浮かぶのは幾つかの仮説――



 著名な天使である、ルシファーなどだ。

 古に大いなる光に歯向かい、伝承では堕天使とも魔王(サタン)とも記されている存在。

 伝承には残っておらずとも、他にも似たような存在は居るだろう。

 古い伝承では悪魔でありながらも、天使側に属した存在も居るのだから。



(天使様の、輪……)



 ホワイトの手にある輪は、その輝きを一向に失う事なく、目が眩む程の神聖な光を放っている。彼女からすれば、こんなものを作り出せる存在が、悪しき存在であるとはどうしても思えなくなったのだ。



(私がきっと、貴方を元の天使様に……)



 天使の輪を抱き締めながら、ホワイトは嬉しそうに目を閉じた。




 ■□■□




 ――夜 ラビの村



(まるで黒○げ危機一髪だったな……刺し所が悪ければ首が飛んでたぞ)



 温泉旅館の縁側に座り、魔王が月を見上げて一服していた。

 何か大仕事でも成し遂げたような、男の顔である。

 傍目から見れば聖女の裸を見て、混浴を楽しみ、日本酒を飲ませて全てを有耶無耶にした屑の所業でしかなかったが、その顔には誇らしさすら浮かんでいた。



「魔王様っ、ここに居たんですね」


「ん、アクか……ここに来るといい」



 魔王が隣を指したが、アクがそのまま膝の上に乗る。

 最近のアクはもう遠慮なしにくっ付き、躊躇がない。魔王もアクに関しては好きにさせているのだが、この時ばかりは少し困惑した表情を浮かべていた。

 アクは今日も黄色い浴衣を着ており、そのお尻の柔らかさがダイレクトに太腿へと伝わっているのだ。



「いいか、アク。今は良いかも知れんが、男とは適度な距離を取る事だ。この警戒心の無さは流石に心配になってくるぞ」


「魔王様以外の男の人に、近付いたりなんてしないですっ」


「そうかぁ……? ならいいんだが……」


「はいっ」



 アクがその背中を魔王へと預け、その力を抜く。

 全幅の信頼といったところだろう。

 何だかんだで魔王もその体を引き寄せ、頭を撫でていた。



「魔王様は明日から、北へ行かれるんですよね?」


「とは言っても、私には全移動があるからな。いつでも帰れる旅など、旅の範疇にも入らんよ」


「……はい。でも、寂しいです」



 アクが魔王のシャツを掴み、上目遣いで見上げる。それを見て魔王が一瞬、困ったような表情を浮かべたが、明るい声で返す。



「面白いものがあれば土産に買ってこよう。楽しみに待っているといい」


「……魔王様、無事に帰ってきて下さいね?」


「ははっ、私を誰だと思っている」



 そう、この男はふざけた面も多いが、正真正銘の“魔王”なのだ。

 その配下たる側近もまた、常軌を逸した戦力を宿している。

 この男が本気で“その気”になってしまえば、この大陸どころか、全世界に途方も無い流血が齎されるだろう。



「アク、何処に行ったのよ? 抱き枕になりなさいって言ったでしょ!」


「ルナは横暴なの」



 廊下の向こうから慌しい足音が響き、ルナとトロンがその姿を現した。



「アクなら私の膝の上だぞ」


「こ、この変態! 私のお尻だけじゃなく、アクのお尻までっ!」


「そういえば、伝えるのを忘れていたが、お前の姉は城に送っておいたぞ」


「あ、あああんた、まさかお姉様まで毒牙に!?」


「眠いからそろそろ寝るの」



 魔王の言葉にルナが騒ぎ出したが、トロンがその名の通り、眠そうな声をあげた事によりお開きとなった。

 お開きといっても、場所が部屋に移っただけである。


 いつもの面子が、いつもの騒ぎを起こし、いつものようにキッズに囲まれながら魔王の布団がぎゅうぎゅうに埋まる。

 右側にはアク、左側にはルナ、そして体の上にはトロンまで覆い被さっていた。

 まさに、魔のトライアングルである。



(寝れる訳ないだろ! いい加減にしろ!)



