表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔王様、リトライ!  作者: 神埼 黒音
四章 魔王の躍動
36/82

はじめの一歩

(何故、このガキが俺を……)



 昨日、零は「使命がある」とかほざいて、うまく去った筈だ。

 恐らく、あいつは風のように去る事が格好良いとでも思っているのだろう。全く、度し難い程の馬鹿である。

 まぁ……その中に入り、10年近く演じていたのは俺でもあるのだが。



(い、いや、違う、違うぞ! あれはゲームの中だから出来てたんだよ! 現実で、人前で、あんなキャラクターが出来るか!)



 妙な葛藤に苛まれている間も、ガキンチョはじっとこちらを見ていた。

 うまく言えないが、こちらの顔や体ではなく、何か違うものを視界に入れているような、不思議な気配を漂わせながら。

 これから忙しくなるってのに……適当に追い払うとするか。



「で、何か用か――ガキンチョ」



 言ってからしまった、と軽く思ったが、もう遅い。

 上目遣いでこちらを見ていた紅い視線が、より強くなってしまった。



「――――やっぱり、零と同じ言い方。同じ色」


「色?? 何を言ってるんだ、お前は?」



 煙を吸い込み、ゆっくりと吐き出す。

 気力が回復する効果がある所為なのか、どんどん頭がクリアになっていく。こいつは、思ったより面倒な案件になるかも知れない。



「……私は万物を色で見るの。人の感情や魂を」


「新手の人相占いか何かか? 他を当たってくれ」



 そのまま立ち去ろうとしたが、コートの端が掴まれる。

 しかも、凄まじい力で。

 このガキ、見た目で侮ってたらヤバイかも知れん。漂わせている空気も、何処か人間とは違うような気がする。

 かと言って、何度か見た悪魔とやらとも違う……。



「零を出して。今すぐ」


「お前はさっきから何を言ってるんだ? 人違いだ」


「出して。ここで。今すぐ、出して」


「妙な言い方で連呼すんな! 衛兵さんが来たらどうすんだっ!」



 何だか路地裏に少女を連れ込んで、いかがわしい台詞でも言わせてるみたいじゃないか!

 やっと事業を始めるってのに、こんなところで妙な評判を立てられて堪るか。



(しっかし、こいつ……)



 コートを掴んでいる手に益々力が込められ、意地でも離そうとしない。

 どういう理屈なのか、俺が零だと確信しているようだ。

 とは言え、こんなガキが何を言ったところで信じる者は居ないだろう。見た目も、年齢も、声も、何もかも違う存在なのだから。



「お前はさっきから何が目的なんだ――? 金でも欲しいのか」


「零は……ううん、貴方は私を助けてくれたの」



 助けたのは俺じゃない、と言いそうになったが口を噤む。

 何だか口を開けば開く程、妙なボロが出そうな気がしたのだ。見たところ、ホームレス少女といった感じがするが、実際もそれに近いんじゃないだろうか。

 なら、誤魔化すより言い包めた方が早そうだ。



「見るからに家無き少女ってところだな……行くアテが無いから拾ってくれ、とでも言いたいのか?」


「……うん。零に会いたいの」



 目尻に小さな涙を溜め、俯く表情を見て地味に心が抉られる。

 軽く言ってしまったが、ちょっと軽率だっただろうか……。

 このガキが何歳か知らんが、折角、零が苦労して助けた命を野垂れ死にさせるのもなんだしな……言い包めるついでに、巧く使ってみるか?



「そうだな、零に会わせてやってもいいが――幾つか条件がある」


「条件? 何でもする」



 気軽に何でもとか言うな、と思ったが子供なので他意は無いのだろう。実際、こいつは同情心を抜きにしても、使える人材なのかも知れない。

 この異常な腕力と、「色」で視るという不思議な力。



「私の命令に従い、大人しく働くのであれば会わせてやってもいい」


「働くって、何をすればいいの? 人間を沢山殺せばいいの?」


「違うわっ!」



 どいつもこいつも、俺を何だと思ってやがるんだ。

 顔は怖いかも知れないが、善性の人間だといってるだろうが!



「近々、人手が幾らあっても足りんようになるんでな……」



 そこで一旦、言葉を区切る。

 正確に数えてはいないが、ラビの村は多くても300人くらいの小さな村だ。その大部分が農作業に取られる事を考えると、人手が欲しい。

 来客が増えれば、今のように無防備な態勢でいる訳にも行かないだろうし、警備という意味でもこいつは使えそうだ。



「その腕力と色とやらを私の為に使うなら、拾ってやっても良いぞ。ガキンチョ」


「私はトロン――ガキンチョじゃないの」


「ガキはガキだろうが。行くぞ」



 宿に向かって歩き出す。こんな路地裏で長時間、小さいガキと居たら妙な噂でも立てられかねない。



(にしても、益々周囲の女率が高くなるな……もうやってられんぞ)



 次に側近を召喚するなら、子守に慣れているあいつを呼んだ方がいいかも知れないな。いい加減、歳の近い同性が一人欲しい。



「おい、ガキンチョ……もうコートから手を離してもいいだろう」


「ん……」



 ガキ――いや、トロンが大人しく手を離す。

 命令に従え、といったのが功を奏したのかも知れない。だが、離した手がするりと伸び、自分の右手が握られた。



「おい、何してる?」


「この街の事、知らないから。はぐれると困るの」


「アホか! いい歳してこんな格好で歩けるか」



 ガキを片手で抱え上げ、宿へ早歩きで向う。

 この悪人面で、小さい子供と手を繋いで歩くなんて冗談じゃない。

 俺はパパじゃねぇんだぞ!



