ユキカゼ、襲来
――神都
(最近はほんとに忙しすぎたな……)
久しぶりに“俺”は、一人で街を歩いていた。
一人ってのはいい。非常に身軽で、歩くスピードも自分の思うがままだ。
アクやルナと居ると、どうしても歩調を合わせる必要がある。何せ歩幅がでかい――魔王の体は能力だけではなく、体型までハイスペックなのだ。
全身が鋼の如き肉体なのは言うまでも無いが、その身長も187とモデル並だったりする。何だかんだで見栄えの良い男なのだ。
故に――歩いているだけで目立ってしまう。
「……おじ様、やっと会えた」
「何で魔王!? どうして!?」
見ると、以前に何度か会った二人組の冒険者だった。
片方は健康的な褐色の肌をした戦士であり、片方は透けるような白い肌を持つ魔法使い。何というか、アウトドアとインドアの極致のような二人組だ。
「ほぅ、久しいな」
重々しく告げてはみたものの、こいつらの名前が分からん。
もしかしたら、聞いたかも知れないがサッパリ忘れてるぞ。ここ最近は目まぐるしかったし、無理もない事だが。
この世界じゃ、名刺交換とかもしない訳だしなぁ……。
(ん……名刺、か。もしかしたら、流行るかも知れんな)
最近は金の事ばかり考えていた所為か、ついそんな事が頭に浮かぶ。
実際、ラビの村の特産品が人参だけというのも寂しい話だしな。他にも色々と考えてみるのも悪くないかも知れない。
「……おじ様はどうして神都に?」
「少し、冒険者ギルドとやらに用事があってな」
「……ギルドに? 何を知りたいの?」
「まぁ、北方の迷宮とかについてな」
本当は魔法を防ぐようなアイテムについて聞きたいのだが、わざわざ人に話すような事でもない。
それこそ、自分の弱点を晒すようなものだ。
「……国外の事を職員に聞いても得られるものは少ない。私が教える」
「ちょっと、ユキカゼ! 勝手に話を進めないで!」
「……じゃあ、ミカンは帰って。家で冷凍ミカンになってて」
「誰が冷凍ミカンよッ!」
なるほど、こいつらはユキカゼとミカンか。
分かりやすいというか、何というか。
このタッグはユキミカン、とでも略しておく事にしよう。
「……おじ様、この近くに行きつけの店があるの。今までのお礼を込めて、ご馳走する」
「以前にも言った筈だ。恩に着る必要はないと」
「……うん。“大切な事”だったと聞いた」
「その通りだ」
その言葉を言い終えた瞬間――白い手がこちらの手を優しく掴む。
こいつ、本当に白いんだな。
何だか溶けない雪のようでもあり、神秘的ですらある。
「……まだ昼だけど、そこはお酒も飲める」
「酒、か……」
久しぶりに飲みたくはある。
最近は一人でいれる時間なんてまるで無かったしな。
「……じゃあ、こっち」
「後ろを付いていこう。子供じゃあるまいし、手を繋ぐ必要は無いぞ」
「……ダメ。迷子になる。私が」
(お前がかよ!)
思わず素で叫びそうになったが、どうにか堪える。この子、見た目は図書館で本でも読んでそうな物静かなイメージだけど、天然なのか?
「……ミカン、先導して」
「分かったよ! 行けば良いんでしょ、行けば!」
どうも、ミカンという子には余り歓迎されていないらしい。
まぁ、魔王なんて呼ばれているし、好かれるような要素もないだろうが。
それもこれも、村の経営が上手く行くまでの我慢だな。
「……恋の迷宮。ラビリンスラブ」
(何言ってんだ、こいつは……)
案内された先にあったのは、ノマノマと書かれた看板がかけてある店であった。
時間はまだ早いが、店内にはかなりの客が居るらしい。漏れ聞こえる声に耳を傾けると、酒を飲んで盛り上がっている男女の声が聞こえてくる。
「オーナー、エールを三つ! 客を連れてきたわよッ!」
「おや、ミカンじゃないかい。珍しいね、あんたが客なん……えっ!?」
店に入ると、女主人と店内の客が一斉にこちらへ向いてくる。
とんでもない注目度だ。
俺、何かしたっけ……いや、もしかして、先日の騒ぎの時に居た連中か?
「噂の魔王様じゃないかい! ミカン、でかしたよ!」
「おぉ、あんたか!」
「こっちのテーブルに来てくれよ! 一杯奢るぜ!」
「んぉ? 誰だ、あれ?」
「バッカ野郎! この前、カーニバルをぶっ飛ばした旦那だよ!」
「おい、暇してる連中も集めてこい!」
(おいおいおいおい!)
