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魔王様、リトライ!  作者: 神埼 黒音
四章 魔王の躍動
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マダム、温泉旅館へ

(これもまた、見た事がない建物ね……)



 サンボが慌しく村を去り、マダムは男性バニーの案内の下、温泉旅館の前に立っていた。何とも言えぬ不思議な建物である。

 見た事もない木のような植物が周囲へびっしりと植えられ、これまで感じた事のない、何処か静謐な雰囲気が漂っている空間であったのだ。



(察するに、“和み”と“癒し”といったところかしら……)



 マダムは妹と違い、芸術や美術にはそれ程の興味はない。だが、妹と同じく、その審美眼は非常に優れている。

 温泉旅館を見て、すぐに本質を見抜いてしまった程だ。ただ、彼女の興味は自らの“美”や“健康”などに向けられており、姉妹でありながらも、目指すところはまるで違っていた。



(何だか、眺めているだけでも風情があって良いわね……)



 慌しい喧騒から離れ。

 鄙びた村で。

 不思議な時間を過ごす。


 耳をすませば。

 風に乗って、鈴のような音まで鳴っている。



(ふふっ、おかしいわね……何だか、子供の頃に戻ったみたい……)



 何故だろうか――?



 マダムはついぞ思い出す事も無かった、自らの子供時代を思い出していた。まだ何も知らなかった頃は、ほんの少し遠くへと足を伸ばし、知らない街並みの中を歩いているだけで“大冒険”であったのだ。

 マダムだけではなく、誰もがそんな遠い日の記憶を持っているに違いない。


 静かな鈴の音が響く中、マダムは遠い記憶の中へと入り込む。


 子供の頃は妹とも仲が良く、二人で屋敷の中を探検したり、時にはこっそりと抜け出し、街の中へ出掛けては大目玉を食らった事もある。

 畑に生えているスイカを勝手に割り、二人で食べた事もあった……。



「とても、良い音色ね……」



 何故、この音を聞いていると遠い日の断片が浮かぶのか?

 マダムには不思議で仕方がなかった。



「――私の国では“風鈴”と呼ばれているものですよ」


「ふう、りん……」



 その声に応えるようにして、魔王が姿を現す。

 そして、恭しく手を伸ばすと――マダムを旅館の中へと導いた。



「改めて、ようこそ――“私の世界”へ」



 それは――魔性の言葉であったに違いない。強力な魔法でも帯びているのか、その台詞はマダムの耳朶に長く残る事となった。




 ■□■□




「「いらっしゃいませ、お客様!」」



 タキシードを着た見目麗しい男性バニーが両側に並ぶ中、二人がその中央を堂々と歩く。二人が建物の前に立った瞬間、透明なガラスの扉が自動で開き、思わずマダムの体がビクリと動く。


 周囲を見回すも、人は居ない。建物の中に目をやると、目に飛び込んできたのは目を剥くような扇情的な衣装を纏った女性バニーであった。


 勿論、バニースーツを纏ったキョンとモモである。田原が熱心に教育をした結果、「ま、短い時間なら大丈夫だろ」とGOサインが出たのだ。

 見ているマダムの方が赤面してしまうような、“物凄い衣装”である。



(表の静謐な空間と、この違いは一体、何なのかしら……)



 余りの落差に、マダムがつい考え込んでしまう。

 マダムからすれば、この魔王が無駄にこんな衣装を着せた女性を用意する訳がないのだから。やがて、聡明な彼女は一つの結論を導き出す。

 魔王が何度も口にしてきた「美」と「幸福」という単語を。



「この二人こそが“象徴”と“研鑽”である、という事ね――?」



 バニーは種族として元々、男性も女性も美形が多いのだ。

 それが、こんな扇情的な服まで身に纏ってしまえば、その魅力は弥が上にも増すというものだろう。全身、その全てが女の武器であるといっていい。


 だからこそ、彼女は想う。

 ここに通えば、この二人のように美しくなれる、という象徴であろうと。生きた見本と言い換えてもいいかも知れない。


 そして、ここを訪れる女性はみな、彼女達を見ては奮起し、研鑽を忘れぬよう気を引き締める事だろう。

 だからこそ、こんな衣装を着せてわざわざ入り口に配置しているのだ。



「ふむ――――」



 魔王はマダムの問いに、決して短くない沈黙を続けた。

 やがて、諦めたかのように口を開く。



「困りましたな――貴女には、隠し事が何も出来ぬらしい」



 魔王が両手を広げ、珍しく剽げた仕草をした。

 それを見て、マダムも会心の笑みを浮かべる。ようやく、この男から一本取れた、といったところであろう。

 だが、建物に足を踏み入れたマダムを待っていたのは驚愕の嵐である。



(なるほど、だから靴を脱げと言ったのね……)



