魔王の指輪
まだ明るい時間だというのに、その村からは“人の活気”とでもいうべきものが殆ど感じられなかった。
山奥などにある、閉鎖的な村が頭に浮かぶ。
「何だか余所者は信用出来ん、とか言われそうな村だな」
「は、はい……僕の村は、余所から来られた方を嫌う傾向にあります」
本当にそうなのか……偏見で言っただけだったんだが。
あわよくば食料や路銀とかを分けて貰おうと考えていたが、そんな目論見は通りそうもなかった。
「僕の家はこっちです。少し嫌な思いをさせてしまうかも知れませんが、どうかお許し下さい……すぐに済みますので」
アクが背中から降り、右足を引き摺りながら歩き出す。
その後ろ姿を見ていると、物悲しい気分になる。アクはまともな医者に見て貰う事が出来なかったのかも知れない。
アクの後ろを付いていきながら、村の中を油断無く見ていくと、やはりと言うべきか、近代的な文明を感じる事は出来なかった。
(家屋は剥き出しの木と、固めた土……藁の屋根もあるな)
日本なら当然あるべき、室外機やアンテナなどは全く見当たらない。
ここが、日本とはまるで違う世界なのだと再認識する。
辺りを一つ一つ確認していると、遠くに村人の姿もチラホラと目に入ってきた。
GAMEの影響か、咄嗟に身を隠してしまう――GAMEでは他プレイヤーに見つかるとロクな目に遭わないので、殆ど職業病に近い。
「応戦姿勢、変更――――《隠密姿勢》」
その言葉を発した瞬間、まるで風景に同化するように体がぼやける。
GAMEでは相手からの発見率を劇的に下げる効果のあるものだったが、その分、攻撃と防御が大きく下がってしまうデメリットも抱えてしまう。
自分の姿が消えた事を確認し、ホッと胸を撫で下ろす。
内心、少しドキドキしていたが、周りの反応を見ている限り、自分の事をまるで視認出来ていないようだ。
ここまでGAMEのままだと、空恐ろしくなってくる。
この世界は――GAMEにあった全てが具現化するのだろうか?
なら、他にも色々と試してみるべきだろう。
「あれ……魔王様?」
やはり、アクからも見えていないらしい。
この絶好とも言える状況下で、是非試したい事がある。
GAMEでは余り使う事は無かった《通信》はどうだろう? これはプレイヤー間でメッセージを残す機能だ。
GAMEを開始した当初は、当然の事ながらスマホなんて物は無かった。あの頃だと通信は重宝されていたが、近年では完全に錆付いていた機能である。
《通信“アク”へ――聞こえるか?》
《……ぇ。頭の中に魔王様の禍々しい声が!?》
《禍々しいは余計だ。私の事は気にしなくて良い、近くに居るんでな》
《は、はいっ》
無事、通信機能が動いている事を確認出来た。
やはり、色々と試してみるもんだ。あのまま一人で森に居れば、何も分からなかった事ばかりだったであろう。
俺はもっと、アクに感謝しなくてはならないのかも知れない……。
(しかし、俺の神経も図太いもんだな……普通なら、そろそろ泣き叫んでもおかしくないような状況だと思うんだが)
もしかすると、体の持ち主である“九内本人”に意識まで引き摺られているのかも知れない。
(よせ、よせ……何のホラーだっつーの)
自分で考えておきながら、それはとても――恐ろしい想像だった。
慌てて首を振り、下らない妄想を振り払う。
「おい、ゴミ人間――何でお前がここに居る!」
不快な言葉に目をやると、村人らしき数人がアクを指差して怒鳴っていた。
考えなくてもすぐ分かる。これがアクを虐めていた連中なのだろう。いや、村全体がそうなのかも知れない。
「ゴミ人間、まさかお前……逃げ出してきたんじゃないだろうなッ!」
「冗談じゃない! あの悪魔がこの村に来たらどうするつもりだ!」
「生贄に出された意味を分かってんのか!?」
村人達が口々に叫ぶ内容に頭が痛くなる。
こいつらは子供に何を言っているのか、ちゃんと分かっているんだろうか?
とは言うものの、この世界の住人でも何でもない俺が、この世界の事情(?)に口を挟むのは中々に難しいものがある。
この世界では、悪魔に生贄に出すのが当たり前の世界なのかも知れない。外国の独特な風習や、「日本では考えられないが、とある国では常識」などというのは現代でもよくある事だ。
(とは言っても、な……)
やはり、大の大人が子供を責め立てているのは気分の良いものではない。
隠密姿勢のまま連れて行けば、騒ぎにならないで済むんだろうか?
『不快に思うなら、“粛清”すれば良い――――』
頭の中に響いた声に、背筋が凍る。
それが“誰”であるのか、すぐに分かってしまった。そして、右手の中指から発する――耐え難い痛み。
思わず手を押さえ、その場に蹲る。
余りの痛みに、とてもじゃないが立っていられない……!
