踊る詐欺師と大金貨
――ヤホーの街 ナンデン・マンデンの店
「これは……一体、どういう魔道具なのですか!?」
魔王が厳かにテーブルの上へオルゴールを置き、そのネジを巻いた瞬間、マンデンの目が驚愕に見開かれた。
どういう力が働いているのか、そこから心に染みるような音が溢れ出したのだ。
不思議な事に、聞いていると何処か懐かしい風景が浮かぶような、それでいて心が落ち着き、涙までも出そうになる絶妙な音色である。
「驚かれるのはまだ早い――もう二種類のネジがありましてね」
魔王が別の色のネジを差し込み、それを軽やかに回す。
すると、今度は明るい音色が部屋の中へ響き出し、聞いていたマンデンの顔も、つい綻んでしまう。
「これもまた、“海の向こう”の品でありますか!?」
「その通りです。私の国では、冬の夜などにこれらを鳴らし――ワインを嗜む、というのが雅な者達の間で流行っておりまして」
「これは、とんでもない逸品ですな……楽器も要らず、楽師を呼ぶ必要もなく、これ程簡単に音を楽しめるなど」
「舞踏会や社交界では、それらも必要でしょう。ですが、一人で部屋に居る時や、少人数の集まりではこちらの方が仰々しさもなく、スマートです。それに、持ち運びも簡単ですからな。楽団を連れて歩くなど――私に言わせれば品が無い」
魔王の言葉に、我が意を得たりとマンデンが頷く。
貴族の中にはこれみよがしに楽団を引き連れ、旅行先にまで引っ張っていく者も居るのだ。まるで、それが貴族の嗜みである、と言わんばかりに。
マンデンからしても、そういった姿は失笑を誘うものであった。
「で、この品は――如何ほどの値でありましょうか」
「私としては、マンデン氏に価値を決めて頂きたいと思っています」
マンデンが目を見開き、ごくりと唾を飲み込む。
事もあろうに、このとんでもない品を目利きせよ、と言うのだ。下手な値段を付けてしまえば、見限られるかも知れない。
マンデンの身に、そんな恐怖が走る。この魔王が持ち込む品は摩訶不思議なものばかりであり、絶対に逃せない顧客なのだ。
「九内様のお国では、さぞ高い価値があったのでしょうな……」
「さて、この手の“美”や“芸術”に関連する品というのは、見る者・持つ者の感性によって大きく変わるものですからな」
マンデンがさりげなく探りを入れるも、魔王がそれを絶妙な言葉でかわす。
言質を取らせない、というより、相手を試しているような風情だ。少なくとも、マンデンからすれば、魔王の態度はそうとしか見えなかった。
暫く懊悩していたマンデンであったが、とうとう諦めたのか、腹を括ったのか、搾り出すような声で言う。
「正直に申しますと、私にはこの品を競売に出した時、どれ程の値が付くのか想像が付かないのです……」
「ふむ――それなりの値になる、とお考えですか?」
「それは勿論です! このような摩訶不思議な品、欲する者は探せば幾らでもおります!」
「なるほど――では、競売にかけた際の最低金額は幾ら辺りとお考えですか?」
きた、とマンデンは思った。
その値で判断するつもりなのだ、と――
ここでしくじれば、魔王は他の店へこの品を持ち込むであろう。美術商など、それこそ探せば幾らでも居るのだから。
一度だけの損失ではなく、今後の取引からも外される可能性がある。
マンデンは腹を括り、思い切った値段を口にした。
実際に、それを最低金額とするつもりだ。
「私なら、最低でも大金貨十五枚から始めるでしょう。それを払えないような人物は、競売の場に立つ資格が無いといえます」
その言葉に魔王が目を閉じ、耳が痛くなってくるような沈黙を続ける。
マンデンにとって、運命を左右する地獄のような時間であった。
その沈黙は長かったのか、短かったのか――魔王が厳かに口を開く。
「――流石の“慧眼”ですな。私が見込んだ人物だけはある」
魔王がそう言いながら立ち上がり、マンデンへ勢い良く手を伸ばす。
