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魔王様、リトライ!  作者: 神埼 黒音
四章 魔王の躍動
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変化していく村

 ――数日後 ラビの村 「銭湯」



「あぁ~心がウサウサ~」


「肌がピョンピョン~」



 バニー達が朝の畑仕事を終え、銭湯の湯に浸かっていた。

 先日まで畑に撒く水にすら困っていた事を考えると、とんでもない変化である。何せ、ボタンを押せば水やお湯が幾らでも出るのだ。


 椅子が多数並べられた前には、目を剥くような綺麗な鏡が一枚一枚設置されており、その上部にある不思議なシャワーからは細かく分けられたお湯が勢い良く噴出され、それを頭に浴びる心地良さはこの世のものとは思えない。


 その上、貴族くらいしか使えないはずの石鹸までが山のように置かれており、当然のようにシャンプーやリンスまで設置されていた。

 石鹸はまだしも、シャンプーやリンスの意味がよく分かっていないバニー達は、それらには手を付けていなかったが、いずれは使うようになっていくだろう。



「ウササー! 水風呂で消毒だぁー!」



 複数の子供達が水風呂で元気良く遊んでいたが、これもまた、銭湯でよく見る光景である。

 銭湯の方はバニーに無料開放している上、二十四時間いつでも入れるとあって、朝と夜に入る者が多い。


 ちなみに、床や椅子などの掃除は必要だが、湯や水は自動で循環し、常に清潔さが保たれる仕様となっている。

 銭湯はまだ清掃範囲が少ないといえるが、温泉旅館の方はそうはいかない。

 今日も、田原がバニー達へ清掃の仕方を熱心に指導していた。



「いいか? 温泉の区画はこのブラシやタワシで磨くんだ。洗剤も惜しむなよ?」



 田原が自ら手本を見せつつ、床や壁を磨いていく。

 タイルの部分もあれば、鄙びた石を敷き詰めている箇所もある。其々に洗い方や、使うブラシも違う。

 まして、温泉は素足で歩くし、垢も溜まりやすい。田原が各区画の清掃を指導しつつ、バニー達もそれに対し素直に従っていた。


 これ程にとんでもない施設を作り、毎日のようにパンや野菜まで届けられるようになったのだ。何とかこの恩を返そうと、バニー達は至って真面目な姿勢で仕事へと取り組んでいた。


 清掃の指導が一段落し、田原が休む間もなくロビーへと足を運ぶ。

 そこにはバニースーツを着たキョンとモモが居た。



「温泉旅館にバニースーツかぁ……最初はどうかと思ったが、意外とイケるもんだな。何せ、本物の兎人間だしよ」


「こ、この服……恥ずかしいんですけど!……ピョン」


「あんたら変態ウサ」



 二人が胸を隠しながら、田原へ恨みの篭った視線をぶつけたが彼の表情はまるで変わらない。

 彼にとって、妹以外の女は“女では無い”からだ。



「こんなもん慣れだ、慣れ。何ならケツでも振ってサービスしてやれ」


「絶対にイヤピョン!」


「ウザッ!……じゃなくて、ウサっ!」


「んな事より、客を迎える姿勢の復習だ。おじぎはしっかり深く、三秒は頭を下げとけ。笑顔とハキハキした声も忘れんなよ」




 田原が懸命に仕事をこなしていたが、肝心の魔王は――




 何故か、病院の診察室で上半身を裸にされ、悠から検査を受けていた。

 魔王が椅子に座り、鋼で出来たような背を悠へ向けている。その“鋼”へ、悠が聴診器を当て、うっとりした表情を浮かべていた。



「私は、健康そのものだと思うのだが……」


「いえ、万が一の事を考え、定期的に検査は行うべきです。長官に何かあれば大変な事になりますから」


「まぁ、そうだな……」



 背を向けている魔王には、悠がどんな表情を浮かべているのかは分からない。

 言葉だけ聞いていると、至極もっともな事を言っているのだから尚更だ。悠が聴診器を外し、その白磁のような指で直接、背を触っていく。


 悠の呼吸が段々荒くなり、その顔には赤みが差していったが、それを受けている魔王の顔は段々青くなっていく。

 赤と青のコントラストである。



「も、もう大丈夫じゃないか……? 体調が悪くなった時に、また頼むとしよう」


「いけません、長官。まだ検査は終わっていません」



 悠の手が背中から前へと回り、その胸を背に押し付けながら胸板へ指を這わせる。最早、検査でも診察でもない、別の何かへと変わりつつあった。



「とても、厚い胸板です……固くて、雄々しくて……」


「そ、そろそろ、私は次の仕事があるのでな――また次の機会に頼む」


「あぁん、長官……」



 悠が未練がましい目を向けたが、魔王は服を掴んで立ち上がり、慌しく診察室を出ていく。

 その額には脂汗が浮かんでいたが、爆ぜろというべきなのか、同情すべきなのか、よく分からない光景であった。




 ■□■□




 ――西の大鉱山地帯 ドナ・ドナの館



「カキフライの女狐がっっ! ワシの顔に泥を塗りおって!」



 ドナ・ドナが豪勢な朝食を口へ運びつつ、テーブルを荒々しく叩く。

 先日行われた競売でドナ・ドナは《オルゴール》なる摩訶不思議な魔道具をマダム・カキフライに掻っ攫われたのだ。

 あの時の悔しさを思い出す度、ドナ・ドナの怒りが高まっていく。



「あのような品は、私のような本物の貴族こそが持つに相応しいのだ! それをあの脂肪の塊めが……何が国一番の収集家か!」



 ドナ・ドナが醜い肉を揺らしながら叫ぶ。

 彼のように大勢の貴族を従えるような存在にとって、珍しい品を手元に置く事は外せない要素なのだ。


 時には、それらが金銭よりも遥かに求心力を発揮する事もあるのだから。

 故に、少しでも力のある貴族は美術品や芸術品を掻き集め、それらを誇示する。当然、そこには珍しい武具すら含まれるのだ。



「大金貨四十二枚だと……ふ、ふ、ふざけおってぇぇぇぇッ!」



 遂に怒りが堪えきれなくなったのか、ドナが両手をテーブルへ叩き付ける。衝撃で料理を乗せた皿が何枚も床へ落ちたが、彼は視線もくれない。


 近年の競売では以前のような値を告げ、張り合っていく形式が改められたのだ。本人達が予想している以上に落札額が大きくなってしまうケースが多く、互いに理性の範囲内で収めようと暗黙の了解の下、ルールの改定が行われた。


