対談の裏側
(とんでもない美人だったな……)
“俺”は聖城の廊下を歩きながら、先程の会談を振り返っていた。
余りにも現実離れした美人だったので、落ち着こうとつい、煙草をスパスパと吸ってしまった程だ。
最近は分煙とかでうるさかったが、灰皿も持参していった事だ。彼女もそこまで怒ってはいないだろう。
(それにしても、随分とまともな聖女だったが……)
今までが酷すぎた所為か、エンジェル・ホワイトと名乗った聖女には仄かな好意すら感じた程だ。
この国のネーミングセンスは最悪だと思っていたが、ようやく名前と人柄が一致する人物に出会えたような気がする。
何よりも一番の成果は彼女に対し、自分の想いを伝えられた事だろう。
人の噂ではなく、実際の行動を見てくれ、と。
サタニストとかいうテロ集団を鎮圧し、次はルナの村に「病院」や「温泉」まで作ろうというのだ。
誰がどう見ても、魔王などとはかけ離れた、善性の人間としか言いようが無い。
それらを見ていってくれれば、こちらの本当の姿を知って貰えるだろう。ルナとの関係も良好だと伝えたし、書庫の利用まで許可してくれた。
まずまずの一歩、と言って良い。
「昨日の龍人、見た!?」
「見た見た! 最高に格好良かった!」
「クイーン様もメロメロになってたよね!」
通路から聞こえてくる声に、思わずこけそうになる。
そう、先日の騒ぎであの暴走族は完全に「龍人」とかいう妙なものに祭り上げられてしまったのだ。
とは言え、思った以上の結果を得られたとも感じている。
巨大な力を持った“魔王を名乗る男”など、この国の跳ねっ返りがいつか討伐しよう、などと言い出しかねない。
その時には零を担ごうとするだろうが、そんな事は不可能であり、零が居るのだからいざと言う時は何とかしてくれる、と“油断”もしてくれるだろう。
その間に、こちらは着々と事業を進めていける。
(にしても、昨日は……“違和感”を覚えなかったな)
殆ど「一体化」していた、と言って良い。
乾坤一擲を放った時など、殆ど自分で拳を振り抜いた感覚すらあった。
その事に、改めて作ったキャラクター達を想う。
(GAMEの前半期は、俺は九内伯斗そのものだった)
いや、九内伯斗などと言うキャラクターは何処にも存在せず、「大野晶」とそのまま自分の名前を使っていたのだ。
時間が経つにつれ、ネットに本名を晒している危険を感じ、中頃には改名する事となり、九内伯斗が誕生した。
(GAMEの中盤に入ってからは、ずっと零だった)
それこそ、零として戦っていたのは一年や二年ではきかず、10年近く常に一緒に居た、と言って良い。
当初はネタキャラとして作ったものであったが、それだけ飽きずに中に居られたという事は、自分が思っている以上に気に入っていたのだろう。
(いや、そんなレベルじゃないか……)
10年近くそのキャラクターを使い続ければそれは、「自分そのもの」である、と言っても過言ではない。
あんな暴走族が自分であるなど、とても認められたものではないが……。
片や魔王で、片や暴走族である。
両方、ロクでもないと言えばそれまでの話ではあるが……。
(俺は、九内伯斗のように平然と暴虐を行えるようなタマじゃない。かといって、零のようにキザで、硬派な暴走族でも無い……)
GAMEならばまだしも、現実の世界で「零をやる事」には気恥ずかしさがあり、俺は拒絶していたが……。
もしかすると、自分が零を受け入れさえすれば、それこそ「俺そのもの」になってしまうんじゃないだろうか。
それは恐ろしい事でもあり、何処か愉快でもあり、腹の底から笑えてくるような、奇妙な思いを抱かせた。
(……止め止め! そんな事より、今はこれからの事だろ)
書庫への出入りも許可された事だ。
存分に調べさせて貰う方が先決だろう。それに、SPも十分すぎる程に溜まった。
新たに側近を召喚する事も考えなければならない。これまでの残りと、前回の戦いで得たSPを合わせれば、1249ポイントものSPがあるのだ。
(くふふ……あっはっは!)
