魔人達
――聖光国 最高級宿「オルテミス」
貴族や一部の富豪が利用する最高級酒場「アルテミス」の姉妹店である。
ここもまた、ハードルが非常に高く、利用料金も同じく高い。
オルテミスのカウンターでは一組の冒険者が精算を済ませ、宿を後にしようとしていた。
スタープレイヤーのミンクとオルガンである。
彼女達は冒険者であるというのに、荷物が非常に少ない。
持っている鞄が特殊な為であった。
ミンクが持つ武器も特異と呼ばれる希少なものであるが、その鞄も北方にある“監獄迷宮”で見つけた逸品である。
所持者の魔力により、入れられる容量が拡大するという、考えようによってはこの世界におけるチートともいえるものであった。
これは余談であるが、迷宮などから掘り起こされた新しいアイテムなどには当然、名称が無い。
普通は発見者が名付ける事となるが、最近では名声を欲しがる者や、一種のコレクターがスポンサーとなり、冒険者に新しい物を探索させる事も多い。
当然、見つかった物にはスポンサーが好きな名前を付ける事になるが、自分の名前を入れる者も居れば、凝った名称を付ける者や、多くの人に愛されるような名称を付ける者などもおり、まさに十人十色であった。
これが、北方諸国の人間ならばまだ良い。
ネーミングセンスが壊滅的とも言える、聖光国の人間がスポンサーであった場合などは大変な事となってしまう。
次に並べた物らは、彼らが生み出した悲劇の一部である。
カラダナオール(緑色の液体 体力を1回復)
スッキリ(青色の液体 気力をたまに回復)
バルブンデ(赤色の液体 ハイテンションになる)
カキフライの憂鬱(黄色の液体 眠くなる)
赤茶げた何か(栄養素の多い土)
飛び出るキノコ(たまに男性器へ力を与える)
お口に出して(白い液体 気力を3回復 命名:ユキカゼ)
余りに酷い名称が多い為、食い詰めた冒険者ですら、聖光国の人間がスポンサーとなっている新アイテム探索依頼には手を出さないようになっている程だ。
ちなみに鞄を見つけたのはオルガンであり、彼女が名称を付ける事になったが、1秒後には「便利君」という名称を付けていた。
ミンクは「圧縮せし我が漆黒の宙」と名付けたかったようだが、どっちもどっちであろう。
オルガンが手にした「便利君」を軽く撫でる。
自分が名付けたアイテムに、多少の愛着があるのかも知れない。
「行くぞ、ミンク。こんな国はとっとと出るに限る」
「……私、こう見えて重傷を負った身なんですけど?」
「馬鹿騒ぎに首を突っ込むお前が悪い」
「昨日から機嫌が悪いわねー……」
回復魔法をかけたとはいえ、ミンクの体はまだまだ本調子ではない。普段ならオルガンもこんな無茶は言わないが、虫の居所が悪いようであった。
ミンクには、その心当たりがある。
だからこそ、あえてそれを口にした。
「それにしても、昨日の龍人は凄かったわね~」
「何が龍人だ。下らん……」
打てば響くような態度でオルガンが返す。それを見てミンクが内心、やれやれと溜息をつく。
「良いか? あれは只の人間だ。龍の血など混じっていない」
オルガンは自身が混血児であるが故に、血には非常に敏感だ。
彼女から見た零は、只の人間であり、それ以上でもそれ以下でも無い。
「じゃあ、あのとんでもない力は何なの?」
「……知るか。本人に聞け」
オルガンの機嫌が益々、悪くなる。彼女の怒りの原因は龍人だけではなく、色んな要素が重なった事による、一種の不幸ともいえるものであった。
自身と同じ魔人らしき少女と、それを救った存在を見て、どうしようもない怒りと不快感が込み上げてきたのだ。
彼女は昔、トロン以上の悲惨な境遇に居たが、それを救ってくれる者など一人も居なかった。
故に、彼女は自分を守る為、懸命に努力を重ね、強くなったのだ。そして、今やスタープレイヤーと呼ばれるまでの輝かしい地位にまで登りつめた。
口を開けて、ただ救いを待っているような存在にも苛立つ。
そんな愚者を、得意顔で助ける馬鹿にも苛立つ。
彼女からすれば何もかもが気に入らない。今度あの男に会ったら、衝動的に殺してしまうかも知れない、と本気で考えている程だ。
「ま、私もあの男とは合わないけどさ。恩人にこんな事を言うのも失礼だけど」
「ほぅ、意外だな。お前はてっきり気に入ったのかと思っていたが」
「私はダメね、あぁいう男は。もっとこう、闇とか、深い暗黒を感じさせる男じゃなきゃイヤ」
「なら、悪魔とでも結婚しろ――カーニバルとかな」
「止めて! あんな落ち着きの無いキンキラなんてありえない!」
二人が妙な話題で盛り上がりながら宿を出ていく。
彼女達の向かう方角は、北。
戦争が続いているが、それだけに一種の活気があり、迷宮や遺跡と呼ばれるモノも数え切れない程に存在する地である。
■□■□
――聖城 書庫
「うーん……よく分からんな。西洋というか、ファンタジーというか」
許可を貰い、入室した書庫で魔王が首を捻っていた。
数え切れない程の書物があったが、その中から天使に関連のありそうなものを司書に選んでもらい、目を通していたのだ。
「でも、たまに入ってる絵とか凄く綺麗ですよっ」
「絵本ならそれでも良いんだがなぁ……」
魔王が椅子に座り、その膝にアクが座って本を覗き込んでいる。
傍目から見れば、子供に絵本を読んでいる父親の姿であろう。
