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魔王様、リトライ!  作者: 神埼 黒音
四章 魔王の躍動
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重責を担う者達

 ――要塞「ゲートキーパー」



 北方諸国に面する要塞――ここは武断派と呼ばれる貴族の中心地である。

 この要塞を預かっている男は勿論、彼らの盟主たるマーシャル・アーツ、その人であった。彼は普段、笑顔など滅多に見せぬ男であったが、今日ばかりは静かな微笑を浮かべている。



「良く戻ってくれた、サンボ」



 驚く事に、彼は席から立ち上がるとサンボへと近付き、その両肩を何度も強く叩き、抱擁した。

 敬愛して止まぬ盟主からの、温かい歓迎にサンボが涙を流す。

 アーツは彼の“主君”ではない。北方諸国に面する貴族を纏め上げる、あくまでも盟主であったが、その絆は代々の主従関係にも等しいものがあった。



 彼らがアーツへと向ける感情はただ一つ――信頼である。



 どのような苦境にも駆けつけ、自らを省みる事なく、国境付近の彼らの領土を守り抜いてきた、アーツという無骨な人間が得てきた無形の財産である。

 ここに居るのは苦しい時には食料を分け合い、塩を分け合い、背を預けて戦ってきた男達であり、もはや金銭などでは小揺るぎもしない、異様なまでの一枚岩の集団であった。


 実際のところ、中央の腐敗に嫌気が差し、内心では既にアーツを主君として仰いでいる者も多い。国境付近の貴族達は、間断なく侵入してくる北方諸国との戦いの中で揉まれてきた家ばかりであり、貴族というよりも“武家”とでもいった方が早いくらいなのだ。


 中央がやれ社交だ、芸術だと騒いでいる間も彼らは前線を守り、戦いの中に身を置いてきた。中央の馬鹿騒ぎなど、彼らからすれば笑止の一言である。

 最早、彼らからすればいざという時に頼れる存在といえば、アーツしか居ない。


 その武人達から寄せられる信頼に。

 アーツという男は、十分に応える事が出来るだけの能力を有している。

 有して――しまっていた。

 本人の意思はどうあれ、非常に“危険な状態”といっていい。



「ア、アーツ殿……長らく、この地に戻れなんだ事を詫びる」


「何を言うか。お前の姿があるだけで、心強いのだ」


「アーツ殿……」



 アーツが大きく手を叩くと扉が開き、大きな酒樽が幾つも部屋の中へと運ばれてきた。アーツは分厚い蓋を手刀で叩き割ると、豪快に中へと杯を突っ込む。

 貴族というより、完全に武人の姿である。



「今日ばかりは祝おう。我が友の帰還に――」



 アーツが杯を掲げると、周囲でそれを見守っていた男達が次々と酒樽へと杯を突っ込み、それを掲げていく。

 時刻はまだ早かったが、部屋の中に一斉に歓声が満ちた。



「サンボ殿が戻られれば百人力よ!」

「今日ばかりは戦いを忘れて飲もうぞ!」

「盟主殿も今日ばかりはえびす顔よ! 幾らでも飲めい!」

「サンボ殿、腕が鈍っておらぬか後で手合わせじゃ!」



 要塞の一室で男達の賑やかな宴が繰り広げられ、男達の乱雑な声が響いた。

 夕刻が迫る頃になって、ようやくアーツが自室へと戻る。



(マダム、か……)



 質素な部屋で一人、アーツがグラスを傾けた。

 一杯では足りなかったのか、二杯、三杯、と杯を重ねる。戦友が戻った嬉しさと、妙な相手へ借りを作ってしまったという苦々しさ。

 それをどう処理すべきか思案しているような面持ちであった。



(中央の女帝か……厄介な姉妹だ)



 アーツからすれば社交界の女帝と、芸術にうつつを抜かす愚かな姉妹である。

 絵に描いたような“貴族”といっていい。

 アーツ自身も貴族ではあるが、最早その身も心も武人そのものである。最近では貴族と呼ばれる存在は、もはや唾棄すべきものであるとの思いすら抱いているのだ。


 国家の象徴たる聖女様を担ぎ、その下に内外の敵を討つ武人を置き、その下に民が居れば良いのではないのか?