『不適切だと断じた者を処分する――その“権限”が“私”にはある』
ふざけるな……あれはGAMEの話だろうが。
現実に生きてる人間を粛清だの、処分だの、そんな事が出来る筈がない。
『妙な事を言う。そんな権限を、GAMEを、システムを、あんな狂った国を作ったのも、全部――“お前”ではないか』
その言葉に、思わず黙り込む。
『お前こそが――“諸悪の根源”なのだ。私が魔王なら、お前はさしずめ全世界に破滅を齎す――』
指輪を潰れる程の力で握り締め、無理やり声を掻き消す。
こんなもの、幻聴に過ぎない――そう信じて、強く目を閉じる。色んな事が起こりすぎて、きっと、俺は疲れているんだろう。
《アク、そんな連中は放っておいて荷物を取ってくると良い》
暫く待ったが、返事がない。
目を開けると、仰向けに倒れているアクの姿が目に入った。村人が手を振り上げ、何か汚い言葉で罵っているようだ。
これ以上はとても見ていられず、隠密姿勢を解く。
途端――村人達が大騒ぎする。いきなり姿を現したのだから無理もないが、その狼狽っぷりは中々に笑えるものがあった。
「アク、早く荷物を取ってこい」
「わ、わかり……ました」
アクが足を引き摺りながら家へ向かう姿を確認し、ゆっくりと煙草に火を点ける。その間も村人達の騒ぎは収まらず、その数はどんどん増えていく。
本来なら様々な事を聞くべきなんだろうが、この連中とは会話をする気が起きなかった。
「あ、あんたは悪魔なのか……? あのお方の、手下なのか……?」
「この村には手を出さないでくれ! 生贄は出した筈だ!」
「約束が違う! 悪魔といえど契約は守るものだろ!」
煙を吐き出しながら、村人達の言葉を考える。
悪魔との約束や、契約とは興味深い言葉であった。それらを“先方”が守るつもりがあるのかどうか、甚だ心許なく思えるが。
むしろ、契約を持ち掛けて相手を雁字搦めに縛ろうとしたんじゃないのか?
「お待たせしました、魔王様!」
「ま、魔王だって!?」
「まままま魔王!」
(おいおい、余計な事を言うな……!)
アクの言葉に村人達のざわめきが一層、大きくなっていく。
とは言え、この連中相手に誤解を解く気力もない。子供をゴミ呼ばわりし、生贄に出し、あまつさえ村全体で虐める。
こんな連中相手に頑張る必要があるだろうか――? いや、無い。
「りょ、領主様に連絡してくるぜ!」
そう言って、アクを転ばせたらしき男が走り出す。
その顔には嫌らしい笑みが張り付いている。
男は何かを思い出したのか、一旦家へと戻り、出てきた時には鞄らしき物を手にしていた。褒美を貰った時、入れる為の物なのだろう。
無意識に――眉間へ皺が寄る。
まるで自分の感情に呼応したかのように、指輪が妖しい光を放つ――だが、今回ばかりは止める気がしない。
右手がコートの内側に伸び、無造作に男の家へとナイフを投擲した。
狙い違わず、ナイフが家の壁へと突き刺さり、刀身から黒い炎が噴き出す。木で出来た家は一瞬で火が回り――黒煙に包まれていった。
「い、家が……俺の家がぁぁぁぁぁ!」
『――アッハッハッ! 火はいつ見ても良い、心が洗われるようだ!』
突然、口を突いて出た言葉に仰天する。
慌ててアクを背中に乗せ――この場から逃げ出す。勢いでこの指輪に身を任せてしまえば、大変な事になってしまいそうだ。
(放火魔みたいになってんじゃねーか!)
冷や汗を掻きながら、全速力で走り出す。景色が飛ぶように流れ、まるで自分だけが早送りで動いているようだった。
「ま、魔王様――だ、大丈夫なんですか、あれ!」
「ご、誤解するなよ、あれは暖を取ってやったのだ。むしろ、私の優しさと言っても過言ではない。うん、そんな気がしてきた!」
走り出した足はもう止まらない。
適当な事ばかり言う口も、もう止まらない。
「で、でも……! 少しだけ、すっきりしちゃいました!」
そう言って、アクが笑う。
それは出会ってから初めて見た“笑顔”だったかも知れない。
「そ、そうだろう! やはり、人の優しさというのは伝わるものだな!」
適当すぎる言葉に、今度は自分が噴き出してしまう。
気付けば、二人で大笑いしていた。
空を見れば、明るかった太陽が沈み、夜の帳が下りようとしている。この疲れ知らずの体なら、何処までも走れそうであった。
「魔王様、何処まで行くんですか!?」
体を吹き抜けるような風の中、アクが叫ぶ。
これまでその顔には、何処か暗さが見え隠れしていたが、今は年相応の明るさと輝きがあった。思わず――自分も歳を忘れて叫び返す。
「都会へ――“神都”とやらに行くぞ!」
こうして、軽い放火魔と化した魔王様と、明るい“悪”の旅が始まった。
二人が巻き起こす数々の騒動が、聖光国を大騒ぎさせていく事となるが……
――――それはもう少し、先のお話。
一章 -魔王降臨- FIN
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情報の一部が解放されました。
「ステータス」
攻撃や防御などの“1”とは、平均的な人間が持つ数値である。
これは子供であれ、大人であれ、変わらない。
つまり、“2”という数値であるなら、平均的な人間の2倍の数値。
まして“3”などになると3倍の数値であり、これが4や5ともなると……
強引に現代に当て嵌めるとするなら、
それは超一流のアスリートや、オリンピック選手などに近いと言えるだろう。
この世界における1と2ではかなり違いがあり、一つ上の数値へ行くには、大きな壁が存在している。それは“才能の壁”と言えるものかも知れない。
「気力」
様々な用途に使われ、魔法などもこれを消費して放たれる。
基本、これが尽きるまでは全力で動ける指数。
超一流の戦士ともなれば、50は備えているとも。
これは二時間もの間、全力で動ける数値だ。
九内の気力は600。
彼はGAMEの仕様上、24時間――常に全力で動けるようになっている。
どうしようもない“怪物”であり、“魔王”であった。