「そもそも、天使とは元から居たのか? それとも誰かが作ったのか? 何より、何故そいつらは消えた? 敵対している悪魔は健在じゃないか」
「えぇー……そんな事、考えた事もないです」
本に書かれているのは、天使と悪魔が敵対している事。
この辺りを荒らし回っていた悪魔王グレオールを、智天使が封印した事。
その際の消耗で、智天使が消滅した事。封印には座天使も力を貸した事。
その後、座天使まで居なくなった事。そして、大天使や中天使と呼ばれる存在も次々に消えて行った、と記されていたのだ。
「肝心の熾天使については何も書かれていない。夜逃げでもしたのか?」
「そ、そんな事はないと思います! きっと、何処かで見守ってくれてます……」
魔王の言葉も大概であったが、アクの返事も自信無さげであった。
無理もない事だ。
熾天使と呼ばれる存在を見た者など、誰も居ないのだから。現状ではただ、文献に残されているだけの、あやふやな存在でしかない。
「名前だけあって誰も見た事のない存在。UMAみたいなもんだな」
「UMA、ですか??」
「未確認生物、要するにそんな存在は居ないものと変わらん、という事だ」
魔王らしく、酷く断定的な口調であった。
この男は――いや、“大野晶”は宗教にも興味がなければ、幽霊などの類も頭から受け付けない脳をしている。
現に彼は、霊感の強い友人から「お前のような奴には幽霊の方が近寄らない」と呆れながら言われた程だ。
「まぁ、時間はたっぷりある。今後、暇を見ては足を運ぶようにしよう」
「はいっ。僕も色んな本を読みたいです!」
アクの可愛い態度につい、魔王の手が動いて頭を撫でてしまう。
撫でられているアクも嬉しそうであった。
「ぁ、魔王様……最後にこの本も読んで良いですか?」
「うん? 破壊犬ポチの大冒険……何だ、これは」
タイトルも意味不明だが、表紙までボロボロの絵本であった。恐らく、司書が間違えて中に入れてしまったのであろう。
本題からは外れているが、子供に読ませるには丁度良いか、と魔王が考え直す。
絵本の内容は、何でもかんでも噛み付いて壊してしまうポチという犬が、遂に村を追い出され、冒険者になって迷宮に潜るというものであった。
「何で犬が冒険者になる……どんなストーリーだ」
「でも、ワンちゃんが可愛いですよ?」
ページを開いていくと、ポチは周りの冒険者の武器や防具を壊しながら、迷宮の奥深くへと潜っていく。
「何て迷惑な犬なんだ……」と魔王が呟いたが、アクは楽しそうであった。
本の中でポチは迷宮の奥底でモンスターを倒したり、スライムに襲われている雌犬を救ったりと実に忙しい。
《クッソ汚い粘液が……許さんワン!》
《スララ~~!》
魔王の体から力が抜け、本が落っこちる。
「何なんだ、この本は! 一体、何処の層へ向けて書いているんだ?」
「で、でも、スララ~ってちょっと可愛くないですか?」
「この世界のスライムはしゃべるのか? そうなのか!?」
「い、いえ! 僕は会った事がないので……」
魔王が最後の力を振り絞り、ページを進めていくと、ポチは遂に迷宮の最奥へと辿り着いていた。
そこでポチは多くの武器や防具、魔道具を見つけ、それらを村へと持ち帰り、村の人気者(犬)になりましたとさ――で、物語は終わっていた。
「何だこれは……本来、絵本ってのは何かの教訓になる話が多い筈なんだが」
魔王が力無く呟いたが、一つだけ疑問に思う事があった。
それは、迷宮で武器や魔道具などを見つけた、という部分である。絵本とはいえ、真偽が気になったらしい。
「そこの司書君、この本には迷宮に行けば色んな武器や防具などが落ちているとあるが、本当なのかね?」
「は、はい……古い時代のアイテムなどが稀に見つかる、とか」
「ふむ……」
魔王の頭をよぎったのは――魔法に対する防具や、何らかのアイテムである。
これまでは上手くいっているが、今後もそうだとは限らない。
いかに圧倒的な体力があろうが、油断は禁物であろう。現にGAMEの中でも、鉄壁を誇っていた不夜城ですら一度、陥落しているのだから。
(魔法への抵抗を高める“何か”が、絶対に必要だ……)
魔王をそれを頭に入れつつ、書庫を出た。
■□■□
(さて、やる事が多いな……)
魔王は改めて、今後の事を考える。
ラビの村の整備、施設の設置、側近の召喚、魔法防御を高める物の探索。
そのどれもが、疎かに出来ないものばかりである。
魔王が考え事をしながら宿へと帰る最中、その背中をじっーと見ている視線があった。
それも、全身を舐め回すような濃い視線だ。
魔王はとうにそれを察知していたが、何も反応せずに宿の前へと戻る。
「アク、先に宿へ戻っておいてくれ。少し用事が出来た」
「分かりました!」
アクを見送り、魔王が何気なく街を歩きながら路地裏へと入っていく。
適当な場所で立ち止まり、煙草に火を点ける。
相手が出てくるのを待っているのだろう。
これだけ有名になってしまえば、調べようとする者が出てきても当然だ、といった態度である。
聖光国の者なのか、他国の者なのか、いずれにせよ間者の類であろうと。
「こう見えて、私は忙しい身でな――鬼ごっこをしてる暇は無い」
魔王の言葉に、相手は少し戸惑っているようであったが、やがてその姿を現す。
それは、予想していた相手ではなかった。
「お前、は……」
それは薄い金色の髪に、紅い目を持つ少女。
「――――見つけたの」
先日、零が助けた少女――トロンであった。