握手をかわしながら、マンデンは思わず涙が出そうになった。この海の向こうからやってきた、不思議な人物の信頼を得られた事に。
聖女ともただならぬ関係である事を考えると、マンデンからすればこの男は遠国の貴人であるとしか思えないのだ。
それも、とんでもない品を多数所持している宝の山のような人物である。
魔王は大金貨十五枚という途方も無い金額を受け取り、ほくほく顔で店を出たが、その後、オルゴールはとあるマダムが落札する事となった。
その落札額は――驚くべき事に、大金貨四十二枚。
落札者は珍しい物を片っ端から収集する、マダム・カキフライ(妹)であった。
莫大な差額を手に入れたマンデンはその後、店を拡張してその地位を一段と高めていく事となる。
まさに、win-winの関係であったであろう。
オルゴールを入手したカキフライもその自尊心を大いに満足させ、周囲の貴族から羨望を一身に集める事となった。彼ら貴族にとって、他者が持っていない品を持つ事は大いなるステータスであり、武力などより、よほど“武器”になるものであった。
■□■□
――ヤホーの街 人気服飾店「ファッションチェック」
その人物がドアを開けて入ってきた瞬間、店主である“ビンゴ”は思わず飛び上がってしまった。
先日やってきた、途方も無い“お大尽様”だ、と。
「九内様、ようこそいらっしゃいましたっっっ! 皆さん、ご挨拶してッッ!」
「「ようこそいらっしゃいました!」」
「う、うむ……」
従業員から盛大に迎えられ、魔王が落ち着かない様子で左右を見る。
こんなに歓迎されるとは思っていなかったのであろう。だが、前回とは違って今回は注文するべき服がもう決まっている。
魔王は落ち着きを取り戻したのか、二着の服をテーブルへと並べた。
一つは絹のタキシード。以前に作ったものだ。
もう一つは、新たに作り出した下級アイテムの《バニースーツ》だ。
双方とも防御力は5であり、GAMEではゴミ扱いのものである。
「店主、これらの服を其々20着程欲しいのだが、作れるか?」
「少々、お待ち下さい……」
ビンゴがそれらを手に取り、プロとしての目で細部まで見ていく。
作りとしては、それ程に難しいものではない。むしろ、貴族が舞踏会などに着ていくドレスに比べれば、シンプルといってもいいだろう。
バニースーツの方はかなり扇情的ではあるが、娼館などにこの手の服を作り卸す事も多い。むしろ、網タイツなどの刺激的かつ見た事もない意匠が、ビンゴの目を釘付けにしていた。
「えぇ、問題なく作れると思います。ただ、サイズは――」
「サイズを計る者が一人要るな。とにかく、今回は早い仕事を求めている。出来上がり次第、ラビの村へと迅速に届けて貰いたい」
「早さ、とおっしゃられましても、製作にはそれなりのお時間が……」
「その早さに、応えるだけの金は用意する」
魔王が無造作に金を取り出し、テーブルの上へ大金貨を五枚並べた。
眩い光が店内を照らし、店にいた全員がその輝きに息を飲む。
「こ、ご、ごれ、は……」
ビンゴが声にならない声をあげ、魔王を上目遣いで見上げる。
その顔は、今にも泣き出しそうに歪んでいた。
「いいか、これは前払いだ。仕事を早く終わらせれば更に二枚出す。出来るな? 出来ると言え」
「出来ますッッッ! 必ず、早く、一秒でも早くお届けじまず!」
「素晴らしい――では、早速行動に移ってくれ」
「皆さん、今から“戦争”よ――走ってッ!」
店内が時ならぬ大騒ぎとなり、各自が狂ったように走り出した。
素材を買いに行く者、製作の準備に取り掛かる者、夜食の用意をする者、全員に共通しているのは――目が大金貨になっている事だ。
大金は時に人を狂わせ、時には奔らせる。
魔王がそれらを見ながら、ゆっくりと煙草へ火を点けた。
その顔は非常に満足気であり――何処までも不遜。
関わる人間を悉く狂奔させていく姿は、まさに魔を支配する王のようである。