 こうして魔王は一睡も出来ないまま――旅立ちの朝を迎えた。




 ■□■□




 ――翌朝。


 空はまだ仄暗かったが、村の入り口には既に大きな馬車が止まっている。

 中にはユキカゼとミカンが乗っているのだろう。

 大人が優に八人は乗れる大型の馬車だ。


 見送りなどを魔王が嫌った為、ここに居るのは田原と悠のみである。実際、全移動の性能を考えれば、大袈裟な見送りなど無用であった。



「悠、病院の事は任せる。我々の評判を高めるように努めよ」


「はい、万事お任せ下さい。ぁっ、長官……ネクタイが」



 悠が魔王の下へと歩み寄り、そのネクタイを優しい手付きで正す。

 別にネクタイは曲がっていなかったのだが、単にしてみたかったのだろう。その姿だけ見ていると、単身赴任に赴く夫を見送る妻のようであった。



「田原、お前には村の全般を任せる。緊急の案件があれば、いつでも《通信》を飛ばしてくるように」


「りょ~かい。っても、長官殿を煩わせるようなヘマはしねぇつもりだけどナ」



 実際、田原が処理できないような案件など、余程の事態であろう。

 天才が処理出来ない事を、“大野晶”が処理出来る筈もないのだから。この魔王が動く時、それは即ち――“実力行使”を伴う時でしかありえない。


 魔王が村の全体を見渡すように視線を向ける。

 まだ完全に夜明けを迎えていない空の下、何人かのバニーが畑へと出て作業を開始していた。農家の朝は早いのだろう。

 村のあちこちに目をやると、数時間後には再開されるであろう、大掛かりな作業が幾つも残されていた。



 村が、変わる。

 変わっていく。

 ただ、一人の男が訪れた事によって。



(ここまで巻き込んでしまったら、徹底的にやり抜くしかないな)



 魔王の漆黒の瞳に、温泉旅館が映る。

 あそこにも魔王と出逢った事により、大きく運命が変わった者が何人も居る。



 守るべきものが増えた――



 魔王が目を閉じ、素直なまでの気持ちでそう思う。

 そして、それらを守る為には、より強くならなくてはならないと考える。魔法という弱点を克服しなければ、いつか必ずその点を突かれる事になるのだから。


 魔王が再び目を開いた時――

 嬉しそうにネクタイを直し終えた悠の手が止まった。

 そこに、絶対的な力を持つ“神”の存在を垣間見たからだ。



 ――田原、指示に一つ付け加える。



「この村に害意を持って近付く者が居れば、消せ。一人残らずだ。いいな?」


「……了解」



 田原が短く答える。

 表情だけは辛うじて変えなかったものの、その身体は震えていた。魔王の肉体から、彼をもってしても到底抗いようのない“絶対の力”を感じたからだ。


 魔王が漆黒のコートを翻し、大型の馬車へと乗り込む。

 同時に、馬車が勢いよく走り出した。田原と悠は馬車の姿が見えなくなるまで、その場でただ、立ち竦んでいた。

 やがて、田原がポツリと洩らす。



「俺ぁよ、どういう訳か……さっき懐かしい記憶が浮かんでなぁ」


「懐かしい記憶?」


「長官殿と、初めて会った日の事をな」


「……興味深いわね」



 田原がポケットから煙草を取り出し、火を点ける。無造作に入れていた所為か、煙草は皺くちゃになっていたが、全く気にならないらしい。



「別にどうって話じゃねぇよ。ただ、あの時な……もしも長官殿の誘いを断ってたら――俺ぁ、死んでただろうなって」



 田原の言葉に何か想う所があったのか、悠も黙り込む。

 二人とも、いや、不夜城に居た委員会のメンバー達は全員が魔王からスカウトされて集まった面々なのだ。その出会いも、経緯も、其々が違う形ではあっても、あの“魔王”こそが、全ての始まりなのである。



「あんなもん、逆立ちしても勝てっこねぇわ」


「当たり前じゃない。貴方なんて長官と比べたらゾウリムシよ」


「お前な、もうちょっとマシな喩えはねぇのかぁ?」


「長官……早くお戻りにならないかしら」


「行ったばっかだろうが!」






 側近二人が騒いでいる間も、馬車は進んでいく。


 魔王を乗せた馬車が目指す方向は――戦乱渦巻く、北の大地。


 そこでは新たな出会いと、数々の迷宮や遺跡が彼を出迎える事だろう。


 魔王が齎す混乱は、遂に大陸中央部にまで広がっていく事になるが……



 ――――それはもう少し、先のお話。




 四章 -魔王の躍動- FIN







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