店の連中が慌しく動き始め、店内が騒然としていく。
俺は話が聞きたかっただけだっつーのに!
「……おじ様、ここに座って」
「うむ」
案内されるまま、とりあえず壁際のテーブルに座る。
とてもじゃないが、落ち着いて飲める雰囲気ではなさそうだ。女主人がエールを豪快にテーブルへと置き、先日の礼を言ってくる。
「この辺りの店も、皆あんたにゃ感謝してるんだ。今日は幾ら飲んでも、こっちの奢りにさせて貰うよ!」
女主人がこちらの肩を叩き、豪快に笑う。
マダムといい、この女主人といい、そこらの男顔負けの気風の良さだ。
何はともあれ、まずは飲ませてもらうとするか。話はそれからだろう。
ジョッキへと手を伸ばすも、ユキカゼが横からジョッキを掴み、こちらの膝にちょこんと座ってくる。
「何をしてる……?」
「……おじ様に飲ませる」
「すまんが、自分で飲ませてくれ」
何処の場末のキャバクラだ。
昼間からこんな格好で飲む馬鹿が何処に居る。大体、酒っていうのは誰にも邪魔されず、自由で救いがなきゃダメなんだ。
ユキカゼを膝から降ろし、ようやくエールに口を付ける。
「うん、美味いな」
ここ数日の疲労は、この為にあった気がしてくる程だ。
久しぶりの酒に感動していたら、持っていたジョッキを横から奪われ、ユキカゼがそれをコクコクと飲み干す。
何で自分のエールもあるのに、俺のを飲む?
「ん……おじ様の、喉に、絡んで……」
「妙な言い方をするな」
こいつら、揃いも揃っておかしな言い方ばっかりしやがって。
衛兵さんに引っ張られるって言ってるだろ!
「……間接キス。恋はバブリシャス」
「すまんが、ちゃんとした言語で話してくれ」
「ユキカゼちゃんは相変わらずだねぇ。ほら、つまめるもんを持ってきたよ」
「ほぅ、これは――」
炒めた豆のようなものや、肉の串焼き、野菜の炒め物などが次々とテーブルの上へ置かれていく。見た目も香りも、悪くない。
ヤホーの街で食ったのは余り美味くなかったが、ここはどうだろうか?
見た目から濃そうなタレがかけられている串焼きを、口の中へ放り込む。
「これは……普通に美味いな」
「普通にって、あんたも失礼な言い方するねぇ」
「すまない、他意はないんだ。ヤホーの街で似たような物を口にしたんだが、余り美味くなかったんでな」
「あぁなるほどねぇ。でも、あんなところとウチを一緒にされちゃ困るよ」
女主人が豪快に笑い、カウンターの奥へと戻っていく。この女主人は、中々腕が良いのかも知れないな。
そんな事を考えていたら、持っていた串をユキカゼに奪われていた。
こいつ、人が口にしたものばかり手を付けてないか?
「ん……おじ様の、濃くて……ドロドロしてる……」
「だから、妙な言い方をするな!」
こいつ、天然とかじゃなくて痴女じゃないのか!?
さっさと本題に入らないと、いつまで経っても無限ループしそうだ。
「で、そろそろ話を聞かせてくれ。私はこの辺りの風習や、冒険者のシステムなどに疎くてな」
本当はすぐにでも魔法に効果のあるものを聞きたかったが、用心深く、冒険者という職業やそのシステム、ギルドの役割などから聞いていく。
大方、俺のイメージしていた冒険者像と大きな違いは無い。魔物を倒して報酬を得たり、迷宮や遺跡からお宝を発掘するというのもお約束だ。
ギルドは依頼を受付け、それを斡旋して仲介料を取ったり、魔物の体の一部を買い取り、商会へと卸したりするらしい。
腕の良い冒険者を抱えている所は、中々に羽振りが良いようだ。それだけに引き抜き合戦も盛んなようで、ランクが上がれば待遇や条件面で次々と優遇されていくらしい。
(何だか、プロのスポーツ選手みたいだな)
プロ野球や、サッカーの選手などが頭に浮かぶ。
あれも実力があれば、色んなチームからスカウトが来て金を積まれる。
その中から、条件の良い所を選べるという訳だ。
「……稼げない時は傭兵をする人も居る」
「傭兵、ね」
そして、実力が足りない者は、それこそ何でもやるしかない。この辺りも、似たような感覚と思って良いんじゃないだろうか。
「……潜っても空振りしたり、魔物が少ない時期もあるから」
「ま、安定した収入とは無縁だろうな」
公務員じゃあるまいし、毎月決まった給料にボーナス、という訳にもいかないのだろう。俺からすれば、命懸けの自営業といった感覚に近い。
話を聞いていると、普段は人夫のような仕事をする事も少なくないようだ。