 まるで、鏡のように磨き抜かれた木の床である。

 実際、マダムの姿が映っているのだ。

 そして、何よりの驚きは――“紙で出来たドア”であった。



「これ、は……貴方は途方も無い事を考えるのね……」



 一体、どういう発想がこんな物を生み出したのか――?

 触れるのが恐ろしくなる程の精巧な“絵”が描かれているのである。それは鶴であったり、亀であったり、時には華やかな蝶などであった。

 それらが艶やかな極彩色で描かれているのだ。


 マダムからすれば、それはドアではなく“一枚の絵画”なのである。それも非常に魅力のある、エキゾチックな香り漂う名画であった。



「こんな名画を“ドア”にしちゃうなんて……本当に、貴方ときたら……」


「これは“襖”と言いまして――まぁ、私の“好み”ですな」


「こ、好みって……」



 マダムが呆れたような声を上げる。

 万金の価値があろう名画を何故、ドアにするのか?

 マダムには分からない。人の手が触れる以上、必ず汚れも付くであろうし、時には破れる事すらあるかも知れない。

 そこまで考えた時、マダムの頭に電流が走った。



「どれだけ泥に塗れようと、美しいものは美しい――そう言いたいのね?」



 マダムからすれば、それは激しく同意出来る話であったのだ。

 美を求める女性の“過程”とは、どれも涙ぐましい程の努力があり、世の男性が見れば、思わず一歩も二歩も後退りしてしまうような泥臭いものばかりである。

 だが、その泥臭さがあってこそ――はじめて女は輝くのだ。

 それはある種、マダムの信念であるといってもいい。



「言葉ではなく、こんなもので示すなんて……これは貴方の優しさ? それとも、気付かない女への意地悪なの?」


「ふむ――――」



 魔王はその問いに、決して短くない沈黙を続けた。

 やがて、諦めたかのように口を開く。



「今は“両方”である――そう言っておきましょうか」


「もうっ、本当に困ったお人ね」



 マダムが嬉しそうに笑う。

 この一見、豪胆にして摩訶不思議な力を持つ男にも、こんな繊細でさりげない一面もあるのか、と。

 マダムからすればある意味、女の“智”を試しているような姿でもあり、逆にこの男の奥ゆかしさも感じてしまう、不思議な感覚であった。


 廊下を進んでいけば、所々に置かれている壷や皿、紐に掛けられた絵(掛軸)などが目に飛び込んでくる。マダムからすれば、どれも逸品ばかりだ。



「妹が見れば、きっと発狂しちゃうわね……こんな美空間……」


「ははっ、それは光栄ですな」



 目を白黒させながらマダムが温泉の入り口へと辿り着くと、中からルナが慌しく出てきた。その顔は満面の笑顔である。



「もうっ、マダム! 遅いじゃない! ほら、早く早く!」


「あらあら、今日は随分とご機嫌なのね」



 ルナは本来、巨大な影響力を持つマダムを苦手としていたのだが、今日は違う。何せ、この女帝ともいえる人物に“思いっきり自慢”しまくれるのだ。



「では、私はここで――ごゆるりとお楽しみ下さい」



 魔王のそんな言葉を皮切りに、ルナが嬉しそうにマダムの手を引き、温泉の中へと連れていく。二人が去った後、廊下には長い沈黙がおりた。

 やがて、魔王が長い息を吐き出し、ポツリと呟く。



「適当に合わせてみたが……大丈夫だよな?」



 魔王が煙草を咥え、一仕事終えたといった姿でロビーへと向かった。




 ■□■□




「さぁ、マダム。行くわよ!」


「ふふ、今日のルナちゃんは元気ねぇ……」



 服を脱ぎ、扉を開けると――

 そこにはマダムが見た事もない光景が広がっていた。


 まず、見渡す限りの広大な空間である。

 そこには様々な形をした浴槽らしきものがあり、視界を覆う程の白い湯気に満ちていたのだ。床には綺麗に形が整えられたタイルが一面に敷かれており、その精巧さときたら魔法で作られたとしか思えない程だった。


