温泉旅館
(病院の隣に温泉、か……我ながら良い感じだな)
療養所、とでもいうべきだろうか。
“俺”は新たに拠点を作り出し、乾パンを外に出した後、希少アイテムである《大垣の湯》を使って温泉旅館を完成させていた。
堂々たる、三階建ての巨大な施設だ。
一階部分には入浴施設や巨大なホール、食堂などがあり、二階と三階部分は宿泊施設となっている。
露天風呂もある為、旅館の周りにはそれらが見えないよう、びっしりと竹が並んでいた。何処か雅さを感じる風情である。
(竹か……何だか懐かしいな)
ザ・日本の旅館と言った感じで、自分からすれば落ち着く風景だが、この世界の住人からはどう見えるんだろうな。
西も東も、文化や美しさには共通するものがあるとは思うが……。
「な、何か凄いのが出来てる……ピョン!」
「訳が分からないウサ」
旅館を見たバニー達が騒ぎ出す。
確かキョンとモモとかいうバニーだったな……こいつらは見た目もスタイルも良いから接客にまわって貰う事にしよう。
施設だけ豪華でも、従業員の態度が悪ければ片手落ちだ。
(益々、あいつを呼ぶ必要があるな……)
俺はサービス業だの、接客などに深い経験も知識もない。
何でもそつなくこなす側近を召喚して、従業員の教育も丸投げしよう。何事も分担作業で進めていかないとな。
「お前達、今日の仕事が終われば村の全員をここに集めるんだ」
「呼んで、どうするんですか……ピョン」
「客への案内や説明をするには、何よりも自分が体験して、熟知しておく事が大切なんでな。入浴タイムという訳だ」
「入浴……? そんな贅沢、貴族の人間しか出来ないウサ」
まぁ、普段は濡れタオルで体を拭く程度が限界。贅沢といっても雨が降った時に全身を洗うぐらいが精々らしいからな……。
水風呂が最高の贅沢って事を考えると、湯に浸かるってのは俺が思っている以上に凄まじい贅沢なのかも知れない。
それこそ、日本でも昔は薪なんかを燃やして、フーフーと息を吹いて焚き上げてたようだし、その労力を考えると毎日の入浴などありえない事なんだろう。
薪も集めるのにも苦労するだろうし、火の魔石も高いときてる。
(温泉旅館は貴族用に……庶民用には“銭湯”を作るか?)
温泉旅館の下位互換と言える拠点だが、こっちだと希少アイテムではなく、上級アイテムの《神田川》で作る事が可能だ。
体力の回復効果が温泉旅館に比べると遥かに劣るので、GAMEでわざわざ作成する者は殆ど居なかったが……。
(よし、そっちは庶民用に安い値段で開放しよう)
銅貨1~3枚程度で運営すれば、それなりの集客も見込めるだろう。
こっちはもう、金儲けは度外視だ。
施設の中も脱衣所と、大浴場と水風呂しかないしな。そっちは庶民用って事で、温泉旅館から離れた場所に設置するとするか。
「それと、近い内にお前達の家も全て壊して作り変えるぞ」
「えぇ!? そんなの困ります……ピョン!」
「黒い人……恩人だけど、それは横暴ウサ」
「誰が黒い人だ! ブラック企業の社長みたいに言うな!」
このモモってバニー、思った事をズバズバ口にしやがるな……。
まぁ、それはそれでドMの客には良いかも知れんが。
ともあれ、今はまだいいとしても、これから貴族を大勢集めるともなると、景観というポイントも大切になる。
いずれは畑も移動させ、村全体の形を変えるべきだ。
(いずれ――カジノも置く事だしな)
進化拠点の中には、“カジノ”と“裏カジノ”というものがある。
実際、GAMEの中でチンチロやポーカー、カードゲームやスロット、パチンコなどで遊ぶ事が出来たのだ。金を持て余した貴族や金持ちを程々に楽しませつつ、こちらも儲けさせて貰おう。
古今東西、ギャンブルというのは必ず、胴元が儲かるようになっている。
それは、いずれ設置する“カジノ”でも変わらない。
「くっくく……あっはっはっ! もう笑いが止まらんな、これは!」
「黒い人、怖い……ピョン」
「黒い人がイカれたウサ」
こうして、ラビの村に《野戦病院》《温泉旅館》《銭湯》と三つの施設が設置される事となった。
大いなる一歩といえるだろう。
■□■□
――その夜
「皆さん、一人一缶ずつどうぞっ」
「頑張って配るの……もしゃもしゃ」
アクとトロンがダンボールを開け、乾パンを配っていた。
一部は配りながら食っているようだが。
最初は物珍しそうに見ていたバニー達であったが、乾パンを口にした瞬間、ウサ耳がブンブンと動く。喜んでいるのか、怒っているのか、一見した限りではよく分からない。
(本当に大丈夫なのかよ。これから働かせる従業員に乾パンを食わせるなんて)
反応を恐れた魔王が音もなくその場を立ち去り、村の入り口で一服を始める。彼の感覚からすれば、乾パンとは災害時における緊急用の非常食である。
とてもではないが、どや顔で従業員に配れるような品物ではなかった。
だが、それは心配のしすぎというより、まるで見当違いのものである。
この国で貧しい者が口にするのは、精々が固い黒パンであり、等外と呼ばれる石のように固くなった黒パンを口にする者も多い。
副菜も精々、少量の豆が入ったスープや野菜などが限界であろう。
豊かな農村であれば鶏が産む卵や、鶏肉もたまには口に出来るが、他の村と殆ど交流すらないラビの村ではそれすらも難しい。
「甘い……柔らかい……ピョン!」
「これはスイーツ……ウサ」
乾パンとは本来、災害用の非常食に設定されているだけであって、栄養も豊富である。糖分の補給や、唾液の分泌を促すという意味合いもあり、缶の中には、氷砂糖まで入っているのだ。
甘味など、よほどの金持ちでなければ味わう事は出来ないであろう。
バニー達が騒いでいる声を聞きながら、村の入り口で魔王が首を竦める。
煙草を持つ手まで、微かに震えていた。
(やっぱり怒ってるじゃねぇかよ! 早めに食料もどうにかしないと……従業員にソッポ向かれたら計画がパーだぞ!)
魔王がまるで見当違いの恐怖に苛まれる中、村の中央に集まったバニー達の入浴タイムが始まろうとしていた。
《悠、バニー達に入浴のマナーや施設の説明を頼む。私は所用で少し出るぞ!》
《は、はい……お帰りをお待ちしています》
魔王が大急ぎで悠へと通信を飛ばし、急いで出掛ける準備を整える。
両手を頬を叩き、何やら気合まで入れているようだ。
「とにかく、金だ……金を集めて、開店資金としよう。ついでに食糧事情もどうにかして、仕事用の服も用意しなければ」
古来、金を稼ぐ為にはまず金が要る、というジレンマである。
この辺りの機微は、どんな世界でも変わらない真理であるらしい。
――全移動:ヤホーの街
魔王が向かったのは交易都市、ヤホー。
その手には咄嗟に作り出した下級アイテム「オルゴール」が握られていた。
GAMEでは投属性のゴミ武器であり、その攻撃力は堂々たる1。
回数も当然のように1という、救いようのない品であった。
SP残量――1084P