 それは、品を見て――其々が値を書いた紙を投票箱に入れるというもの。


 これならば、自分が想定している以上の金銭を支払う事はない。以前の形式では熱くなって落札したはいいものの、落ち着いてみれば恐ろしい金額になっている事に気付き、後になってキャンセル騒ぎなどが度々起きていたのだ。


 この新しい形式で競売を行えば、そんなトラブルも発生しない――

 当初はそう思われていた。


 だが、この形式はこの形式で、激しい“心理戦”が起きるのだ。何せ――後にも先にも、一度しかチャンスが無い。どうしても欲しければ、思い切った値を付ける必要がある。


 だが、周囲はそれ程に値を付けているのかどうかは分からない。周りは大した金額を付けていないのに、自分だけが馬鹿のような値を付けて大損するケースとて考えられるだろう。



「旦那様の出された金額は、問題無かったと思われます――」



 ドナの後ろで、姿勢を正しながら立っていた男が見かねて声をかける。

 ドナが北で雇った“アズール”という男だ。


 その界隈では、腕利きの暗殺者として知られている。その容貌は男とは思えぬ程に非常に整っており、その肌まで陶器のように白い。

 ドナは彼の事を暗殺者として雇ったが、中々に知恵も回り、見た目も良い事から普段は執事のようにして使っている。



「旦那様の、大金貨四十枚を超えてくるなど……」



 ドナは当初、オルゴールに大金貨三十八枚という途方もない金額をつけた。

 十分すぎる数字であり、他者を蟻のように潰せる金額であろう。

 だが、カキフライの存在を考え、ドナは用心深く更に二枚の上乗せを行い、四十枚という鉄壁の数字を弾き出したのだ。

 文化や価値の違いを度外視すれば、それは日本円にして八千万に相当する。



 だが、勝者として名を呼ばれたのはカキフライであった――



 競売の場に詰め掛けていた大勢の貴族達は、高々と告げられた大金貨四十二枚という金額に驚愕し、遂にはカキフライの豪胆さに万雷の拍手が起きた。



「大金貨四十二枚とは……マダムはいつも我々を驚愕させてくれるわ!」

「かの婦人があれ程の値を付けるとは……何とも幸福な魔道具であるな」

「マダムこそ、貴族の中の貴族よ!」

「マダム・カキフライの勝利に乾杯ッ!」



 あの拍手、あの畏敬、一瞬で場を飲み込んだ尊敬の嵐――

 あれが、あれこそが、貴族としての“力”となるのである。ドナ・ドナからすれば、衆人環視の中で完全に面子を潰された格好だ。



 あのような場で、“読み合い”に負けるなど貴族として致命的であろう。



「クソ……クソッッ! アズール! どうにか奪えんのかッッッ!」


「かの品は、既にカキフライ様の所有物であると知れ渡っております。奪う事は出来ましょうが、下策であるかと」


「ならばどうせよと言うんじゃ! ワシに泣き寝入りをせいとほざくかっ!」


「いっそ、オルゴールなる品を持ち込んだ人物に話を付けては?」



 アズールとしては、主が妙な暴走を起さぬよう、さりげなく誘導したつもりである。忠誠心などは欠片も無いだろうが、主が没落しては自分の食い扶持も無くなるのだから当然の行動であった。



「フン、それが出来れば苦労はせん……その男、いつの間にか“三番目”の後見人のような立場に収まっておるらしい」


「それ、は……」



 アズールも当然、その男の噂は聞いていたが、まさかオルゴールを持ち込んだ人物であるとは想像もしていなかったのだ。彼が街で聞いた噂では「魔王」などと呼ばれる恐ろしげな男であり、あの不思議な音色を奏でる品を持ち込むような“優しげ”なイメージとは程遠いものであった。



「“我が妻”であるホワイトからも、あの男との接触は厳に禁ずる、とまで言われての。アーツの愚か者はただ頷いておったが」


「……左様ですか」



 ぬけぬけと我が妻、などと勝手に言っている姿にアズールが一瞬、顔を顰める。

 彼はこの国の出身ではないが、少なくともあの高潔な女性がこんな男の妻になるなど、想像もしたくないと思ったのだ。



「まぁ、よい……いずれ、その男が持っている品を根こそぎ奪ってくれるわ。その時、あのカキフライがどのように顔を歪めるか楽しみじゃわい」


「はい――」



 取りあえず、暴走だけは避けられた事にアズールは安堵しつつ、その魔王と呼ばれる人物への警戒を強める。

 その姿は、語る者によって千変万化のように変わるではないか、と。

 ある者は大富豪といい、ある者は魔王といい、ある者は海の向こうからやってきた貴人であるなどと言う。



(主の様子を見ている限り、いずれは敵対する事になるのでしょうね――)



 ドナの屋敷ではそんなやり取りが行われていたが、ラビの村ではそれどころでは無かった。

 マダム・エビフライの来訪が近付いていたのである。








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