 ここ数年、そんな事ばかりが頭に浮かんでいるのだ。



(とは言え、サンボの身は重い……)



 彼は武断派のムードメーカーとも言うべき人物であり、居ると居ないのとでは士気に大きな差が出るのだ。

 現に、今日はサンボが戻ったというだけで軽いお祭り騒ぎである。

 とてもではないが、一片の書状などで片付けられるような事柄ではなかった。



(何を以って礼とすべきか……)



 金銭など、アーツがどれだけ掻き集めようとマダムからすれば端金であろう。

 かといって、マダムが満足するような美術品など持ち合わせていない。

 いや、違う。アーツにはもう“答え”がとうに出ている。



(……“何か”あった際に、味方せよというのであろう)



 それは時に、金銭などより遥かに重い要求である。

 何せ、命が関わるのだから。



(あの姉妹に欠けているもの――それは武力だ)



 アーツの考えは正しい。

 バタフライ姉妹に、固有の武力などは無い。

 金で傭兵を集めるぐらいは幾らでも出来るだろうが、そんなものは蟷螂の斧に過ぎないのだから。戦場でならした“本物の軍兵”の前では草木も同然だ。



(もう一つ――男達からの支持)



 その考えも正しい。

 但し、逆から見れば、武断派に対する女性の支持も薄い。

 あれは貴族ではなく、野蛮人である――などと公言している者までいる程だ。



(あの女は、クーデターでも企んでいるのか……?)



 聖光国は今、乱れきっている。

 故にアーツの思考もつい、そんな物騒なところへと飛んでしまう。

 ある意味、そう考えるのも無理もない話であった。資金と武力、男と女、それらが揃えば“何か”の条件が揃ってしまうような気がしたからだ。




 ■□■□




 ――聖城




 聖城の最奥「祈りの祭壇」と呼ばれる部屋で、ホワイトが一つの決意を固めていた。それは――妹の奪還。



「最早、一刻の猶予もなりません……」



 ホワイトが手にしているのは、オメガの聖杖と呼ばれる伝説武器(レジェンド)であった。能力もさることながら、この聖杖は魔力を溜め込み、一つの奇跡を可能とする。

 それは、聖光国内における瞬間移動――


 聖杖に溜め込んだ魔力を全て消費し、詠唱者の魔力を飛躍的に高めるこの部屋の魔法陣も駆使し、初めて可能となる奇跡の御業だ。

 ホワイトが頭に描くのは当然、ラビの村。

 かの魔王は遂に牙を剥き出しにし、あの女帝をも取り込んでしまったのだ。ホワイトからすれば、とうに静観していられるような時期は過ぎた。



「熾天使様……私に力を」



 聖女の一人でもあり、大切な妹でもあるルナを奪還しなくては、どうにもならない。戦うにせよ、交渉するにせよ、人質を取られたままでは行動の自由すら与えられないのだから。


 ホワイトが祈りを捧げ、魔法陣から光が溢れ出す。

 本来なら、聖女が外に出る際には多数の護衛が守りにつくが、今回は単独での行動である。何せ、相手はあの悪魔王をも滅ぼした魔王であった。

 下手を打てば、巻き添えになって犠牲者を増やすだけであろう。



「魔王……これ以上、好きにはさせません《熾天使の跳躍》」



 ホワイトの体が光に包まれ、その身が消える。

 彼女が目を開けた時、そこには記憶とは違うラビの村があった。



「……え?」



 彼女の記憶では、ここは「何も無い寒村」である。

 だが、目の前では大勢の人間が動き、材木や石などが運ばれていた。手にハンマーやつるはしを持っている者もいれば、土嚢を抱えている者も居る。

 村全体を変える程の土木作業――それも、極めて大規模なものであった。


 どれだけの人間が雇われているのか、中には魔法使いも多数混じっており、井戸掘りを専門とする特殊な業種の者まで居た。

 更には村の四方に堀か石壁でも作ろうとしているのか、『土』を扱う魔法使いが二十人以上集まって作業をしている。



「間違えた……なんて、事はないわよね……」



 ホワイトがふらふらと村の中へと入り、余りの事態に呆然とする。

 その姿を見て、櫓のような物に座る人物から荒々しい声が飛んできた。図面を片手に、あちこちへ指示を飛ばしている田原である。



「おぅ、そこの姉ちゃん。あんた頼んでた『光』とかを使う魔法使いだっけ? そこの魔石に頼むわ。建てるのは商業地区だから間違えんなよ?」


「え……えぇ??」


「何をボケっとしてやがる。大体、そんな白いドレスで仕事場に来る奴があるか! おめぇ、仕事を舐めてんのか? ここは舞踏会じゃねぇんだぞ!」


「え……えぇぇぇぇぇ!?」


「ちゃっちゃと済ましてくれよー。あっ、そっちの小石は溝に敷き詰めてくれ。水捌けが変わるからな」



 ホワイトが反論する暇もなく田原が他の指示へと回り、生真面目なホワイトはつい、魔石へと『光』を籠めてしまう。

 そして、自分が何をしにきたのか思い出し、ハッと我に返る。



「何故、私がこんな事を……! 大体、あの乱暴な人は誰ですか!」


「姉様……何でここに!?」


「ルナ!?」



 囚われた妹と、それを奪還しにきた姉との感動の再会である。

 だが、囚われた筈の妹の手にはどういう訳か人参が握られており、姉の手には良い感じに輝きを放つ魔石が握られていた。





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