「零と同じ匂い……」



 ガキが何かほざいていたが、無視して足を速める。

 あちこちから視線を感じたが、手を繋いで歩くよりはまだマシだろう。

 中には口笛を鳴らしたり、昨日は助かったぜ!などと叫ぶ奴もいたが、全てをスルーし、ようやく宿へと辿り着いた。



(何で宿に戻るだけで、こんな苦労すんだか……)




 ■□■□




「さぁ、全員支度は整ってるな? 行くぞ!」



 宿に戻り、大きく手を叩く。

 さっさとラビの村に戻って、諸々の準備を済ませなければならない。予想外のトラブルやら展開が多すぎるだろ。



「長官、その子供は一体……?」


「わぁ! 凄く綺麗な髪ですね!」



 悠は“九内伯斗”が人を拾ってくる事に対し、それ程の不思議さを感じないのだろう。実際、側近達は全て九内がスカウトしてきた設定なのだから。

 中にはスカウトどころか、無理やり拉致したのもいるが……まぁ、それは良い。

 アクはアクで、純粋にトロンの可愛さに目を輝かせているようだ。



「あ、あんた……その子、「魔」が混じってるじゃない」



 ルナが珍しく表情を硬くし、トロンを凝視する。

 魔が混じるとは何の事だろうか……?

 ファンタジー世界でよく聞く、ハーフエルフとかそういう類か。

 俺からすれば見た目は全く人間と変わらないのだが、聖女というだけあって、判別する何かの能力でもあるのかも知れない。



「今後のラビの村に必要でな。目を瞑ってくれ」


「聖女が、魔人を……無茶言わないでよっ!」


「あの村を発展させれば、上の姉二人を見返す事が出来るぞ」


「う”っ……そ、それは……」



 思った通り、ルナは姉に対して強い対抗心を抱いている。

 そこを突いていけば、何とかなるだろう。



「第一、国の頂点に立つような存在とは、清濁併せ呑む人物の事を指すんだ。お前のように何でもかんでも白黒で分けていては、一歩も前に進まんぞ」


「何よっ、偉そうに言っちゃってさ……」


「――それだけ、お前には期待しているという事だ」


「んんっ……わ、分かったよ! 但し、悪さをしたら承知しないからね!」



 ルナがトロンへ指を突き付け、トロンが頷く。

 行くアテもないようだし、後で細かく言い含めれば問題は起さないだろう。

 零という“飴”もあるしな。

 まぁ、あれが飴というか、甘いとはとても思えんが……。



《悠、全移動は使えるようになったか?》


《はい、長官。抑え付けられていたものが一つ、外れた気がします》


《ならば、結構。ラビの村へ向かうぞ》



 全移動は委員会の面子だけでなく、プレイヤーの誰であっても使えるコマンドだ。気力さえあれば、スタート直後から使えるものだし、悠も問題なく解放されたという事だろう。



(誰が機能やコマンドを制限し、誰が解放しているのかが問題だが……)



 それを考えようにも、今は手掛りが少なすぎる。

 その辺りの根源的な疑問こそ、熾天使を調べていく事によって明らかになっていくと思いたいが……。



「では、私に掴まれ。ラビの村まで飛ぶ」



 アクやルナはその言葉に首を捻っていたが、自分が何度も魔法めいたものを見せていたので、頭にクエスチョンマークを付けながらも黙って従う。

 だが、一つだけ疑問なのは、何故か悠まで自分の腕に手を絡ませている事だ。



《悠、お前は自分で飛べるだろう》


《30で済む所を60も使うのはナンセンスです、長官》


《まぁ……そうかも知れんが》



 悠にしっかりと腕を確保され、数学の教師のような態度で諭される。

 他の子供らと違って、悠のプロポーションは整いすぎてるから困るんだよな……色々と。



「では、行くぞ――《全移動:ラビの村》」



 一瞬で視界が切り替わり、飛んだ先には妙に懐かしいラビの村があった。

 全員、無事に飛べたようだ。

 ルナやアクが一瞬でワープした事に騒いでいたが、俺の意識は村の中で必死に働いているバニーの方へと引き寄せられていた。


 ウサ耳を揺らしながら、バニー達が畑の中で懸命に作業している。

 その姿は汗まみれで、服も泥塗れだ。



 だというのに、その姿を、妙に美しいと感じたのは何故なのだろう――



 貧しさ故か、バニーの子供達も同じように畑へと出て働いている。遊びたい盛りの年齢だろうに、その姿には余裕というものがない。

 水は幾らでも使えるようにしたが、それだけで済む問題ではないのだろう。

 村人の流出、荒れた土、滅多に降らない雨。

 バニーに対しては緩いようだが、聖光国は亜人に対する偏見も強い。



「悠、早速だが設置を始めるぞ」


「はい、長官。その後はお任せ下さい」



 こちらに気付いたのか、バニー達が手を振り、こちらへ駆け寄ってくる。滑車や肥料を渡した事もあって、自分達に対する信頼があるのだろう。

 だが――その顔には疲労の色が濃く、着ている服もボロボロだ。



(見ていろ……何もかもを引っくり返して、この村に見た事もない量の黄金を降らせてやる)





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
lkl8djxhao2s5hk2fywc3ebkiosv_3qo_lo_9g_2
(書籍紹介サイトへ)

+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