思わず高笑いしたくなる。
これなら側近を召喚して、病院や温泉を建ててもまだSPは残る。
痛快とはこのような事を指すのだろう。一体、誰を召喚するか考えるだけでワクワクしてくるというものだ。
「そういえば、新しく《解放》されたのもあったな……」
つい、口に出して考えてしまう。
新しく解放されたコマンドは《全移動》と呼ばれるものであった。
GAMEでは広い会場をあちこち動き回る必要があり、これを使えば行った事のあるエリアには瞬時に移動する事が出来たのだ。
但し、気力を30も消費するデメリットもあるが。
(この調子で、売店とかメダル交換も復活すれば良いんだけどな……)
売店――まんま、金でアイテムを購入するシステムだ。
ここらへんには、所持金が関連しているような気がしてならない。
うまく金を溜め込めば、GAMEにあった売店が復活し、そこでアイテムを購入出来るようになる可能性がある。
そうなれば、アイテムによってはいちいちSPを消費して作らなくて済むようになるだろう。
メダル交換もそのままで、GAME会場に落ちているメダルを集めれば様々な高性能アイテムと引き換える事が出来るシステムであった。
一種の宝探しでもあり、戦闘が苦手な人にも楽しんで貰えるように配慮したお遊び要素でもある。
お遊びといっても、多くのメダルを集めると、それこそ何種類もの、洒落にならないようなアイテムと引き換える事が出来たが……。
「魔王様っ、聖女様との話し合いはどうでしたか?」
廊下を出ると、アクが笑顔で走り寄ってくる。
思わず、こちらも笑顔になってしまうような可愛らしさだ。
つい、これまでの癖で片手で抱えてしまう。アクも嬉しそうに両手を首に巻きつけてきた。
(益々、父と娘だな……こりゃ……)
照りつける太陽を眺めながら、そんな益体も無い事を思った――
■□■□
――聖城 クイーンの私室
先日の戦いが無事に終わり、クイーンは部屋で体を休めていた。
回復魔法だけでなく、高価なポーションなども惜しげもなく使われ、その体は戦闘前に近い状態へと戻っている。
とは言え、流石に様子を見る為にここ暫くは安静に過ごす必要があるが。
「はぁぁ……零様ぁ……」
その息は荒く、顔も赤いが、別に熱を出している訳ではない。
むしろ、ベッドの上で枕を抱きながら転げ回るくらいの元気さはあるようだ。体の傷はほぼ塞がっているのだが、別の所が重症なのだろう。
――完全に恋の病である。
普段の彼女を知る者が、この姿を見れば心臓が凍りつくに違いない。
いや、その前に物理的に殺されてしまうかも知れないが……。
「超絶イカしてたなぁ……格好良かった……」
クイーンは零の勇姿を頭に浮かべ、酔ったような気分に浸る。
あの雄々しくも、猛き龍。そして、闇を切り裂くような銀の閃光。
鋭くも、非常に整った顔立ち。
全身の全てが、戦う為に存在しているような鍛え抜かれた肉体。零を構成する、ありとあらゆる全てが彼女の理想そのものであった。
――――天よ、ただ刮目しろッッッ!
「あぁぁぁぁぁ……! もうダメ……っっ!」
遂には耳にまで“龍の咆哮”が蘇り、クイーンはベッドの上で悶絶する。
枕を抱きながら転げ回り、遂にベッドから落ちたが、彼女はそのまま部屋の隅まで転がり続け、壁に勢い良くぶつかった事でようやく停止した。
俺には為すべき“使命”がある――
別れる際に、零が言った台詞だ。
クイーンはつい、その事へ想いを馳せる。使命とは何だろうか、と。
あれ程の“龍”が、何らかの使命を帯びて動くという事は余程の重大事だろう。
(もしかすると、奈落か……?)
クイーンの頭に、即座に浮かんだのは“それ”である。
思えば、零が出てくる時は、決まって奈落が出現した時だ。
前回もそうだったが、今回も奈落はいつのまにか消えていた。まるで、龍を恐れるかのように。
(あの穴の先も……もぬけの殻だったみてぇだしな……)
神都に開けられた三つの穴は当然、真っ先に騎士団が中心となって調査隊が送り込まれた。
人の手であれを掘ったとするなら、相当な執念……いや、妄念といえる。
ただ、調査隊が調べた結果としては、穴の先は既にもぬけの殻であり、何の痕跡も残っていなかった。当然、奈落の姿も。
今は急ピッチで穴が埋められ、「土」を扱う魔法使いが総動員されて修復作業が行われている。
今度は入念に、強い土や石などが何重も敷かれる事になるだろう。
(あのクソ奈落が……ぁ、でも……)
クイーンは忌々しい奈落に舌打ちしたが、あの奈落のお陰で零と出会えた事も思い出す。
奈落は憎い。この手で引き裂きたい。踏み躙りたい。蹂躙したい。
だが、あれが出てくれば、また会えるかも知れないのだ。
あの猛き――銀色の龍に。
「あぁぁぁぁぁ……! 俺は一体、どうしたら……!」
クイーンが悩ましげに懊悩し、再び転がり出す。
ホワイトと同じく、彼女の苦悩も長く続きそうであった。