 遠くには平べったい石で作られた道のようなものもあり、驚くべき事に、その隙間には小さな白い石がびっしりと敷き詰められているのだ。

 まさに、マダムからすれば見渡す限りの異空間である。



「これ、全てがお湯なのかしら……信じ難い空間ね……」


「ちゃんと水風呂もあるわよ?」



 違う、そういう事が言いたいんじゃない、とマダムは思ったが、ひとまず黙る。

 まずはルナに説明や案内をして貰わなければ、分からない事が余りにも多すぎたのだ。ルナが何かスイッチらしきものを押すと、勢い良く細分されたお湯が噴き出し、マダムを驚愕させた。



「な、何よっ、これ……どういう魔石の使い方なの……!?」


「シャワーっていうの。さ、まずは体を洗いましょ」


「お背中を流しますピョン♪」



 キョンが石鹸とタオルを片手に、マダムの背を手際良く洗い流していく。マダムの巨体を考え、その背を流す為に練習を重ねたのだ。

 お陰でモモの背中は真っ赤になったが、その成果はきっちりと現れていた。


 マダムとしても、自分の体が大きいが故に、背を洗わせる事には慣れていたが、ここの石鹸は特別製である。GAME会場で一回投げたら終わる消耗品の石鹸と、温泉旅館に置かれている最高級の石鹸では“書かれている設定”が違うのだ。



「何だか、皮膚に溜まった汚れが根こそぎ落ちていくのを感じるわ……」


「でしょ~? 私もこれがないと、もう生きていけないもの」



 ルナも熱心に自分の体や顔を磨く。

 洗えば洗うほど、肌がピカピカになっていくのだから無理もない。

 最後にキョンが全身へシャワーをかけ、泡を勢いよく流す。マダムは何だか、皮膚を一枚丸ごと脱いで、新品になったような気分になってしまった。


 次にモモがシャンプーとリンスを片手にマダムの後ろに立ち、髪を綺麗に洗いながら、頭皮のマッサージを行っていく。これもキョン相手に練習を重ねた成果がきっちりと出ていた。


 お陰でキョンはウサミミの毛までサラサラになった程だ。

 モモの指が無言で動く。

 田原から「お前はしゃべるな」と言われているのである。


 頭皮を撫でるように、時には髪を労わるようにして指が踊る。

 髪に纏わりついていた砂埃が、頭皮に溜まった汚れが、根こそぎ洗い落とされていく心地良さに、マダムは思わず呻き声をあげた。



「あぁ……はぁぁぁ……」



 この国の女性は太陽に晒され、肌や髪に結構なダメージを負っているのだ。

 それが、少しずつ再生していくかのようであった。実際、シャンプーには汚れを落とし、リンスにはダメージケアの効果がある。

 最後にシャワーを浴び、頭皮ごとスッキリしたところで、マダムが恍惚とした表情で思わず洩らす。



「何だかもう、これだけで満足しちゃうわね……」



 実際マダムからすれば、これだけで金貨を数枚払っても良いと思える気分であったが、それを聞いたルナは慌てたように大声を上げる。



「ちょっと、マダム! 何を言ってるのよ! 私の自慢はこれか……じゃなくて、まだ案内すら始まってないんだからねっ!」


「ルナちゃんは相変わらず“我侭”で“素直な子”ねぇ……」



 マダムが思わず苦笑したが、ある意味では新鮮でもあったろう。

 常に何枚もの仮面を被り、決して本音を見せず、言質を取らせず、虚飾の塊ともいえる社交の世界で生きてきたマダムからすれば、ルナのような存在は天然記念物とでもいえるものである。



「もう、マダム! 早く行くわよ!」


「はいはい……」





色んな勘違いが続く中、マダムが遂に温泉へ。

ラブコメのタグを付けている癖に、温泉回の主役がマダムという暴挙。

やはり、この魔王は邪悪な存在だった(確信)





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