何というか生々しい現実というか、夢の無い話というか。
「……今は戦争期だから、暇してる人も多い」
「戦争期?」
「……戦争期は北方諸国に入るのが難しくなる。密偵や工作員も多いから」
「その口振りだと、逆に休戦期もある訳か」
「……うん」
長く戦争が続いている為、自然と休戦期も設けるようになったらしい。
そりゃ、年中戦争してたら生産も農業もクソもないだろう。
全員纏めて、お陀仏になるだけだ。
「思ったより、多くの話が聞けたな。感謝する」
「……おじ様になら、何でも答える」
そう言いながら、ユキカゼが隣に来て密着してくる。どういう訳か、その手もこちらの太腿の上に置かれていた。
こいつ、距離が近すぎないか? 馴れ馴れしいってレベルじゃないぞ。
「そ、それで……迷宮から発掘出来る品とはどんなものがあるんだ?」
「……すりすり」
「頬擦りするな。私は真面目に聞いてるんだ」
「……私も至って真面目。出来杉君」
「お前は何を言ってるんだ?」
苦労しながらもどうにかこうにか、発掘品についても聞いていく。
大まかに分けると、この世界の武具は5種類に分かれるらしい。普通の金属や皮などから作られるノーマルと呼ばれるもの。
これはまぁ、分かりやすい。
他には魔物の牙や皮、鱗などから作られる固体と呼ばれるもの。
相当に腕がなければ、加工する事は難しいらしい。
そして、特殊な金属や素材から作られる最上級と呼ばれるもの。これに関しては人間では加工出来ず、ドワーフなどが得意としているらしい。
そして、一部のSランク冒険者などが所持しているらしい特異と呼ばれるもの。ユキカゼも詳しくは知らないようだ。
最後に、伝説と呼ばれるものがあるらしいが、いつだったかルナが自慢してたような気がしないでもない。
あいつの杖がもしかして、そうなのかも知れないな。腐っても聖女だし。
「……未発見のアイテムを探したりもする。名付け親になれる」
「ほぅ、それは興味深いな」
「……二人で名前を考えてつけよ? 字画にもこだわる」
「新婚かッ!」
ダメだ、こいつと居ると調子が狂う。
あの褐色ミカンのように一方的に避けられるのも困るのが、馴れ馴れしすぎるのも考えものだ。
とは言え、得られたものは結構ある。最後にもう一つだけ確認しておくか。
「例えば、店で売っている物に良品はないのか?」
「……広く流通している物は量産品。高い効果は望めない」
「金さえ出せば、良い品も入るんじゃないのか? 魔法に効果のある物や、固い鱗を切り裂く剣だとか」
「……第四魔法や第五魔法を防ぐには、特異級が必要。おじ様の武器なら、どんな敵にも対処出来ると思うけれど」
「ふむ――」
確かに、ソドムの火はGAMEの中でも最高の数値である50の武器だ。
それを言えば、不夜城に居た面子は全員が50のものを所持しているが、其々に特徴がある。ソドムの火なら、火傷を与える効果があるし、悠の手榴弾などは通常攻撃であっても広範囲に渡ってダメージを与える。
(いずれにせよ……一度行って、自分の目で確かめるべきだな)
人から聞く話だけでは、全ての判断は出来ない。
実際に行って、この目で確かめるべきだろう。幸い、村の方は準備も整った事だしな……後は田原が居れば何とでもしてくれるだろう。
むしろ、あいつに丸投げした方が確実に高い成果を出してくれる。
「北方、か……まぁ、一度行ってみる事にするさ」
「……おじ様、北に行くなら私も連れていってほしい」
「君を?」
「……私はこう見えてBランクの冒険者。役に立つ」
コートの袖がぐいぐいと引っ張られる。
確かに、道案内をする者や経験者は欲しいところではあるが。側近達は村の事があるから連れていけないし、子供連中を連れていくのも危険だ。
特にトロンなど、村から出れば討伐されかねない。
「そうだな、迷惑でなければ近い内に頼むとしよう。何事も、最初は先人から学ばねばな」
「……任せてほしい。きっと力になる」
ユキカゼが嬉しそうに、こちらの目をまっすぐに見てくる。
たまに妙な事を口走っているが、改めて見ると物凄い美少女だな。この悪人面と二人旅なんかしてたら、検問とかで止められそうな気がしてきたぞ。
「……今なら、オマケにミカンも付いてくる」
「勝手に人をいれんなっ! オマケってなによ!」
「ふむ――なら、宜しく頼む」
「頼まれないわよ! 勝手に二人で行け!」
「……二人でイケ。ミカンはふしだらな子」
「あんたはもう、黙っててっ!」